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4章
33話 暴虎
しおりを挟むナガレが手土産に悩む頃。
とある傭兵くずれの一団がある場所にて一堂に会し、沈黙を貫いていた。
そんな沈黙を一人の男が破る。
「なぁ、いつまでこんな事続けるんだ」
焼け崩れた廃墟の中で、小さく声が波紋する。
顔に火傷痕のある一人の男性のみが前かがみに座り、他の数十名は静かに立ち尽くす。
火傷痕の男がリーダーなのは一目瞭然であった。
「お前の身体も既に限界がきてるだろうがッ……。身体を休めろと医者にだって言われた筈だ!」
「……それで?」
「……ッ」
幽鬼のような表情で、気だるそうに火傷痕の男が返答する。
そこには異論は認めないという意志が孕んでおり。
「貴族殺しはオレの生き甲斐であり、復讐だ。これだけはオレが死にでもしない限り終わらねえよ」
ハッキリと言い切る。
その決意の固さにゴクリと息をのむ者が数名。
「なんにせよ、何を言われたところでもうオレは引き返せれねえ。 暴虎なんてあだ名すらあるんだ。あり得ねえがたとえオレが平穏を望んだところでそんな甘い考えは認められねえだろうさ。だからオレは止まれねえし止まらねえ」
どうにかしてこの暴虎を止めてやりたかった男はギリッと下唇を強く噛み締め、でも! と叫ぼうとした自分を自制する。
「こんな腐った貴族共がのさばるから悲しい想いをするオレみたいなやつが生まれる。なら、その根本を根絶やしにするっていうオレの考えは間違ってるか? なあ?」
「——間違っちゃいねえよ」
新たな声が混ざる。
「頭ぁ、恐らくリノンのヤツはアンタの弟とアンタを重ねてるのさ。もう死んじまったが、弟さんは優しかったからな。なにせ、」
殊更に言葉を区切り。
ゆっくりと続きを告げる。
「出会って間もない貴族の子供のために命張るようなお方だったもんなあ?」
そこに混じる感情は嘲笑。
あえて指摘する者はいないが、それでもあからさまな、わかりやすい挑発であった。
「貴様ッ……」
「数年前。弟さんが死んだと聞かされて、頭も、俺らも驚いたもんだ。あろうことか、貴族を庇って死んだっていうんだからよ」
始まる独白。
それを止める者は、誰もいない。
「助けた貴族の名前はなんだったか……」
あえてすっとぼける男を横目に、暴虎と呼ばれていた男が腹の底から記憶にこびりついていた名前を口にする。
「ナガレ=ハーヴェン」
その名を口にした瞬間。
びくりとリノンと呼ばれた男の眉間にシワが寄る。
覚えていたのか、と。
言外に訴えかけていた。
「だが、オレにも情はある」
暴虐無人と呼ばれた虎からの意外な言葉。
貴族に対しては最早、誰しもを悪と捉えていた暴虎に存在する最後の情であった。
「弟が命を張って守った命をオレのワガママで奪うつもりはない。だが、」
安堵するリノンに追い討ちをかけるように声を大きくし、
「マトモな貴族だった場合、に限るがな。弟の命によって救われたその生を、クソッタレな凡百の貴族と同じように使うのであれば容赦はせん。例えそれが弟が守った者だろうと、子供だろうと」
影さしていた相貌をあげ、復讐の炎を瞳に湛える虎が吠える。
「もう弟が死んで5年近く経った。ナガレとやらも物知らぬ餓鬼じゃあるまい。……グリース、リノン。お前らその餓鬼を見極めてこい」
「……というと?」
「決まってるだろう。その餓鬼が屑に成り下がっていたのなら、即座に殺せ。もちろん、弟の命を侮辱していたのならば、の話だがな」
肯定派のグリースと暴虎によってすんなりと話が進んでいき、これで決まりかと思われた最中。
納得できなかったのか、慌てるようにリノンが声を張り上げた。
「ま、待て!! 相手は10にも満たない子供だぞ?! それを殺せと?!」
「年の頃は8歳、9歳その辺りか。だが、その時点で貴族色に染まってるのならば最早救いようがないと思うが?」
「そ、それは……」
言い返せない。
それ程までに貴族とは救えない生き物だとリノン自身も理解出来ているから。
それでも、あの無垢で、自分本位でなく、最後までその日だけの付き合いなだけの傭兵を心配してくれていたあの子供を殺す可能性を作る事に躊躇いがあった。
「それに、思い入れのあるって事はそれだけ見込みがあったって事だろう。何もオレは必ず殺せと言ったわけじゃない。その生き方が弟の命を侮辱するものであった場合は殺せと言ってるだけだ。何もおかしな事じゃあるまい?」
「それは、そうだが……」
「決まりだな」
抵抗虚しく、実質死刑判決ともいえる決定を前にリノンは作った拳に力を込める事しか出来なかった。
「くれぐれも、リノンは弟の想いを考えて行動しろ。アイツが見逃したのは貴族色に染まっていない無垢な餓鬼だ。そうでない場合、なんの躊躇いもいらない。そうだろう?」
「……ああ」
肯定以外は許されない。
暴虎の前だからではない。
かつてナガレと共にし、彼を守る為にと命を張った一人の男の部下として、腐ってしまったのならば、それは斬り捨てなければならないと、頭ではなく、魂がそう理解していたから。
叶う事ならば。
あの頃と同じ、
あの頃と何も変わってませんようにと。
リノンはただそれだけをひとしれず祈るのみだった。
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