悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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3章

31話 ボルソッチェオ男爵家編

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『根を詰め過ぎだ』


 グレイスに負けて以来。
 更に修練に熱を入れていた俺を諌めんと、師匠であるローレン=ヘクスティアがそう口にした。


 負けるのは必然。
 あれは仕方なかった。むしろ善戦した方じゃないか。


 頭ではちゃんと理解をしている。
 表向きは納得出来ている。
 だけど、事実を許容出来ないと喚く自分もたしかに存在していた。


 考えても考えても、結論は纏まらない。
 どちらの考えも正しいのだ。
 負けを許容したその瞬間、「ああ、もう負けても仕方ないよな」とズルズルと今後に響く可能性は大いにある。


 だが、俺は戦士ではない。
 貴族としては「これは仕方がなかった」とすっぱり断ち切る事も必要とされる。
 どちらも正しい。
 ゆえに俺は修練に没頭した。
 考えることをやめたのだ。何も考えずにただひたすら修練に打ち込む。


 考えなくても済む選択肢を選ぶ事こそが、俺の出した答えだった。


 そんな俺を見かねてか。
 師匠がとある提案を持ちかけてきた。
 あまりにも当たり前すぎる事であるからか、頭からすっぽりと抜け落ちていた。



「気分転換に外出でもしろ、か……」


 修練の帰り道。
 日暮れ頃、俺の言葉が周囲に溶け込んだ。


 思えば気分転換と言えるような外出をした事がない。
 修練に、領民の様子を見るためにと外に出ることはある。


 でもそれは現代でいう外出。
 つまりはお出かけとは少し意味合いが異なるだろう。
 師匠の言う外出とは後者に当てはまる。


 一度、領地の外に出て見るのも良いかもなと。
 俺の心は揺らいでいた。


 はぁとため息をこぼし、路傍の石を蹴り飛ばす。


「……何もかもが上手くいかない、思うように事が進まない」



 どこか空想家染みた部分が俺の中のどこかに存在していたんだろう。


 現実、絵に描いた英雄のような力は手に入らないし、魔法だって扱えない。
 成功した事はといえばちょっとした農業改革くらいだ。それも先人が成功した事をそのまま真似をしただけ。己の領分を超えた身の振りをすれば、待っているのは破滅のみ。


 どうして俺がこの世界に。
 ナガレとして転生したのか。
 理由はわからない。このまま日々を過ごして良いのかもわからない。なんで俺なのかもわからない。
 わからない事だらけだ。


 二度、三度と石ころを蹴り飛ばす。
 心の中に燻る何かを掻き消さんと、また石ころを蹴る。


 根を詰めすぎ。
 まさにその通りだった。
 はぁ、ともう一度ため息を吐いて天を仰ぐ。


 悩んでも仕方がないというのに。
 心のどこかで焦ってしまってるのかもしれない。
 早く、早くと。


「……ナガレらしくもない」


 太陽は、雲で隠れてしまっていた。
 まるで自分の心の有り様を体現されてるようで、無性に視線を逸らしたくなった。


 ——ああ、本当に俺の心みたいだ。






 日も落ちきり、夜の帳が下りた頃。
 夕餉を食して自室に戻ると一通の封筒のようなものが机の上に置かれていた。


 見る限りまだ封は切られていない。
 一瞬、誰かの置き忘れか? と考えを巡らせるが俺の自室の。それも机の上にわざわざ封の切られていない封筒を置き忘れるだろうか。
 いや、その可能性は限りなく低い。


 恐らくは俺に宛てた手紙なんだろう。
 乱雑ではなく、綺麗に置かれている事から察するにヴェインあたりが置いたに違いない。



 手紙を送られる事に対して心当たりは無いんだが……と手に取り、送り主の名前を確認。


「……ああ、成る程」


 記されていた名は
 ソーマ=ボルソッチェオ。


 最後に会ったあの時から半年。
 早いような、遅いような。
 そんなタイミングでの手紙だった。


 その名を目にした瞬間に警戒心のようなものはすっかりなりを潜め、内容を確認せんと封を開ける。


 上質な、貴族が好みそうな羊皮紙に書かれていた内容は。
 一言で纏めれば、


「遊びに来ないか、か……」


 実際は後継ぎ同士の交流がうんたらかんたらと長ったらしく綴られていたが、綺麗にまとめるとうちに招待する、といったところだろうか。


 だが、親父さまがレミューゼ伯爵家の件であまりボルソッチェオ男爵家に良い印象を持っていないので表向き、ハーヴェン子爵家に対しての謝罪とそのお詫びとして俺が招待される事になるようだが。


 あくまでメンツを潰してしまった対象を俺だけにする事で、親父さまは悪くなかったという事実を印象づけたいんだろう。


 貴族社会の面倒臭さに対し苦笑いすると同時、嘆息がもれた。


「師匠に指摘されたその日に手紙か。これも何かの巡り合わせか……」


 直感や、縁は大事にしたい。
 理由は特にないが、招待を受ける事が何かの転機になるかもしれないと俺の中の天秤が傾いた。


「手土産は、そうだなあ……」


 返事は明日に書くとして。
 宛てられた手紙を手に、頰を緩める。


 根の現代人さが抜けきっていなかったのか。
 前までの当たり前の日常、行為が恋しく思っていたのか、無意識のうちに笑みを浮かべていた。


「休日も、たまには良いか」


 消え入りそうな声で小さく。
 自分に言い訳をして。
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