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俺のヒスイが神の守護者だって? そんな訳……あるかも……
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扉が閉まる寸前まで俺を心配してくれていたヒスイと別れ、黒野先生に連れられ俺は、別室へ通された。
ぱっと見は、診察室みたいだった。
デスクトップパソコンが設置された、簡素な白いデスクにベッド。本棚には分厚く難しそうな本がみっちり、部屋の隅に観葉植物がちょこんと飾られている。
気を使ってくれているのか、元々寡黙な人なのか、部屋についても黙ったまま俺にイスを勧め、今はポットでお湯を沸かしている。
正直、有り難かった。話をするような気分には、なれなかったから。
「……コーヒー、飲めるか?」
「……」
首を横に振って返すと、両手に持ったマグカップのうち一つを俺の前に置いてから、向かいに腰掛けた。ご丁寧に砂糖とミルクも一緒に。
「……ここに置いておくから、飲みたくなったら飲むといい」
静かな室内に不意にぽちゃ、ぽちゃ、ぽちゃんと沈む音。
……何かと思えば角砂糖だった。
甘党らしい。それも、極度の。今もなお、湯気立つコーヒーの中へ次々と投入されている。
シュガーポットの半分以上を入れてようやく満足したのか、スプーンでジャリジャリかき混ぜてからひと口。静かに息を吐き、綻んだ口元はどこか満足気だ。
俺の視線にやっとこさ気づいたのか、紫の瞳がはたと見開く。恥ずかしげに伏せられた目とわざとらしい咳払い。何だか無性におかしくて、つい吹き出してしまっていた。
「ふふ、すみません」
「いや、構わない……少しでも君の気持ちが晴れたのなら、何よりだ」
「やっぱり、良い人ですね……黒野先生は」
「どうかな……長く生きれば生きた分だけ、人は意図せずして狡くなってしまうものだ。ほんの僅かな一面を見たくらいで、簡単に信用しない方がいい。君の場合は特に」
そういう風に忠告してくれるところが、また……とは思ったけれど、飲み込んだ。
「コーヒー、ありがとうございます。頂きますね」
「ああ」
また、沈黙。けれども嫌な空気じゃなかった。
「君に伝えておきたいことがある。聞いてくれるか?」
「……はい」
マグカップを置き、向き直った眼差しは真剣な色を帯びていた。
また、何かイヤなことを告げられるんだろうか? 身を固くした俺の不安は杞憂に終わった。
「……全員無事だ、生きている。ショッピングモールに居た人々は全て。影にされていた者達もな」
「ホント、ですか? ホントに?」
「ああ、緑山君と君のお陰だ。君達が戦ってくれたお陰で皆が救われたんだ。その事実だけは、知っていて欲しい」
思わず握ってしまっていた、ひと回り大きな大人の手。慌てて離そうとしたけれど、口の端をゆるりと持ち上げ逆に両手で包み込んでくれた。
……温かい。ヒスイとは違うけれど、何だか落ち着く。
安心したから、だろうか。浮かんだ疑問が口をついて出ていた。
「でも、何で……」
「影になった人間は、正確には死んではいないんだ。器である肉体を影に変えられ、魂だけの存在にされている。生きた幽霊……のようなもの、だろうか」
即座に答えてくれたけど、やっぱりまだまだ疑問は尽きない。それは先生にも伝わっているみたいだ。少し柔らかく、ゆったりとした声色で問いかけてくる。
「緑山君達が使っている武器は見ただろう?」
「はい。光ってて、影を消していました」
「……かつて存在していた神が残した輝石、それを用いて作られた武器……資格ある者にしか、神の守護者の血を引く彼らにしか扱うことが出来ない聖なる力。その力こそが、邪神を退けることが出来るんだ」
いきなりのファンタジー感に思考がついていけない。いや、まぁ、今日一日の出来事が、すでに非現実感満載なんだけどさ。
「神の守護者……ヒスイが? 邪神って……」
「あの影は邪神の下僕だ。かつて神とその守護者達によって封印された邪神を復活させる為に、世界を闇に、人々を影に変えようしている」
よっぽど、響いていないというか、ぽかんとしていたんだろう。憂いを帯びた儚げな顔が、バツが悪そうに歪んでいく。
「……すまない。こんな話、いきなりされても信じろという方が無理だったな。知ることで、少しでも君の不安を取り除ければと思ったのだが……余計な混乱を招いてしまった」
「……いえ、ありがとうございます。話してくれて」
「……要するに、あの武器でなければ影を倒すことが出来ない。そして、あの武器でならば影にされた人々を救うことが出来る、ということだ」
成る程、ようやく呑み込めた。
俺が一番知りたい、知らなければならない部分だけ、簡潔に説明してくれたお陰で。
「それじゃあ、俺は? ヒスイの姿が変わったのは?」
「君も彼らと同じ適性者ではあるが、守護者ではない。神子だ。神の声を聞き、神の力を守護者にもたらす者。だから、緑山君は変身することが出来た。君のお陰で守護者としての力を最大限に発揮することが出来たんだ」
……つまり俺は、生きた変身アイテムってことか。何でトリガーがキスなのかは謎だけれど。せめて、ハグとかにして欲しかったんだけど。
「今回、襲われた人々を全て救うことが出来たのは、君の力のお陰だ。でなければ、今までのように限られた人々しか助けられなかっただろう。また、大勢の行方不明者を出してしまうところだった」
「え? それじゃあ、世間で騒がれている行方不明事件って……」
「皆、影にされてしまった人々だ。私達が救おうとして、救いきれなかった者達……だが、これからは違う。今日のように緑山君達が力を最大限に発揮出来れば、被害を確実に、未然に防ぐことが出来る。いや、それどころか今まで救えなかった人々を助け出せるかもしれない」
伏せられていた瞳が前を向く。光に満ちている紫、けれども俺を捉えた途端、再び影が落ちた。
「……済まない。勝手に盛り上がってしまって……私達は、君の意思を、権利を、蔑ろにしているのにな……」
「いえ、俺は……戦うつもりでしたから。ヒスイを守る為に」
「……彼と一緒だな。だからこそ、変身出来たのかもしれないが」
「一緒? もしかして、ヒスイと?」
彼に直接聞いた方がいい、と言葉を切る。その後は、ただのんびりと流れる時間に身を委ねた。
今更ながら自己紹介をしたり、心理カウンセラーだという彼の雑学的な講義に耳を傾けたり。
お陰で、随分と気が紛れた。ヒスイが居ない間でも、心の片隅で燻っている不安に襲われずに済んだんだ。
ぱっと見は、診察室みたいだった。
デスクトップパソコンが設置された、簡素な白いデスクにベッド。本棚には分厚く難しそうな本がみっちり、部屋の隅に観葉植物がちょこんと飾られている。
気を使ってくれているのか、元々寡黙な人なのか、部屋についても黙ったまま俺にイスを勧め、今はポットでお湯を沸かしている。
正直、有り難かった。話をするような気分には、なれなかったから。
「……コーヒー、飲めるか?」
「……」
首を横に振って返すと、両手に持ったマグカップのうち一つを俺の前に置いてから、向かいに腰掛けた。ご丁寧に砂糖とミルクも一緒に。
「……ここに置いておくから、飲みたくなったら飲むといい」
静かな室内に不意にぽちゃ、ぽちゃ、ぽちゃんと沈む音。
……何かと思えば角砂糖だった。
甘党らしい。それも、極度の。今もなお、湯気立つコーヒーの中へ次々と投入されている。
シュガーポットの半分以上を入れてようやく満足したのか、スプーンでジャリジャリかき混ぜてからひと口。静かに息を吐き、綻んだ口元はどこか満足気だ。
俺の視線にやっとこさ気づいたのか、紫の瞳がはたと見開く。恥ずかしげに伏せられた目とわざとらしい咳払い。何だか無性におかしくて、つい吹き出してしまっていた。
「ふふ、すみません」
「いや、構わない……少しでも君の気持ちが晴れたのなら、何よりだ」
「やっぱり、良い人ですね……黒野先生は」
「どうかな……長く生きれば生きた分だけ、人は意図せずして狡くなってしまうものだ。ほんの僅かな一面を見たくらいで、簡単に信用しない方がいい。君の場合は特に」
そういう風に忠告してくれるところが、また……とは思ったけれど、飲み込んだ。
「コーヒー、ありがとうございます。頂きますね」
「ああ」
また、沈黙。けれども嫌な空気じゃなかった。
「君に伝えておきたいことがある。聞いてくれるか?」
「……はい」
マグカップを置き、向き直った眼差しは真剣な色を帯びていた。
また、何かイヤなことを告げられるんだろうか? 身を固くした俺の不安は杞憂に終わった。
「……全員無事だ、生きている。ショッピングモールに居た人々は全て。影にされていた者達もな」
「ホント、ですか? ホントに?」
「ああ、緑山君と君のお陰だ。君達が戦ってくれたお陰で皆が救われたんだ。その事実だけは、知っていて欲しい」
思わず握ってしまっていた、ひと回り大きな大人の手。慌てて離そうとしたけれど、口の端をゆるりと持ち上げ逆に両手で包み込んでくれた。
……温かい。ヒスイとは違うけれど、何だか落ち着く。
安心したから、だろうか。浮かんだ疑問が口をついて出ていた。
「でも、何で……」
「影になった人間は、正確には死んではいないんだ。器である肉体を影に変えられ、魂だけの存在にされている。生きた幽霊……のようなもの、だろうか」
即座に答えてくれたけど、やっぱりまだまだ疑問は尽きない。それは先生にも伝わっているみたいだ。少し柔らかく、ゆったりとした声色で問いかけてくる。
「緑山君達が使っている武器は見ただろう?」
「はい。光ってて、影を消していました」
「……かつて存在していた神が残した輝石、それを用いて作られた武器……資格ある者にしか、神の守護者の血を引く彼らにしか扱うことが出来ない聖なる力。その力こそが、邪神を退けることが出来るんだ」
いきなりのファンタジー感に思考がついていけない。いや、まぁ、今日一日の出来事が、すでに非現実感満載なんだけどさ。
「神の守護者……ヒスイが? 邪神って……」
「あの影は邪神の下僕だ。かつて神とその守護者達によって封印された邪神を復活させる為に、世界を闇に、人々を影に変えようしている」
よっぽど、響いていないというか、ぽかんとしていたんだろう。憂いを帯びた儚げな顔が、バツが悪そうに歪んでいく。
「……すまない。こんな話、いきなりされても信じろという方が無理だったな。知ることで、少しでも君の不安を取り除ければと思ったのだが……余計な混乱を招いてしまった」
「……いえ、ありがとうございます。話してくれて」
「……要するに、あの武器でなければ影を倒すことが出来ない。そして、あの武器でならば影にされた人々を救うことが出来る、ということだ」
成る程、ようやく呑み込めた。
俺が一番知りたい、知らなければならない部分だけ、簡潔に説明してくれたお陰で。
「それじゃあ、俺は? ヒスイの姿が変わったのは?」
「君も彼らと同じ適性者ではあるが、守護者ではない。神子だ。神の声を聞き、神の力を守護者にもたらす者。だから、緑山君は変身することが出来た。君のお陰で守護者としての力を最大限に発揮することが出来たんだ」
……つまり俺は、生きた変身アイテムってことか。何でトリガーがキスなのかは謎だけれど。せめて、ハグとかにして欲しかったんだけど。
「今回、襲われた人々を全て救うことが出来たのは、君の力のお陰だ。でなければ、今までのように限られた人々しか助けられなかっただろう。また、大勢の行方不明者を出してしまうところだった」
「え? それじゃあ、世間で騒がれている行方不明事件って……」
「皆、影にされてしまった人々だ。私達が救おうとして、救いきれなかった者達……だが、これからは違う。今日のように緑山君達が力を最大限に発揮出来れば、被害を確実に、未然に防ぐことが出来る。いや、それどころか今まで救えなかった人々を助け出せるかもしれない」
伏せられていた瞳が前を向く。光に満ちている紫、けれども俺を捉えた途端、再び影が落ちた。
「……済まない。勝手に盛り上がってしまって……私達は、君の意思を、権利を、蔑ろにしているのにな……」
「いえ、俺は……戦うつもりでしたから。ヒスイを守る為に」
「……彼と一緒だな。だからこそ、変身出来たのかもしれないが」
「一緒? もしかして、ヒスイと?」
彼に直接聞いた方がいい、と言葉を切る。その後は、ただのんびりと流れる時間に身を委ねた。
今更ながら自己紹介をしたり、心理カウンセラーだという彼の雑学的な講義に耳を傾けたり。
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