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(第三部)第二章 星に願いを
05 夢から醒めたように
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逃げ去る魔物を見送って、樹は光橙樹の根本に舞い降りる。
苔むした地面に降りると背中の光の翅や剣を消した。
「樹くん、無事で良かったぁ!」
「うわっ」
勢いよく飛びついてきた朱里の身体を受け止めて、樹は戸惑う。
「大げさだよ……」
「さっき、お父さんを思い出したの。樹くん、お仕事に行く時のお父さんに、雰囲気が似てた。お父さん、たまに怪我を負ったり、すごく疲れた顔で帰ってくるの」
「……」
「いかないで、って言いたくなる」
朱里は神妙な様子でうつむいた。
思いのほか真面目な話になって、樹はなんと返そうか迷う。
しかし、返事に迷っているうちに朱里は顔を上げて勢いよく宣言した。
「だから、私が正義のヒーローになって、悪い奴を全部やっつけるんだ! そうしたら、お父さんは頑張らなくていいよね!」
「そ、そうだね」
本気で言ってるのか冗談で言ってるのか、よく分からないなあ、と樹は思った。
いくら小学生でも樹たちは高学年。都会に住む今時の小学生は夢見る子供ではいられない。だが厳しい現実に抗うように、自分を貫く朱里の姿は少し眩しくもある。
『イツキ様、あそこに階段がありましゅ!』
ヒヨコが朱里の頭の上でピョンピョン跳ねた。
光橙樹の前は小さな野原があって、白い草が生えている。
その草むらに、古びた石の階段がひっそりと隠れるように存在していた。
「……朱里ちゃんとヒヨコはここで待ってて。ここから先は、僕だけで行く」
安全圏である光橙樹の元にいてほしいと頼むと、樹は階段に足を踏み入れる。
「絶対戻ってきてね!」
『待ってるでしゅよー』
朱里とヒヨコの声を聞きながら、樹は夜よりもなお深き闇へと、足を踏み入れた。
精霊の明かりを灯して階段を下る樹だが、明かりが不自然に薄くなることに気付く。
重くねっとりした闇が樹の精霊の力を弱めているのだ。
進むごとに息苦しさを感じたが、樹は我慢して先を急いだ。
時間を掛けて階段の一番下に辿り着く。
そこは今までで一番広い空間になっていた。
目の前には神秘的な青い光を放つ地底湖がある。
ゆらゆら波打つ水面の底は、無数の星が眠っているように、名前の知らない鉱石が輝いていた。
湖の中央には巨大な六角形の石がある。
石の上では白い髪の少女が、おはじきのようにルビーやサファイアの宝石を爪弾いていた。
「死の精霊」
「ここまでご苦労様ね、異世界人。何をしにきたの?」
樹の姿を見た死の精霊エルルは、立ち上がって宝石を水面に投げ入れる。
彼女は八枚の光の翅を広げて樹の前まで飛んできた。
「世界を渡る方法を教えて欲しいんだ」
「何のために? あなたはこの世界と異世界を行き来できる力があるでしょう」
「地球の子供がこの世界に紛れ込んでしまって……」
「それは、そこの子供と似たようなもの?」
エルルが指さした先を見て、樹はぎょっとした。
暗くて分からなかったが、洞窟の壁にもたれかかるようにして子供が数人、眠っている。
青白い顔の子供たちは地球の日本人の服装をしていた。サマーキャンプ先で行方不明になっていた子供たちだと、樹は気付く。
「この世界に異物が迷いこんで来たから、拾い集めておいたの。まとめて元いた場所に送り還すつもりだったわ」
「良かった……魔物に食われてなくて。じゃあ、僕の知り合いも一緒に送り還してもらっていい?」
「別にいいわよ」
案外、すんなり話がまとまって、樹はほっとした。
問題が片付いたので、もうひとつ、気になっていることについて聞く。
「前に世界樹から盗んだ、精霊の卵はどうしたんだよ。まさか本当に、目玉焼きにした訳じゃないよな」
「目玉焼きは冗談よ。食べる訳ないでしょ」
「じゃあ返してよ。あれは世界樹にあるべきものだ」
樹が睨むと、エルルはこちらを馬鹿にしたように冷たく笑う。
彼女は地底湖を指さした。
「卵ならあそこ。もう、精霊の卵じゃなくて……魔物の卵だけどね」
「!」
水面の底に沈む卵が、目をこらすとうっすら見える。
卵の中で、蛇のようなモノがとぐろを巻いている。
それが変質してしまった精霊の卵だと、樹はぞっとしながら理解した。
「なんてことを……!」
「新しく生まれ変わっただけなのに、なんでそんなに怒るのかしら。やっぱりあなたは感覚が人間ね。世界樹の精霊じゃない」
動揺する樹を、エルルは嘲笑った。
「僕は世界樹の精霊だ!」
「違う。あなたは一時的に世界樹に招かれた、ただの人間。もう少ししたら、この世界に来ることもなくなる、期間限定の異世界人よ」
「っつ!」
嘘だと思いたい。
だが、それが本当のことだと、樹の心のどこかが教えてくれる。
だからアウルは、樹に精霊の契約のことも精霊武器のことも教えてくれなかったのだ。
世界樹の外に出さなかったのは、残酷な真実を知らせずに、ただ一時の夢のような幸せで終わらせるため。全てはやがて終わる幻だったのだ。
苔むした地面に降りると背中の光の翅や剣を消した。
「樹くん、無事で良かったぁ!」
「うわっ」
勢いよく飛びついてきた朱里の身体を受け止めて、樹は戸惑う。
「大げさだよ……」
「さっき、お父さんを思い出したの。樹くん、お仕事に行く時のお父さんに、雰囲気が似てた。お父さん、たまに怪我を負ったり、すごく疲れた顔で帰ってくるの」
「……」
「いかないで、って言いたくなる」
朱里は神妙な様子でうつむいた。
思いのほか真面目な話になって、樹はなんと返そうか迷う。
しかし、返事に迷っているうちに朱里は顔を上げて勢いよく宣言した。
「だから、私が正義のヒーローになって、悪い奴を全部やっつけるんだ! そうしたら、お父さんは頑張らなくていいよね!」
「そ、そうだね」
本気で言ってるのか冗談で言ってるのか、よく分からないなあ、と樹は思った。
いくら小学生でも樹たちは高学年。都会に住む今時の小学生は夢見る子供ではいられない。だが厳しい現実に抗うように、自分を貫く朱里の姿は少し眩しくもある。
『イツキ様、あそこに階段がありましゅ!』
ヒヨコが朱里の頭の上でピョンピョン跳ねた。
光橙樹の前は小さな野原があって、白い草が生えている。
その草むらに、古びた石の階段がひっそりと隠れるように存在していた。
「……朱里ちゃんとヒヨコはここで待ってて。ここから先は、僕だけで行く」
安全圏である光橙樹の元にいてほしいと頼むと、樹は階段に足を踏み入れる。
「絶対戻ってきてね!」
『待ってるでしゅよー』
朱里とヒヨコの声を聞きながら、樹は夜よりもなお深き闇へと、足を踏み入れた。
精霊の明かりを灯して階段を下る樹だが、明かりが不自然に薄くなることに気付く。
重くねっとりした闇が樹の精霊の力を弱めているのだ。
進むごとに息苦しさを感じたが、樹は我慢して先を急いだ。
時間を掛けて階段の一番下に辿り着く。
そこは今までで一番広い空間になっていた。
目の前には神秘的な青い光を放つ地底湖がある。
ゆらゆら波打つ水面の底は、無数の星が眠っているように、名前の知らない鉱石が輝いていた。
湖の中央には巨大な六角形の石がある。
石の上では白い髪の少女が、おはじきのようにルビーやサファイアの宝石を爪弾いていた。
「死の精霊」
「ここまでご苦労様ね、異世界人。何をしにきたの?」
樹の姿を見た死の精霊エルルは、立ち上がって宝石を水面に投げ入れる。
彼女は八枚の光の翅を広げて樹の前まで飛んできた。
「世界を渡る方法を教えて欲しいんだ」
「何のために? あなたはこの世界と異世界を行き来できる力があるでしょう」
「地球の子供がこの世界に紛れ込んでしまって……」
「それは、そこの子供と似たようなもの?」
エルルが指さした先を見て、樹はぎょっとした。
暗くて分からなかったが、洞窟の壁にもたれかかるようにして子供が数人、眠っている。
青白い顔の子供たちは地球の日本人の服装をしていた。サマーキャンプ先で行方不明になっていた子供たちだと、樹は気付く。
「この世界に異物が迷いこんで来たから、拾い集めておいたの。まとめて元いた場所に送り還すつもりだったわ」
「良かった……魔物に食われてなくて。じゃあ、僕の知り合いも一緒に送り還してもらっていい?」
「別にいいわよ」
案外、すんなり話がまとまって、樹はほっとした。
問題が片付いたので、もうひとつ、気になっていることについて聞く。
「前に世界樹から盗んだ、精霊の卵はどうしたんだよ。まさか本当に、目玉焼きにした訳じゃないよな」
「目玉焼きは冗談よ。食べる訳ないでしょ」
「じゃあ返してよ。あれは世界樹にあるべきものだ」
樹が睨むと、エルルはこちらを馬鹿にしたように冷たく笑う。
彼女は地底湖を指さした。
「卵ならあそこ。もう、精霊の卵じゃなくて……魔物の卵だけどね」
「!」
水面の底に沈む卵が、目をこらすとうっすら見える。
卵の中で、蛇のようなモノがとぐろを巻いている。
それが変質してしまった精霊の卵だと、樹はぞっとしながら理解した。
「なんてことを……!」
「新しく生まれ変わっただけなのに、なんでそんなに怒るのかしら。やっぱりあなたは感覚が人間ね。世界樹の精霊じゃない」
動揺する樹を、エルルは嘲笑った。
「僕は世界樹の精霊だ!」
「違う。あなたは一時的に世界樹に招かれた、ただの人間。もう少ししたら、この世界に来ることもなくなる、期間限定の異世界人よ」
「っつ!」
嘘だと思いたい。
だが、それが本当のことだと、樹の心のどこかが教えてくれる。
だからアウルは、樹に精霊の契約のことも精霊武器のことも教えてくれなかったのだ。
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