異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第三章 ここからもう一度

10 猫の名前

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 地球から一緒に来た赤い猫は、詩乃によく懐いていた。
 彼、もしくは彼女かもしれないが、普通の猫よりも賢いようだ。人の言葉を理解しているようで、異世界の言葉が分からない詩乃を、度々助けてくれた。

 しかし、流れ星が降った翌日。
 前夜に雷鳴が響いていたからか、その日は気持ちいいくらいの快晴だ。
 いつもは落ち着いている猫が、カリカリと扉を引っ掻いて外に出て行きたそうにした。詩乃は最初は無視していたのだが、懇願するような鳴き声に負けて扉を開く。
 猫は部屋をするりと飛び出て廊下を駆けていく。
 そのまま去っていきそうな勢いに、詩乃は慌てた。

「待って! 猫さん」

 ちなみに猫に名前を付けていない。
 猫は案内するように尻尾を振って、広い庭の入り組んだ小道を走った。
 やがて行く先に赤い実がなった木が見えてくる。
 木の下には眼鏡を掛けた黒髪の青年が立っていた。
 地球で知り合った、樹という青年だった。
 彼は足元にじゃれてきた猫を抱き上げる。

「元気だったか、ラーム」
「ニャー」
「……樹君?」
「と、詩乃さんも」

 先に猫に挨拶してから、樹は悪戯っぽい笑みを詩乃に向けた。
 ずっと猫さんと呼んでいた詩乃は、急遽判明した猫の名前に頬を膨らませる。

「ラーム? 可愛いくない。誰がそんな名前付けたのよ」
「僕じゃないさ。この子の本当の名前だよ」
「本当の名前?」
「まあ、それはそれとして。詩乃さん、英司に会わなくていいのかい」

 猫を腕の中であやしながら樹が聞いてくる。

「まさか玉の輿を狙ってるのか。確かに英司より王様の方がお金持ちでイケメンかもしれないが……英司にも良いところはあるぞ」
「例えば?」
「意外に綺麗好きで掃除ができる。もっとも、王様に嫁いだら召し使いが代わりにやってくれるから意味ないか。仕方ない、僕から英司に、諦めろと伝えておこう」
「待って!」

 意地悪い笑みを浮かべて言い募る樹に、詩乃は慌てて待ったを掛けた。

「だ、だって英司と会ったら、一緒に地球に帰る方法を探そう、って言われるじゃない」
「帰りたくないのか?」
「英司には待ってる人がいるかもしれないけど……」

 言外に帰りたくないと訴える詩乃。
 彼女の返事を聞いた樹は、ひょいと何でも無いように言った。

「じゃあ英司と一緒にこっちに住めばいいじゃないか」
「え?」
「僕もこっちに残るつもりだし。君達もこっちに住むなら楽しくていいな」
「えええ?」

 あっけらかんと言った樹に詩乃は唖然とする。
 そんな簡単に決めてもいいの、と彼女は疑問に思う。最近、樹に出会ったばかりの詩乃は、樹がどんな葛藤を経てその結論にたどり着いたか知らなかった。

「でも英司を説得できるかな」
「大丈夫大丈夫。詩乃さんの言うことを聞かないと僕がお前の黒歴史をばらすぞ、と言ってたと伝えてくれ」
「脅迫じゃない」

 樹はくすくす笑う詩乃の腕の中に、猫を戻す。
 ふかふかの毛並みを撫でて安心する詩乃。その彼女の足元で、唐突に何か、生き物が走りぬけて行った気配がした。

「?」
「……待てぇ! マンドラゴラ!!」

 続いて男の焦った声。
 足元を駆け抜けていったのは、丸いカブのような植物に足が生えた奇妙な生き物だった。
 そして謎の生き物を追って、だらしないパジャマの男が走って行く。男の顔を確認して詩乃はびっくりした。

「清春、何やってるの」

 一生懸命、変な生き物を追いかけている国王の姿に、詩乃はポカンとする。樹は眼鏡のフレームを指で押し上げて、何故か妙に凛々しい表情をした。

「詩乃さん、僕には為さねばならない使命がある。今日はありがとう。気が向いたら英司に会ってやってくれ。じゃ」
「ちょ、ちょっと樹君!」

 詩乃は呼び止めたが、樹は颯爽とした足取りで彼女を無視して去った。




 まさか王宮で逃げた作物を目撃するとは思わなかった。
 詩乃と別れた樹はパジャマ姿の王を追う。
 王を追いながら樹は、自らの心の平穏のためにも、逃げた作物は捕獲しようと心に誓った。
 足早に庭を駆け抜ける。
 前方で、しゃがんだ王がカブもどきを押さえ込んでいる様子が見えた。

「初めて見たぞ伝説のマンドラゴラ。さすがは異世界だ素晴らしい! 絶対すごいアイテムだぞこれ」
「……ただの足が生えたカブです」

 カブもどきを抑え込んで興奮している王に近寄って、樹は話し掛けた。

「煮込んでスープにすると美味ですが、特に薬効などはありません」
「そうなのか? え、魔法の材料には」
「なりません」

 ひゅるるるーーと二人の間に冷めた風が吹き抜けた。
 じたばたするカブもどきを掴みあげた王は、ややあって正気に戻った。ごほんと咳払いして真面目な顔になる。
「君は……たしか詩乃君の友達で、えーっと」
「樹です」
「なんでマンドラゴラに詳しいんだい?」
「薬屋なもので」
「ほう、薬屋。じゃあ明後日に、遠征部隊に薬を届けてくれると助かるな」

 話が真面目な方向に戻る。
 樹は王の言葉に不思議そうな顔をした。

「遠征?」
「そうだ。魔界へ遠征して、魔王を討つ。ははっ、まるでRPGゲームみたいだろう」
「そうですね」
「ゲームと一緒で、勇者が勝つことが決まってるから安心していい。……実はここだけの話、魔王の正体は精霊なんだ。だから封じ込める手段があるんだよ」

 強い精霊を封じ込めると強い力を持つ魔晶石ができる。
 最高位の精霊を封じ込めたら、どんなレアなアイテムができるんだろうな?

「明後日に王城においで」

 カノン王はカブもどきを片手にぶら下げたまま、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら王宮の中へ戻っていく。
 樹は無言のまま、視線だけを険しくして王の後ろ姿を見送った。

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