行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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 張さんが連れてきた侍女さん。彼女が持ってきたのは漢服だった。宮廷に勤める女官も着ている由緒正しい衣装。胸元まである裙(スカート)と、無駄に袖がひらひらとした襦(上衣)。機能性の欠片もない披帛(肩掛け)に、細かな刺繍が施された布靴までついている。

 貸していただく立場としては言いにくいけれど、少々古くさい意匠(デザイン)だった。最近は胡服が流行している、ということを無視するにしても、漢服としても一昔前の意匠だと思う。

「元々は儂の娘のためにあつらえたものでしてな。もう着ることもないですし使ってやってくだされ。少々古いですが、宮廷は古い慣習を好みますから問題ないでしょう」

 張さんの娘なら今はもう四十を超えていても不思議じゃないので、若者向けの意匠であるこの服を着るのは厳しいものがあるかもしれない。

「…………」

 あの、維さん? 下賤の者がこんなに高価そうな衣装に袖を通すことが気にくわないのは理解できますから、そんなにじぃっと見つめるのは止めてもらえませんか?

 やはり借りるのは忍びないのでお断りを――と口にするより先に私は侍女さんに捕まり、半ば強引に着替えさせられることになった。湯浴みのあと、按摩を受け、香油を塗り込まれたら化粧……なのだけど、化粧だけは断固お断りした私だった。

 なにせ私は神仙術士。錬丹の実験などで鉱石を使うことも多い。必然的に鉱物の『毒』にも詳しくなった私は、そんな鉱物がふんだんに使われている化粧品なんて断固拒否しなければならないのだ。

 普通の女性なら皇帝陛下に少しでも気に入られるために万全の化粧をするものだろうけどね。相手は梓宸なので無理をする必要もない。

 ちなみに漢服には似合わないということでいつもの頭纱(ベール)と面纱(フェイスベール)の着用は許されなかった。まぁ宮廷で皇帝陛下に会うのだから、あんな怪しい格好をするわけにもいかないか。お忍びだった昨日ならともかく。

 しかし、似合わないと言ったら、銀髪も伝統的な漢服には合わないと思うのだけど……。
 ちょっとだけ不安に思いつつ、着替え終わったので張さんと張維さんにお披露目をすると、

「ほぉ、これはこれは」

「…………」

 張さんは嬉しそうに破顔して、対照的に、張維さんは眉間に深い深い一本の皺を刻みつけていた。そ、そんなに気にくわないですかね……?

「凜風殿。お気になさらず。此奴は素直じゃないだけですので」

「あ、はぁ?」

「ほれ、維。女性を褒めるのも男の仕事だと教えただろう?」

 張さんに小突かれた維さんは何度か瞼を開け閉めして、私の姿をじっと凝視し……そっぽを向いてしまった。

「ふ、ふん。馬子にも衣装と言ったところか」

 おん? 喧嘩売ってる? 喧嘩売ってるのかこの野郎。女を馬鹿にするとどんな痛い目に遭うのかその身に刻み込んでやろうかしら?

「素直じゃないし、鈍いですなぁ」

 なぜだか楽しそうに笑う張さんだった。



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