【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ

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俺のヒスイは、とんでもなく寂しがり屋だったらしい

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 施設に帰ってすぐ、休む暇もなく行われた問診、血液検査、妙な機械による全身スキャン。

 昨日の人体実験じみた検査より、遥かにマシなチェックをされてから、連れて来られた整然とした部屋。

 俺を招いた張本人であり、部屋の主でもある黒野先生は、黙々とお湯を沸かしている。

「砂糖は二つ、ミルクは一つで良かったな?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 飲めるか? とも聞かれずにテーブルの上へ置かれたマグカップ。向かいの席でテキパキ俺好みにカスタマイズしてから、改めて差し出される。

 良く覚えてるな。昨日の今日とはいえ、他人の好みなんて。

 ぼんやりとコーヒーを頂いていると、憂いを帯びた男前の手によって、湯気立つマグカップの中へとぽちゃぽちゃぽちゃんと沈んでいく角砂糖達。

 ……今日も絶好調だ。

 いや、昨日より多いな。あっという間に、満タンだったシュガーポットがすっからかんになってしまった。疲れているんだろうか。

 スプーンを回す度にジャリジャリと、溶けきれていない砂糖の悲鳴が上がる。

 もはや、コーヒー風味の何かじゃないか? と思いたくなる液体を、優雅な仕草でカップを傾けひと口。

 やっぱり満足そうだ。眉間の深いシワは消え、引き結ばれていた口元は優しく綻んでいる。

 ほくほく顔のまま、もう一口と口をつけようとしたところで気づいたのか、僅かに見開いた紫の瞳が気まずそうに揺れる。

「……済まない。疲れているだろうに、悠長に構えてしまって」

「いえ、いいですよ、ゆっくり飲んでからで。なんか見ていて癒やされますし、黒野先生が美味しそうにコーヒー飲んでるの」

「……ふ、そうか。お世辞でもそう言われると、悪い気はしないな」

「ホントですって」

 笑われてしまった。変わってるな、と緩やかに口角を持ち上げながら、クスクスと。

 けれども実際にそうなんだから仕方がない。何だか落ち着くんだ。先生と二人でコーヒーを飲む。ただそれだけのことが。



 静かに置かれたカップ。それを合図に柔らかい声が、優しく語りかけるように切り出す。

「先に言っておくが、君を責めている訳ではない。いいね?」

「ってことは、やっぱり俺が原因ですか……赤木さんが最初に変身出来なかったのは」

 そんな気はしていた。

 ずっと前から戦っていた赤木さん。強い信念を持つ彼が原因とは到底思えなかったんだ。だったら必然的に、俺って訳で。

「理解が早くて助かるよ。直前に君が陥った恐怖、その負の感情が変身の安定を妨げ、結果強制的に解除されるに至ったと私達は考えている」

「つまり、俺の気持ちが安定してないとすぐ解けるってことですか?」

「ああ。だから、私は君の心のケアを任された訳だが……今の君に必要なのは診察ではないだろう」

 席を立ち、ゆっくりと俺の元へとスラリと伸びた足を進める。

 見下ろし、静かに微笑んでいた端正な顔が、ゆっくりと近づいてきた。

「え?」

 頬にさらりと触れる黒い髪。優しい体温。抱き締められている、先生に。

 長身を曲げ、俺の頭を抱き抱えるように、そっと回された腕。

「……よく、頑張ったな。よく乗り越え、立ち向かってくれた……えらいな、えらいぞ」

 肩に感じた熱とくぐもった声。ゆったりと頭を撫でてくれる優しい手つき。俺の中で、何かがぷつりと音を立てて切れていた。

「あ……っぁ……うぅ……」

 こんなにも俺は泣き虫だったんだろうか。そう、思いたくなるくらい、最近の俺は誰かの腕の中で泣いてばかりだ。



 ……美味しいものを食べて、ゆっくり休みなさい。何かあったら何時でも連絡して欲しい。ただの雑談でも構わないからな。

 深夜だろうと遠慮するなよ、と教えてもらった連絡先。端末に表示された黒野先生の文字に、何だか胸の辺りが擽ったくなった。

「レンっ……大丈夫?」

 待っていてくれたらしい。しかも、座らずに立ったまま。眉をしょんぼり下げ、落ち着きなく歩き回っていたヒスイが、部屋に入った瞬間駆け寄ってくる。

 心配してくれているのに悪いけど……可愛いな、と思ってしまった。大型犬みたいで。ぶんぶん揺れる尻尾が見えてきそうだ。

「大丈夫だよ。この通りぴんぴん」

「嘘。目、赤くなってる……鼻も」

 ピシャリと遮られてしまった。苦しそうに眉を顰めた彼の指が、俺の目元をそっと撫でる。やっぱり誤魔化せないか。

「スゴいな、ホームズ」

「……ちゃんと俺だけには言ってくれないと嫌だよ、ワトソン君」

 やっぱりヒスイはいいヤツだ。口を苦く歪めながらも乗ってきてくれる。なんてことのないやり取り。いつもしていたことなのに、今はスゴく特別で愛おしい。

「じゃあ、ハグしてもらってもいい?」

「いいよ。おいで」

 ソファーに腰掛け、ぽんぽんっと膝を叩く。遠慮なく座り、逞しい胸元に抱きついた俺を優しく抱き締め返してくれる。

「あー落ち着くー……心が充電されていくー」

「ふふ、それは良かった」

 それ以上、特に話はしないけれど落ち着くひと時。ゆったりと流れていく時間に、こみ上げてきたあくびを噛み殺した時だった。

「ねぇ……赤木先輩とは、どうだった?」

「んー?」

 どう? って……スゴく曖昧な聞き方だな。訓練のことなのか、作戦のことなのか、それとも人柄とか?

「えっと……スゴい人だなって思ったよ。自分より他人を優先しちゃうとことか、その為に鍛えてるストイックなところとか。俺もそうなれたらいいなって思ってる」

「それって……好きってこと?」

 取り敢えず答えていけばいいか、と。一番印象的なことを口にすれば、拗ねたような声が返ってきた。

「え? うん……好き、かな……普通に、とも」

 言い終わる前に遮られていた。それも手で覆うとかじゃない。何故かキスされていた。顎を掴まれて。

「ひ、すい?」

 下唇を甘噛みされてから離された。目が怖い。

 背中にぽすんっと感じたクッション。

 押し倒されている。いつの間にか覆い被さってきたヒスイが、俺の両腕を纏めて頭の上の辺りで封じる。片手だけで容易く。なんでこんなに怒ってるんだろう?

「……俺よりも? ポッと出なのに? 俺は、ずっと前からレンのこと……」

「ちょ、友達として好きなのがそんなにダメだったのか?」

「「え?」」

 キレイに重なった俺達の声。

 途端に拘束が解け、ガタイのいい身体が俺の上からゆっくりと退いていく。静かに絨毯の上で居住まいを正したかと思えば、土下座を披露してきた。

「ごめん……ごめんなさ……嫌いにならないで……」

「いやいやいや、なんねぇからっ! こんくらいで! 大丈夫だから、顔上げろよ、な?」

 さっきからびっくりの連続だ。

 そして、今も。涙声だな、とは思ったけれど、まさかホントに泣きかかってるなんて。

 よっぽどだったんだろうか? いや、よっぽどだったのかもしれない。

 なんせ、俺の為に戦うことを決めてくれたくらいだ。そんな友達を取られそうになれば、悲しくもなるよな。俺だって、寂しかったし。

「ごめんな……俺が出来ることなら何でもするから」

 機嫌を直してくれ、そう言う前にぴたりと泣き止んでくれた。まだ少し滲んだ緑の瞳が期待に揺れている。

「じゃあ、キスして欲しい……レンから俺に」

「へ?」

「やっぱり、俺より大事? 俺より赤木先輩の方が……」

「あーもー分かった、分かったから……ほら、ここ座れよ……しにくいだろ」

 いそいそと俺の隣に座り直したかと思えば、今か今かと待っている。ちょっと悔しい。可愛いなって、思ってしまった。

 息を整え、向き直る。やっぱりヒスイはカッコいい。

 ……マズいな。さっさとしてしまおう。これ以上、ドキドキする前に。

 身を乗り出して、そっと押しつける。息を止めていたせいか、ますます鼓動が激しくなってしまう。

「……これでいいか?」

「もう一回、して欲しい」

 ……マジで? 心臓がバカみたいに暴れているから、正直勘弁して欲しいんだが。

「……駄目?」

「……分かったよ」

 勝てなかった。だって、ズルい。身体は大きいくせに、子犬みたいな目をするなんて。

 もう一回そっと重ねた瞬間、閉じ込められた。筋肉質な腕でぎゅうぎゅうと。苦しくなったところでようやく解放される。

「はっ……は、ひすぃ……」

「こういう時は鼻で呼吸するんだよ。そしたら、今度はもっと長く出来るようになるよ」

 労るように俺の背中を撫でるヒスイは、すっかり上機嫌だ。それはいいんだが、最後の言葉は聞き捨てならない。

「そりゃどうも……ってまたすんのかよ?」

「博士から言われたよね? 俺達の訓練はキスすることだって」

 確かに。

 かるーくやっといてね、とか何とか言ってたな。ぼんやり思い出してると、また聞こえてくる寂しそうな声。

「やっぱり、俺とじゃ嫌?」

「嫌ならこんなに何回もしねぇよ」

 むしろ好きっていうか、訓練だって忘れそうなんだよな。言わないし、言えないけれど。

 そっか、と嬉しそうにヒスイが笑う。どうやら俺の幼なじみは、とんでもなく寂しがり屋だったらしい。
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