優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
24 / 50
第9章 宣言された調査

宣言された調査Ⅲ

しおりを挟む
 図書室の扉を開け、昨日と同じ場所に腰を下ろす。ここなら、リュシアンもすぐに見つけられるだろう。
 昨日と同じ本を手に取り、ページを捲る。リュシアンと一緒に読んだ所はうろ覚えなので、もう一度読もう。栞を通り越し、主人公が仲間の遺体を見つけたところまで遡る。悲鳴が辺りをつんざき、主人公はへたり込む。駆けつけた誰かに後頭部を殴られ、気絶してしまった。

「犯人は誰なの?」

 周囲を気にしつつ、小さく呟く。まさか、私がミステリー小説に熱中するとは思っていなかった。たまにはスリリングな読書も良いかもしれない。
 痛む頭に潤む目を開けてみても、視界に広がるのは暗闇だけだ。口を塞がれ、手足も縛られて身動きが出来ない。閉塞感と絶望が主人公を、そして私を襲う。もう駄目かもしれないと諦めかけた時、主人公に救いの手が差し伸べられた。「生きてて良かった」――泣き出しそうなその台詞が、心に温かな明かりを灯す。

「良かったぁ」

「エレナ?」

 呟きを聞かれていただろうか。いつの間にやってきたのか、リュシアンはいつもの微笑みを湛えて私の正面に立っていた。

「リュシアン殿下」

「あまりにも熱中していたので、なかなか声を掛けられませんでしたよ」

 リュシアンは私の隣に回り込み、そっと腰を下ろした。彼の前で変なことを呟かなかっただろうか。心配と恥ずかしさが重なり、頬が熱を持っていく。

「エレナ、大丈夫ですか?」

「こ、この熱は風邪ではありませんので」

「ん? なんの話です?」

 何か的外れなことを言ってしまっただろうか。リュシアンは首を傾げる。

「い、いえ……」

「エレナが大丈夫なら良いのです。午前中からオーレリアがエレナの身辺調査をすると意気込んでいたものですから」

 その話か、と納得し、揺れる空色の瞳を見詰め返してみる。

「私が何者か、リュシアン殿下も気になりますか?」

「私は気にしませんよ。エレナはエレナですから」

 その言葉がどれほどの勇気になるだろう。リュシアンは私の身分ではなく、私個人と向き合おうとしてくれている。その思いを踏みにじる訳にはいかない。身分が公にならないことを願うばかりだ。
 ただ、ここで礼を言えば、私の身分が危ういことを伝えてしまう可能性がある。微笑み返すだけに留まった。

「明日、薔薇庭園でまたお茶でも飲みませんか?」

「えっ? はい、凄く嬉しいです」

 薔薇庭園は私たちにとっては特別な場所となった。そこへ招かれるのは嬉しい以外の言葉では表現出来ない。

「では、またハーブティーを用意しますね。舌が驚かないものを」

 やはり、前回はローズヒップティーに慣れていないことを感づかれていたのだろう。田舎者――というか、貴族然としていないオーラは出ているのかもしれない。苦笑いを返すと、リュシアンはくすっと笑う。

「私はエレナの純粋な反応を見られて嬉しいのですよ」

「そういうものなのでしょうか」

「ええ」

 自分では分からない。まあ、穏やかで明るいリュシアンの笑顔を見られるならそれで良いか、という結論に至った。
 リュシアンは変わらない笑顔で目を細める。

「エレナ、触れても良いですか?」

 心のどこかでこの言葉を待っていた。触れたいと願っていた。小さく頷くと、リュシアンの手が本を握る私の手の甲に優しく触れる。

「温かい」

 私が思うのと同時に、リュシアンが呟く。手だけではない。心も温かくなる。シャンデリアから降り注ぐ光がやけに眩しく感じられる。
 そこへ足音が近付いてくるのだ。軽い音なので女性だろう。顔を上げると、それはセリスだった。

「リュシアン殿下、お久しぶりです」

 控えめな足音が止まると、セリスは深々と礼をする。

「セリス、だったね」

「覚えていただいて光栄です」

 挨拶も早々に、といった様子で、セリスは私に真剣な表情を見せる。

「エレナ嬢。謁見のお話ですが、明日の午後一時に」

「分かった」

 私が頷くと、セリスは礼をしてそそくさと退場する。その姿を目で追っていると、リュシアンが囁いた。

「エレナ、父上に助けを?」

「はい。オーレリア殿下とはいえ、周辺を調べつくされるのには抵抗がありますから」

「あまり、期待しすぎない方が良い。オーレリアは父上が止めても行動を起こしてしまう子だから」

 リュシアンは遠くの方を眺める。その瞳にはシャンデリアの光が差し込んでいて、万華鏡のようにキラキラと輝いている。

「オーレリアは私を英雄視しすぎなのです。あの暴動で、確かに私はあの子を救いました。でも、代償があまりにも大きすぎた」

 目は徐々に閉じられていき、後悔の表情がリュシアンに滲む。後悔すべきはリュシアンではなく、暴動を起こした貴族だというのに。
 
「その先は言わないでください」

「ありがとう」

 再びこちらを向いた瞳は儚げに揺らいでいた。話題を変えるべく、口を開く。

「それよりも、明日の約束が遅くなってしまうかもしれません」

「気にしないでください。私はいつまでも待ちますから」

「ありがとうございます」

 この人が誠実な人で良かった。どうせ恋に落ちるなら、横暴な権力者よりも控えめな王太子の方がずっと良い。

「今日も、続きを読みましょうか。確か……この本ですね」

 リュシアンは棚から本を取り出すと、膝の上に置いた。愛おしそうな目を下に落とし、指先で文字を追う。
 この本を読み終わったら、リュシアンの読んでいる本に手を出してみよう。今日は緊張よりも温かさが勝り、穏やかな気持ちで本と向き合うことが出来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

処理中です...