この噛み痕は、無効。

ことわ子

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お宅訪問

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「あ、もしかしてトキくんってα?」

 夕食が終わり、トキが手伝うと言って母さんの隣で皿洗いをしていた。隣でイケメンが皿洗いをしていることに浮かれていた母さんは、脈絡なく爆弾を投下してきた。
 今最もセンシティブな話題を、俺の気なんか知らない母親はするっと口に出す。
 そもそも世の中的にも第二の性の話題はとてもプライベートなもので、出会って数時間の人間が聞くなんて失礼極まりない。合コンで初手で年収を聞くような、いや、それより遥かにタチの悪い暴挙に俺は思わず座っていたソファから立ち上がった。

「──は? 母さん、何言って……!?」
「そうですけど……」

 あっさりとトキが答える。俺は驚いてトキの方を向いた。

「あぁ、やっぱり! 最近ね、アイドルの子とかもαだって公表してる子が多くてね、その子たちになんとなく雰囲気が似てたのよ」

 絶対的に人口が少ないαは、当たり前のようにβやΩよりも優れた能力を持つ。社長や教授、アーティストや俳優など、実績を残している人が蓋を開けてみればαだったということがままあった。
 後からバレると世間の印象は悪い。αと言えど、生まれ持った能力なのだから、公表しようがしまいが関係ないと思うのだが、"隠していた"という事実に人は噛み付く。
 それなら最初から公表して、ありのままの自分を受け入れてもらおうと考える若者が増えてきた。そんな訳で、比較的若いαの間では自分の素性を隠さない動きが広まりつつあった。
 それにしたって、トキがそうとは限らない。
 今は無理をして答えてくれただけかもしれない。
 俺は自分の母親のデリカシーの無さに少しだけ苛立ちを覚え、唇を噛んだ。

「そうなんですね。俺、テレビとかあまり見なくて……」
「あら、そうなの? 勿体無い! トキくんくらいのイケメンなら絶対アイドル会で天下取れるのに!」
「そうですかね……?」

 母さんに悪気がないことは俺が一番よく分かっている。母さんは良くも悪くも差別をしない。だからセンシティブな話題もそうとは捉えてない事が多く、時々危うい発言をしがちだった。

「トキ! 手伝い終わったなら俺の部屋行くぞ」
「え……?」

 だから、トキを守るために、母さんを守るために、俺は立ち上がった。

「あんたの部屋、散らかってなかった?」
「今から片付ける! トキ行くぞ」

 トキを取られて膨れている母さんをリビングに残し、二人で階段を上がる。ドアの前まで行くと、そこで一回トキを止める。

「部屋の中、汚いから30秒だけ待ってて」
「っ、分かりました……」

 笑いを堪えるのを必死なトキにバツが悪くなりながら、俺は自室のドアを開ける。そしてトキに見られる前に素早く身体を滑り込ませる。

 とりあえず、見られたら困るものだけを早急に移動して──は?

 確かに、部屋の中は汚い。しかし、俺が想像していたよりは綺麗になっている。具体的に言うとゴミが捨てられていた。
 誰が、というより犯人は一人しかいない。
 サァーと血の気が引く。
 母さんは俺の部屋に全く興味がなく、片付けろとは言うものの、強行手段に出たことは今まで無かった。
 そう言えば、と思い返す。さっき、母さんは、散らかってなかった? と聞いてきた。俺の部屋の現状を知っているということは、つまり、直前に俺の部屋に入ったというわけで。
 俺は気力を振り絞って部屋の中を確認する。
 ゴミは捨てられたかもしれない。だけど、その他がノータッチならまだ正気を保てる気がする。
 俺は恐る恐るベッドの上を確認した。
 そこには完全に気が緩んでいたせいで、登校前に読んでいてそのまま投げ出されていた"そういう本"がきちんと重ねられていた。
 膝から崩れ落ちる。
 朝からそんなものを読む自分が悪いのは分かっている。分かっていてもやり切れない。
 いつもは注意深く隠しているのに、なんで今日に限ってこんなことになったのか。
 それもこれも全部トキが家に来ることになったからだ。

「あ!」

 トキの存在を忘れていた俺は大きな声を出してしまった。

「何? どうしたんですか?」

 何かあったのかと、トキが部屋に入ってこようとする。

「なんでもない!」

 俺は慌てて、きちんと重ねられた本をベッドの下に滑り込ませると、床に落ちていた洗濯物を拾い上げドアを開けた。

「悪い、時間かかった……」
「大丈夫ですけど……」

 さっきの声の原因は? と聞きたげなトキを無視して部屋の中に招き入れる。
 手にしていた洗濯物を丸めて部屋の隅に置くと、トキが小さく笑った。

「…………たまたま洗濯に出し忘れてただけで、いつもはちゃんとやってる」
「分かってます」

 大嘘ではあったが、トキもそれ以上追求してこようとはせず、この話は終わった。

「その辺座って。…………座布団とかないけど」
「先輩ってあんまり人を家に呼ばないタイプですか?」
「あー、友達は数えるくらいしか呼んだことないかも。翔はしょっちゅう来てるけど」
「へぇ……」

 自分で言っておいて、翔を友達にカウントしていないことが可笑しくなる。翔はどちらかというと兄弟のようなイメージで、取り繕う必要が無いため、部屋が荒れ放題になっていた。
 トキは言われた通り、汚れが目立たないからと母親に無理矢理敷かれた茶色いラグマットの上に腰を下ろした。背後にあるベッドを背もたれにしているが、身長が身長のため少し窮屈そうだった。
 俺もそれに倣い、丸いテーブルを挟んで向いに座る。

「…………」
「…………」

 勢いで部屋に連れて来てしまったが、家まで二人で歩いた道中が嘘のように会話が思い付かない。
 いっそ、また質問タイムでも突入するか、と芸のないことを考えていると、トキが口火を切ってくれた。

「ご飯、美味しかったですって伝えてもらえたら嬉しいです。言いそびれちゃってたので」
「そういうのはトキの口から言ってやって。その方が絶対喜ぶから」
「分かりました」

 トキは少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうな顔で頷いた。
 これはチャンスかもしれないと思った。
 帰り道に開催していた質問タイムだったが、ほとんどがトキから俺への質問で埋め尽くされていて、俺は碌に質問出来なかった。
 今この空間には俺たち二人しかいない。
 もしかしたら、もう少しだけプライベートな内容まで踏み込んで聞いてもいいんじゃないかと、大丈夫そうなラインを考える。
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