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宰相
その後。
梓宸と浄はよく分からない言い争いをしたあと、なぜだか腕押し(腕相撲)で勝負をしていた。
結果は五分と五分。全くの互角。
力自慢の浄といい勝負ができるのだから、梓宸は皇帝になってからも鍛えているみたいね。
全力を出し合ったおかげか浄と梓宸は認め合うかのように握手を交わしていた。
なんというか、男の子だなぁ。
ちなみに浄も梓宸も西洋好きな私の影響で握手という文化に理解がある。
さらにちなむと、互いを認め合った二人は「「貴様に凜風は渡さん!」」と協力して孫武さんに(腕押しで)立ち向かい、瞬殺されていた。二人がかりで負けるなんてとても格好悪い。
私が冷たい目を二人に向けていたら、梓宸は「そろそろ戻らないと宰相に叱られるな!」と手を打ち鳴らし、そそくさと逃げ出した。皇帝になっても残念なところは変わらないみたい。
『ふっ、勝ったな』
不敵に笑う浄。
いやあなた負けたでしょうが。孫武さんに。二人がかりで。
ツッコミをぐっと飲み込んだ私だった。息子思いな仙人である。
◇
翌日。
帝都での残った依頼も無事こなし、日も傾いてきたので今回の出稼ぎは終了だ。それなりの収入になったので大満足。
泊めてもらった張さんに帰郷の挨拶をするため、浄と一緒に三度屋敷を訪ねると……宮廷からの使者を名乗る男性が私を待ち構えていた。
二十代くらいの若い男性。だけど、妙に豪勢な衣装に身を包んでいる。一般的に官職が上がるほど(つまりは年齢が上がるほど)衣装も豪華になっていくので、正直、外見年齢と衣装が釣り合っていないように見える。
この国ではまだまだ珍しい眼鏡を掛けているのが印象的。筋肉質な梓宸や浄とは対照的な線の細い美丈夫だ。欧羅ではこういう人を『王子様系』と言うんだっけ?
そんな眼鏡の男性が品定めするかのように私の頭の先からつま先までをジロジロと見つめてくる。
こういうとき、相手が自分のどこを凝視しているか意外と分かるものであり。彼が特に注目しているのは頭纱(ベール)の下からわずかにのぞく銀髪と……胸元だった。
「――ふん、たしかに物珍しい髪色だが……胸部は貧弱だな」
「…………」
ぶん殴らなかった私、偉い。
しかしまぁ初対面でいきなり貧乳扱いとは、宮廷とは女性に対する最低限の礼儀すら教えないのかしら? ……おっと、こういうのは欧羅の考えで、この国では女性蔑視が普通なのだった。男性が女性に敬意を払うことなんて滅多にない。私に殴られても笑っている梓宸が特殊なだけで。
それにしたって初対面の女性を貧乳扱いはありえないけれど。一体どんな教育をされてきたのやら。親の顔が見てみたいわ。
「これ! 維!」
張さんが叱りつけると若い男はしぶしぶといった様子で名乗った。
「張維だ。覚える必要はない。……まったく、なぜ宰相である私が使者の真似事をしなければならないのか」
拱手などの礼儀作法もなし。不躾ここに極まれりである。まぁ衣装からして高位の官僚だし、庶民の女性に横柄な態度を取っても不思議ではないか。
というか、『張』ということは張さんの血縁? ……いやこの国に『張』という名字はありふれているからそうとも限らないか。
「凜風殿。儂の孫がとんだ失礼を」
あ、お孫さんでしたか。親の顔を見たいと思ったら祖父が目の前にいたわ。
「いえいえこんな怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取る方が珍しいですから別にいいですよ」
残念ながらこういう反応には慣れているし、神仙術士や道士を名乗る連中のほとんどは詐欺師なので仕方のない部分もある。というか先帝も不老不死の薬と称された辰砂(水銀)を飲んで亡くなられたというし。宮廷に勤める普通の感性を持った人間なら胡散臭く思って当然なのだ。
「それで? 宮廷の使者様が何用ですか?」
「……皇帝陛下が、許凜風の労をねぎらいたいと」
労? 一体何のことだろう?
12年も放って置かれたこと? 昨日突然現れて一騒ぎしたこと?
「……凜風殿。労をねぎらうとは建前で、陛下はもう一度凜風殿に会いたいと願っておるのですよ。妃として迎え入れる件は結局うやむやになっていますからな」
張さんがそっと耳打ちしてくれた。昨日会ったばかりだし、私は別に会いたいってほどではないんだけどなぁ。あんな浮気者は後宮で好きなだけ美女たちと乳繰り合っていればいいのだ。
というか正直面倒くさい。もうすぐ日が暮れるんですけど?
でも皇帝陛下からの実質的な呼び出しだ。庶民な私が断れるわけがない。ないのだけど……これ、たぶん宮廷にまで出向かなきゃいけない流れよね?
「張さん、残念ですが、私は宮廷に着ていけるような服は持っていません。何とか断ることは……」
「ふむ、そうですな。では儂が準備いたしましょう。なぁに、凜風殿には何かと世話になっておりますからな。これくらいはお安いご用ですとも」
断る方向に頑張ってくれませんかね? いやまぁ無理か。たぶん張さんも共犯者だし。
「……御爺様。いくら世話になっているとはいえ、三代にわたって宰相を勤め上げられた御爺様がそのようにへつらうのは問題が……」
張維と名乗った青年が苦言を呈する。もしかして、祖父が怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取っているのも不機嫌の原因かしらね?
孫からの苦言を受けた張さんは、ほんのわずかに目つきを鋭くした。
「――維。人を地位や見た目で判断すると痛い目に遭うと教えたはずじゃろう?」
普段よりもずいぶん低い声を出す張さんだった。思わずといった様子で姿勢を正す維さん。
なるほど、大声を出したわけでもないのにあれだけの迫力なのだから、彼は間違いなく『三代宰相』その人なのだろう。
「凜風殿。侍女に支度を手伝わせますので、もうしばらくお付き合いいただけますかな?」
三代宰相としての凄みを残したまま確認してくる張さん。否、張英様。その迫力に押されて無意識に頷いてしまう私だった。
いくら神仙術が使えるとはいえ、私なんて彼に比べればまだまだ若造ということなのだろう。
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