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第6章 王太子の真実
王太子の真実Ⅰ
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「あれは、誰もが寝静まった深夜のことでした。十数人の貴族が城に押し入り、まだ十歳にもならない王太子殿下に刃を向けました」
セリスは眉間にしわを寄せ、憎らしい敵を見るかのような瞳を窓へと向けた。私もその視線を追うと、外には漆黒の闇が広がっている。
「王太子殿下は王女殿下、王妃殿下とご一緒で、客間の一室に隠れていました。でも、騎士が到着する前に見つかってしまって」
話を整理しようと頭を働かせる。私が想像するに、真っ暗な部屋の中で、三人揃って息を殺していたのだろう。セリスは声を震わせる。想像するだけで恐怖が襲ってくる。
「貴族は殿下に詰め寄ったのです。『自分たちだけ私腹を肥やして良いご身分だな』、と」
「王族だもの。私腹を肥やして何が悪いの? 貴族たちだって、そのおこぼれをもらってた筈なのに」
「権力を持つと、ご自分の立場が分からなくなるものなのでしょう」
そういうものなのだろうか。私の周りには権力を持った者がいないので、理解したいとも思えない。私が首を横に振ると、セリスは目を細めた。
「その反応、エレナ嬢らしいですね」
「ただ、私には分からないと思っただけだよ」
「そこが素敵なのです」
自分では良く分からない。首を傾げてみせると、セリスは何度か頷いた。
「話を続けますね。剣を向けられてもなお、王太子殿下は勇敢でおられました。『暴動など、貴族の傲慢だ』と怯まずに言い切ったのです」
ここで疑問が生まれる。リュシアンの印象の中に『勇敢』という言葉は含まれていない。物腰が柔らかくて、優しすぎて、掴みどころがなくて、すぐにどこかへ行ってしまいそうで――儚いイメージが強い。
「エレナ嬢、その顔は信じておられませんね」
「うん」
私の答えを聞くと、セリスはくすりと笑って遠くを見る。
「あの方は、本来は活発で明るい性格なのですよ」
「えっ?」
「今の殿下からは想像出来ませんよね」
性格を歪めるほどに、リュシアンは心に深い傷を負ったのだろう。それがセリスの口から語られることになるのだ。聞いてしまって良いのか、今更になって不安になってしまった。
「私、ちょっと怖い」
「そんなことでは王太子妃にはなれませんよ?」
「……嫌」
「では、聞いてあげてください」
セリスはまるで懇願するような瞳を私へと向ける。
「逆上した貴族は剣を振り上げ、王太子殿下の腕を切りつけました。王太子殿下は、まさか本当に斬られるとは思っていなかったらしいのです。腹立たしい」
セリスは忌々しいものでも見るように吐き捨てた。リュシアンはどれほど怖かっただろう。私が想像するのもおこがましい気がしてくる。思わず俯くと、セリスは私の両肩に手を当てた。
「酷い話はまだ続くのです。少し深呼吸をしましょうか」
セリスの呼吸に合わせて、私も深呼吸を繰り返してみる。少しだけ気分が落ち着いたような気がした。
話は再開される。
「王太子殿下が斬られた時に、王女殿下が逃げようとしてしまわれたのです。その王女殿下を守ろうと王太子殿下が駆け出し、結果的に王妃殿下が貴族に捕らわれてしまいました。そこからは、もうお分かりになりますよね」
分かるけれど、分かりたくない。返事を出来ずにいると、セリスは続けた。
「王妃殿下はそのまま孤島に捕らわれ、未だにお帰りになっておりません。王妃殿下が連行されたのは自分のせいだと、自分が強い言葉を放ったせいだと王太子殿下はお考えになったのです。傷のご療養でお世話をした時に、いつまでも泣いておられました」
ああ、そこで今の優しすぎる王太子像へ結び付く訳だ。こんな悲劇を誰が予測出来ただろう。
セリスは目に涙を溜めて、鼻を啜った。その姿を見るだけで胸が張り裂けそうになる。
「実は、王妃殿下は隣国の王家ご出身だったのです。両国の架け橋になるように、との政略結婚でした。外からの血を嫌う貴族の反発が暴動の一因だったようです」
だから、今回の王太子妃選考も国内の令嬢を集めるだけに留まったのか。ようやく、自国の伯爵令嬢にこだわる理由も分かった。再び外国の血を入れれば、今度は戦争が起きるかもしれないから。
セリスは「ええと……」と思考を巡らせ、次の言葉を探っているようだ。
「国王陛下も一時的に捕縛され、国政が滞りました。十数日後には解放されましたが……王妃殿下が攫われたことで深く心を痛めておられました」
妻が攫われれば、国王が憔悴するのも無理はない。この国は――歪んでいる。
「王妃殿下は人質にされ、今でも一部の貴族たちは王権を監視し続けています。王妃殿下を殺せば隣国が介入する……それを利用して。隣国へは、王妃殿下は『病気で伏せている』と偽装をしているようです」
「なんて、酷い……」
あまりの理不尽さに、溜め息が漏れてしまう。こんなことが起きれば、リュシアンが神を信じたくなくなるのにも頷ける。
「陛下は表向きは政務を執りつつも、裏では信頼出来る者に貴族の動向を探らせ、可能な限り王妃殿下の解放に努めております」
「そうだよね。やられてばっかりじゃ、国王陛下が気の毒すぎるもの」
こんなことが自国でまかり通っていたなんて。何故、今まで知らなかったのだろう。
国王がリュシアンの性格を自らの『罪』だと言い切った理由も分かった。国王も計り知れない罪悪感を抱えているのだろう。
「この国の貴族はどこまで根性が腐ってるの……?」
「エレナ嬢、まるでご自身が貴族ではないかのような発言ですが。しかも、暴動の全容をご存知ないなんて」
的を得た発言に、心臓が飛び跳ねる。私を見詰める瞳は疑念で溢れているようにも見える。
セリスは眉間にしわを寄せ、憎らしい敵を見るかのような瞳を窓へと向けた。私もその視線を追うと、外には漆黒の闇が広がっている。
「王太子殿下は王女殿下、王妃殿下とご一緒で、客間の一室に隠れていました。でも、騎士が到着する前に見つかってしまって」
話を整理しようと頭を働かせる。私が想像するに、真っ暗な部屋の中で、三人揃って息を殺していたのだろう。セリスは声を震わせる。想像するだけで恐怖が襲ってくる。
「貴族は殿下に詰め寄ったのです。『自分たちだけ私腹を肥やして良いご身分だな』、と」
「王族だもの。私腹を肥やして何が悪いの? 貴族たちだって、そのおこぼれをもらってた筈なのに」
「権力を持つと、ご自分の立場が分からなくなるものなのでしょう」
そういうものなのだろうか。私の周りには権力を持った者がいないので、理解したいとも思えない。私が首を横に振ると、セリスは目を細めた。
「その反応、エレナ嬢らしいですね」
「ただ、私には分からないと思っただけだよ」
「そこが素敵なのです」
自分では良く分からない。首を傾げてみせると、セリスは何度か頷いた。
「話を続けますね。剣を向けられてもなお、王太子殿下は勇敢でおられました。『暴動など、貴族の傲慢だ』と怯まずに言い切ったのです」
ここで疑問が生まれる。リュシアンの印象の中に『勇敢』という言葉は含まれていない。物腰が柔らかくて、優しすぎて、掴みどころがなくて、すぐにどこかへ行ってしまいそうで――儚いイメージが強い。
「エレナ嬢、その顔は信じておられませんね」
「うん」
私の答えを聞くと、セリスはくすりと笑って遠くを見る。
「あの方は、本来は活発で明るい性格なのですよ」
「えっ?」
「今の殿下からは想像出来ませんよね」
性格を歪めるほどに、リュシアンは心に深い傷を負ったのだろう。それがセリスの口から語られることになるのだ。聞いてしまって良いのか、今更になって不安になってしまった。
「私、ちょっと怖い」
「そんなことでは王太子妃にはなれませんよ?」
「……嫌」
「では、聞いてあげてください」
セリスはまるで懇願するような瞳を私へと向ける。
「逆上した貴族は剣を振り上げ、王太子殿下の腕を切りつけました。王太子殿下は、まさか本当に斬られるとは思っていなかったらしいのです。腹立たしい」
セリスは忌々しいものでも見るように吐き捨てた。リュシアンはどれほど怖かっただろう。私が想像するのもおこがましい気がしてくる。思わず俯くと、セリスは私の両肩に手を当てた。
「酷い話はまだ続くのです。少し深呼吸をしましょうか」
セリスの呼吸に合わせて、私も深呼吸を繰り返してみる。少しだけ気分が落ち着いたような気がした。
話は再開される。
「王太子殿下が斬られた時に、王女殿下が逃げようとしてしまわれたのです。その王女殿下を守ろうと王太子殿下が駆け出し、結果的に王妃殿下が貴族に捕らわれてしまいました。そこからは、もうお分かりになりますよね」
分かるけれど、分かりたくない。返事を出来ずにいると、セリスは続けた。
「王妃殿下はそのまま孤島に捕らわれ、未だにお帰りになっておりません。王妃殿下が連行されたのは自分のせいだと、自分が強い言葉を放ったせいだと王太子殿下はお考えになったのです。傷のご療養でお世話をした時に、いつまでも泣いておられました」
ああ、そこで今の優しすぎる王太子像へ結び付く訳だ。こんな悲劇を誰が予測出来ただろう。
セリスは目に涙を溜めて、鼻を啜った。その姿を見るだけで胸が張り裂けそうになる。
「実は、王妃殿下は隣国の王家ご出身だったのです。両国の架け橋になるように、との政略結婚でした。外からの血を嫌う貴族の反発が暴動の一因だったようです」
だから、今回の王太子妃選考も国内の令嬢を集めるだけに留まったのか。ようやく、自国の伯爵令嬢にこだわる理由も分かった。再び外国の血を入れれば、今度は戦争が起きるかもしれないから。
セリスは「ええと……」と思考を巡らせ、次の言葉を探っているようだ。
「国王陛下も一時的に捕縛され、国政が滞りました。十数日後には解放されましたが……王妃殿下が攫われたことで深く心を痛めておられました」
妻が攫われれば、国王が憔悴するのも無理はない。この国は――歪んでいる。
「王妃殿下は人質にされ、今でも一部の貴族たちは王権を監視し続けています。王妃殿下を殺せば隣国が介入する……それを利用して。隣国へは、王妃殿下は『病気で伏せている』と偽装をしているようです」
「なんて、酷い……」
あまりの理不尽さに、溜め息が漏れてしまう。こんなことが起きれば、リュシアンが神を信じたくなくなるのにも頷ける。
「陛下は表向きは政務を執りつつも、裏では信頼出来る者に貴族の動向を探らせ、可能な限り王妃殿下の解放に努めております」
「そうだよね。やられてばっかりじゃ、国王陛下が気の毒すぎるもの」
こんなことが自国でまかり通っていたなんて。何故、今まで知らなかったのだろう。
国王がリュシアンの性格を自らの『罪』だと言い切った理由も分かった。国王も計り知れない罪悪感を抱えているのだろう。
「この国の貴族はどこまで根性が腐ってるの……?」
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