行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
8 / 20

宰相

しおりを挟む

 その後。
 梓宸と浄はよく分からない言い争いをしたあと、なぜだか腕押し(腕相撲)で勝負をしていた。
 結果は五分と五分。全くの互角。
 力自慢の浄といい勝負ができるのだから、梓宸は皇帝になってからも鍛えているみたいね。

 全力を出し合ったおかげか浄と梓宸は認め合うかのように握手を交わしていた。

 なんというか、男の子だなぁ。

 ちなみに浄も梓宸も西洋好きな私の影響で握手という文化に理解がある。
 さらにちなむと、互いを認め合った二人は「「貴様に凜風は渡さん!」」と協力して孫武さんに(腕押しで)立ち向かい、瞬殺されていた。二人がかりで負けるなんてとても格好悪い。

 私が冷たい目を二人に向けていたら、梓宸は「そろそろ戻らないと宰相に叱られるな!」と手を打ち鳴らし、そそくさと逃げ出した。皇帝になっても残念なところは変わらないみたい。

『ふっ、勝ったな』

 不敵に笑う浄。
 いやあなた負けたでしょうが。孫武さんに。二人がかりで。

 ツッコミをぐっと飲み込んだ私だった。息子思いな仙人である。


                        ◇


 翌日。
 帝都での残った依頼も無事こなし、日も傾いてきたので今回の出稼ぎは終了だ。それなりの収入になったので大満足。

 泊めてもらった張さんに帰郷の挨拶をするため、浄と一緒に三度みたび屋敷を訪ねると……宮廷からの使者を名乗る男性が私を待ち構えていた。

 二十代くらいの若い男性。だけど、妙に豪勢な衣装に身を包んでいる。一般的に官職が上がるほど(つまりは年齢が上がるほど)衣装も豪華になっていくので、正直、外見年齢と衣装が釣り合っていないように見える。

 この国ではまだまだ珍しい眼鏡を掛けているのが印象的。筋肉質な梓宸や浄とは対照的な線の細い美丈夫だ。欧羅ではこういう人を『王子様系』と言うんだっけ?

 そんな眼鏡の男性が品定めするかのように私の頭の先からつま先までをジロジロと見つめてくる。

 こういうとき、相手が自分のどこを凝視しているか意外と分かるものであり。彼が特に注目しているのは頭纱(ベール)の下からわずかにのぞく銀髪と……胸元だった。

「――ふん、たしかに物珍しい髪色だが……胸部は貧弱だな」

「…………」

 ぶん殴らなかった私、偉い。

 しかしまぁ初対面でいきなり貧乳扱いとは、宮廷とは女性に対する最低限の礼儀すら教えないのかしら? ……おっと、こういうのは欧羅の考えで、この国では女性蔑視が普通なのだった。男性が女性に敬意を払うことなんて滅多にない。私に殴られても笑っている梓宸が特殊なだけで。

 それにしたって初対面の女性を貧乳扱いはありえないけれど。一体どんな教育をされてきたのやら。親の顔が見てみたいわ。

「これ! ウェイ!」

 張さんが叱りつけると若い男はしぶしぶといった様子で名乗った。

「張維だ。覚える必要はない。……まったく、なぜ宰相である私が使者の真似事をしなければならないのか」

 拱手などの礼儀作法もなし。不躾ここに極まれりである。まぁ衣装からして高位の官僚だし、庶民の女性に横柄な態度を取っても不思議ではないか。

 というか、『張』ということは張さんの血縁? ……いやこの国に『張』という名字はありふれているからそうとも限らないか。

「凜風殿。儂の孫がとんだ失礼を」

 あ、お孫さんでしたか。親の顔を見たいと思ったら祖父が目の前にいたわ。

「いえいえこんな怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取る方が珍しいですから別にいいですよ」

 残念ながらこういう反応には慣れているし、神仙術士や道士を名乗る連中のほとんどは詐欺師なので仕方のない部分もある。というか先帝も不老不死の薬と称された辰砂(水銀)を飲んで亡くなられたというし。宮廷に勤める普通の感性を持った人間なら胡散臭く思って当然なのだ。

「それで? 宮廷の使者様が何用ですか?」

「……皇帝陛下が、許凜風の労をねぎらいたいと」

 労? 一体何のことだろう?

 12年も放って置かれたこと? 昨日突然現れて一騒ぎしたこと?

「……凜風殿。労をねぎらうとは建前で、陛下はもう一度凜風殿に会いたいと願っておるのですよ。妃として迎え入れる件は結局うやむやになっていますからな」

 張さんがそっと耳打ちしてくれた。昨日会ったばかりだし、私は別に会いたいってほどではないんだけどなぁ。あんな浮気者は後宮で好きなだけ美女たちと乳繰り合っていればいいのだ。

 というか正直面倒くさい。もうすぐ日が暮れるんですけど?

 でも皇帝陛下からの実質的な呼び出しだ。庶民な私が断れるわけがない。ないのだけど……これ、たぶん宮廷にまで出向かなきゃいけない流れよね?

「張さん、残念ですが、私は宮廷に着ていけるような服は持っていません。何とか断ることは……」

「ふむ、そうですな。では儂が準備いたしましょう。なぁに、凜風殿には何かと世話になっておりますからな。これくらいはお安いご用ですとも」

 断る方向に頑張ってくれませんかね? いやまぁ無理か。たぶん張さんも共犯者だし。

「……御爺様。いくら世話になっているとはいえ、三代にわたって宰相を勤め上げられた御爺様がそのようにへつらう・・・・のは問題が……」

 張維と名乗った青年が苦言を呈する。もしかして、祖父が怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取っているのも不機嫌の原因かしらね?

 孫からの苦言を受けた張さんは、ほんのわずかに目つきを鋭くした。

「――維。人を地位や見た目で判断すると痛い目に遭うと教えたはずじゃろう?」

 普段よりもずいぶん低い声を出す張さんだった。思わずといった様子で姿勢を正す維さん。

 なるほど、大声を出したわけでもないのにあれだけの迫力なのだから、彼は間違いなく『三代宰相』その人なのだろう。

「凜風殿。侍女に支度を手伝わせますので、もうしばらくお付き合いいただけますかな?」

 三代宰相としての凄みを残したまま確認してくる張さん。否、張英様。その迫力に押されて無意識に頷いてしまう私だった。

 いくら神仙術が使えるとはいえ、私なんて彼に比べればまだまだ若造ということなのだろう。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました

蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。 互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう… ※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました

つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。 けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。 会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……

処理中です...