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リーシュが転移した先は、彼がよく魔物討伐をしていたギデオン家領地内の森だった。
暗闇の中、ぽつんと自分一人。
「逃げちゃった・・・どうしよう。」
どうしようと言っても、事情を説明するためには家に戻るしかない。
リーシュは一先ず近くの小川に行くと周囲に結界を張った。
ポケットに入れていたハンカチを川の水に浸し、ギュッと絞って瞼に当てる。
ひんやりして、気持ちいい。
リーシュの脳内では、先ほどまでの出来事が何度も何度も繰り返されていた。
「ラファド様は優しいから僕のこと心配してそうだな。」
温くなったハンカチを、もう一度川に浸ける。
水面に映った自分の顔が、情けなく見えた。
「・・・これ護衛放棄だよな。最早解雇案件・・・・・・いや、そもそも正式な契約してないし・・・?父上と兄上に謝らないと。」
リーシュは考えがまとらない。
しばらく夜風を浴びて、あのもやもやした気持ちを無理やり落ち着かせた。
冷やしたハンカチを当てたことで、赤くなった目元もましになった。
ふぅーーと、深呼吸をしてからまた転移魔法を使い、約4ヶ月ぶりの実家へとリーシュは転移した。
屋敷に戻るとすでにリーシュの父と兄が玄関で待ち構えていた。
2人とも何か言いたげな顔をしていたが、リーシュの顔を見るなり、更に顔を歪ませた。
「父上、それから・・・兄上。連絡もせず突然申し訳ありません。」
「・・・ああ。」
「あの・・・もしかしてご存知かと思いますが・・・一旦、家に入ってもよろしいでしょうか?」
「・・・・・・ジョンソン、飲み物を用意してくれ。」
ガーディナーの言葉に「畏まりました」と執事のジョンソンが一礼する。
そして兄のラズワルドは、何も言わずリーシュをそっと引き寄せて抱きしめた。
王宮から通信魔法ですでに連絡が来ていた。
もちろん差出人はラファドである。
『リーシュがそちらに向かった。必ず保護してくれ。』
それだけが、書かれていたそうだ。
懐かしい気持ちで座った椅子。
リーシュの目の前にはすぐにいい香りの紅茶が出された。
ゆらゆら上がる紅茶の湯気を見ながら、リーシュはこの約4ヶ月間のことを話し始めた。
正式な専属魔法士の契約まで至っていなかったこと。
自分はそれを今日まで知らなかったこと。
ラファドにはとても良くしてもらったこと。
自分の意思で勝手にここへ戻ってきたこと。
もう恐らく解雇されること。
ラファドを慕っていることはさすがに恥ずかしいので、リーシュは敢えて伏せておいた。
父も兄もリーシュがぽつりぽつりと話す間、静かだった。それがまたリーシュの目頭を熱くさせたのだが、必死に耐えた。
「申し訳ありません。伯爵家に泥を塗るような真似をしてしまいました。」
「何を・・・言っている。」
「お怒りになるのも当然です。僕は・・・職責を放棄したのですから。」
「だから、何を」
「僕はこの地の魔物討伐に専念致します。ラファド様には・・・文で謝罪を・・・」
「リーシュ、待て。」
「それも否とするのであれば、少し時間をください。平民となり、他国へ」
カシャンっと大きな音を立ててティーカップを置く音がした。
言いかけた自分の言葉を飲み込んだリーシュは、ビクっと肩を揺らす。
いつの間にか下を向き、自分のきつく握りしめた両手を見ていたことにリーシュは気づいた。
恐る恐る顔を上げた先に見えたのは怒りに満ち溢れた兄、ラズワルドの顔。
こめかみに青筋が浮かび、手元のティーカップがわなわなと震えている。
ジョンソンは何も言わずに彼に近寄ると、ティーカップを下げた。
「リーシュよ!!さっきから何を言っている!?」
「申し訳ありま、」
「今回のことは!!あちらの!!落ち度だ!!」
「・・・・・・へ?」
予想外の返答に、リーシュから気の抜けた声が漏れる。
それでも尚、ラズワルドの勢いは止まらない。
彼の隣に座ったガーディナーのティーカップまでカタカタ音を出して揺れていた。
「愛らしいリーシュの目元をこんなにして・・・・・・っ、あ゛あ!王族とて許されぬ!」
「あ、兄上?ちょっと、」
「あれ程!入念に忠告したというのに!!」
「忠告とは、一体何のことでしょう、兄上。」
「・・・・・・あ゛」
それまで一人で憤慨していたラズワルドの動きがはたっと止まる。
その顔に"しまった"と書かれているように見えた。
兄と弟が見つめ合い、お互い逸らさない。いや、逸らせない?
リーシュの黒い瞳、ラズワルドの灰色の瞳。
両者の視線が重なったままだ。
リーシュは思い出していた。
そういえばリーシュが王宮に行く前、ラズワルドがアカデミーを卒業し、領地へ戻ってきた頃のことを。
何故か彼は何処かへ出掛けることが増え、家に居ないことが多い時期があった。
アカデミーのことを彼の口から聞くこともなかった。
まあ、リーシュはアカデミーには全く興味がなかったので、自身が通うこともなければ、話にも興味がなかった。
・・・いや今はそんなことどうでも良い。
そもそもラズワルドはラファドと学友だったのではないか、と。
「・・・ええと、ラファド様とは割と?気の知れた仲でな・・・」
「ほう。」
「いつだったかなー・・・、リーシュがその・・・」
「ちゃんと僕は聞いておりますよ。どうぞ、続けてください。」
「・・・・・・・・・知っていることを全て話す。そんな目で兄を見るな。俺の心が死んでしまうだろ・・・・・・」
「・・・・・・全て、ですよ。兄上。」
はああ、と観念したように両手を上げ、ラズワルドは話し始めた。
彼の話が完全に寝耳に水のリーシュ。
それからリーシュの小さな口は、しばらく開いたまま塞がらなくなるのである。
暗闇の中、ぽつんと自分一人。
「逃げちゃった・・・どうしよう。」
どうしようと言っても、事情を説明するためには家に戻るしかない。
リーシュは一先ず近くの小川に行くと周囲に結界を張った。
ポケットに入れていたハンカチを川の水に浸し、ギュッと絞って瞼に当てる。
ひんやりして、気持ちいい。
リーシュの脳内では、先ほどまでの出来事が何度も何度も繰り返されていた。
「ラファド様は優しいから僕のこと心配してそうだな。」
温くなったハンカチを、もう一度川に浸ける。
水面に映った自分の顔が、情けなく見えた。
「・・・これ護衛放棄だよな。最早解雇案件・・・・・・いや、そもそも正式な契約してないし・・・?父上と兄上に謝らないと。」
リーシュは考えがまとらない。
しばらく夜風を浴びて、あのもやもやした気持ちを無理やり落ち着かせた。
冷やしたハンカチを当てたことで、赤くなった目元もましになった。
ふぅーーと、深呼吸をしてからまた転移魔法を使い、約4ヶ月ぶりの実家へとリーシュは転移した。
屋敷に戻るとすでにリーシュの父と兄が玄関で待ち構えていた。
2人とも何か言いたげな顔をしていたが、リーシュの顔を見るなり、更に顔を歪ませた。
「父上、それから・・・兄上。連絡もせず突然申し訳ありません。」
「・・・ああ。」
「あの・・・もしかしてご存知かと思いますが・・・一旦、家に入ってもよろしいでしょうか?」
「・・・・・・ジョンソン、飲み物を用意してくれ。」
ガーディナーの言葉に「畏まりました」と執事のジョンソンが一礼する。
そして兄のラズワルドは、何も言わずリーシュをそっと引き寄せて抱きしめた。
王宮から通信魔法ですでに連絡が来ていた。
もちろん差出人はラファドである。
『リーシュがそちらに向かった。必ず保護してくれ。』
それだけが、書かれていたそうだ。
懐かしい気持ちで座った椅子。
リーシュの目の前にはすぐにいい香りの紅茶が出された。
ゆらゆら上がる紅茶の湯気を見ながら、リーシュはこの約4ヶ月間のことを話し始めた。
正式な専属魔法士の契約まで至っていなかったこと。
自分はそれを今日まで知らなかったこと。
ラファドにはとても良くしてもらったこと。
自分の意思で勝手にここへ戻ってきたこと。
もう恐らく解雇されること。
ラファドを慕っていることはさすがに恥ずかしいので、リーシュは敢えて伏せておいた。
父も兄もリーシュがぽつりぽつりと話す間、静かだった。それがまたリーシュの目頭を熱くさせたのだが、必死に耐えた。
「申し訳ありません。伯爵家に泥を塗るような真似をしてしまいました。」
「何を・・・言っている。」
「お怒りになるのも当然です。僕は・・・職責を放棄したのですから。」
「だから、何を」
「僕はこの地の魔物討伐に専念致します。ラファド様には・・・文で謝罪を・・・」
「リーシュ、待て。」
「それも否とするのであれば、少し時間をください。平民となり、他国へ」
カシャンっと大きな音を立ててティーカップを置く音がした。
言いかけた自分の言葉を飲み込んだリーシュは、ビクっと肩を揺らす。
いつの間にか下を向き、自分のきつく握りしめた両手を見ていたことにリーシュは気づいた。
恐る恐る顔を上げた先に見えたのは怒りに満ち溢れた兄、ラズワルドの顔。
こめかみに青筋が浮かび、手元のティーカップがわなわなと震えている。
ジョンソンは何も言わずに彼に近寄ると、ティーカップを下げた。
「リーシュよ!!さっきから何を言っている!?」
「申し訳ありま、」
「今回のことは!!あちらの!!落ち度だ!!」
「・・・・・・へ?」
予想外の返答に、リーシュから気の抜けた声が漏れる。
それでも尚、ラズワルドの勢いは止まらない。
彼の隣に座ったガーディナーのティーカップまでカタカタ音を出して揺れていた。
「愛らしいリーシュの目元をこんなにして・・・・・・っ、あ゛あ!王族とて許されぬ!」
「あ、兄上?ちょっと、」
「あれ程!入念に忠告したというのに!!」
「忠告とは、一体何のことでしょう、兄上。」
「・・・・・・あ゛」
それまで一人で憤慨していたラズワルドの動きがはたっと止まる。
その顔に"しまった"と書かれているように見えた。
兄と弟が見つめ合い、お互い逸らさない。いや、逸らせない?
リーシュの黒い瞳、ラズワルドの灰色の瞳。
両者の視線が重なったままだ。
リーシュは思い出していた。
そういえばリーシュが王宮に行く前、ラズワルドがアカデミーを卒業し、領地へ戻ってきた頃のことを。
何故か彼は何処かへ出掛けることが増え、家に居ないことが多い時期があった。
アカデミーのことを彼の口から聞くこともなかった。
まあ、リーシュはアカデミーには全く興味がなかったので、自身が通うこともなければ、話にも興味がなかった。
・・・いや今はそんなことどうでも良い。
そもそもラズワルドはラファドと学友だったのではないか、と。
「・・・ええと、ラファド様とは割と?気の知れた仲でな・・・」
「ほう。」
「いつだったかなー・・・、リーシュがその・・・」
「ちゃんと僕は聞いておりますよ。どうぞ、続けてください。」
「・・・・・・・・・知っていることを全て話す。そんな目で兄を見るな。俺の心が死んでしまうだろ・・・・・・」
「・・・・・・全て、ですよ。兄上。」
はああ、と観念したように両手を上げ、ラズワルドは話し始めた。
彼の話が完全に寝耳に水のリーシュ。
それからリーシュの小さな口は、しばらく開いたまま塞がらなくなるのである。
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