26 / 50
第10章 薔薇に落ちる影
薔薇に落ちる影Ⅱ
しおりを挟む
リュシアンは白いガーデンチェアを引き、私を誘う。
「エレナ、こちらに来てください」
「はい」
少しだけ後味の悪さを感じながら、促されるままにテーブルへと着く。お茶が汲まれる前から、薔薇の香りに紛れてラベンダーの香りがふんわりと漂ってくる。振舞われるのはラベンダーティーだろうな、と想像のつかない味に思いを馳せた。
「エレナ、父上とはどんな話を?」
「私の出自を誤魔化すために、オーレリア殿下に小さな嘘を吐いてくださることになりました」
「そうですか。父上にしては意外だな……。てっきり諦めるものと思っていたのですが」
リュシアンは小さな唸り声を上げ、顎に片手を当てて私を見る。
「父上にとっても、それだけエレナが大事な存在なのですね」
「そうなのですか?」
「ええ。興味のない人間は突き放してしまうような人ですから。そのせいで敵も増えたのですけれど」
私にとっては、国王は温厚な人だ。他人を突き放すような冷酷な人だとは思えない。それは、もしかして私の出自が影響しているのだろうか。
沸いた疑問を解決する間もなく、リュシアンは続ける。
「私は父上を反面教師にしています。人を分けるから嫌われる。それならば、皆、分け隔てなく接すれば良いだけですからね」
リュシアンの『誰にでも優しい』性格は王妃だけが影響を及ぼしているのではないらしい。国王の失態がリュシアンを変えたのだ。環境とは恐ろしいものだな、と改めて思い知らされる。
「私は、リュシアン殿下のように強くある自信はありません」
「私は強くありませんよ。むしろ、誰よりも弱いという自覚があります」
本当に弱い人が、果たして他人に優しくあれるだろうか。いくら考えてみても、私の答えは否だ。リュシアンに大きく首を振ってみせる。
ところが、話は続かなかった。
「喉が渇いてしまいましたね。お茶をいただきましょう」
リュシアンの柔らかな微笑みに、それ以上の言葉が出てこなくなってしまった。ほとぼりも徐々に冷めていく。
侍女の手によって注がれたお茶は、驚いたことに真っ青だった。これがお茶なのかと疑ってしまいたくなる。
「蜂蜜とレモンを入れると飲みやすくなりますよ」
リュシアンに教わった通り、侍女が用意した蜂蜜を混ぜ、レモンの輪切りを入れてみる。すると、レモンに触れたお茶がピンクへと変わっていくのだ。まるで手品のようで、ピンクと青が混在するお茶をまじまじと見詰めてしまった。
「エレナは表情がころころと変わって面白いですね」
「そうでしょうか?」
「はい。とても」
リュシアンがくすくすと笑うので、頬が高温を発し始める。見ないで欲しいという願いもむなしく、リュシアンは目を細めて頬を桜色に染めた。満足そうなその表情が、私には微笑ましく映る。
「リュシアン殿下こそ可愛らしいではありませんか」
「私が……可愛らしい?」
「はい」
勢いに任せて、お茶を口へと運ぶ。むせ返るようなラベンダーの香りと味が直接鼻に突き抜ける。思わず咳き込んでしまったけれど、赤くなった頬の理由を隠せはしただろう。
「褒め言葉としていただいておきますね」
にこっと明るく笑うリュシアンが眩しくて、目を伏せてしまった。
「それはそうと、エレナには謝らなくてはいけないことがあったのです」
「えっ?」
謝られることなんてあっただろうか。ひと通り思い返してみたけれど、見つからない。リュシアンは眉尻を下げ、苦笑いをする。
「前にアレキサンドライトを贈ったでしょう?」
「はい。とても綺麗な石ですよね」
光によっては鮮やかな赤だったり、深い緑だったりする変わった石だ。加工する費用は捻出出来ないため、裸石のまま引き出しに仕舞い込んでいる。
「……私は、あの石を皮肉のつもりで貴女に贈りました。私の前で見せる姿と家族の前で見せる姿は違う。そう思い込んで、権力狙いだと決めてかかりました」
その心情はよく理解出来る。私もリュシアンの立場だったら、同じように思い込むだろう。
「でも、貴女は私のために泣いてくれた。ああ、この人は、今まで出会った女性とは違うのだなと、その時に分かりました」
違う。私だって、最初はリュシアンの力が欲しくて狙いに行ったのだ。リュシアンの過去を知れたから、目的が変わっただけ――胸がチクリと痛む。
「いつか、この埋め合わせをさせてください。エレナ、許してくれますか?」
リュシアンは泣き出しそうなほど瞳を潤ませる。最初から許さないなんていう選択肢は存在しないものの、この表情は絶対にずるい。
「許すに決まっているではありませんか! それより、私の方こそ謝らせてください」
「何をです?」
リュシアンはちょこんと首を傾げる。
「私も最初は権力狙いだったのです。どうしても、家のためにはリュシアン殿下に接近する必要があって。でも、今は違うのです。心から、リュシアン殿下のお傍にいたいと思っています。選考会に参加した理由が不純なこんな私でも、リュシアン殿下は許してくださいますか?」
「理由はどうあれ、今、私を想ってくださるのであれば」
良かった。本当に良かった。勝手に涙まで溢れてしまう。恥ずかしくて仕方がない。
「エレナ、こちらに来てください」
「はい」
少しだけ後味の悪さを感じながら、促されるままにテーブルへと着く。お茶が汲まれる前から、薔薇の香りに紛れてラベンダーの香りがふんわりと漂ってくる。振舞われるのはラベンダーティーだろうな、と想像のつかない味に思いを馳せた。
「エレナ、父上とはどんな話を?」
「私の出自を誤魔化すために、オーレリア殿下に小さな嘘を吐いてくださることになりました」
「そうですか。父上にしては意外だな……。てっきり諦めるものと思っていたのですが」
リュシアンは小さな唸り声を上げ、顎に片手を当てて私を見る。
「父上にとっても、それだけエレナが大事な存在なのですね」
「そうなのですか?」
「ええ。興味のない人間は突き放してしまうような人ですから。そのせいで敵も増えたのですけれど」
私にとっては、国王は温厚な人だ。他人を突き放すような冷酷な人だとは思えない。それは、もしかして私の出自が影響しているのだろうか。
沸いた疑問を解決する間もなく、リュシアンは続ける。
「私は父上を反面教師にしています。人を分けるから嫌われる。それならば、皆、分け隔てなく接すれば良いだけですからね」
リュシアンの『誰にでも優しい』性格は王妃だけが影響を及ぼしているのではないらしい。国王の失態がリュシアンを変えたのだ。環境とは恐ろしいものだな、と改めて思い知らされる。
「私は、リュシアン殿下のように強くある自信はありません」
「私は強くありませんよ。むしろ、誰よりも弱いという自覚があります」
本当に弱い人が、果たして他人に優しくあれるだろうか。いくら考えてみても、私の答えは否だ。リュシアンに大きく首を振ってみせる。
ところが、話は続かなかった。
「喉が渇いてしまいましたね。お茶をいただきましょう」
リュシアンの柔らかな微笑みに、それ以上の言葉が出てこなくなってしまった。ほとぼりも徐々に冷めていく。
侍女の手によって注がれたお茶は、驚いたことに真っ青だった。これがお茶なのかと疑ってしまいたくなる。
「蜂蜜とレモンを入れると飲みやすくなりますよ」
リュシアンに教わった通り、侍女が用意した蜂蜜を混ぜ、レモンの輪切りを入れてみる。すると、レモンに触れたお茶がピンクへと変わっていくのだ。まるで手品のようで、ピンクと青が混在するお茶をまじまじと見詰めてしまった。
「エレナは表情がころころと変わって面白いですね」
「そうでしょうか?」
「はい。とても」
リュシアンがくすくすと笑うので、頬が高温を発し始める。見ないで欲しいという願いもむなしく、リュシアンは目を細めて頬を桜色に染めた。満足そうなその表情が、私には微笑ましく映る。
「リュシアン殿下こそ可愛らしいではありませんか」
「私が……可愛らしい?」
「はい」
勢いに任せて、お茶を口へと運ぶ。むせ返るようなラベンダーの香りと味が直接鼻に突き抜ける。思わず咳き込んでしまったけれど、赤くなった頬の理由を隠せはしただろう。
「褒め言葉としていただいておきますね」
にこっと明るく笑うリュシアンが眩しくて、目を伏せてしまった。
「それはそうと、エレナには謝らなくてはいけないことがあったのです」
「えっ?」
謝られることなんてあっただろうか。ひと通り思い返してみたけれど、見つからない。リュシアンは眉尻を下げ、苦笑いをする。
「前にアレキサンドライトを贈ったでしょう?」
「はい。とても綺麗な石ですよね」
光によっては鮮やかな赤だったり、深い緑だったりする変わった石だ。加工する費用は捻出出来ないため、裸石のまま引き出しに仕舞い込んでいる。
「……私は、あの石を皮肉のつもりで貴女に贈りました。私の前で見せる姿と家族の前で見せる姿は違う。そう思い込んで、権力狙いだと決めてかかりました」
その心情はよく理解出来る。私もリュシアンの立場だったら、同じように思い込むだろう。
「でも、貴女は私のために泣いてくれた。ああ、この人は、今まで出会った女性とは違うのだなと、その時に分かりました」
違う。私だって、最初はリュシアンの力が欲しくて狙いに行ったのだ。リュシアンの過去を知れたから、目的が変わっただけ――胸がチクリと痛む。
「いつか、この埋め合わせをさせてください。エレナ、許してくれますか?」
リュシアンは泣き出しそうなほど瞳を潤ませる。最初から許さないなんていう選択肢は存在しないものの、この表情は絶対にずるい。
「許すに決まっているではありませんか! それより、私の方こそ謝らせてください」
「何をです?」
リュシアンはちょこんと首を傾げる。
「私も最初は権力狙いだったのです。どうしても、家のためにはリュシアン殿下に接近する必要があって。でも、今は違うのです。心から、リュシアン殿下のお傍にいたいと思っています。選考会に参加した理由が不純なこんな私でも、リュシアン殿下は許してくださいますか?」
「理由はどうあれ、今、私を想ってくださるのであれば」
良かった。本当に良かった。勝手に涙まで溢れてしまう。恥ずかしくて仕方がない。
0
あなたにおすすめの小説
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
殿下、毒殺はお断りいたします
石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。
彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。
容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。
彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。
「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる