異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第三部)第二章 星に願いを

07 世界樹に降る雨

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 樹はたけしと雑談したりしながら午後の時間をつぶした。
 夕方、眠れそうだと判断した樹は布団に横になる。
 目を閉じて、朱里あかりのもとに飛ぶ前に、世界樹に寄ろうと思った。
 確かめなければならないことがある。



 世界の間の暗闇を通り抜けると、そこは緑豊かな世界樹の枝の上だった。
 フクロウのアウルはどこにいるだろう。
 会って聞いてみたい。
 もうすぐ会えなくなる、というのは本当かと。

「……」

 樹は光の翅を広げたが、飛び立てずにうつむいた。
 アウルにそれを聞いても大丈夫なのだろうか。
 もし期間限定の異世界人だと、アウルにも断定されてしまったら……どんな顔をして精霊たちと会えばいいのだろう。今まで樹ばかりが蚊帳かやの外だったのだ。

「分からないよっ! 聞いていいのかどうかも……」

 やけくそに枝を蹴って上昇する。
 がむしゃらに世界樹の天辺まで飛んでみた。
 世界樹の頂上からはどこまでも続く雲海が見渡せる。
 八枚の光の翅を広げて浮遊しながら、樹は異世界の美しく幻想的な光景を眺めた。
 風は冷たいが太陽の光は柔らかい。青々としげる世界樹の葉が風に揺れるたびに、涼やかな音色を奏でる。赤や青の原色の鳥たちが群れをなして空を飛んでいる。時折、精霊や霊獣が、枝と枝の間を行き来していた。

 世界樹の精霊としての樹はここで生まれた。
 皆と同じように精霊の卵から出てきたのだと聞いている。フクロウのアウルに、飛び方を教えてもらった記憶がある。この世界樹の天辺から見渡せる雲海は、見慣れた光景だった。
 幼い頃、何も知らない頃は、自分が世界樹の精霊として生まれたことを、当たり前のように自然に受け入れていた。けれど地球で知識を付け、ここが異世界だと知るごとに、自分と世界樹との距離は開いていく気がする。

『どうしたのですか?』

 無言で世界樹の天辺に立ち尽くす樹に気付いたのか、声が掛かった。
 振り向くとそこには、白いレースのような尾びれをなびかせて、タツノオトシゴのような姿の竜が空を泳いでいた。

「ヨナ」

 世界樹の枝に住む古竜の名前を、樹は呼んだ。
 皆は様付けで呼んでいるが、最高位の精霊である樹は呼び捨てでも良いと言われている。

「僕は大人になったら、ここにこれなくなってしまうの?」

 樹は心に秘めていた問を、ヨナに投げつけた。
 白い小さな古竜は少し間を置いて、答える。

『……その通りです』
「!」
『異世界の人間の子供である貴方が、世界樹の精霊でいられるのは、いっときの間だけ」

 ヨナの答えに、樹は悔しさや怒りを覚えた。

「なんで、教えてくれないのさ! 精霊武器のことも、人間との契約のことも! 僕のことなんてどうでもいいの?」
『違います。アウルは貴方が大切だからこそ、教えなかったのです!』

 常に静かなヨナが語尾を強めて言ったので、樹は驚いて言葉を失った。
 
『貴方に最後まで何も気にせずに楽しく過ごしてほしい、と。アウルの望みはただそれだけです。貴方には可能であれば、長く長く、世界樹にいてほしい。それが私たちの想いです』
「……」
『どうか、アウルを責めないでやってください』

 古竜ヨナはそう告げると、世界樹の枝の中にさっと姿を消した。
 
「……本当のことを言ったら、皆が傷つく……」

 異世界の人間の子供である樹が、この世界にずっといられないのは当然の道理で、くつがえせない世界の理なのだ。駄々をこねて皆を困らせるのは、きっとよくない。
 樹は拳を握りしめる。
 荒立つ心と呼応するように世界樹の枝がざわざわと鳴り、葉の先から小さな水滴が降り始めた。

『おおう、雨じゃ! イツキや、何か悲しいことがあったのか?』

 茶色い翼を広げて、フクロウのアウルが上昇してくる。
 
「……学校でね。ちょっと色々あったんだよ」

 樹は涙をぬぐうとアウルに向かって笑ってみせた。
 水滴がこぼれ続ける世界樹に下降する。

『ふーむ。ところでイツキ、昨日はどこに行っておったんじゃ』
「秘密!」
『なんと……』

 アウルは子供の反抗期に困り果てた親のように、考えあぐねてくちばしをカチカチ鳴らした。
 樹は構わずに話を強引に進める。

「今から外出するけど、内緒ね」
『イツキや、内緒とは……』
「じゃっ!」

 説教されないうちに、樹は精霊の力を使って外界に飛んだ。
 一時的に契約している朱里の気配をたどる。
 死の精霊が待つ地底の世界へ、樹は瞬間移動した。

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