47 / 80
朝食
しおりを挟む――朝。
朝食の場で。
アリスは、気持ち悪くてしょうがなかった。
いつも通りの、父と母との朝食。
この場に、リーナはいない。最初から存在しないかのように父と母は談笑し、メイドたちはすまし顔で自らの仕事をしている。
今までのアリスも、それが当然だと思っていた。だって、大好きな父と母がそうしていたのだから、リーナが悪い子で、悪い子だから食事を一緒に食べられないし、別邸に軟禁されたと思っていたのだ。
でも。昨日和解できたリーナはアリスのことを命がけで助けてくれて。そんなリーナが、『悪い子』であるはずがなかった。
むしろ、リーナをいないように扱う父と母のことが、気持ち悪くてしょうがないアリスだ。昨日までは大好きだったはずなのに、今となっては談笑する姿に薄ら寒いものしか感じられない。
「…………」
――お姉様を、別邸から出してあげて。
喉から出かけた言葉をアリスは飲み込んだ。フィナの言葉を思い出したのもあるし……今さら、アリスが何を言ったところでこの二人がリーナに対する待遇を良くするとは思えなかったからだ。
それに、リーナは冒険者になるのだという。
絵本で読んだだけだが、アリスも冒険者というものは知っていた。
力なき人々のために剣を取った男。
復讐のために弓の腕を鍛えたエルフ。
誰よりも泣き虫なのに、誰よりも勇気を持っていた魔女。
彼らは力を合わせて数々の魔物を打ち倒し、最後には強大で邪悪なドラゴンを倒してしまうのだ。
もちろんそれは子供向けに脚色された内容だったのだが、アリスにとっては冒険者こそ『勇者』であり、勇者という称号はリーナにこそ相応しいと思えたのだ。
ここでアリスが余計なことを言えば、リーナに対する当たりが一層強くなり、リーナの冒険者としての道を邪魔してしまうかもしれない。そう考えたアリスは口を噤んだのだ。
そんなアリスの様子がいつもと違っていたせいか、
「アリスよ、どうしたのだ? 全然食べていないではないか」
「そうね、心配だわ。医者に診てもらおうかしら?」
心配そうにアリスを見つめる、伯爵と伯爵夫人。
――お姉様には満足な食事を与えないくせに。
――お姉様が体調不良でも、わたくしと同じようにお医者様に診せるの?
診せないだろうなとアリスは確信を抱く。普段の食事すら満足に与えない存在が、リーナが体調を崩したところで心配するはずがないのだ。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
リーナを虐げていた両親が。
そして何より、この二人と一緒になってリーナを虐めていた自分自身が。アリスには、気持ち悪くてしょうがなかった。
昨晩、リーナはアリスを許してくれた。
でも、足りないと思う。
また今晩会いに行こう。
そしてまた謝って、どうすれば償いができるか相談しよう。
アリスがそう決断したところで――食堂の扉がノックされた。
「旦那様。ルクトベルク公爵閣下がお見えでございます」
伯爵家の家令、セバスであった。
「ルクトベルクだと? 先触れ(約束)も何もなかったはずだな?」
「はい。しかし公爵閣下ですので、すでにお通ししております」
その答えが気にくわなかったのか、伯爵がセバスを怒鳴りつけた。
「勝手なことをするな! いくら公爵とはいえ、この家の主は私だぞ!? それを使用人風情が――」
「――ゴチャゴチャとうるさいヤツだ」
セバスを押し退けるように食堂に入ってきたのは、山のような人物であった。鍛え上げられた肉体に、殺意すら込められた眼光。おそらくは最高級の生地で作られた衣服は筋肉によって押し上げられており、公爵というより冒険者と説明された方がまだ納得できる風貌であった。
ちらり、と公爵がアリスを横目で見る。
だが、それだけ。
すでに興味を失ったかのように公爵は右手に持った杖の先を床に突いた。
乾いた音が食堂に響き渡る。
視線の先にいるのは、立場的には娘の夫・つまりは義息となる伯爵だ。
しかし、その冷たい目はとても『家族』に向けるものではない。
「まったく、我が娘はなぜこのようなつまらぬ男に嫁いだのか……まるで理解できぬな」
「なんだと!? 貴様! 勝手に家に上がり込んできて――ぐあぁああっ!?」
公爵が杖の先を向けた途端、絶叫しながら痙攣する伯爵。
リーナの魔法を見たアリスには理解できた。あれは雷攻撃魔法で、父に向けられた杖の先から魔法が放たれたのだと。
「貴様、だと? 伯爵。上位貴族に対する口の効き方がなっておらんな?」
「ぐ、貴様……」
「まだ学ばぬか。ゴブリンの方が賢いぞ? ふん、ゴブリン以下の存在になど、魔力を使うのすら勿体ない」
再び地面に杖を突いた公爵は、改めて伯爵を睨め付けた。
「我が孫娘、リーナに満足な食事を与えず、ろくな教育も施さず、さらには別邸で軟禁しているらしいな? 公爵家に連なるリーナに対しての扱い、公爵家に対する宣戦布告にすら等しいと心得よ」
「ぐっ」
事実を指摘されて伯爵は押し黙り、
「こ、公爵閣下!」
床に膝を突いたのはアリスの母・伯爵夫人だ。
「誤解ですわ! リーナは勉強が苦手で、罰として食事を抜いたり別邸で反省させていただけのこと! いくら公爵でも個々の家の教育方針に口を出すのは――」
「――たわけが!」
「ひ、ひぃ!?」
公爵の一喝を受け腰を抜かす伯爵夫人。
「この儂が! なんの下調べもせずに乗り込んできたと思うてか!? すでに伯爵家の使用人たちから証言は得ておる! リーナのための家庭教師すら雇わず! 理不尽に食事を抜き! コップを投げつけケガをさせた上で別邸に軟禁したとな!」
「っ! セバス、貴様!」
リーナの頭にコップを投げつけたことはセバスくらいしか知らない。裏切り者が誰であるかを察した伯爵はセバスを怒鳴りつけるが、セバスは涼しい顔だ。もはやこの状況で、伯爵を恐れる理由など何一つない。
この期に及んでそのような態度を取る伯爵を見て、公爵はさらに怒りの炎を燃やす。
「貴様らの悪行はリーナ本人の口から証言してもらう! 覚悟しておけ! 貴様らは我が娘の忘れ形見を虐げたのだ! ――リーナは公爵家に連れて帰る! そして、伯爵家は取り潰しだ!」
「バカな! いくら公爵とはいえ、そんなことをできるはずがない!」
「お、お許しください公爵閣下! 誤解! 全ては誤解なのです!」
憤慨する伯爵と、すがりつこうとする伯爵夫人。そんな父と母を横目に――アリスは、ルクトベルク公の前に立った。
354
あなたにおすすめの小説
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
気弱令嬢の悪役令嬢化計画
みおな
ファンタジー
事故で死んだ私が転生した先は、前世の小説の世界?
しかも、婚約者に不当に扱われても、家族から冷たくされても、反論ひとつ出来ない気弱令嬢?
いやいやいや。
そんなことだから、冤罪で処刑されるんでしょ!
せっかく生まれ変わったんだから、処刑ルートなんて真っ平ごめん。
屑な婚約者も冷たい家族も要らないと思っていたのに・・・?
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)
水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――
乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】!
★★
乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ!
★★
この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる