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(第二部)第五章 君に贈る花束
02 おはよう
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オレイリアに沈黙が降りた。
白い髪に赤い瞳の少女、死の精霊エルルが光の翅を広げて優雅に舞う。彼女は酷く楽しそうにカノン王に向かって言う。
「さあ、次は神様を封じる番ね」
「ああ。エターニアに戻って準備をしよう」
虹色の光を放つ大きなダイヤを拾い上げると、カノン王は死の精霊に向かって頷いた。
「転移」
それが魔道具を使うためのキーワードらしい。
青い光に包まれて王と死の精霊の姿が消える。
光が消えて、オレイリアの森は完全に暗くなった。
エターニアの遠征軍の兵士達が動き出す。
「……王は、我々を置いていかれたのか」
「あの少女、魔王と言っていたな」
「まさか」
勝手にエターニアにとんぼ返りした王に、兵士達は困惑した。
「……カノン王は魔王の誘いに乗った! 俺達を裏切ったんだ!」
誰かが言った言葉に彼等は騒然となった。
否定したくても、カノン王は、魔王と思われる少女と連れだって消えてしまったのだ。
混乱する兵士達の前に、白い竜に乗ったアルファードが降り立つ。
「皆、僕と一緒にエターニアへ帰りましょう」
「殿下?」
「兄上には何か考えがあるのかもしれない。それを確かめるためにも、エターニアに帰るんだ!」
アルファード王子は兵士達の前で胸を張る。
小さくとも王家の威厳を漂わせるその姿に、兵士達は感銘を受ける。隊長と思われる人物は膝まずいて王子に頭を下げた。
「そのように致しましょう」
兵士達のざわめきが小さくなる。エターニアの遠征軍は王子の命令を待っていた。
アルファードは彼等を見回すと、英司の方を向く。
「エイジ、貴方に護衛をお願いしたい」
「俺に?」
「もし兄上が間違った道に進もうとしているなら、僕が止めなければ。けれど悔しいことに僕には力がありません。神に召喚されしセイファート帝国の勇者であった貴方の力をお借りしたいのです」
しっかりした口調で話す王子に、英司は安堵する。
英司は過去に習った王族に対する勇者の礼儀作法に則って、軽く拳を胸の前で握った。
「承知した」
儀礼めいたやり取りは、正統性がここにあると証明する効果があった。
遠征軍の兵士達は安心した表情になる。
「英司……」
人々の輪の中にいる英司に詩乃は恐る恐る歩み寄る。
彼女の姿を認めた英司は、まだ衝撃の抜けない詩乃に話しかけた。
「エターニアに戻ろう。たぶんそこで、樹ともう一度会える」
「樹君、魔晶石にされちゃったのかな」
「どうだろうな。あいつがそう易々と捕まるとは到底思えないんだ。どちらにしても、エターニアで王と会えば、はっきりすると思う」
詩乃の後ろから、ゆっくりとセリエラが近づいてくる。
「……勇者様の言う通りだね」
銀髪のエルフは青ざめていたが、悲しんだり絶望している風では無かった。
「不意を突かれたとは言え、あれで負けるのは坊やらしくない。うちのソフィーも……坊やが無事なら、むざむざ死なせるはずがない。私は坊や達を信じるよ」
同意するように、詩乃の腕の中で猫が「にゃーあん」と鳴いた。
オレイリアの森の精霊達は樹がいなくなっても嘆いたりせずに、マイペースに蛍のように空中を飛び回っている。その平穏さが、今も続く光の乱舞が、セリエラの言葉を裏付けるようだった。
エルフの住む森を騒がせた人間達は、来た時と違う指導者のもとで、粛々と撤退を始めた。
◇◇◇
甘い匂いがする。
いつも家で食べていたホットケーキの、甘い蜂蜜の匂い。
蜂蜜の匂いと一緒に、お茶に入った小さな花の爽やかな香りもする。
もう朝なのかな。
お腹空いた……。
「……あさごはん、まだですかぁ……?」
どうやら眠っていたらしい。
寝ぼけながらソフィーは目を覚ました。
まず目に飛び込んで来たのは眩しいほどの緑。
降り注ぐ陽光を遮る大きな葉。色々な種類の植物が重なりあって緑の天井を作っている。
「ふおぉぉ? ここ、どこ?」
背中には湿って柔らかい草の感覚。
仰向けに転がったまま、ソフィーは茫然と緑の天井を見上げた。
口を開いてぼけっとしていると、木漏れ日を遮ってソフィーを覗き込む人影。
「……第一声が朝ごはんとは。やっぱりソフィーは花より団子だな」
上から覗き込むのは鮮やかな翠玉の瞳をした青年。
悪戯っぽく笑う樹の姿に、ソフィーはようやく目が覚めた。
「イツキ!」
「おはよう、寝坊助さん。ほら朝ごはん」
「むぐっ」
起き上がったソフィーの口に、樹は丸い果実を突っ込んできた。
とりあえず食べないと喋れないので、むぐむぐ咀嚼して飲み込む。
甘酸っぱい果汁が口に広がった。
ごっくんと飲み下した後、笑っている樹を見上げる。
「ここ、どこですか? 私達、オレイリアの森で王様と戦ってましたよね?」
「まあね。ここは、世界樹だよ」
改めてよく見ると、眼鏡を外している青年は普段と違い、光の翅を出しっぱなしにしている。
立ち上がって周囲を見回したソフィーは、自分が巨大な樹の幹の前に立っていることに気付いた。その木はあまりにも巨大すぎて、幹が緑の壁のように広がっている。空気は澄んで静かだったが、無数の生き物の鳴き声や足音がさざ波のように響いていた。
そこは世界樹の懐だった。
白い髪に赤い瞳の少女、死の精霊エルルが光の翅を広げて優雅に舞う。彼女は酷く楽しそうにカノン王に向かって言う。
「さあ、次は神様を封じる番ね」
「ああ。エターニアに戻って準備をしよう」
虹色の光を放つ大きなダイヤを拾い上げると、カノン王は死の精霊に向かって頷いた。
「転移」
それが魔道具を使うためのキーワードらしい。
青い光に包まれて王と死の精霊の姿が消える。
光が消えて、オレイリアの森は完全に暗くなった。
エターニアの遠征軍の兵士達が動き出す。
「……王は、我々を置いていかれたのか」
「あの少女、魔王と言っていたな」
「まさか」
勝手にエターニアにとんぼ返りした王に、兵士達は困惑した。
「……カノン王は魔王の誘いに乗った! 俺達を裏切ったんだ!」
誰かが言った言葉に彼等は騒然となった。
否定したくても、カノン王は、魔王と思われる少女と連れだって消えてしまったのだ。
混乱する兵士達の前に、白い竜に乗ったアルファードが降り立つ。
「皆、僕と一緒にエターニアへ帰りましょう」
「殿下?」
「兄上には何か考えがあるのかもしれない。それを確かめるためにも、エターニアに帰るんだ!」
アルファード王子は兵士達の前で胸を張る。
小さくとも王家の威厳を漂わせるその姿に、兵士達は感銘を受ける。隊長と思われる人物は膝まずいて王子に頭を下げた。
「そのように致しましょう」
兵士達のざわめきが小さくなる。エターニアの遠征軍は王子の命令を待っていた。
アルファードは彼等を見回すと、英司の方を向く。
「エイジ、貴方に護衛をお願いしたい」
「俺に?」
「もし兄上が間違った道に進もうとしているなら、僕が止めなければ。けれど悔しいことに僕には力がありません。神に召喚されしセイファート帝国の勇者であった貴方の力をお借りしたいのです」
しっかりした口調で話す王子に、英司は安堵する。
英司は過去に習った王族に対する勇者の礼儀作法に則って、軽く拳を胸の前で握った。
「承知した」
儀礼めいたやり取りは、正統性がここにあると証明する効果があった。
遠征軍の兵士達は安心した表情になる。
「英司……」
人々の輪の中にいる英司に詩乃は恐る恐る歩み寄る。
彼女の姿を認めた英司は、まだ衝撃の抜けない詩乃に話しかけた。
「エターニアに戻ろう。たぶんそこで、樹ともう一度会える」
「樹君、魔晶石にされちゃったのかな」
「どうだろうな。あいつがそう易々と捕まるとは到底思えないんだ。どちらにしても、エターニアで王と会えば、はっきりすると思う」
詩乃の後ろから、ゆっくりとセリエラが近づいてくる。
「……勇者様の言う通りだね」
銀髪のエルフは青ざめていたが、悲しんだり絶望している風では無かった。
「不意を突かれたとは言え、あれで負けるのは坊やらしくない。うちのソフィーも……坊やが無事なら、むざむざ死なせるはずがない。私は坊や達を信じるよ」
同意するように、詩乃の腕の中で猫が「にゃーあん」と鳴いた。
オレイリアの森の精霊達は樹がいなくなっても嘆いたりせずに、マイペースに蛍のように空中を飛び回っている。その平穏さが、今も続く光の乱舞が、セリエラの言葉を裏付けるようだった。
エルフの住む森を騒がせた人間達は、来た時と違う指導者のもとで、粛々と撤退を始めた。
◇◇◇
甘い匂いがする。
いつも家で食べていたホットケーキの、甘い蜂蜜の匂い。
蜂蜜の匂いと一緒に、お茶に入った小さな花の爽やかな香りもする。
もう朝なのかな。
お腹空いた……。
「……あさごはん、まだですかぁ……?」
どうやら眠っていたらしい。
寝ぼけながらソフィーは目を覚ました。
まず目に飛び込んで来たのは眩しいほどの緑。
降り注ぐ陽光を遮る大きな葉。色々な種類の植物が重なりあって緑の天井を作っている。
「ふおぉぉ? ここ、どこ?」
背中には湿って柔らかい草の感覚。
仰向けに転がったまま、ソフィーは茫然と緑の天井を見上げた。
口を開いてぼけっとしていると、木漏れ日を遮ってソフィーを覗き込む人影。
「……第一声が朝ごはんとは。やっぱりソフィーは花より団子だな」
上から覗き込むのは鮮やかな翠玉の瞳をした青年。
悪戯っぽく笑う樹の姿に、ソフィーはようやく目が覚めた。
「イツキ!」
「おはよう、寝坊助さん。ほら朝ごはん」
「むぐっ」
起き上がったソフィーの口に、樹は丸い果実を突っ込んできた。
とりあえず食べないと喋れないので、むぐむぐ咀嚼して飲み込む。
甘酸っぱい果汁が口に広がった。
ごっくんと飲み下した後、笑っている樹を見上げる。
「ここ、どこですか? 私達、オレイリアの森で王様と戦ってましたよね?」
「まあね。ここは、世界樹だよ」
改めてよく見ると、眼鏡を外している青年は普段と違い、光の翅を出しっぱなしにしている。
立ち上がって周囲を見回したソフィーは、自分が巨大な樹の幹の前に立っていることに気付いた。その木はあまりにも巨大すぎて、幹が緑の壁のように広がっている。空気は澄んで静かだったが、無数の生き物の鳴き声や足音がさざ波のように響いていた。
そこは世界樹の懐だった。
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