行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
8 / 104

宰相


 その後。
 梓宸と浄はよく分からない言い争いをしたあと、なぜだか腕押し(腕相撲)で勝負をしていた。
 結果は五分と五分。全くの互角。
 力自慢の浄といい勝負ができるのだから、梓宸は皇帝になってからも鍛えているみたいね。

 全力を出し合ったおかげか浄と梓宸は認め合うかのように握手を交わしていた。

 なんというか、男の子だなぁ。

 ちなみに浄も梓宸も西洋好きな私の影響で握手という文化に理解がある。
 さらにちなむと、互いを認め合った二人は「「貴様に凜風は渡さん!」」と協力して孫武さんに(腕押しで)立ち向かい、瞬殺されていた。二人がかりで負けるなんてとても格好悪い。

 私が冷たい目を二人に向けていたら、梓宸は「そろそろ戻らないと宰相に叱られるな!」と手を打ち鳴らし、そそくさと逃げ出した。皇帝になっても残念なところは変わらないみたい。

『ふっ、勝ったな』

 不敵に笑う浄。
 いやあなた負けたでしょうが。孫武さんに。二人がかりで。

 ツッコミをぐっと飲み込んだ私だった。息子思いな仙人である。


                        ◇


 翌日。
 帝都での残った依頼も無事こなし、日も傾いてきたので今回の出稼ぎは終了だ。それなりの収入になったので大満足。

 泊めてもらった張さんに帰郷の挨拶をするため、浄と一緒に三度みたび屋敷を訪ねると……宮廷からの使者を名乗る男性が私を待ち構えていた。

 二十代くらいの若い男性。だけど、妙に豪勢な衣装に身を包んでいる。一般的に官職が上がるほど(つまりは年齢が上がるほど)衣装も豪華になっていくので、正直、外見年齢と衣装が釣り合っていないように見える。

 この国ではまだまだ珍しい眼鏡を掛けているのが印象的。筋肉質な梓宸や浄とは対照的な線の細い美丈夫だ。欧羅ではこういう人を『王子様系』と言うんだっけ?

 そんな眼鏡の男性が品定めするかのように私の頭の先からつま先までをジロジロと見つめてくる。

 こういうとき、相手が自分のどこを凝視しているか意外と分かるものであり。彼が特に注目しているのは頭纱(ベール)の下からわずかにのぞく銀髪と……胸元だった。

「――ふん、たしかに物珍しい髪色だが……胸部は貧弱だな」

「…………」

 ぶん殴らなかった私、偉い。

 しかしまぁ初対面でいきなり貧乳扱いとは、宮廷とは女性に対する最低限の礼儀すら教えないのかしら? ……おっと、こういうのは欧羅の考えで、この国では女性蔑視が普通なのだった。男性が女性に敬意を払うことなんて滅多にない。私に殴られても笑っている梓宸が特殊なだけで。

 それにしたって初対面の女性を貧乳扱いはありえないけれど。一体どんな教育をされてきたのやら。親の顔が見てみたいわ。

「これ! ウェイ!」

 張さんが叱りつけると若い男はしぶしぶといった様子で名乗った。

「張維だ。覚える必要はない。……まったく、なぜ宰相である私が使者の真似事をしなければならないのか」

 拱手などの礼儀作法もなし。不躾ここに極まれりである。まぁ衣装からして高位の官僚だし、庶民の女性に横柄な態度を取っても不思議ではないか。

 というか、『張』ということは張さんの血縁? ……いやこの国に『張』という名字はありふれているからそうとも限らないか。

「凜風殿。儂の孫がとんだ失礼を」

 あ、お孫さんでしたか。親の顔を見たいと思ったら祖父が目の前にいたわ。

「いえいえこんな怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取る方が珍しいですから別にいいですよ」

 残念ながらこういう反応には慣れているし、神仙術士や道士を名乗る連中のほとんどは詐欺師なので仕方のない部分もある。というか先帝も不老不死の薬と称された辰砂(水銀)を飲んで亡くなられたというし。宮廷に勤める普通の感性を持った人間なら胡散臭く思って当然なのだ。

「それで? 宮廷の使者様が何用ですか?」

「……皇帝陛下が、許凜風の労をねぎらいたいと」

 労? 一体何のことだろう?

 12年も放って置かれたこと? 昨日突然現れて一騒ぎしたこと?

「……凜風殿。労をねぎらうとは建前で、陛下はもう一度凜風殿に会いたいと願っておるのですよ。妃として迎え入れる件は結局うやむやになっていますからな」

 張さんがそっと耳打ちしてくれた。昨日会ったばかりだし、私は別に会いたいってほどではないんだけどなぁ。あんな浮気者は後宮で好きなだけ美女たちと乳繰り合っていればいいのだ。

 というか正直面倒くさい。もうすぐ日が暮れるんですけど?

 でも皇帝陛下からの実質的な呼び出しだ。庶民な私が断れるわけがない。ないのだけど……これ、たぶん宮廷にまで出向かなきゃいけない流れよね?

「張さん、残念ですが、私は宮廷に着ていけるような服は持っていません。何とか断ることは……」

「ふむ、そうですな。では儂が準備いたしましょう。なぁに、凜風殿には何かと世話になっておりますからな。これくらいはお安いご用ですとも」

 断る方向に頑張ってくれませんかね? いやまぁ無理か。たぶん張さんも共犯者だし。

「……御爺様。いくら世話になっているとはいえ、三代にわたって宰相を勤め上げられた御爺様がそのようにへつらう・・・・のは問題が……」

 張維と名乗った青年が苦言を呈する。もしかして、祖父が怪しい神仙術士の女に丁寧な態度を取っているのも不機嫌の原因かしらね?

 孫からの苦言を受けた張さんは、ほんのわずかに目つきを鋭くした。

「――維。人を地位や見た目で判断すると痛い目に遭うと教えたはずじゃろう?」

 普段よりもずいぶん低い声を出す張さんだった。思わずといった様子で姿勢を正す維さん。

 なるほど、大声を出したわけでもないのにあれだけの迫力なのだから、彼は間違いなく『三代宰相』その人なのだろう。

「凜風殿。侍女に支度を手伝わせますので、もうしばらくお付き合いいただけますかな?」

 三代宰相としての凄みを残したまま確認してくる張さん。否、張英様。その迫力に押されて無意識に頷いてしまう私だった。

 いくら神仙術が使えるとはいえ、私なんて彼に比べればまだまだ若造ということなのだろう。


感想 23

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。