異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第二章 出会いと別れ

08 旅立ち

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 夜の学校がにわかに騒々しくなる。
 連絡を受けて駆け付けた智輝ともき結菜ゆうな、ソフィーが、校内の音楽室の前に集まった。フクロウは早々に定位置である樹の肩に戻っている。
 樹は簡単に智輝と結菜に事情を説明した。

「お前らだけで行くつもりなのかよ」
「ああ。この鏡を通っていく場合、今までの天空神の召喚のように、元の時間や場所に戻ってこれるか分からない。異世界から帰れる保証がないんだ、智輝」

 リスクがあると言われて、智輝は明らかにひるんだ様子を見せた。
 やっぱりな、と樹は残念に思う。
 彼らは地球に帰って来ることができる前提で、異世界に召喚されていたのだ。
 現実世界の家族との別れを想定している訳じゃない。

「樹……」
「ここで、さよならかもな」

 そう言うと、結菜がきっと樹を睨んだ。

「馬鹿言わないで! 絶対、無事に帰ってきて。皆でパティスリーに行くって約束、まだ叶ってないんだから!」

 それは、いつか交わした約束だった。
 トラブルに巻き込まれたりして、いつの間にか曖昧になってしまっている。
 樹は苦笑して了承の意思を示す。

「分かった」
「待ってる。智輝と一緒に、待ってるから……」

 道は分かたれた。
 けれどこれが別れではないと、樹は信じていた。
 地球と異世界。二つの世界が一方通行なんて、誰が決めた?
 いつかきっと僕らは再び巡り合えるだろう。
 樹が頷くと、英司がぎこちなく笑って言った。

「お前らの分まで頑張ってくるから。後から来ても、出番がないかもしれないぞ」
「言ってろ」

 英司と智樹は、軽く拳をあわせる。

「行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 樹が鏡に手を伸ばすと、あの時のように鏡の表面が揺らめいて緑の光が溢れる。
 鏡面に光を放つ世界樹が映った。
 異界の風景へと、樹はソフィーの手を引いて飛び込み、英司も続いた。フクロウが羽ばたいて樹の後を追う。
 次元の狭間をくぐりぬけながら、樹は世界樹の精霊の力を使って英司の幼馴染の後を追った。




 光の消えた鏡面の前で、佇む智輝と結菜。
 うつむいて動かない智輝に、結菜はそっと声を掛けた。

「智輝、もしかして、泣いてる……?」
「うるさい!」

 智輝は振り返らないまま叫ぶ。

「異世界に行くのが怖くなるなんて……俺は勇者なのに、なんでこんなに弱いんだ!」

 結菜は背中を向けたままの智輝に歩み寄って、片手をにぎった。
 びくり、と智輝の背がふるえる。

「仕方ないよ、私たちは只の学生だもの。だけど、このままじゃ終われない」

 重ね合わせた手がしっかり組み合わされる。
 熱を共有しながら、結菜は言った。

「神様の言うことを信じて戦うのは止めよう。私たちは、私たちの進むべき道を、自分で選ぼうよ」
「……」
「大丈夫。樹くんとも分かり合える。私たちは友達だから」

 結菜は繋いでいない方の片手で、ポケットの上を撫でた。
 そこには樹に託された便せんが入っている。
 智輝の覚悟が決まったら、二人で樹を追いかけよう。
 その時こそ、本当の異世界への冒険の旅が始まるのだ。




◇◇◇




 世界と世界の間は、深い闇が横たわっている。
 異世界に移動する一瞬の間、時間の流れが曖昧になる。
 冷たい暗闇に触れた樹を、過去の幻想が通り過ぎた。
 覚えがある。
 昔、この冷たさに触れたことがある。

 死の精霊だという白い髪の少女が、幼い頃の樹に会いに来た時。
 確かに触れた指先がこんな冷たさだった。

 あの後、実は一度こっそり、死の精霊に会いに行ったことがある。
 今までずっと忘れていたけれど。

 地底の湖から突き出た大きな岩の上で、少女は宝石を爪弾いて遊んでいた。
 暗い地下の世界には生き物の気配は無く、通常はどこにでもいる小さな精霊の姿も見受けられなかった。

「どうして一人なの? 誰かと遊べば良いのに」

 お返しのように、勝手に訪れた樹を、死の精霊は怒らなかった。
 少女は曇った月長石の欠片を湖に放り込んで言った。

「無理よ。誰も私に触れない。私は誰にも触れないんだから」

 私は触ったものを殺してしまうの。
 だから、精霊たちは私に近づかない。
 私に殺されない唯一の例外があるとすれば、それは世界樹の、生命の精霊である貴方だけ。




 ひらり。
 
 ひらひらと、淡いピンクの花びらが世界の狭間の暗闇の中、舞った。




◇◇◇




 ここが異世界なの……?
 詩乃しのは、赤い毛並みの猫をぎゅっと抱きしめた。
 学校の鏡の中に吸い込まれた彼女が目にしたのは、広大な湖だった。

「ここはどこ?」

 昼の光を受けて光る湖の周囲には、自然の森が広がっている。
 詩乃は澄んだ水を湛えて光る湖に近寄った。
 静かな水面を覗き込む。
 明るい茶色のショートカットの髪を揺らした少女が、水面に映った。
 しばらく水面を見つめて茫然としていた詩乃だったが、人の話し声を聞いて我に返る。
 顔を上げると、湖畔に近づく一団が目に入った。
 
 洋風の見たことの無い意匠が入った服と、映画の中でしか見たことがない鎧を身に着けた男性達が、近付いてくる。男性達は詩乃に気付くと、驚いたように目を見張った。
 逃げるか、どうするか迷っている内に、男達が詩乃の傍まで来る。

「……○×△……」

 男達の言葉は、聞いたことの無い種類の言語だった。
 意味が分からない。
 興味深そうにじろじろ見られて、詩乃は危機感を覚えた。
 何を言っているか分からない以上、敵か味方か判断しづらい。

「……おや、これは驚いた」

 男性達の中で、中心に立っていた黒髪の男性が、詩乃を見てほほ笑んだ。
 彼の話している言葉は日本語だ。

「こんなところで同郷者に出会うとは」

 整った顔立ちに明るい紫水晶の瞳をした男だった。
 思わず詩乃は彼に見惚れる。

「君の名前は?」
「岬、詩乃……」
「詩乃、私は清春キヨハルという名前だ。よろしく」

 詩乃は、清春と名乗った男の恰好をまじまじ見つめた。
 他の男達と同様に、彼は地球では見かけないデザインの洋服に銀色の鎧を身に着けている。

「あなたはいったい……?!」
「私はこの国エターニアの、勇者で、王だよ」

 とんでもないことをサラッと口にして、男は笑みを浮かべた。

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