【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O

文字の大きさ
10 / 16

10

しおりを挟む
事の始まりは、約半年前のこと。
王都のアカデミーを無事卒業してすぐ、リーシュの兄であるラズワルドは当主代理として王宮に呼ばれていた。
"オーロラ魔法"の分析に協力して欲しいと、王宮付き魔法士に依頼されたからである。



ギデオン家以外でこの魔法が使えるのは、ギデオン家の遠縁にあたるリリス家とグレンジャー家くらいだ。
オーロラ魔法は転移魔法のことを指す。
この魔法を分析し、血筋に関係なく他の魔法士も使えるようになれば、魔法の発展に直結すると国は考えていた。





「ラズワルド、卒業式ぶりだな。」

「・・・ようやく領地に戻ったと言うのにまた王都ですか。私なら移動は一瞬ですけど・・・早く帰りたい。リーシュと研究の続きがしたい・・・」

「お前は変わらないな。」

「褒め言葉と受け取りました。」

「・・・ふっ、そうしてくれ。」

「・・・はあ、帰りたい。」



国のためとはいえ、ラズワルドはさっさと済ませて領地へ帰りたい。王子を前にしても尚、ぶつぶつ文句を垂れている。




「まあ、そう言うな。弟・・・確かリー・・・えっと、」

「リーシュです、ラファド様。名前まで美しいでしょう?」

「・・・溺愛ぶりが更に増した気がするが・・・。弟は夜会にも出ないんだろう?」

「出しませんよ。羽虫に集られては困ります。」

「俺と同じで"塵"に敏感だったな。」

「この私よりも魔力が多いですからね。」

「そりゃ凄い。」





この2人、アカデミー時代はクラスが一緒、寮の部屋は隣同士。
入学当初、ラファドは基本いつも単独で行動していたのだが、気が付けばラズワルドが自然に一緒にいるようになっていた。
何でもラズワルドの"塵"は殆ど気にならず"静か"なのだと言う。塵が静かとは、一体どういう意味なのだろうとラズワルドは常日頃思っていた。



在学中からラズワルドのリーシュ溺愛ぶりは変わらない。むしろ加速していく一方だった。
口を開けば、弟の話ばかり。
3年間呪文のように言われ続ければさすがにラファドも気になる。




「そういえば例の専属魔法士の件。まだ決めかねているのでしょう?」

「・・・お前のところにまで話が行っているのか。」

「民の噂話はすぐに広がりますからね。こうなったらハンナ様に兼任をしていただいてはどうですか?」

「それは俺に死ねと?」

「まさか。だって過去に例があったはずですよ。」

「よく知っていたな。」

「ギデオン家を指名されたら困りますからね。あんなに気さくな方なのですから、頼みやすいのでは?ハンナ様の"塵"も気にならないっと話されていたの、私は覚えていますよ。」

「・・・計算高い男だ。」

「正直者の間違いでしょう。」




よほどリーシュを王都に連れてきたくないらしい。ハンナを贄にする魂胆が見え見えである。



「兼任なんてそんな恐ろしいことは言えないさ。兄上はそろそろ婚約者にハンナ様を引っ張るおつもりだろう。」

「彼の方の溺愛ぶりもよく耳にしますよ。」

「俺が殺される。あの"耳飾り"にも並々ならない執念を感じる。」

「お綺麗な方ですしね。」

「羨ましくもあるさ。俺にはそんな相手現れない。」




第二王子であるジョシュアのハンナに対する溺愛ぶりは有名だ。
魔力の質も合ったのだろう。
そしてハンナの貴族らしからぬ、飾らないサバサバした性格にこそジョシュアは惚れ込んでいた。
専属魔法士と王子の婚姻は過去にもあったが、数は多くない。今頃必死にハンナを婚約者に、と王を説得していることだろう。




ラファドは兄ともうすぐ義姉になるであろう2人の姿を思い浮かべる。何とも似合いの2人だ。思わずふっと笑いがこぼれる。




「ラファド様が誰かに執着する姿はあまり想像でき・・・いや全くできません。」

「そうだろう。自分でもそう思う。」

「まあそんなラファド様でさえ、うちのリーシュを見ればきっと・・・んん?」

「・・・どうした?」


ラズワルドが急に足を止め、空気が乱れるほど首を左右に振り、周りを見渡し始める。まるで何かを探しているかのようだ。
そんかラズワルドに若干引きつつ、ラファドは彼の様子を見守った。



すると、次の瞬間。
眩く、そしてゆらゆらと揺らめく光が辺りを支配する。
見たこともないほど美しいオーロラが、王宮の中庭で輝きを放った。
そしてその中心からオーロラを纏うようにして現れたのは、一人の黒髪の少年。
ラズワルドは、その少年の方へ慌てて駆け寄った。




「リ、リーーーシュ!?な、な、なぜこのような場所に!?」



挙動不審にも程がある。
わたわたと手を振り、首を振るラズワルド。
そしてそんな彼とは対照的に、突然現れた少年は兄に向かって一言。




「書類お忘れでしたよ。すぐ会えてよかった。じゃ、僕は帰りますね。」

「はへ?」




「ではまた夕食の時に」と小さく手を振り、オーロラを纏った少年はすぐにその場から消えた。
滞在時間、30秒。
近くにいた騎士やメイド、文官までもこの30秒間の出来事を上手く飲み込めず固まっている。
それはあの男も同様だ。
リーシュが消えた後、ラファドはしばらく動けなかった。



鼓動が早く、身体が熱い。
さっきの光景が頭から離れない。
このわずかな時間の間に、ラファドは恋に落ちた。







文字通りすぐ帰ったリーシュにラズワルドは「もっと兄に会えたことを喜んでくれてもいいのに」という寂しい気持ちと変な虫がつく前に帰ったことを喜ぶ気持ちとが複雑に絡まっていた。
はあ、と一人ため息をつき、大理石の廊下まで戻ってきたラズワルド。
そして自分の目の前で耳や首まで真っ赤にした銀髪の男に絶句した。




「ああ・・・っ、面倒な虫がこんなところにも。」と、一国の王子に対して呟いた。






この日のラズワルドは、ツイてなかった。
リーシュが見つかってしまった。
王宮付き魔法士には根掘り葉掘りオーロラ魔法について聞かれげっそり。
用を済ませたからにはさっさと帰ろうと、転移魔法を使おうとした瞬間、どこからともなく現れた"悪い虫"に腕を掴まれ、帰れなくなった。

この日の宿泊先は、王宮内のラファドの部屋。




「俺はお前の弟を専属魔法士・・・いや、婚約者にしたい。今後の流れを話し合おう。」

「・・・絶っっっ対に許しませんからね!!」





この晩、この話し合いに決着がつくわけもなく。

この後、ラファドは約2ヶ月間を掛けて、ラズワルドを説得し、そして条件付きで、リーシュへの専属魔法士の打診を許したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。 強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。 「お前は、俺だけのものだ」 これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん
BL
「お前は役立たずだ」――。 王立錬金術師工房を理不尽に追放された青年フィオ。彼に残されたのは、物の真の価値を見抜くユニークスキル【神眼鑑定】と、前世で培ったアンティークの修復技術だけだった。 絶望の淵で、彼は王都の片隅に小さな修理屋『時の忘れもの』を開く。忘れられたガラクタに再び命を吹き込む穏やかな日々。そんな彼の前に、ある日、氷のように美しい一人の青年が現れる。 「これを、直してほしい」 レオと名乗る彼が持ち込む品は、なぜか歴史を揺るがすほどの“国宝級”のガラクタばかり。壊れた「物」を通して、少しずつ心を通わせていく二人。しかし、レオが隠し続けたその正体は、フィオの運命を、そして国をも揺るがす、あまりにも大きな秘密だった――。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks 表紙:meadow様(X:@into_ml79) 挿絵:Garp様(X:garp_cts) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

処理中です...