異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第一章 願いを叶える方法

01 夜散歩

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 地球ではただの学生だったいつきが異世界に召喚されたのは、ほんの一か月ほど前のことだった。
 召喚されたと言っても本来のターゲットは樹ではない。
 なんと勇者召喚に巻き込まれて、ついでに召喚されたのだ。
 巻き込まれただけで樹は勇者ではない。だから当初、部外者の自分は早く地球に帰りたいと願っていた。だが異世界で過ごすうちに、自分がこの世界と無関係でないことを思い出したのだ。
 
 幼い頃、樹は夢の通い路を通り、魂だけで異世界を行き来していた。
 精霊、それも最高位のあかしである八枚の光のはねを持つ「世界樹の精霊」として。
 忘れていただけで、異世界はもうひとつの樹の故郷だった。
 過去の記憶を取り戻した樹は、自分の本体である世界樹を襲った魔王を、勇者達と共に討ち果たしたのである。

 事件がひと段落した後、どうしようかと樹は悩んでいた。
 地球と異世界、その両方とも樹にとっては帰るべき故郷。
 別に家出して異世界に来た訳ではない。地球にも家族がいる。それに、地球に帰らないといけない理由がもうひとつ……。
 樹は迷っていた。
 このまま異世界に留まるか、地球へ帰るかを。




 これから先のことについて考えながら、夜の森の中を散歩する樹。
 精霊は月光を浴びて力を蓄える習慣がある。だから、月が満ちて雲の無い夜は外に出て月光を浴びたくなり、無意識に目が冴えてしまうのだ。
 
『イツキさまー!』

 森を歩いていると、二枚の光の翅を羽ばたかせ花の精霊が飛んできた。
 スズランのような白い鈴なりの花を付けた、小さな栗鼠リスの姿をした精霊だ。

「どうしたんだ?」

 足を止めて問いかけると、精霊は「こっちに来て!」と樹を急かす。

『杉の木のお爺様が病気で枯れそうなんです! 助けてください!』
「分かったから落ち着いて」

 樹は精霊の案内に従い、森の奥にたたずむ杉の巨木に辿り着いた。
 杉の巨木は葉が黄色くなり幹がデコボコしている。
 足元には落ち葉が降り積もっていた。

「老衰は直せないけど、病気なら……」

 幹に手をあてて意識を集中する。
 世界樹の精霊である樹は、生き物を癒したり、生まれ変わらせたりできる、生命を操る力を持っている。
 その力で杉の病気を治して生命力を回復させる。
 一瞬だけ、樹の背に虹色に輝く八枚の光の翅が浮かんだ。
 みるみるうちに杉の葉が萌えるような緑に変化する。

『うわあ……葉っぱが緑に……ありがとうございます、イツキさま!』

 花の精霊は喜んで樹の周囲を旋回する。
 周囲で様子を見ていたのか、森に住む他の小さな精霊たちが現れて、光の玉になって乱れ飛んだ。
 彼らは人間には聞こえない声で騒いでいる。

『世界樹の精霊さまだ!』
『なんて綺麗であたたかい光……』

 杉の木の幹から、白い髭の老人の姿をした精霊が現れた。
 かしこまって樹に礼を言う。

『世界樹の精霊さま、ありがとうございます。この世界に戻ってきたイツキさまが、長い間、不在だった世界樹の精霊を継がれたと噂で聞きましたが、本当だったのですな』
「礼は僕を呼んできた花の精霊に言ってくれ」

 世界樹の精霊は、イツキが本当の後継者になるまで、数百年間、不在だった。
 杉の精霊は感動しているようだ。

『最高位の世界樹の精霊が復活し、この世界を末永く見守ってくださるなら、あらゆる生き物の繁栄と共存が約束されることでしょう』

 精霊たちは、樹に異世界を選んで欲しいと願っている。
 樹は、答えに困って曖昧にほほ笑んだ。

「……イツキ、こんなところにいたんですか」

 杉の木と話していた樹の耳に、軽い足音が聞こえた。
 月光の下にウサギ耳の少女が現れる。
 下がり気味のつぶらなアクアブルーの瞳をした、可愛らしい少女だ。細身の体にオリーブ色の狩人の服を着て、革のブーツを履いている。腰まで流れるような金髪の間からは、真っ白な柔らかいウサギの耳が伸びていた。
 彼女はエルフという種族に属している。この世界のエルフはウサギの獣人の姿をしているのだ。
 名前はソフィー。
 樹の旅の仲間で、おっちょこちょいの火の精霊使いである。

「ソフィー、眠れないのかい?」

 振り返って樹が聞くと、ソフィーは「イツキの様子が気になって後ろを付いてきたんです!」と言う。
 エルフの彼女も夜目がきく。
 危なげない足取りで樹の前まで歩いてくると、上目遣いに見上げてきた。
 
「勇者さん達に聞きました。異世界にはクリスマスという祭りがあるそうですね」
「異世界……まあ、君たちからすれば地球が異世界だよね」
 
 樹は苦笑してソフィーに先をうながした。

「クリスマスがどうかしたのか?」
「地球ではクリスマスに光る星の飾りを木に吊るすんですね! 木と言えば世界樹! 世界樹に星の飾りを付けて夜にピカピカさせたら……」
「……」

 夢見るようなソフィーの言葉に、樹は咳き込みそうになった。
 世界樹は樹の本体だ。
 そこに星の飾りを付ける、だと。
 自分の身体に電球を連ねたオーナメントを引っかけた姿を想像して、樹は何とも言えない気分になった。

「ソフィー、世界樹はとても巨大な木だ。君は下からしか見たことがないから、大きさが分かってないのかもしれないけど」
「はい。この間、イツキは世界樹に登らせてくれませんでしたから」
「危なっかしい君が下に落ちたらと思うと、怖くて登らせられないよ……」
「私、そんなにドジじゃありません!」

 ソフィーは頬を膨らませて反論する。
 樹の知る限り、彼女は異世界のドジっ娘代表なのだが。
 世界樹クリスマスツリー企画を思いとどまらせようとした樹だが、途中で思い直した。
 少女の純真な想いを否定するのは野暮というものだ。

「よーし、分かった。じゃあ、その内に世界樹に登らせてあげるよ。飾り付けができるかどうか、その後に考えるといい」
「本当ですか?! やったあ!」

 歓声を上げる彼女を樹は微笑ましく見守った。
 和やかに話していると、空からフクロウが舞い降りてくる。

『イツキや、この森の先の村が燃えているようじゃぞ』
「ん?」

 フクロウのアウルが翼を広げて森の外を示す。
 空が赤く染まり、かすかに立ち上る煙が見えた。

『勇者達は助けに向かったようじゃ。おぬしはどうする?』
「あいつらテント畳まずに走ってったんだな。仕方ない、僕が後片付けするか」
『イツキよ。ここは勇者に習って人助けに走るところでは』
「やだよ、面倒くさい」

 アウルは困ったように首を回したが、樹は無視する。
 
「勇者が事件を解決した直後くらいに追いつくのが良いな」
「イツキ、せこいですぅ」
 
 ソフィーがさりげなくつっこむが、樹は素知らぬ顔で無視する。
 二人(と一羽)はゆったりとした足取りで、抜け出してきたテントに向かって元来た道を戻り始めた。

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