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嵐の前
古味の決意
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議員会館の一室。
机の上には数冊の資料と、折りたたんだ新聞、そして止まったままのコーヒー。
古味良一は、そのコーヒーを一口すすることもできずにいた。
「……秋屋大臣が?」
もちろん古味は秋屋が大臣室で日常的に「ルンルン」をやっていることなど知らない。だが、何か不気味な思惑があって自分を呼び出したのであろうことは容易に想像できた。
秋屋大臣の”使い走り”には少し片づけをしてから大臣室へ向かうと伝え、何のための呼び出しか考えることにした。
今、政界では嵐が吹こうとしている。
——嵐とは他ならぬ総裁選のことだ——
先日の門関の誘いにもあったが、水園寺義光の後に俺を総理にするという妄想。政治家の間では、あれをやる、これをもらうという口先だけの"ディール"があちらこちらで飛び交っているに違いない。
とにかく下手な取引に乗るのは危険だ。だが、無視するわけにはいかない。
先日、門関にきっぱり断ったように、秋屋にも断ろう。
そう意を決し、議員会館の自分の部屋を出た。
しばらく歩いて、俺は敵の砦、国土交通大臣室にたどり着いた。
「やあ、いらっしゃい」
待たされずに入った部屋で待っていた秋屋は思っていたより歓迎ムードだった。
「君は“メシア”なんだって?」
「ご冗談を・・・」
秋屋がヨーツーベの動画なんかを真に受けているとは思わないが、ここで出てくるということは世間では相当話題になっているのだろう。
「”メシア”云々は置いといて、総裁選のことだ。君は先日門関に言われて断ったそうじゃないか」
料亭夕凪での一件だ。あんな密室のことが噂になってるなんて、永田町というのはどこかにマイクでもついているんじゃないだろうか。
「今回は私も出るよ。そこで協力をお願いしたい」
控えめにそう伝えたのは、秋屋の側近と名乗るベテラン秘書だった。
そう言って、彼は笑ってみせたが、古味にはその笑顔が信用できなかった。
(秋屋が俺を“利用”しようとしている?)
信じがたい報せだった。あの老練な現実主義者が、若輩の自分に「次の次」の話をしてくるとは。
一度ならず、そう考えた。
門関もそうだった。
奴は「若者の時代だ」と語りながら、結局は“操りやすい旗”として自分を見ていただけだった。
今度は秋屋だ。門関を封じるための“対抗札”として、自分を持ち上げようという魂胆だろう。
(阿相さんのような“芯”のある総理になれるか……)
ふと、思い出す。
病床で阿相元春が言った、かすれた声。
「……君よ、総理になりたまえ」
「君のような者が、この国を導くべきだと……私は信じている」
あれは遺言だったのだろうか。
迷いながらも――いや、迷いながらこそ、彼は命を懸けて託したのだ。
「秋屋の思惑も、門関の影も全部知ってる」
古味は静かに立ち上がる。
コーヒーの湯気はとうに消えた。だが、心には新たな熱が宿っていた。
「だったら、俺が全部引き受けてやる」
“利用”されるかどうかは、最初から覚悟の上。
むしろ、自分が“利用してやる”くらいの気概で挑むべきなのかもしれない。
「阿相さん。あなたが遺してくれた言葉に、俺は応えたいと思います」
その瞬間、ひとつの覚悟が――この青年の中で、静かに灯った。
ー権力闘争編 嵐の前 完ー
机の上には数冊の資料と、折りたたんだ新聞、そして止まったままのコーヒー。
古味良一は、そのコーヒーを一口すすることもできずにいた。
「……秋屋大臣が?」
もちろん古味は秋屋が大臣室で日常的に「ルンルン」をやっていることなど知らない。だが、何か不気味な思惑があって自分を呼び出したのであろうことは容易に想像できた。
秋屋大臣の”使い走り”には少し片づけをしてから大臣室へ向かうと伝え、何のための呼び出しか考えることにした。
今、政界では嵐が吹こうとしている。
——嵐とは他ならぬ総裁選のことだ——
先日の門関の誘いにもあったが、水園寺義光の後に俺を総理にするという妄想。政治家の間では、あれをやる、これをもらうという口先だけの"ディール"があちらこちらで飛び交っているに違いない。
とにかく下手な取引に乗るのは危険だ。だが、無視するわけにはいかない。
先日、門関にきっぱり断ったように、秋屋にも断ろう。
そう意を決し、議員会館の自分の部屋を出た。
しばらく歩いて、俺は敵の砦、国土交通大臣室にたどり着いた。
「やあ、いらっしゃい」
待たされずに入った部屋で待っていた秋屋は思っていたより歓迎ムードだった。
「君は“メシア”なんだって?」
「ご冗談を・・・」
秋屋がヨーツーベの動画なんかを真に受けているとは思わないが、ここで出てくるということは世間では相当話題になっているのだろう。
「”メシア”云々は置いといて、総裁選のことだ。君は先日門関に言われて断ったそうじゃないか」
料亭夕凪での一件だ。あんな密室のことが噂になってるなんて、永田町というのはどこかにマイクでもついているんじゃないだろうか。
「今回は私も出るよ。そこで協力をお願いしたい」
控えめにそう伝えたのは、秋屋の側近と名乗るベテラン秘書だった。
そう言って、彼は笑ってみせたが、古味にはその笑顔が信用できなかった。
(秋屋が俺を“利用”しようとしている?)
信じがたい報せだった。あの老練な現実主義者が、若輩の自分に「次の次」の話をしてくるとは。
一度ならず、そう考えた。
門関もそうだった。
奴は「若者の時代だ」と語りながら、結局は“操りやすい旗”として自分を見ていただけだった。
今度は秋屋だ。門関を封じるための“対抗札”として、自分を持ち上げようという魂胆だろう。
(阿相さんのような“芯”のある総理になれるか……)
ふと、思い出す。
病床で阿相元春が言った、かすれた声。
「……君よ、総理になりたまえ」
「君のような者が、この国を導くべきだと……私は信じている」
あれは遺言だったのだろうか。
迷いながらも――いや、迷いながらこそ、彼は命を懸けて託したのだ。
「秋屋の思惑も、門関の影も全部知ってる」
古味は静かに立ち上がる。
コーヒーの湯気はとうに消えた。だが、心には新たな熱が宿っていた。
「だったら、俺が全部引き受けてやる」
“利用”されるかどうかは、最初から覚悟の上。
むしろ、自分が“利用してやる”くらいの気概で挑むべきなのかもしれない。
「阿相さん。あなたが遺してくれた言葉に、俺は応えたいと思います」
その瞬間、ひとつの覚悟が――この青年の中で、静かに灯った。
ー権力闘争編 嵐の前 完ー
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こういう権力争いのような作品を探していたので見つけられて良かったです。
とても面白かったので、続きを期待しています。
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ありがとうございます。続きを書き始めました。