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#6
しおりを挟むユル。ユルド・シルクス。
彼女――彼は私が七歳の時にエオリア侯爵邸に招かれた『客人』だった。
もともとシルクス家は隣国ファルネラの外交と貿易を司る家柄なのだそうで、その家の方針で幼い頃から様々な経験をさせるという名目で子どもに経験を積ませるために『留学』させるらしい。
そのためユルはリオース王国に留学し、エオリア侯爵邸に滞在することになったのだ。
「今日から、お世話になります。よろしくお願いします……」
当時十歳だったユルはガチガチに緊張しながら、エオリア侯爵邸の前で一礼した。
翠の双眸は微かに震えて表情も強ばっていたけれど、その右手を胸に当てて頭を下げる仕草はリオースの流儀に則ったものであったし、言葉もリオース王国語で挨拶をしていた。
それだけで事前にこの国についての知識を学んでいることが分かった。何よりガチガチに緊張してはいるけれど、その目は真剣で、一生懸命この国について学ぼうとしているその姿勢が私には好ましかった。
年齢が近かったこともあり、ユルは私と一緒にこの国について学ぶことになった。
家庭教師から学ぶことはいつも新鮮で、私にとっては未知の宝庫。勉強は私にとっては様々な知識を得る楽しいものだった。
ユルは十歳で留学を許されるだけあって頭が良く、私が知らないことをたくさん知っていた。ユルと様々なことを学ぶ中で、共に語らうことができる友達を得たことは、私にとっては一番嬉しいことだった。
四年間という期限付きのこの時間が過ぎるのはあっという間だった。私が十一歳の誕生日を迎えて三ヶ月が過ぎた頃、ユルが十四歳になりファルネラに戻ることが決まった。
そして、私とユルはひとつの約束を交わした。
『大人になったら、また会おう』
それが、二人の間で交わされた約束だった。
*
その約束から十年以上が経っている。確かに私たちは大人になった。そう言えるだろう。
でもまさか、十年越しの再会でこんな衝撃的な事実を知ることになるなんて思わないじゃない?
……いや、確かにおかしな点はいくつもあった。
ユルはいつだって男の服装を好んでいたし、風呂について行こうとすると怒られた。
でもそれは女性でも男の服を好んで着る人もいるという知識を持っていたからだし、風呂に一緒に入りたがらないのは、単なる恥ずかしがり屋だと思っていた。
うまく目の前の現実を受け入れられない。目の前にいるのは本当にあのユルなのだろうか? けれど目の前の彼は確かにユルとしての面影がある。
頭の中が混乱して真っ白になった。
そんな私の様子を見て、ユルは深くため息をつきまたも項垂れた。
「ていうか昔から俺のこと男として見てなかったと思ってはいたけど、理由はそれかぁ……」
「だって、本当に女の子だと思っていたんだもの……。気づくわけないじゃない」
そういえば、可憐な容貌を持つユルを気に入ってお母様がドレスを着せようとしたことがあった。
ユルは徹底して抵抗したけれど、何やら楽しそうな表情をした我が家の使用人に抑え込まれ、無理やり着せられてしまったのだっけ。
ユルは終始仏頂面をしていたけれど、お母様は何故かご満悦な表情でそばにいた使用人も達成感に満ち足りた顔をしていた。
もしかしたらアレはお母様と使用人一同が結託してユルを女装させて遊んでいた……のかもしれない。
お母様の性格なら有り得る話だ。
気の毒なユル。今まで勘違いをしてごめんなさい……。そう思うと申し訳なくなってきて、私は素直に頭を下げた。
「とりあえず、わかったわ。貴方は男だと今、認識を改めました。今まで勘違いしててごめんなさい」
そう言って顔を上げると、ユル――ユルドは「そうか」と一言告げてから、何故か居住まいを正し、騎士の礼をとった。
「んじゃ改めて。私はユルド・シルクス。エオリア家の聖女と名高いリディス様への使いとして参りました。貴女はこれから長い休暇を取られるとか。そこでご提案なのですが、是非ファルネラ王国へ来ては頂けないでしょうか」
そう言って顔を上げた彼は、楽しそうにニヤリと笑った。
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