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待ち伏せ
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勝ちを確信したのは数時間前のことだ。
そして今まさに負けようとしている。
「先輩!」
二度目に掛けられた声で聞こえなかったふりをしてやり過ごす作戦も失敗したと悟った。
翔は部活で今はいないし、もう後は下校だけだと気が緩んでいたのが災いした。
校門の横で何故か嬉しそうな顔で俺を見ている例のαは、声をかけるどころじゃ飽き足らず、駆け寄って来て俺のブレザーの袖を掴んできた。
「や、め」
他にも下校中の生徒が大勢いる中、大きな声を出すことは憚られて小声での拒否になる。
俺が思い切り腕を引いたせいか、あっさりとαは手を離したが、きょとんとした顔で俺を見下ろした。せっかく逃れられたというのに、身長差による妙な圧迫感に圧倒される。
誤解がないように言っておくが、俺の身長はいたって平均だ。このなんでも持っているような顔をしているαは体格にも恵まれていて、そのせいで俺が小柄に見えてしまう。俺がαを嫌う理由がまた一つ増えてしまった。
そんなどうでも良いことを考える余裕はあるのに肝心の足が動かない。頭の中がぐちゃぐちゃで正常に働かない。
「千秋先輩」
なんで、名前、と聞きたいのに声が出ない。
俺のトラウマは自分が思っていた以上に根深かったようだ。
何もされていないのに、やけにあの傷痕が熱くなってくる。首筋が熱を持ち、やがて全身に広がっていく。
「もう大丈夫ですか?」
「……………………え」
ようやく掠れた声が出た。質問の意味も分からず、立っているだけでいっぱいいっぱいになる。
「具合悪そうだったんで。俺、心配で、それで……」
何が言いたいんだ?
言葉を短く切りながら、こちらの表情を窺いながらαが喋る。その空気感が想像していたよりも沈んでいて、俺は思わずαの顔を見た。
「迷惑ですよね、こんな、待ち伏せみたいな……」
こんなヒエラルキー上位の見た目をした人間が申し訳なさそうに俺に喋りかけてきている。
その勢いのなさに、少しだけ恐怖心が薄らぐ。
「迷惑っていうより、びっくりしたっていうか……」
「ごめんなさい」
即座に謝られて、逆に申し訳ない気分になってくるのは何故なんだろうか。
「いや、もう具合も良くなったし、俺のことは気にしないで欲しいっていうか……」
やんわりと、ここで関係を断ち切ろうと言葉を選ぶ。ここで会ってしまったのは完全に誤算だったが、これっきりになればまた元の生活に戻れるはずだ。
「…………分かりました」
捨てられた子犬のような顔で、αは返事をする。記憶の中にあるあの顔とは落差が激しく、もしかしたら同一人物ではないのではないかとと一瞬揺れてしまう。が、俺がすることは変わらない。
「心配してくれてたのはありがとな。…………じゃあ、」
早口にそれだけ言って立ち去ろうとする。
瞬間、声がした。俺でもαでもない、俺たちの横を通り過ぎようとしていた女の子の声だ。
俺は咄嗟に声がした方を向いた。しかし次の瞬間には誰かに引き寄せられ、覆い被されていた。
目の前が暗い。
徐々に明るくなっていく世界に目を細めると、地面に大きなバスケットボールが転がっているのが見えた。
「今、校舎の屋上からボールが落ちてきて、あの人に当たりました!」
騒ぎを聞きつけて、近くにいた教師が駆けつけてきた。声を出した女生徒が教師に説明しながらαを指差している。
「おい、大丈夫か!?」
教師が俺の隣にいるαに声をかける。
「あ、はい。大丈夫で……っ」
にこやかな笑みで答えようとしたαは右腕を動かそうとして少し顔を歪めた。
嫌な予感がした。
「お前、もしかして、怪我した……?」
俺はαに感じていた恐怖心を忘れ、思わず腕に触れた。αはまた顔を歪め目を伏せた。
「念の為、保健室行ってこい。もし異常がありそうならすぐに病院に行くんだぞ。俺は屋上見に行ってくるから」
それだけ言って教師は校舎に入って行ってしまった。周りで様子を窺っていた生徒たちも、俺たちに大事がないことが分かると解散していった。
俺とαだけがその場に取り残された。
本音を言うと帰りたい。しかし、流石にそれは人の心が無さすぎると、自分の良心が訴えかけてくる。
「…………保健室、行くか?」
「え?」
「いや、だからもし何かあったら困るから付き添う……」
「じゃあ……よろしくお願いします」
あれほど怖いと思っていたαと行動を共にすることになるとは。俺の人生はどこまでもついていない。
俺は悪あがきで、αから少し距離を空け、保健室へと向かった。
勝ちを確信したのは数時間前のことだ。
そして今まさに負けようとしている。
「先輩!」
二度目に掛けられた声で聞こえなかったふりをしてやり過ごす作戦も失敗したと悟った。
翔は部活で今はいないし、もう後は下校だけだと気が緩んでいたのが災いした。
校門の横で何故か嬉しそうな顔で俺を見ている例のαは、声をかけるどころじゃ飽き足らず、駆け寄って来て俺のブレザーの袖を掴んできた。
「や、め」
他にも下校中の生徒が大勢いる中、大きな声を出すことは憚られて小声での拒否になる。
俺が思い切り腕を引いたせいか、あっさりとαは手を離したが、きょとんとした顔で俺を見下ろした。せっかく逃れられたというのに、身長差による妙な圧迫感に圧倒される。
誤解がないように言っておくが、俺の身長はいたって平均だ。このなんでも持っているような顔をしているαは体格にも恵まれていて、そのせいで俺が小柄に見えてしまう。俺がαを嫌う理由がまた一つ増えてしまった。
そんなどうでも良いことを考える余裕はあるのに肝心の足が動かない。頭の中がぐちゃぐちゃで正常に働かない。
「千秋先輩」
なんで、名前、と聞きたいのに声が出ない。
俺のトラウマは自分が思っていた以上に根深かったようだ。
何もされていないのに、やけにあの傷痕が熱くなってくる。首筋が熱を持ち、やがて全身に広がっていく。
「もう大丈夫ですか?」
「……………………え」
ようやく掠れた声が出た。質問の意味も分からず、立っているだけでいっぱいいっぱいになる。
「具合悪そうだったんで。俺、心配で、それで……」
何が言いたいんだ?
言葉を短く切りながら、こちらの表情を窺いながらαが喋る。その空気感が想像していたよりも沈んでいて、俺は思わずαの顔を見た。
「迷惑ですよね、こんな、待ち伏せみたいな……」
こんなヒエラルキー上位の見た目をした人間が申し訳なさそうに俺に喋りかけてきている。
その勢いのなさに、少しだけ恐怖心が薄らぐ。
「迷惑っていうより、びっくりしたっていうか……」
「ごめんなさい」
即座に謝られて、逆に申し訳ない気分になってくるのは何故なんだろうか。
「いや、もう具合も良くなったし、俺のことは気にしないで欲しいっていうか……」
やんわりと、ここで関係を断ち切ろうと言葉を選ぶ。ここで会ってしまったのは完全に誤算だったが、これっきりになればまた元の生活に戻れるはずだ。
「…………分かりました」
捨てられた子犬のような顔で、αは返事をする。記憶の中にあるあの顔とは落差が激しく、もしかしたら同一人物ではないのではないかとと一瞬揺れてしまう。が、俺がすることは変わらない。
「心配してくれてたのはありがとな。…………じゃあ、」
早口にそれだけ言って立ち去ろうとする。
瞬間、声がした。俺でもαでもない、俺たちの横を通り過ぎようとしていた女の子の声だ。
俺は咄嗟に声がした方を向いた。しかし次の瞬間には誰かに引き寄せられ、覆い被されていた。
目の前が暗い。
徐々に明るくなっていく世界に目を細めると、地面に大きなバスケットボールが転がっているのが見えた。
「今、校舎の屋上からボールが落ちてきて、あの人に当たりました!」
騒ぎを聞きつけて、近くにいた教師が駆けつけてきた。声を出した女生徒が教師に説明しながらαを指差している。
「おい、大丈夫か!?」
教師が俺の隣にいるαに声をかける。
「あ、はい。大丈夫で……っ」
にこやかな笑みで答えようとしたαは右腕を動かそうとして少し顔を歪めた。
嫌な予感がした。
「お前、もしかして、怪我した……?」
俺はαに感じていた恐怖心を忘れ、思わず腕に触れた。αはまた顔を歪め目を伏せた。
「念の為、保健室行ってこい。もし異常がありそうならすぐに病院に行くんだぞ。俺は屋上見に行ってくるから」
それだけ言って教師は校舎に入って行ってしまった。周りで様子を窺っていた生徒たちも、俺たちに大事がないことが分かると解散していった。
俺とαだけがその場に取り残された。
本音を言うと帰りたい。しかし、流石にそれは人の心が無さすぎると、自分の良心が訴えかけてくる。
「…………保健室、行くか?」
「え?」
「いや、だからもし何かあったら困るから付き添う……」
「じゃあ……よろしくお願いします」
あれほど怖いと思っていたαと行動を共にすることになるとは。俺の人生はどこまでもついていない。
俺は悪あがきで、αから少し距離を空け、保健室へと向かった。
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