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涙を流して決心した日から、私は前を向いて生きると決めた。具体的なことはまだ考えてはいない。けれど、やるべき事は決まっている。
「――ふむ。ではそなたは誰とも縁談を持つ気はないと言うことだな」
「はい」
父であるエオリア侯爵とリオース国王エドモンド・フォン・リオース陛下を前にして私は恭しく頭を垂れた。
王族に次ぐ最古の家柄であり、代々特別な役目を持つエオリア家は、位こそ侯爵ではあるものの貴族社会においては強大な権力を持つ。
そのエオリア家の聖女が離縁したとなれば国にとっての一大事でもある。誰もが聖女を手に入れようとして次々にエオリア家に縁談を申し入れて来るだろう。
十七歳で学園を卒業と同時に結婚し五年経った今、私は二十二歳になった。一度離縁した身とはいえまだ十分婚姻可能な年齢。
それを見越して、私は国王陛下と父に宣言することにしたのだ。
私は再び結婚するつもりはない、と。
「よい良縁に恵まれれば再び結婚を考えることもありましょうが、今はそういうことをするつもりはありません」
膝を着いたまま目線を上げキッパリと伝えると、二人は思案するような顔を見せた。
『聖女』は国にとって重要な存在。その婚姻は政略の駒ともなりえる。それは聖女である私もよく理解しているつもりだ。
果たして二人は了承してくれるだろうか。
ドキドキと脈打つ心臓を抑えながら、答えを待つ。
しばしの沈黙が流れたあと、国王陛下は鷹揚に頷いた。
「そなたの意志を尊重しよう。そなたはこれまで国に十分尽力してくれたからな。そのささやかな願いに応じない訳にはいくまい」
国王陛下の言葉に同調するようにエオリア侯爵も笑顔を見せる。
「私も勿論賛成だ。何も心配しなくていい。私はいつでもお前の味方だ」
「ありがとうございます」
感謝を述べ、私は次の願いの許可を得るべく口を開いた。
「それで……誠に勝手ながらもうひとつお願いしたいことがあるのです」
「よい、申してみよ」
「聖女としての仕事もしばらくお休みさせて頂きたいのです」
「ほう。なるほどな」
この願いに国王陛下は目を細めた。
そもそも聖女とは、この国にとっての救世主で今は王国の象徴となる存在だ。
その存在は、はるか昔にあったという未曾有の大災害を鎮めたと言われている。
恐ろしい災害だった。大地が枯れ、植物が消えた。海が干上がり、水が消えた。
果ては生物までもが生命を落とし、死した大地と枯れた海を前に、人々は生きる希望を失った。
生命の危機が迫る中、一人の少女が特別な力に目覚めた。それは大地を癒し、雨を降らせ、死した大地と枯れた海を再生させる強大な力だった。
治癒と再生を司る女神。後に聖女と崇められるようになった少女は見事に大地と海を復活させ、彼女の元にたくさんの人が集まった。
やがて聖女は一人の少年と恋に落ち、国を興した。
伴侶となった少年を国王とし、聖女はその傍らで微笑みを絶やさず国は繁栄を遂げたという。
その国こそリオース王国であり、王家とエオリア家はその聖女の直系の末裔。以来、エオリア家では聖女特有の治癒と再生を司る力を持つ女子が産まれるようになったのだ。
私が聖女の力を持って産まれた時から私の役目は決まっていた。聖女として国に尽力すること。そのために私はたゆまぬ努力を続けてきた。それが私にしかできない役目だと分かっていたから。
けれど、それも少し疲れてしまった。
今まで一心に国に仕えてきたのだ。少し休みたい。
聖女という役目を忘れて、自由に過ごしてみたい。そんな想いが私の中にあった。
「――よかろう。そなたに休暇を与えよう」
「……ありがとうございます」
国王陛下のそんな言葉に、私は心を込めて再び頭を垂れた。
「――ふむ。ではそなたは誰とも縁談を持つ気はないと言うことだな」
「はい」
父であるエオリア侯爵とリオース国王エドモンド・フォン・リオース陛下を前にして私は恭しく頭を垂れた。
王族に次ぐ最古の家柄であり、代々特別な役目を持つエオリア家は、位こそ侯爵ではあるものの貴族社会においては強大な権力を持つ。
そのエオリア家の聖女が離縁したとなれば国にとっての一大事でもある。誰もが聖女を手に入れようとして次々にエオリア家に縁談を申し入れて来るだろう。
十七歳で学園を卒業と同時に結婚し五年経った今、私は二十二歳になった。一度離縁した身とはいえまだ十分婚姻可能な年齢。
それを見越して、私は国王陛下と父に宣言することにしたのだ。
私は再び結婚するつもりはない、と。
「よい良縁に恵まれれば再び結婚を考えることもありましょうが、今はそういうことをするつもりはありません」
膝を着いたまま目線を上げキッパリと伝えると、二人は思案するような顔を見せた。
『聖女』は国にとって重要な存在。その婚姻は政略の駒ともなりえる。それは聖女である私もよく理解しているつもりだ。
果たして二人は了承してくれるだろうか。
ドキドキと脈打つ心臓を抑えながら、答えを待つ。
しばしの沈黙が流れたあと、国王陛下は鷹揚に頷いた。
「そなたの意志を尊重しよう。そなたはこれまで国に十分尽力してくれたからな。そのささやかな願いに応じない訳にはいくまい」
国王陛下の言葉に同調するようにエオリア侯爵も笑顔を見せる。
「私も勿論賛成だ。何も心配しなくていい。私はいつでもお前の味方だ」
「ありがとうございます」
感謝を述べ、私は次の願いの許可を得るべく口を開いた。
「それで……誠に勝手ながらもうひとつお願いしたいことがあるのです」
「よい、申してみよ」
「聖女としての仕事もしばらくお休みさせて頂きたいのです」
「ほう。なるほどな」
この願いに国王陛下は目を細めた。
そもそも聖女とは、この国にとっての救世主で今は王国の象徴となる存在だ。
その存在は、はるか昔にあったという未曾有の大災害を鎮めたと言われている。
恐ろしい災害だった。大地が枯れ、植物が消えた。海が干上がり、水が消えた。
果ては生物までもが生命を落とし、死した大地と枯れた海を前に、人々は生きる希望を失った。
生命の危機が迫る中、一人の少女が特別な力に目覚めた。それは大地を癒し、雨を降らせ、死した大地と枯れた海を再生させる強大な力だった。
治癒と再生を司る女神。後に聖女と崇められるようになった少女は見事に大地と海を復活させ、彼女の元にたくさんの人が集まった。
やがて聖女は一人の少年と恋に落ち、国を興した。
伴侶となった少年を国王とし、聖女はその傍らで微笑みを絶やさず国は繁栄を遂げたという。
その国こそリオース王国であり、王家とエオリア家はその聖女の直系の末裔。以来、エオリア家では聖女特有の治癒と再生を司る力を持つ女子が産まれるようになったのだ。
私が聖女の力を持って産まれた時から私の役目は決まっていた。聖女として国に尽力すること。そのために私はたゆまぬ努力を続けてきた。それが私にしかできない役目だと分かっていたから。
けれど、それも少し疲れてしまった。
今まで一心に国に仕えてきたのだ。少し休みたい。
聖女という役目を忘れて、自由に過ごしてみたい。そんな想いが私の中にあった。
「――よかろう。そなたに休暇を与えよう」
「……ありがとうございます」
国王陛下のそんな言葉に、私は心を込めて再び頭を垂れた。
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