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俺を目掛けて飛んできた黒い塊が一瞬で視界から消える。
ぐん、と腕を引かれ受け身をとる暇もなく投げ出された体に強い衝撃が走ったけど、そんなこと気にする余裕はない。
丈の長い雑草が視界の邪魔をして、状況が把握できない。
慌てて体を起こし、何とか立ち上がって俺が目にしたもの。
「・・・・・・イル?」
苦痛に顔を歪め、左肩から夥しい血を流すイルの姿。
早く止血をしないと危ない、と俺でも分かる。
でもイルは止血をするわけでもなく、目の前の敵に攻撃魔法を放った。
イルの魔法があまりにも強すぎて、衝撃波から俺はまた尻餅をついた。
慌てて雑草を手でかき分け、イルの方へ向かった。
「あなたも、一緒に逝きましょう。」
鬼気迫るこの場に、あまりにも似合わない弾んだ声。
声の主を見ると体が半分消えかかっているのにも関わらず、照準を合わせるように残った片腕を真っ直ぐ伸ばしていた。
腕が伸びた先には、膝立ちで俯くイルの姿。
「っ、やめろ!!!」
いつも役立たずな足に必死で喝を入れ、痛いくらい踏ん張った。
走って、走って、走って。
イルの前に立ち、あいつが放った魔法に思いっきり魔力をぶつけると暴発したような轟音と衝撃があたりに広がって、土埃が舞い上がる。
後ろを振り返ると、土埃の中でイルの瞳を垣間見た。
何か言いたそうなその視線。
・・・この目は絶対この後、説教が始まるな。
だから、怒られる前に、先に言っておくよ。
ごめん、イル。
俺、約束守れなかった。
どこからともなく風が吹いてきて、土埃が消えていく。
きっとジェイスさんが風魔法を使ってくれたんだろう。
肩の傷口を確認して、ありったけの魔力を注ぎ込む。
俺はリーディア様みたいに竜人の傷は治せない。
だけど、止血くらいはできると信じて。
「・・・このっ、馬鹿、者が・・・っ、」
苦しいくらい俺を抱きしめるイルの体がいつもより温かく感じるのは、イルの体温のせいか、俺の体が冷たくなっているからか。
「────────」
俺の言葉に唇を噛み締めたイルはいくつも怒りの言葉を吐いていて、あまりの怖さに苦笑いを浮かべるしかない。
イルの頬に手を伸ばし一撫ですると、イルの手が重なった。
「約束、守れよ?」
もう一言だけ口にしたら、勝手に目が閉じていった。
視界が暗転する直前見えたのは、イルの美しい琥珀色と、そこから溢れる涙だった。
----------------⭐︎
「ひょうはないひゃら、ふぉへひゃふ。」
「・・・・・・何て?」
宿舎の談話室でフェイさんと筋トレ中の俺の前に現れたのは、口いっぱい、腕いっぱいに食べ物を抱えたカルマ。
美味しそうな果物飴を俺に差し出している。
何と言ってるか聞き取れず聞き返したのが気に入らなかったのか不満そうな顔。
もぐもぐ、ごくん、と口の中を空にして「しょうがないからこれやるっつったんだよ」と言ったくせに俺が手を伸ばすのとほぼ同時に果物飴を自分の口に放り込んだ。
「あ!」と声を上げた時にはもう遅く、パリ、バリ、と飴を噛み砕く音だけが談話室に虚しく響いた。
「何で食うんだよ!くれよ!」
「萎えた。もうやらん。自分で買いに行け。」
「はあ?!どこに?!」
「大通りに行きゃあ、そこら中で買える。昨日から豊穣祭やってっから。」
「何それ?」
「・・・田舎者が。」
「\$#%×*☆!?」
「まあまあ、落ち着きなって。」
間に入ったフェイさんがカルマの頭にコツンと一発拳を入れる。
カルマはふんっと息を吐き、談話室のソファーに体を投げ出すと、他の食べ物もむしゃむしゃ頬張りだした。子どもか。
「ふぉひてはほほひったんひゃ(砦はどこ行ったんだ)」
「イルは魔族討伐。もうすぐ帰ってくるんじゃ・・・あ、ほらあそこに見える。」
「(ごくん)じゃあ、砦と一緒に行けばいいじゃん。」
「なるほど。本人が一緒なら外出も許してくれそうだね。行っておいで、せっかくだし。」
「・・・イルと、街に?」
窓の向こうの濃紺色の竜を再度見る。
確かに竜騎士団に来てから行った場所と言えば竜騎士の訓練場か王都騎士団の訓練場。
街の散策なんて、したことが無い。
この数週間で、イル達竜人と両騎士団の活躍もあって相当数の魔族が討伐できたらしい。
リーディア様との特訓の甲斐あって、誰かが呪いを受けたとしても俺の魔力が微力ながら役に立っている。
ディランさんは俺の魔力の分析までし始めた。
いつも、顔が本気で結構怖い。
確実に穏やかな暮らしが戻ってきていて、毎年恒例の豊穣祭とやらが例年通り開催中。
ちょっと・・・・・・いや、かなり、興味あるなあ。
「たくさん露店も出てるから、きっと楽しいよ。」
「・・・竜人、目立ちません?」
「目立ってなんぼだろ。あの顔面だぞ。見せびらかせ。」
「他の竜人方は普通に出歩いてるみたいだよ。目立ちはするけど、大丈夫。」
「・・・・・・なるほど。」
竜人が街を闊歩する姿を想像していると、ガコッと、雑に玄関扉を開ける音がする。
こちらに向かって一直線にどすどすと歩いてくる音が聞こえてきた。足音でさえ、イルっぽい。
「おかえり。怪我ない?」
「・・・ない。」
「お祭りやってるんだって。俺行きたい。めちゃくちゃ行きたい。イル、一緒行こう?」
「・・・・・・・・・」
無言でフェイさんから俺を引き離し、抱え上げたイルの顔がまあ~・・・面倒くさそうで笑ってしまう。
イルは熟考の末、フェイさんにいくつか質問を投げたあと、はあ、と息を吐いて歩き出した。
もちろん、玄関の方へ。
「ありがと。嬉しい。」
「・・・少しだけだからな。」
「俺、大きな祭りって初めてだ。わくわくする!」
「・・・・・・」
猫みたいに頭を擦り寄せたイルは、竜化はせずに馬に乗り街へ向かった。(乗られた馬は絶対びびってた)
俺も一応竜騎士団所属だから結構給料も貰えていて、この間爺ちゃんに仕送り的なこともできた。
だから今日は、ご褒美を買う日にしよう。
「・・・凄い。」
街に近づくにつれあちらこちらに色とりどりの装飾がされている。
人もいっぱい、店もいっぱい。
イルを見て行き交う人はびっくり────こんだけ体が大きいし、やっぱ目立つ────してたけど、近寄ってくる人もいなかった。
「あ!あそこ!あの店、見たい!」
「勝手に歩き回るな。」
「ぐえっ、ゲホ、何すん・・・・・・あ、じゃあ手繋ごう!早く見たい!」
「・・・・・・・・・」
想像の遥か上をいく賑やかさに、俺はわくわくが止まらない。
目に入った店に向かおうとしたら、襟元をギュンっと引っ張られ強制停止。
こんな人混みの中で抱き上げられてはたまらない(単純に恥ずかしい)から、事前に釘を刺しておいた。
手を繋げばある程度の自由行動も許してくれるだろうと思ったんだけど・・・?
伸ばされた手をきょとんとした顔で見るだけのイル。
「イル、早く!」
「・・・・・・手が何だ。」
「?こうすれば、はぐれないじゃん。」
イルの手を握ると、少し冷たい。
竜人は人間よりも体温が低いらしい。
いつもイルが俺の腕を引っ張る時みたいに、今日は俺がイルの手を引いた。
「やばい、興奮しすぎて鼻血出そう。」
「舐めるぞ。」
「・・・それはマジで勘弁して。」
イルなら本当にやりかねない。
俺は何度か深呼吸をして、再び歩き出す。
食器に雑貨、衣料品に金細工。
何十店舗も見て回り、買った物といえば。
「いいじゃん、イル。やっぱり似合う。」
「・・・・・・」
魔石にタッセルが付いた耳飾りを買った。
いるか、いらないかは聞かなかった。
だって俺が、イルにあげたかっただけから。
「これは今日の夕飯後にみんなで食べよーっと。」
「・・・・・・」
「本当に楽しかった・・・っ!また来年も来たいな!」
「・・・・・・」
途中で買った編みかごいっぱいの焼き菓子は香ばしくて良い香りがする。
横に並んで歩くイルの耳元で揺れる飾りを見て、俺は自然と口角が上がっていく。
そんな俺をイルはただ穏やかな顔で何度も何度も見ていて、宿舎に帰るまで手はずっと離さなかった。
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