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(第三部)第二章 星に願いを
06 本物か偽物か
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「異世界人が、この世界のことに首を突っ込まないで。良い子は帰ってねんねしなさい」
「……」
樹は唇を噛んで拳を握りしめる。
ここまで言えば泣いて帰るだろうと、死の精霊エルルは密かに笑った。
しかし。
「……たとえ僕が異世界人でも、この世界の僕は本当に世界樹の精霊なんだ。だから、精霊の卵は返してもらう!」
「!」
顔を上げた樹は腕を伸ばして、先ほど得たばかりの精霊武器を召喚した。
「世界樹よ!」
銀色の光が集まって、優美な姿の長剣が現れる。
攻撃されると思ったエルルは咄嗟に後ろにさがった。
だが、樹の狙いはエルルではない。
「輪廻に戻れ……!」
樹は静かな地底湖の水面に、長剣を突き立てた。
虹色の唐草模様が空中に無数の枝葉を伸ばす。
剣から伝わった光の波動が、水の底に眠る魔物の卵を優しく包み込んだ。
「っ、しまった!」
樹の狙いを知ったエルルは動揺する。
「せっかく卵を盗んできたのに、おじゃんじゃないの!」
魔物の卵は、樹の導きにより光に還っていく。
ふたたび世界樹に戻って、精霊の卵として生まれ直すのだ。
全ての卵を送還すると樹は剣を水面から抜いた。
「ふぅ」
「……やってくれたわね」
悔しそうにするエルルに、樹はフッと笑ってみせた。
「お返しだよ」
「ぐぬぬ……」
「ところで聞きたいことがあるんだけど、地球に現れた魔物が人間の子供をさらってるのは、君が何か裏で糸を引いてるの?」
ここに来るまで樹は、地球に現れた魔物について、死の精霊が何か知っているかもしれないと考えていた。しかし、彼女は予想に反して、さらわれた子供たちを保護していたのだ。
では、あの地球に現れた魔物はいったい何なのだろう。
「あなたの世界の異変は……」
エルルが何か話しかけたところで、樹は眩暈を覚えてこめかみを押さえた。
地球で眠っている自分の肉体を誰かが起こそうとしている。
タイムリミットのようだ。
「ごめん、エルル! 話の続きはまた後で」
「ちょ、ちょっと中途半端なところで切らないでよ!」
地底湖の上に浮かぶ少年の姿が透明になって、消える。
後に残されたエルルは勝手な樹の行動に憤慨した。
「まったくもう、これだから人間の子供は!」
途中で離脱した樹の行動を、無理やり「人間だから」という理由にしてエルルは怒る。
エルルは人間が嫌いだった。
人間の気にくわないところを頭の中でリストアップしていたところで、唐突に気付く。
「あの子、精霊武器を使っていたわ。精霊武器は精霊にしか生み出せないのに」
人間と契約した、という条件も付くが。
ちなみにエルル自身も自分の精霊武器を持っている。大昔、まだ人間が素直で精霊を神のように崇めていた時代に、人間と契約したことがあったからだ。
普通の精霊は、精霊武器を実体化するだけで力尽きる。だから実体化した精霊武器は、契約した人間に渡すのだ。しかし、樹やエルルのような最高位の精霊は自分で振り回す余力がある。
少し話は逸れたが、精霊と違って人間自身には、精霊武器を生み出す力は無い。
世界樹は定期的に人間の子供の魂を喚びだして、自分の精霊の代わりにしている。喚びだされた子供は精霊に近くなるが、やはり純粋な精霊ではない人間の子供は精霊武器を作る力を持たず、やがて地球に帰ってしまうのだ。
精霊武器を使用できる樹は、その例外のようだ。
「イツキ、って言ったっけ、あの子。まさか本当に、世界樹と繋がっているの……?」
エルルは鼓動の高鳴りを感じて胸を押さえた。
ずっとずっと、待ち続けていた。
自分と対になる、生命を司る最高位の精霊。
もしかしたら彼がそうかもしれないと考えると、不安と歓喜で胸が騒いだ。
肩をゆすって呼びかけられて、樹は重い瞼を開く。
そこは和風旅館の一室だった。
自分以外の子供たちは既に起床したらしい。
布団や枕は畳んで部屋の片隅に積まれている。
樹を起こしたのは、サマーキャンプの引率の男性だった。男性の隣には、神妙な顔をした樹と同級生の近藤武の姿もある。
「良かった、目が覚めたか。お粥は食べられるかい?」
「お粥……」
「熱が出て寝ているから、起こさない方がいいと君の友達が言っていたけれど、そろそろ昼頃だからね」
どうやら武は樹との約束を守って、今まで起こさないでいてくれたらしい。
異世界で朱里と旅をしてきたことを思うと、武の顔を見るのは久しぶりのように感じる。無骨な丸刈り頭の、真面目で気が弱そうな少年の顔を見ながら、樹はゆっくりと身体を起こした。
引率の男性が渡してくれた粥をゆっくり食べる。
樹が大丈夫そうだと確認した男性は安堵したようだ。多忙なのか、食事の途中で部屋を出ていく。
ふすまが開くと湿気を多く含んだ風が部屋の中に入ってきた。
ザアザアと降りしきる雨の音が聞こえる。
「……今日、天気が悪いから、皆旅館の中で過ごすんだ。各務は寝ていていいって。僕は付き添いするなら、参加しなくてもいいって言われてる」
武の話によると、ついに朱里の不在はばれたようだ。
しかし他にも行方不明者が出ているので、その関連と思われて、武は特に何も聞かれなかったらしい。
すぐにサマーキャンプを中断して子供を家に帰すべき、という声もあったようだが、大雨で交通も悪くなり、一旦、旅館に子供を遊ばせながらどうするか協議中なのだとか。
「朱里ちゃんは……?」
「明日には連れ戻せるよ」
死の精霊が約束を守ってくれるなら、次に異世界に渡った時に朱里を連れて戻ってこられる。
成果があったと知った武は安心した顔になった。
「そっか、良かった。……そういえば、雨が降ってるから今夜、流星が見られるかどうか、分からないって」
「流星……」
覚醒して食事も済ませた樹は目が冴えてしまって、すぐにまた眠れそうになかった。
立ち上がって、和室の奥にある広縁から外の風景を見る。
ガラスの向こうには、どんより曇った空が広がっていた。
「……」
樹は唇を噛んで拳を握りしめる。
ここまで言えば泣いて帰るだろうと、死の精霊エルルは密かに笑った。
しかし。
「……たとえ僕が異世界人でも、この世界の僕は本当に世界樹の精霊なんだ。だから、精霊の卵は返してもらう!」
「!」
顔を上げた樹は腕を伸ばして、先ほど得たばかりの精霊武器を召喚した。
「世界樹よ!」
銀色の光が集まって、優美な姿の長剣が現れる。
攻撃されると思ったエルルは咄嗟に後ろにさがった。
だが、樹の狙いはエルルではない。
「輪廻に戻れ……!」
樹は静かな地底湖の水面に、長剣を突き立てた。
虹色の唐草模様が空中に無数の枝葉を伸ばす。
剣から伝わった光の波動が、水の底に眠る魔物の卵を優しく包み込んだ。
「っ、しまった!」
樹の狙いを知ったエルルは動揺する。
「せっかく卵を盗んできたのに、おじゃんじゃないの!」
魔物の卵は、樹の導きにより光に還っていく。
ふたたび世界樹に戻って、精霊の卵として生まれ直すのだ。
全ての卵を送還すると樹は剣を水面から抜いた。
「ふぅ」
「……やってくれたわね」
悔しそうにするエルルに、樹はフッと笑ってみせた。
「お返しだよ」
「ぐぬぬ……」
「ところで聞きたいことがあるんだけど、地球に現れた魔物が人間の子供をさらってるのは、君が何か裏で糸を引いてるの?」
ここに来るまで樹は、地球に現れた魔物について、死の精霊が何か知っているかもしれないと考えていた。しかし、彼女は予想に反して、さらわれた子供たちを保護していたのだ。
では、あの地球に現れた魔物はいったい何なのだろう。
「あなたの世界の異変は……」
エルルが何か話しかけたところで、樹は眩暈を覚えてこめかみを押さえた。
地球で眠っている自分の肉体を誰かが起こそうとしている。
タイムリミットのようだ。
「ごめん、エルル! 話の続きはまた後で」
「ちょ、ちょっと中途半端なところで切らないでよ!」
地底湖の上に浮かぶ少年の姿が透明になって、消える。
後に残されたエルルは勝手な樹の行動に憤慨した。
「まったくもう、これだから人間の子供は!」
途中で離脱した樹の行動を、無理やり「人間だから」という理由にしてエルルは怒る。
エルルは人間が嫌いだった。
人間の気にくわないところを頭の中でリストアップしていたところで、唐突に気付く。
「あの子、精霊武器を使っていたわ。精霊武器は精霊にしか生み出せないのに」
人間と契約した、という条件も付くが。
ちなみにエルル自身も自分の精霊武器を持っている。大昔、まだ人間が素直で精霊を神のように崇めていた時代に、人間と契約したことがあったからだ。
普通の精霊は、精霊武器を実体化するだけで力尽きる。だから実体化した精霊武器は、契約した人間に渡すのだ。しかし、樹やエルルのような最高位の精霊は自分で振り回す余力がある。
少し話は逸れたが、精霊と違って人間自身には、精霊武器を生み出す力は無い。
世界樹は定期的に人間の子供の魂を喚びだして、自分の精霊の代わりにしている。喚びだされた子供は精霊に近くなるが、やはり純粋な精霊ではない人間の子供は精霊武器を作る力を持たず、やがて地球に帰ってしまうのだ。
精霊武器を使用できる樹は、その例外のようだ。
「イツキ、って言ったっけ、あの子。まさか本当に、世界樹と繋がっているの……?」
エルルは鼓動の高鳴りを感じて胸を押さえた。
ずっとずっと、待ち続けていた。
自分と対になる、生命を司る最高位の精霊。
もしかしたら彼がそうかもしれないと考えると、不安と歓喜で胸が騒いだ。
肩をゆすって呼びかけられて、樹は重い瞼を開く。
そこは和風旅館の一室だった。
自分以外の子供たちは既に起床したらしい。
布団や枕は畳んで部屋の片隅に積まれている。
樹を起こしたのは、サマーキャンプの引率の男性だった。男性の隣には、神妙な顔をした樹と同級生の近藤武の姿もある。
「良かった、目が覚めたか。お粥は食べられるかい?」
「お粥……」
「熱が出て寝ているから、起こさない方がいいと君の友達が言っていたけれど、そろそろ昼頃だからね」
どうやら武は樹との約束を守って、今まで起こさないでいてくれたらしい。
異世界で朱里と旅をしてきたことを思うと、武の顔を見るのは久しぶりのように感じる。無骨な丸刈り頭の、真面目で気が弱そうな少年の顔を見ながら、樹はゆっくりと身体を起こした。
引率の男性が渡してくれた粥をゆっくり食べる。
樹が大丈夫そうだと確認した男性は安堵したようだ。多忙なのか、食事の途中で部屋を出ていく。
ふすまが開くと湿気を多く含んだ風が部屋の中に入ってきた。
ザアザアと降りしきる雨の音が聞こえる。
「……今日、天気が悪いから、皆旅館の中で過ごすんだ。各務は寝ていていいって。僕は付き添いするなら、参加しなくてもいいって言われてる」
武の話によると、ついに朱里の不在はばれたようだ。
しかし他にも行方不明者が出ているので、その関連と思われて、武は特に何も聞かれなかったらしい。
すぐにサマーキャンプを中断して子供を家に帰すべき、という声もあったようだが、大雨で交通も悪くなり、一旦、旅館に子供を遊ばせながらどうするか協議中なのだとか。
「朱里ちゃんは……?」
「明日には連れ戻せるよ」
死の精霊が約束を守ってくれるなら、次に異世界に渡った時に朱里を連れて戻ってこられる。
成果があったと知った武は安心した顔になった。
「そっか、良かった。……そういえば、雨が降ってるから今夜、流星が見られるかどうか、分からないって」
「流星……」
覚醒して食事も済ませた樹は目が冴えてしまって、すぐにまた眠れそうになかった。
立ち上がって、和室の奥にある広縁から外の風景を見る。
ガラスの向こうには、どんより曇った空が広がっていた。
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本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
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