悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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3章

19話 こころの裡

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 すっかり登りきった陽の光が俺を照らす。
 不安、心配といった負の感情によるものだろうか。
 陰りがさした心はまるて曇天のよう。
 一抹の不安を拭いきれぬまま、いま一度ローレンの言葉を思い出す。


『今回の荒療治。ナガレは相当な地獄を見るだろうさ。……いや、言葉を間違えた。ナガレだから、、、こそ、地獄を見る事になるだろうね』


 俺だから地獄を見る?
 まるで俺でなければ地獄を見ないで済んだのにねと受け取れる。いや、師匠の事だ。そう受け取るように言葉を選んだんだろう。
 だとしても、その一言に引っかかりを覚えて仕方がない。


 俺と他者との違いといえば。
 まず始めに思い浮かぶのが感性。
 痛い、辛い、苦しい、嬉しい、楽しい。
 感情は持ってる。でも如何してだろう。
 俺の場合、感情を抱いた先に本当にそれが自分の抱いた感情なのかといった疑念が割り込んでくる。だから俺は外から眺める者——『傍観者』なんだろう。


 結果でのみしか楽しめない。
 満足感だけが、信じられる唯一の感情だから。
 己が感情を正しく感じれない俺だからこそ、行動原理の拠り所は他者に他ならず。
 ゆえに、人に捧ぎ、こうして他者のために今も行動している。


「……考えても仕方ない、か」


 どうせ分かるのだ。
 ローレンの下へ向かえば答えは得れる。
 あの呟きの答えは必ず、得る事が出来る。
 不毛な思考は不必要。戸惑う心は捨ててしまえ。
 怖い? 心配? 不安?
 ならば笑え。ならば普段よりも毅然たる態度を心掛けろ。
 お前は誰だ。
 

「僕はナガレ=ハーヴェン」


 ならばナガレらしく振る舞え。
 弱気は抑えつけろ。
 意地を張れ。傲岸不遜に。
 常に強気たれ。


「大丈夫だ」


 自分に言い聞かせるように。
 暗示をかけるように。
 誰かに対して言い訳をするように。


「まだちゃんとナガレでいられてる」


 いつかは向き合わなければならない感情に。
 今日も嘘色を濃く上塗りした——。






「やあ、ナガレ。待ってたよ」


 レカント卿主催のパーティーを終え、自宅へ帰宅してから2日後。ローレンこと師匠の計らいによって1日ほど間を空けてからの修練。
 内容はといえば、待ちに待った『纒い』習得の為の荒療治であった。


「事前に言っておいた通り、3日ほどナガレの時間を拘束させて貰う。あと、どんな結果、、になろうとオレは一切の責任を負わない」
「構わない」


 含みのある言葉に対し、逡巡なく許容する。


「ナガレは随分とオレを信頼してるようで」
「そりゃそうだろう。師匠が本気で僕を殺す気なら今すぐにでも一つの骸が出来上がるだろうさ。あえて回りくどい方法を取る理由が僕には見当たらない。だから信頼し、許容する」
「ははは! 相変わらず可愛げのない子供だねえ」



 軽口をたたき合う。
 話の内容は酷く物騒なものであるが、修練を頼むや否、「オレと殺し合いをして貰う」なんて宣う師匠相手ならばこれくらいの内容で丁度いい。


「とりあえず、説明をしようか」


 笑みは消え、表情は真剣そのものへと移り変わる。


「『纒い』とは魔力を感じてはじめて、行使する事が可能となる一種の戦闘技法。裏を返せば魔力を感じれない者に『纒い』は扱えない」
「だから僕に魔力を感じれるように荒療治を施すんだろう?」
「そうそう。それであってる。あと、3日っていうのはオレがナガレに荒療治を施せる期間だ。3日で終わる、じゃない。3日しか出来ない事を頭の中に入れておいてくれ」


 トンっと言葉の途中で俺のおでこを師匠が指で小突く。


「自分と向き合え。自分を知れ。そして、自分を感じろ。ナガレ」


 なにかをされた。
 気付いた時には既に視覚が。聴覚が。全身の感覚が薄れていく。
 まるで眠りに落ちるように。


「魔力っていうのは血潮であり心であり、己自身の色をあらわす。己の心のカタチを感じ取れ。認めろ。許せ。受け入れろ。それが近道さ」


 意図すら一切わからず。
 急の出来事に抵抗の一つすら出来ずに、俺の意識は深い暗闇の中に消え沈んだ。



「さて。ここからが本番なんだが、早いところ屋敷へ戻ってくれやしないかな? 執事さんよ」


 意識を失い、倒れ込むナガレを抱え込んだローレンが徐に口を開く。


「私も同行させては貰えませんか」


 ガサゴソと音が聞こえる。
 ナガレに気づかれまいと隠れながら尾行していたんだろう。
 隠れていた執事——ヴェインの服に草木が僅かに見えた。


「それは暗に、オレを信用していないって言ってると捉えても?」
「い、いえ。そうではありませんが……」
「無理に言葉にしなくてもいいさ。今の反応で全て理解した」


 ——でも。いや、であるなら。


「尚更、同行を許すわけにはいかなくなったな」


 一段と強い拒絶反応を見せる。


「大方、ナガレの事が心配過ぎるんだろうさ。万が一。そう考えてしまうと何もかもを疑ってしまう。疑心暗鬼に陥る。自分が同行していれば『もしも』の時にナガレを守る事が出来るから。なんて考えてるんだろう? オレも巷じゃ、『貴族殺し』なんて呼ばれてるからね」
「………っ」


 返答は沈黙。
 沈黙は是である。


「幸いまだ、、時間はある。少し話をしよう。とは言っても今じゃ何の意味も為さない過去話さ」


 時は遡る。
 ナガレと出会う少し以前まで。


「丁度、オレが野垂れ死にかけてた時にシヴィスちゃんに助けて貰ったんだけど、そんなシヴィスちゃんから頼み事があると言われてね。ある貴族を鍛えてやって欲しいと言われたよ。気は進まなかった。だけど彼女の頼みならと引き受けた。なあ、執事さん。この世で金で買えないものは何だと思う?」
「お金で買えないもの、ですか」
「そうだよ。金で買えないものだ。この世の中、金を積めば大概のものは買える。人だろうと、食べ物だろうと、婚約だろうと、家だろうと、爵位だろうと。何だって買える」


 ローレンの言葉は冒涜に他ならないが、彼の言葉は止まらない。


「だけど、人のこころだけは。心のだけは金で買えないんだよ。アイツは、ナガレはシヴィスという領民の心を己の言動で勝ち取った。君の心もそうだ。この時勢、心の底から慕われる貴族というのは珍しい。しかもナガレは7歳という幼さ。その裏には何があると思う?」
「そ、それは……っ!」


 漸く気付いたのか。
 ヴェインの顔が青白く染まる。


「この荒療治は自分を曝け出さない事には前に進まない。アイツはこれから心のうちと向き合うこととなる」


 言わんとする事はただ一つ。


「必死に己を殺し、自分を作ってきたヤツのこころを許可なく君達に見せるわけにはいかない。それでもというなら。アイツのこころを踏みにじっても良いというのなら、同行すれば良いさ。もうオレからは何も言わない」


 7歳の子供が。
 あそこまで毅然とした態度を本来、取れるはずがないのだ。
 可能性があるとしたら一つ。
 誰にも弱みを見せない人格を意図的に作り上げ、演じているほかにない。
 ローレンはナガレが二重人格と疑っていた。
 あそこまで完璧に自分を殺せる人間はいるはずがないのだ。
 そんな誰かの理想を体現したかのような人格が自然と生まれてくるはずがない。


 だからこそ、地獄を見ると口にした。
 弱い部分を追いやり、新たに作り上げた人格を本来のものとして振る舞う彼にとって、自分を受け入れ、認め、向き合う事は地獄に他ならないはずだから。


 『纒い』とは必死に、ひたむきに自分自身と向き合ってきた老人が編み出した戦闘技法。
 扱う為には自分自身と向き合い、受け入れなければならない。
 自分すらも受け入れられない者に。
 自分すらも認めれない者に魔力神秘を扱う権利はないのだ。


「……私個人の欲求のために坊ちゃんのこころを踏みにじれと? つい先日まで坊ちゃんを信じ切れていなかった私ごときが? ……踏みにじれるわけが、ないでしょう……!」



 強く握りしめたその拳は。
 僅かに血に濡れていた————。
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