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24 血
人生で何度も国宝級の物を拝む機会なんてそうそうない。
だけど目の前に差し出されたのは、見覚えのあるあの木の表紙。
彫り込みの細かさは今日見ても美しく、触れるのを躊躇うほど。
「今回は事前にちゃんと申請したもん♡」と宿舎の食堂に現れた上機嫌な研究者相手に、イルの威圧感が増し、カルマは離れた席で見て見ぬふりを決め込んだ。(俺もできればそうしたかった)
ここで俺が変な抵抗をして万が一、本が壊されても困る。
一生働いても絶対弁償できないから。
だから恐ろしい威圧感漂うイルを差し置いて、俺は開かれたページに素早く手を置いた・・・・・・・・・のに。
「・・・読めないわね。」
「これ・・・字・・・?」
あの集る蟻みたいな、もじゃもじゃしたやつは浮かび上がってこなかった。
どうやらあれがイルの魔力にあたる部分だったらしい。
でもまた新たな問題が発生。
字が読めない。さっぱり、読めない。
目の前で浮かび上がっているのは、イルの魔力とはまた違ったぐねぐね・・・いや、ぐちゃぐちゃした・・・・・・ナニカ。そもそもこれは字・・・?
ふと目線を上げると俺の手が置かれたページを凝視するディランさん。そして、そのディランさんを凝視する俺。
ディランさんがあまりにも真剣な面持ちなもんで、下手に動けないしどうしたものか。
すると意外にも俺の横に座っていたイルが何か気づいて動き出し、俺の顔面をその大きな手で押し退けて前のめりになって手元を見始めた。
・・・退け方、ひどくない?
「サドエラの古字か。」
「・・・何それ。」
「その意の通りだ、戯けが。学がない。」
「・・・・・・」
普通に馬鹿にされた。
むすっとしたら、鼻で笑われた。
だって見ることねえじゃん、昔の、古っい字なんてさ。
再び手元を見ると、イルに顔をぐいっとされたせいでページから手が離れてしまった。
そして俺は発見する。
手を離すと字が薄まっていき、またくっつけると文字が濃くなる。
・・・・・・ちょっと、楽しい・・・!
何度かその遊びを繰り返していると、突然伸びてきた男の手にびくりと肩が揺れる。
・・・まずい。そういえばこれ、国宝だった。
ぎ、ぎ、ぎ、とゆっくり顔を上げ、手の主の方を見た。
目線の先にいたのはご馳走目の前に涎を垂らす獣のような笑みを浮かべた研究者、ディランさん。
瞬時に手を引いたけど、力強すぎてびくともしない。
この類稀なる筋力・・・!
本当は騎士なんじゃないの・・・?!
「レヴィちゃん!あなた!最っ高!!」
「なっ、何がっ、ですか!?」
「それはもうレヴィちゃんの全部!ぜーんぶが研究対象って、きゃっ、いやんっ!やーだ、ちょっと~!?こんな鋭利な氷、飛ばさないでくれるう?」
「勝手に触るな。」
「あら、随分とケチな竜人ねえ~」
ディランさんの返答にすかさず手を構えて何らかの攻撃魔法を放とうとするイルの腕に飛びつき必死の阻止。
チッと舌打ちをしたイルは立ち上がり、俺を抱え上げて(しかも軽々と)膝の上におろした。
ああああ・・・・・・っ!
恥ずかしいから騎士団で膝着地も、抱えて移動すんのも、やめろって言い聞かせて「何が恥ずかしいんだ、言ってみろ」とかいう怒涛の詰問を躱し続けて、やっっと・・・何とかさっきみたく"隣に"座らせたのに・・・っ!
「・・・俺の努力を水の泡にしましたね・・・!?」
「何のことお?ねえ、そんなことよりこれから予定空いてる?俺の研究室に、」
「ディラン、悪いがそんな暇はない。」
「びっ、びっくりした・・・っ!」
食堂の入り口付近から突然切羽詰まる声がした。
振り返るとジェイスさんが片腕を扉について、息も切れ切れで立っていた。
カルマはジェイスさんを見て即座に立ち上がり、テーブルに置いていた剣を手にして歩き出す。
「・・・レヴィ、到着早々すまないが力を貸して欲しい。」
「・・・・・・わかり、ました。」
どうやら只事ではない何かが起こっている。
よく見るとジェイスさんの額には玉のような汗が浮かび、隊服にはところどころ赤黒い血のようなものがついていた。
ふう、と大きく息を吐き呼吸を整えたジェイスさんは、ピンと背筋を伸ばし俺からイルに目線を移した。
「あなたはそこにいてくださっても構いません。移動でお疲れでしょうから。」
「・・・お前はことごとく俺をイラつかせるのが得意だな。」
「イ、イルも行きます!のでっ、早く案内してください!!」
「・・・わかった。」
本当この二人、相性悪い。
ジェイスさんも普段こんなトゲトゲしいこと言わないんだけどな・・・?!
・・・と、とにかく!今は問題の場所へ向かうのが最優先!
宿舎から少し離れた場所ということで竜化したイルに乗せてもらって移動する。
そして俺は思い知ることになる。
魔族の"呪い"の恐ろしさを。
----------------⭐︎
「・・・・・・な、にがあったんですか・・・?」
「・・・試料採取中に上級の魔物が突然湧くように現れたらしい。研究者一名、護衛の騎士一名が死亡。他に騎士二名が負傷している。」
「・・・うっ、ぐっ、ゲホッ、ゴホッ、」
着いた先はコルヴィを見つけた森のすぐ近くだった。
辺りの地面は至る所が抉れていて、試料を入れるためのガラス瓶や大判の布が散乱。
そして、雑草に大量の血が飛び散っていた。
一気に腹の奥から気持ち悪さが込み上げて、吐きそうになる。
寸前のところで堪えたけど、しばらく咳が止まらず生理的な涙がぽろぽろと流れていく。
イルは何も言わず、俺の体を抱え上げて深いため息をついた。
「死亡した騎士がトドメを刺した瞬間、他二名の騎士に呪いを残していった。」
「・・・の、ろい・・・」
「・・・頼んでもいいだろうか。」
「・・・・・・はい。」
そっと背中に触れる手。
イルはそれを見てすぐさまジェイスさんから距離をとる。
ようやく咳が落ち着き涙を拭ってジェイスさんを見ると、ぎゅっと固く結ばれた口元が見えた。
後から聞いた話によると、緊急要請を受けてジェイスさんが来た時にはすでに遅く、この状況だったそうだ。
「・・・ち、からの加減が、まだ上手くできないので、みなさん離れていてください。」
「わかった。」
「イル、おろして。」
「・・・俺はいいだろう。」
「怪我、させたくない。」
「・・・・・・・・・甘く見られたものだ。」
イルはジェイスさんの後に続き、騎士二人が寝かされている場所まで俺を運んでくれた。
イルの歩く振動が、俺の鼓動を早めていく。
血だらけの騎士二人が見えてきて、俺は自分の手が震えていることに気づく。
半ば呆然としてじっと手を見ていると、俺の手にかぶさるように少し冷たい大きな手が重なった。
「ちゃんと息をしろ。」
ごちん、と額がぶつかって、じんじんとした痛みが滲んでいく。
驚いて目を開くと、一瞬だけ弧を描いた琥珀色の瞳がまた近づいて来て、今度は少しだけ優しく額が合わさってから、離れていく。
「・・・俺が代わってやれたらいいのにな。」
不器用に笑うイルを見て、目が覚めた気がした。
「・・・仕事奪るなよ。」
「生意気な餓鬼。」
ゆっくりと足が地面に着地して、強めにばしんっと背中を叩かれた。
少しよろよろとよろめいてしまったけど、足にグッと力を入れて前に進む。
騎士二人に近づくと、それぞれ太腿と肩からあの黒い靄が出ているのが見えた。
二人とも意識はなく、苦しそうに呻き声を上げるだけ。
胸いっぱいに空気を吸って、吐き出す。
三回くらいそれを繰り返した後、俺は祈るような気持ちで手をかざす。
体から湧き出る熱を持った塊を、少しずつ、少しずつ、削り出して手から放出する。
この加減を誤ると俺はまた血を吐くことになるから、できるだけ丁寧に、でも素早く。
ふわふわと温かい空気が体を纏うのがわかる。
しばらくそれを繰り返し、閉じていた目を開けた。
「・・・よ、かった・・・っ、」
黒い靄が消えた。
眉間に寄った皺も和らぎ、呼吸が落ち着いている。
俺に切り傷は治せない。
あとはリーディア様にでも任せよう。(言い方次第では怒られちゃう)
無意識に正座して座っていた足を崩した拍子に、そのままずるっと横に倒れてしまった。
「まあまあだな。」
「・・・褒めて伸ばしてくれ。」
倒れた俺をしゃがみ込んで覗くイルの意地悪な顔に、なぜか妙に心躍った。
もう一度手を見る。
俺の手はまだ震えていたけど、さっきまでの震えとは少し意味合いが違うように思えた。
慌てるように駆け寄って来たジェイスさんはイルの威圧も完全に無視して俺の前に両膝をつくと、何度も何度も頷いて、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
だけど目の前に差し出されたのは、見覚えのあるあの木の表紙。
彫り込みの細かさは今日見ても美しく、触れるのを躊躇うほど。
「今回は事前にちゃんと申請したもん♡」と宿舎の食堂に現れた上機嫌な研究者相手に、イルの威圧感が増し、カルマは離れた席で見て見ぬふりを決め込んだ。(俺もできればそうしたかった)
ここで俺が変な抵抗をして万が一、本が壊されても困る。
一生働いても絶対弁償できないから。
だから恐ろしい威圧感漂うイルを差し置いて、俺は開かれたページに素早く手を置いた・・・・・・・・・のに。
「・・・読めないわね。」
「これ・・・字・・・?」
あの集る蟻みたいな、もじゃもじゃしたやつは浮かび上がってこなかった。
どうやらあれがイルの魔力にあたる部分だったらしい。
でもまた新たな問題が発生。
字が読めない。さっぱり、読めない。
目の前で浮かび上がっているのは、イルの魔力とはまた違ったぐねぐね・・・いや、ぐちゃぐちゃした・・・・・・ナニカ。そもそもこれは字・・・?
ふと目線を上げると俺の手が置かれたページを凝視するディランさん。そして、そのディランさんを凝視する俺。
ディランさんがあまりにも真剣な面持ちなもんで、下手に動けないしどうしたものか。
すると意外にも俺の横に座っていたイルが何か気づいて動き出し、俺の顔面をその大きな手で押し退けて前のめりになって手元を見始めた。
・・・退け方、ひどくない?
「サドエラの古字か。」
「・・・何それ。」
「その意の通りだ、戯けが。学がない。」
「・・・・・・」
普通に馬鹿にされた。
むすっとしたら、鼻で笑われた。
だって見ることねえじゃん、昔の、古っい字なんてさ。
再び手元を見ると、イルに顔をぐいっとされたせいでページから手が離れてしまった。
そして俺は発見する。
手を離すと字が薄まっていき、またくっつけると文字が濃くなる。
・・・・・・ちょっと、楽しい・・・!
何度かその遊びを繰り返していると、突然伸びてきた男の手にびくりと肩が揺れる。
・・・まずい。そういえばこれ、国宝だった。
ぎ、ぎ、ぎ、とゆっくり顔を上げ、手の主の方を見た。
目線の先にいたのはご馳走目の前に涎を垂らす獣のような笑みを浮かべた研究者、ディランさん。
瞬時に手を引いたけど、力強すぎてびくともしない。
この類稀なる筋力・・・!
本当は騎士なんじゃないの・・・?!
「レヴィちゃん!あなた!最っ高!!」
「なっ、何がっ、ですか!?」
「それはもうレヴィちゃんの全部!ぜーんぶが研究対象って、きゃっ、いやんっ!やーだ、ちょっと~!?こんな鋭利な氷、飛ばさないでくれるう?」
「勝手に触るな。」
「あら、随分とケチな竜人ねえ~」
ディランさんの返答にすかさず手を構えて何らかの攻撃魔法を放とうとするイルの腕に飛びつき必死の阻止。
チッと舌打ちをしたイルは立ち上がり、俺を抱え上げて(しかも軽々と)膝の上におろした。
ああああ・・・・・・っ!
恥ずかしいから騎士団で膝着地も、抱えて移動すんのも、やめろって言い聞かせて「何が恥ずかしいんだ、言ってみろ」とかいう怒涛の詰問を躱し続けて、やっっと・・・何とかさっきみたく"隣に"座らせたのに・・・っ!
「・・・俺の努力を水の泡にしましたね・・・!?」
「何のことお?ねえ、そんなことよりこれから予定空いてる?俺の研究室に、」
「ディラン、悪いがそんな暇はない。」
「びっ、びっくりした・・・っ!」
食堂の入り口付近から突然切羽詰まる声がした。
振り返るとジェイスさんが片腕を扉について、息も切れ切れで立っていた。
カルマはジェイスさんを見て即座に立ち上がり、テーブルに置いていた剣を手にして歩き出す。
「・・・レヴィ、到着早々すまないが力を貸して欲しい。」
「・・・・・・わかり、ました。」
どうやら只事ではない何かが起こっている。
よく見るとジェイスさんの額には玉のような汗が浮かび、隊服にはところどころ赤黒い血のようなものがついていた。
ふう、と大きく息を吐き呼吸を整えたジェイスさんは、ピンと背筋を伸ばし俺からイルに目線を移した。
「あなたはそこにいてくださっても構いません。移動でお疲れでしょうから。」
「・・・お前はことごとく俺をイラつかせるのが得意だな。」
「イ、イルも行きます!のでっ、早く案内してください!!」
「・・・わかった。」
本当この二人、相性悪い。
ジェイスさんも普段こんなトゲトゲしいこと言わないんだけどな・・・?!
・・・と、とにかく!今は問題の場所へ向かうのが最優先!
宿舎から少し離れた場所ということで竜化したイルに乗せてもらって移動する。
そして俺は思い知ることになる。
魔族の"呪い"の恐ろしさを。
----------------⭐︎
「・・・・・・な、にがあったんですか・・・?」
「・・・試料採取中に上級の魔物が突然湧くように現れたらしい。研究者一名、護衛の騎士一名が死亡。他に騎士二名が負傷している。」
「・・・うっ、ぐっ、ゲホッ、ゴホッ、」
着いた先はコルヴィを見つけた森のすぐ近くだった。
辺りの地面は至る所が抉れていて、試料を入れるためのガラス瓶や大判の布が散乱。
そして、雑草に大量の血が飛び散っていた。
一気に腹の奥から気持ち悪さが込み上げて、吐きそうになる。
寸前のところで堪えたけど、しばらく咳が止まらず生理的な涙がぽろぽろと流れていく。
イルは何も言わず、俺の体を抱え上げて深いため息をついた。
「死亡した騎士がトドメを刺した瞬間、他二名の騎士に呪いを残していった。」
「・・・の、ろい・・・」
「・・・頼んでもいいだろうか。」
「・・・・・・はい。」
そっと背中に触れる手。
イルはそれを見てすぐさまジェイスさんから距離をとる。
ようやく咳が落ち着き涙を拭ってジェイスさんを見ると、ぎゅっと固く結ばれた口元が見えた。
後から聞いた話によると、緊急要請を受けてジェイスさんが来た時にはすでに遅く、この状況だったそうだ。
「・・・ち、からの加減が、まだ上手くできないので、みなさん離れていてください。」
「わかった。」
「イル、おろして。」
「・・・俺はいいだろう。」
「怪我、させたくない。」
「・・・・・・・・・甘く見られたものだ。」
イルはジェイスさんの後に続き、騎士二人が寝かされている場所まで俺を運んでくれた。
イルの歩く振動が、俺の鼓動を早めていく。
血だらけの騎士二人が見えてきて、俺は自分の手が震えていることに気づく。
半ば呆然としてじっと手を見ていると、俺の手にかぶさるように少し冷たい大きな手が重なった。
「ちゃんと息をしろ。」
ごちん、と額がぶつかって、じんじんとした痛みが滲んでいく。
驚いて目を開くと、一瞬だけ弧を描いた琥珀色の瞳がまた近づいて来て、今度は少しだけ優しく額が合わさってから、離れていく。
「・・・俺が代わってやれたらいいのにな。」
不器用に笑うイルを見て、目が覚めた気がした。
「・・・仕事奪るなよ。」
「生意気な餓鬼。」
ゆっくりと足が地面に着地して、強めにばしんっと背中を叩かれた。
少しよろよろとよろめいてしまったけど、足にグッと力を入れて前に進む。
騎士二人に近づくと、それぞれ太腿と肩からあの黒い靄が出ているのが見えた。
二人とも意識はなく、苦しそうに呻き声を上げるだけ。
胸いっぱいに空気を吸って、吐き出す。
三回くらいそれを繰り返した後、俺は祈るような気持ちで手をかざす。
体から湧き出る熱を持った塊を、少しずつ、少しずつ、削り出して手から放出する。
この加減を誤ると俺はまた血を吐くことになるから、できるだけ丁寧に、でも素早く。
ふわふわと温かい空気が体を纏うのがわかる。
しばらくそれを繰り返し、閉じていた目を開けた。
「・・・よ、かった・・・っ、」
黒い靄が消えた。
眉間に寄った皺も和らぎ、呼吸が落ち着いている。
俺に切り傷は治せない。
あとはリーディア様にでも任せよう。(言い方次第では怒られちゃう)
無意識に正座して座っていた足を崩した拍子に、そのままずるっと横に倒れてしまった。
「まあまあだな。」
「・・・褒めて伸ばしてくれ。」
倒れた俺をしゃがみ込んで覗くイルの意地悪な顔に、なぜか妙に心躍った。
もう一度手を見る。
俺の手はまだ震えていたけど、さっきまでの震えとは少し意味合いが違うように思えた。
慌てるように駆け寄って来たジェイスさんはイルの威圧も完全に無視して俺の前に両膝をつくと、何度も何度も頷いて、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
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