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「これで一段落ね」
国王陛下との謁見も終わり、あらかたの用事を全て終えた私はエオリア侯爵邸の自室に戻ってきた。
窓のそばにある椅子に座り、庭園をぼんやりと眺めながら今後の計画を練る。
国王陛下から与えられた休暇期間中は聖女としての仕事を一切放棄し、ゆっくりと過ごそう。
こんなことは初めてだ。いつも聖女として皆に請われるままに治癒と再生の力を使い、王国のために尽くしてきた。たまには聖女であることを忘れても許されるだろう。
「ふふっ。何しよう? そういえば王都にケーキの美味しいお店があると聞いたことがあるわ。行ってみようかしら」
気になっていた本を読むのもいいし、流行りのドレスを買いに街に出るのもいいかもしれない。お菓子を沢山食べて気の向くままに好きなことをする。
今までにない長い休暇を与えられ、私は浮き足立っていた。
「そうだわ。旅行に行くのもいいわね!」
聖女は国にとっても重要な存在であるため、国外に行くことは滅多にない。私は他の国のことを本を読んで得た知識や、夜会で話に聞いた程度しか知らなかった。
リオース王国には海がない。しかし隣国のファルネラは国土の半分ほどが海に囲まれた地で、新鮮な魚料理が絶品なのだと聞いたことがある。いい機会だし、ファルネラに行ってみようかな?
「お父様に相談してみましょう」
ワクワクして庭園を見下ろし、私は今後の予定をあれこれ考える。まだ具体的にどう過ごすかを決めたわけではないけれど、考えるだけで楽しかった。
自然と笑顔になって椅子に座ったままあれこれ思案する私に、不意に声がかけられた。
「――浮気されて離縁したって聞いたけど、割と元気そうだな」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられて驚いた私は、椅子をガタンと鳴らし、立ち上がってしまった。そのまま声の方向へ振り向くと、部屋の扉の前に人の姿があった。
見たことのない騎士服をまとった青年がノックもせず、妙齢の女性の部屋に勝手に入ってきた不届き者に冷たい視線を浴びせる。
「人の部屋に勝手に入ってくるなんて失礼な輩ね。それで、貴方は誰?」
すると相手は、警戒心丸出しの私の姿に目を丸くした様子だった。
「え、俺が分からないの?」
キョトンとした様子の男。
まるでこちらの反応が心外だと言わんばかりの態度だが、本当に心当たりがなかった。
「知らないわね。群青の騎士服がファルネラのものだということは知ってるけれど、あいにく隣国に知り合いなんていないの」
そう言うと、男はしゅんとして項垂れた。
癖のある金髪がサラリと揺れて、翠の双眸が細められる。眉を困ったように伏せるその男には全く覚えがないはずなのに、その姿が心のどこかで引っかかった。
「えー。幼馴染を忘れるとかあるかよ? 俺だ、ユルだ。ユルド・シルクスだよ」
「えっ!?」
名前を聞いてようやく思い出す。それは幼い日、四年間だけ共に過ごした大事な幼馴染の名前だった。
隣国から仕事の都合で引っ越してきたという少女は私にとって大事な約束を交わした相手だった。
けれど信じられない。
え。嘘。だって。
波打つ金色の髪に丸くクリクリとした翠の瞳。透き通るような白い肌を持ったユルは、幼いながらも整った顔立ちをした美少女だと巷で有名だった。
「ユルって女じゃなかったの!?」
不意の再会で判明した事実。私は心の底からの驚愕に素っ頓狂な声を上げた。
国王陛下との謁見も終わり、あらかたの用事を全て終えた私はエオリア侯爵邸の自室に戻ってきた。
窓のそばにある椅子に座り、庭園をぼんやりと眺めながら今後の計画を練る。
国王陛下から与えられた休暇期間中は聖女としての仕事を一切放棄し、ゆっくりと過ごそう。
こんなことは初めてだ。いつも聖女として皆に請われるままに治癒と再生の力を使い、王国のために尽くしてきた。たまには聖女であることを忘れても許されるだろう。
「ふふっ。何しよう? そういえば王都にケーキの美味しいお店があると聞いたことがあるわ。行ってみようかしら」
気になっていた本を読むのもいいし、流行りのドレスを買いに街に出るのもいいかもしれない。お菓子を沢山食べて気の向くままに好きなことをする。
今までにない長い休暇を与えられ、私は浮き足立っていた。
「そうだわ。旅行に行くのもいいわね!」
聖女は国にとっても重要な存在であるため、国外に行くことは滅多にない。私は他の国のことを本を読んで得た知識や、夜会で話に聞いた程度しか知らなかった。
リオース王国には海がない。しかし隣国のファルネラは国土の半分ほどが海に囲まれた地で、新鮮な魚料理が絶品なのだと聞いたことがある。いい機会だし、ファルネラに行ってみようかな?
「お父様に相談してみましょう」
ワクワクして庭園を見下ろし、私は今後の予定をあれこれ考える。まだ具体的にどう過ごすかを決めたわけではないけれど、考えるだけで楽しかった。
自然と笑顔になって椅子に座ったままあれこれ思案する私に、不意に声がかけられた。
「――浮気されて離縁したって聞いたけど、割と元気そうだな」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられて驚いた私は、椅子をガタンと鳴らし、立ち上がってしまった。そのまま声の方向へ振り向くと、部屋の扉の前に人の姿があった。
見たことのない騎士服をまとった青年がノックもせず、妙齢の女性の部屋に勝手に入ってきた不届き者に冷たい視線を浴びせる。
「人の部屋に勝手に入ってくるなんて失礼な輩ね。それで、貴方は誰?」
すると相手は、警戒心丸出しの私の姿に目を丸くした様子だった。
「え、俺が分からないの?」
キョトンとした様子の男。
まるでこちらの反応が心外だと言わんばかりの態度だが、本当に心当たりがなかった。
「知らないわね。群青の騎士服がファルネラのものだということは知ってるけれど、あいにく隣国に知り合いなんていないの」
そう言うと、男はしゅんとして項垂れた。
癖のある金髪がサラリと揺れて、翠の双眸が細められる。眉を困ったように伏せるその男には全く覚えがないはずなのに、その姿が心のどこかで引っかかった。
「えー。幼馴染を忘れるとかあるかよ? 俺だ、ユルだ。ユルド・シルクスだよ」
「えっ!?」
名前を聞いてようやく思い出す。それは幼い日、四年間だけ共に過ごした大事な幼馴染の名前だった。
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けれど信じられない。
え。嘘。だって。
波打つ金色の髪に丸くクリクリとした翠の瞳。透き通るような白い肌を持ったユルは、幼いながらも整った顔立ちをした美少女だと巷で有名だった。
「ユルって女じゃなかったの!?」
不意の再会で判明した事実。私は心の底からの驚愕に素っ頓狂な声を上げた。
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