異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)プロローグ

夢のあわい

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 少年は八枚の虹色に輝く光のはねを広げ、木々の枝をかすめて飛翔する。
 年の頃は十歳より少し上くらいだろうか。
 夜空のような黒髪に、萌木のような鮮やかな緑色の瞳をした少年だ。
 普通の人間なら足がすくむような高さを、彼は全く怯えもせずに軽々と渡っていく。跳躍する軌跡に沿って、光の燐分が空を舞った。
 木々の間で楽しげに遊んでいた少年は、ふと足を止めて彼方の空を見る。

「誰……?」

 その視線の先に、光の泡が生まれ、砕けた。
 泡の中から雪のように白い髪をした少女が姿を現す。
 髪だけでなく肌の色も真っ白で、乳白色のワンピースを着ている。少女の赤い瞳が少年をまっすぐに見つめる。煌々と燃える炎を閉じ込めたような、意思のこもった目だった。

 少女の背には少年と同じ光の翅がある。
 光の翅は、この世界では精霊のあかしである。

「あなたが、この世界樹の精霊なの?」
「そうだよ」

 少女にたずねられて、少年はうなずく。
 ここは世界樹と呼ばれる、世界の始まりから立っている巨木の枝の上だ。
 世界樹は「全ての命がここから生まれる」とされる伝説の木だ。精霊が生まれる神聖な場所でもある。

「君は誰?」

 少年は少女に問い返す。
 彼女はゆったり空から舞い降りて答える。

「私は死の精霊」
「死……?」
「私たち、正反対なのよ。だから、あなたに興味があって会いにきたの」
「ふーん」

 何と返せばいいか分からず、少年は困惑した。
 頭を掻こうとして、手に持っている果実に気付く。先ほど食べようと思って摘んだ実だった。少年は、まだ口につけていないそれを少女に差し出す。

「良かったら食べる?」
「……」

 少女の赤い瞳に一瞬、戸惑いが浮かんだ。
 目の前に差し出された果実に、少女は手を伸ばす。
 白い手が果実に触れる。
 その途端、果実は色を失い、手の先で黒い塵となって崩れた。

「っつ!」
「私のさわったものは、皆、死んでしまうのよ」

 少女は悲しそうに言った。

「だから私に、さわらない方がいい」

 そう言った少女があまりにも寂しそうに見えたので、少年は何かしてあげられることはないだろうかと思った。
 本当にさわったら死んでしまうのだろうか。
 世界樹の精霊である、自分も。

「……試してみよう」
「えっ?」

 怖いもの知らずの少年は、一歩踏み込み、彼女の手を握った。
 少女はぎょっとする。

「駄目よ、あなたも死んでしまう!」
「何も起きないよ。死んじゃうって本当?」
「……平気なの?」
「平気だよ」

 二人は不思議そうに見つめあう。
 やがて、少女は嬉しそうにふわりと微笑んだ。

「ありがとう、イツキ」
 




 ◇◇◇




 少女の言葉をきっかけに、イツキは夢から覚めた。
 暗い天井を見つめて身を起こす。無意識に手のひらを目の前にかざした。少年ではなく、成長して大きくたくましくなった青年の手だ。
 まだ朝は来ていないらしい。

 目が覚めてしまった樹は、仲間達と共に野営しているテントから抜け出した。
 付近の森は静まり返っている。
 少し湿気を帯びた空気は冷たく澄んでいた。
 深呼吸をしていると羽音がして、金色の目を光らせたフクロウが近くの枝にとまる。ずんぐりむっくりした丸い身体に鋭い嘴を持つ鳥は、樹を頭上から見下ろした。

『まだ朝には早いぞ、イツキよ』

 くぐもった低い男性の声がフクロウから聞こえる。
 この鳥は人の言葉を操る。

「変な夢を見て目が覚めたんだよ、アウル」

 樹は枝を見上げてフクロウに返事をした。
 フクロウのアウルは不思議そうにくるりと首を回す。

『どんな夢じゃ?』
「あれ? どんな夢だったっけな」

 寝起きのぼんやりとした頭で反芻する。
 しかし夢の詳細は水の底に沈んだ石のように、曖昧になってしまっている。

「夢か……考えてみると不思議だな」
『どうした?』
「日本で学生をやっていた時は、夢の中の出来事だと思ってたんだ。異世界も、精霊も……」

 ごく普通に日本で生活していた一般人だった樹なのだが、友人の異世界召喚に巻き込まれて、このファンタジーな世界に来てしまった。
 鳥が人間の言葉を喋り精霊や人間以外の種族が実在する世界に。
 そして驚くべきことに、樹自身もこの世界では人間ではなく精霊という種族に属しているようなのだ。
 くすくす笑う樹の背中に淡い光が曲線を描く。最高位の精霊の証の、八枚の翅がそこにあった。

『イツキよ。これは夢ではなく、現実じゃぞ』
「……分かってるさ」

 異世界は泡沫うたかたの夢のごとく。しかし、覚悟を持って向き合うならば、夢もまた人が生きるうつつの世界。

 樹は今、夢の彼方の世界にいる。

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