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第二植民惑星『タイタン』
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惑星タイタン。どのような場所なのだろうか。修也には想像もつかなかった。メトロポリス社に雇われる前はエレクトラ・アナハイニムス社という零細企業の一サラリーマンにしか過ぎない身。せいぜい地球にある自分の家のテレビで観るくらいの情報しかない。
それゆえにわざわざ研修期間中に惑星タイタンの案内を購入したほどだ。定価でだいたい最底辺の紙幣2枚分程度のもの。
だが、購入しておいて損はない。
修也は荷物を置き、宇宙服のヘルメットを脱ぐと、ブラウザを表示させ、『惑星タイタンの歩き方』と記された本を人差し指でタップしていく。
太くゴツゴツとした指でスライドさせていくと、惑星タイタンの観光スポットやら名物やらの写真や紹介文が次々と映し出されていく。
英語で記された本であるが、指でスライドしていくたび即座に日本語へと翻訳されていくので問題はない。日本語の本のように読み進めることができるのは未来の技術が進んでいる証拠であるともいえる。
いわゆる人工知能による自動翻訳がなされているのだ。英語を覚えずに他国の本を読むことができるのは22世紀を生きる人間の特権というべきだろう。
修也は口元を緩ませながら内容を追っていく。すると、『惑星タイタンの歩き方』という本の中にとある食品会社の名前を目にする。
「あれ? これって?」
どこか見覚えのある修也が首を傾げていた時のこと。体が強い力で天井へと引っ張られていく。まるで、魚が釣竿によって引っ張り上げられていくかのように。
修也が天井に頭をぶつけるのと同時に彼はようやく宇宙船が惑星タイタンに向かって動き始めたことに気が付いた。ワープに突入したに違いない。
額を両手で抑えながらベッドの上で呻き声を上げていた。
頭がズキズキと痛む。額を擦りながら痛みが引くのを待っていたこともあってか、ブラウザに映し出されている本を読む気にはなれない。ブラウザに映し出される映像が両目に反射してチカチカと光っていく。
両目がチカチカとなる感覚といえば分かりやすいだろうか。
溜息を吐き出しながらも閉じるためのボタンを人差し指で押す。これ以上は電子書籍を読む気になれない。
それから両目を閉じながらぼんやりと今後のことを考えていく。すると、不安が頭の中で渦巻いていく。思考が途切れなくなってしまい眠ることができなかった。
自業自得だと言われるかもしれないが、寝る時に余計なことを考えてしまうのは人間の性というものではないだろうか。
修也はベッドの上で腕枕を組みながら部屋の中を見渡す。部屋の中にはベッドの他に机や椅子、クローゼット、物置代わりの箱まで置かれている。土産物の類はこの中に入れてくれという会社の配慮ならではないだろうか。
家具の他にも様々な物が準備されている。個室トイレや小さなシャワー室までも備え付けられているのがその証拠というべきだろう。荷物を置く前、試しにシャワー室を覗いてみたが、中には洗面台まで用意されている。至れり尽くせりではないか。
2度目の交易以降は会社の業績が上がってきているというフレッドセンの話も嘘ではないのかもしれない。
いや、それ以上に会社の威信が懸かっているというのも大きいのだろう。
なにせ、日本政府に代わって二人の王女を元の星へと送り届ける義務が生じたのだから会社としても下手なことができないというのが本音ではないだろうか。
修也が苦笑しながらベッドの上で天井を眺めていた時のこと。不意に扉をノックする音が聞こえてきた。
「はいはい」
修也はベッドから体を起こし、扉を開いていく。ドアノブのない自動扉の向こうにはジョウジがにこやかな笑みを浮かべて待っていた。
「大津さん、着きましたよ。今は惑星タイタンの上空です」
話によればワープは既に済んだらしい。その上、惑星タイタンにある宇宙船発着場まで連絡を取ったので、タイタンに降りた後は心配ないとのこと。
ジョウジの案内によって修也は個室からそのまま共同のスペースへと向かっていく。
中心には巨大なモニターが浮かび上がっていた。そこには地球よりも少しだけ小さな月の姿が見えた。火星よりほんの僅かだけ小さな土星の衛星。それがタイタンだった。
タイタンは唯一の濃い大気を備えた衛星。それ故に呼吸をするだけの酸素はたっぷりとあった。
人類が火星に続いて植民地にした無人の衛星。それは火星にもポーラにもない豊かな自然と程よく開発された人工的な都市、そして自然の空気が共存する理想の衛星ともいうべき存在。
宇宙を目指す人間からすれば憧れの衛星であったというべきではないだろうか。
その憧れの場所に降り立ち、ジョウジやカエデの護衛とはいえ交易にいくというのだからやはり胸がドキドキと鳴ってしまう。
だが、子どもたちはそうでもないらしい。若いからか、はたまた自分とは価値観が違うのか、ディスプレイ上に映し出される観光本を片手に衛星タイタンの魅力を語っていた。
「なぁ、シーレ。このレストランよさそうだぜ。一緒に行ってみないか?」
「いいわね! 特にタイタン鹿のローストが食べたいなぁ」
シーレは落ちそうになった両頬を擦りながら悠介に向かって微笑む。
「ねぇ、レマ。私たちはこっちに行ってみない? タイタン特製のフルーツを使ったミックスジュースとか飲んでみない? ネットに上げたらきっとみんな喜んでくれると思うんだよね」
「いいねぇ~!! 麗俐、連れてって!」
デ・レマは小動物を思わせるような可愛らしい声で麗俐に懇願していた。
修也はその光景を前に苦笑するより他になかった。
しかし何より驚きであったのは自分の子どもが二人の王女と意外なほど馴染んでいたということである。
悠介とシーレは惑星カメーネに居た頃から親密な仲になっていたことはいうまでもない。
だが、麗俐とデ・レマの両名も姉妹のように仲良くなっていたことは予定外であった。
話を聞くと、地球にいた頃、一緒にショッピングモールを巡ったということもあってか、修也が思っていた以上に距離を縮めていったらしい。
誇らしいやら仮にも他星の王女に対して親密とまでいえるような関係まで踏み込んで良いのかと躊躇する思いやらで複雑な心境を抱えながら四人の様子を見守っていた時のこと。
ジョウジが四人に対して深く頭を下げながら言った。
「皆様、まもなくこの宇宙船は惑星タイタンに到着致します。是非とも命綱を着用の上、お席の上でお待ちください」
と、ジョウジはアンドロイドらしい淡々とした口調で言い放つ。
全員がそのまま席の上に駆け寄り、命綱を装着していく。シーレとデ・レマの両名はまだ付け方に悩んでいるらしい。
「うーん」とうなり声を上げながら悩んでいる前にカエデが丁寧に教えていく。その姿は出来の悪い生徒に対して、熱心な態度で個別指導に励む教師のようであった。
修也が苦笑していると、宇宙船全体がタイタンの重力に引っ張られた。椅子にその身を縛り付けていた修也は急降下していく際の妙な感覚を味わうことになった。ジェットコースターに乗っている時の胸が一瞬空っぽになる感覚といえば分かりやすいだろうか。
修也たちを乗せた宇宙船はそのまま急降下し、惑星タイタンの宇宙空港へと到着を果たした。
タイタンに到着するのと同時に各社の浮遊車が到着して修也たちを出迎えに現れた。最も彼らが求めているのは修也たちではなく、彼が持ってきた交易の品である果物なのだろうが……。
宇宙船のタラップが降りてくるのと同時にグレーのスーツを着た中年の男性が慌てて握手を求めて現れた。
「株式会社グレートの者です。今回の買い付けに関しては我が社の独占購入をお許し願いたく馳せ参じました」
英語は理解できなかったが、『グレート』という名前や果物を売り付けに訪れたという会社の目的から察するに男が発した『グレート』という言葉は株式会社グレートを指し示す言葉であるに違いない。それであれば修也には聞き覚えのある言葉であった。
修也の情報が正しければ、それはアメリカでも有名な果物の会社の名前だったのではないかと思った。
修也も地球に居た頃はスーパーでグレートフルーツから輸入したバナナやらパイナップルをよく見かけたものだ。
感心しながら役員らしき男とジョウジの会話を見つめていく。
「これはこれはメトロポリス社の交易用アンドロイドのジョウジです。本日はご足労いただき誠にありがとうございます」
ジョウジはにこやかな笑みを浮かべながら差し出された手を握り返す。普通のアンドロイドであればまず見せない反応ではないかと思った。
修也は思わず笑みを漏らしてしまいそうになる。それを必死で口元を押さえて堪えたのはやはり彼が「大人」であるからだった。
「株式会社イースターの者です。メトロポリス社が持参したという果物の買い付けに対するお話で参りました」
白い髪をした壮年の男性がにこやかな笑みを浮かべながら握手を差し出す。
彼はシャンパンゴールドの絹で出来た締め心地のよさそうなネクタイを締め、糊の付いたパリッとした緑色のスーツを着ていた。後ろで様子をうかがっていた修也は人の良さそうな顔を前に好感を持った。
「これはこれはご丁寧に……社長の方から皆様方の連絡先は既に預かってきておりますので、後ほど、私と同じアンドロイドのカエデが交渉に伺いますので、何卒よろしくお願い致します」
ジョウジは日本で製造されたアンドロイドらしく、丁寧に頭を下げて出迎えに現れた会社役員たちの挨拶に答えていた。
タラップの前で長時間、話を交わすのは流石に憚られるものがあったのか、役員たちを連れて会社のロビーへと移動していく。ジョウジに引き連れられてゾロゾロと後を付けていく役員たちの後ろ姿は引率の先生に連れられて公園へ向かう園児たちの姿を彷彿させた。
修也たちは役員たちの気持ちが分かると言わんばかりに苦笑した様子で見守っていたが、肝心の内容に関しては一切理解できていなかった。
この場には独断で翻訳できる機械など存在していなかった上に修也は英語が理解できない。
ましてやいくら植民惑星における果物の会社といっても役員になるともなれば難易度は地球のものと変わらないだろう。
下手をすれば採用や面接は地球にある本社で行われた可能性すらある。
修也がうなり声を上げていた時のこと。
「大津さん、我々も移動しますよ」
突然声を掛けられたこともあってか、とっさに言葉が返せずにあたふたしてしまう。アドリブを返せない役者のように。
代わりに答えたのは長男の悠介であった。それまで目を落としていた携帯ゲーム機から顔を上げながら問い掛けた。
「どこに?」
「ジョウジさんはロビーでお話をされていますから、護衛官であるあなた方は近くの部屋に居ていただきます」
とっさのこともあってか、修也はあたふたとしか応えることができなかった。
カエデからしても変に疑問を持たれるよりは流されるまま任務を遂行してもらう方が都合がよかったに違いない。
強引にロビーの隣にある部屋へと連れ込まれる形になってしまった。
この措置が行われたのは修也だけではない。未成年でありながらも父親と共に護衛官としての仕事を与えられている悠介と麗俐も対象となった。
父親と同様に有無を言わさずに連れて行かれることになったのは当然であったといえるだろう。
カエデはこのまま二人の王女を先に連れ出し、宿泊先となるホテルへと向かう予定であった。
しかし納得がいかないのは二人の王女たち。
デ・レマにとって修也は敬愛する人物であるし、その娘の麗俐は今では姉のように親しい存在。シーレにとって悠介は大事な恋人。
それを理不尽に取り上げられて怒らないはずがない。
アンドロイドらしく予定を狂わされたことに対して頭を抱えることにはなったものの、人間の感情が芽生えているという自らの複雑な状況を整理し、彼女たちをなんとかして納得させることにした。
まさか、王女たちを護衛官の仕事に就けるわけにもいくまい。
『モーリアン』のパワードースーツを自由自在に操ることができるシーレはともかく、デ・レマは知恵が回るとはいえ他の能力は地球上における同世代と同程度。
万が一にでも商談を狙うテロなどが起きれば守り切れる自信はない。
カエデの中に内蔵されたコンピューターは既に火星で起きた頭のおかしな男がもたらした事件のことが浮かんでいた。
タイタンでも同じようなことが起きない保証などない。むしろ地球から遠く離れている分、ストレスも溜まり、地球よりもそういった類の男が産まれやすい環境にある、とカエデの中に内蔵されたコンピュータは分析していた。
デ・レマがもし恐ろしい目に遭うようなことがあれば非難されるのは会社だ。不用意なことを許可して責任を負うことはできない。
合理的な判断を下すのであればここは断固として「ノー」を突きつけるべきだろう。たとえ、彼女たちが何を言おうとも鋼のような確固たる意志で跳ね返して仕舞えばいい。
だが、彼女の人間としての部分がアンドロイドとしての部分と拮抗していたのだ。感情など芽生えるようなことがなければアンドロイドらしく強引に押し除けられたというのに……。
カエデは苦笑しながらコンピュータらしく第三の提案を口に出した。
「……畏まりました。では、警備室へと移りましょう。警備室であれば飛状の警備員が待機しておりますので、殿下をお守りすることができますよ」
その提案に二人は顔を見合わせて喜ぶ。カエデはその様子を前に大袈裟な様子で両肩をすくめることしかできなかった。「やれやれ」とでも言わんばかりに。
それゆえにわざわざ研修期間中に惑星タイタンの案内を購入したほどだ。定価でだいたい最底辺の紙幣2枚分程度のもの。
だが、購入しておいて損はない。
修也は荷物を置き、宇宙服のヘルメットを脱ぐと、ブラウザを表示させ、『惑星タイタンの歩き方』と記された本を人差し指でタップしていく。
太くゴツゴツとした指でスライドさせていくと、惑星タイタンの観光スポットやら名物やらの写真や紹介文が次々と映し出されていく。
英語で記された本であるが、指でスライドしていくたび即座に日本語へと翻訳されていくので問題はない。日本語の本のように読み進めることができるのは未来の技術が進んでいる証拠であるともいえる。
いわゆる人工知能による自動翻訳がなされているのだ。英語を覚えずに他国の本を読むことができるのは22世紀を生きる人間の特権というべきだろう。
修也は口元を緩ませながら内容を追っていく。すると、『惑星タイタンの歩き方』という本の中にとある食品会社の名前を目にする。
「あれ? これって?」
どこか見覚えのある修也が首を傾げていた時のこと。体が強い力で天井へと引っ張られていく。まるで、魚が釣竿によって引っ張り上げられていくかのように。
修也が天井に頭をぶつけるのと同時に彼はようやく宇宙船が惑星タイタンに向かって動き始めたことに気が付いた。ワープに突入したに違いない。
額を両手で抑えながらベッドの上で呻き声を上げていた。
頭がズキズキと痛む。額を擦りながら痛みが引くのを待っていたこともあってか、ブラウザに映し出されている本を読む気にはなれない。ブラウザに映し出される映像が両目に反射してチカチカと光っていく。
両目がチカチカとなる感覚といえば分かりやすいだろうか。
溜息を吐き出しながらも閉じるためのボタンを人差し指で押す。これ以上は電子書籍を読む気になれない。
それから両目を閉じながらぼんやりと今後のことを考えていく。すると、不安が頭の中で渦巻いていく。思考が途切れなくなってしまい眠ることができなかった。
自業自得だと言われるかもしれないが、寝る時に余計なことを考えてしまうのは人間の性というものではないだろうか。
修也はベッドの上で腕枕を組みながら部屋の中を見渡す。部屋の中にはベッドの他に机や椅子、クローゼット、物置代わりの箱まで置かれている。土産物の類はこの中に入れてくれという会社の配慮ならではないだろうか。
家具の他にも様々な物が準備されている。個室トイレや小さなシャワー室までも備え付けられているのがその証拠というべきだろう。荷物を置く前、試しにシャワー室を覗いてみたが、中には洗面台まで用意されている。至れり尽くせりではないか。
2度目の交易以降は会社の業績が上がってきているというフレッドセンの話も嘘ではないのかもしれない。
いや、それ以上に会社の威信が懸かっているというのも大きいのだろう。
なにせ、日本政府に代わって二人の王女を元の星へと送り届ける義務が生じたのだから会社としても下手なことができないというのが本音ではないだろうか。
修也が苦笑しながらベッドの上で天井を眺めていた時のこと。不意に扉をノックする音が聞こえてきた。
「はいはい」
修也はベッドから体を起こし、扉を開いていく。ドアノブのない自動扉の向こうにはジョウジがにこやかな笑みを浮かべて待っていた。
「大津さん、着きましたよ。今は惑星タイタンの上空です」
話によればワープは既に済んだらしい。その上、惑星タイタンにある宇宙船発着場まで連絡を取ったので、タイタンに降りた後は心配ないとのこと。
ジョウジの案内によって修也は個室からそのまま共同のスペースへと向かっていく。
中心には巨大なモニターが浮かび上がっていた。そこには地球よりも少しだけ小さな月の姿が見えた。火星よりほんの僅かだけ小さな土星の衛星。それがタイタンだった。
タイタンは唯一の濃い大気を備えた衛星。それ故に呼吸をするだけの酸素はたっぷりとあった。
人類が火星に続いて植民地にした無人の衛星。それは火星にもポーラにもない豊かな自然と程よく開発された人工的な都市、そして自然の空気が共存する理想の衛星ともいうべき存在。
宇宙を目指す人間からすれば憧れの衛星であったというべきではないだろうか。
その憧れの場所に降り立ち、ジョウジやカエデの護衛とはいえ交易にいくというのだからやはり胸がドキドキと鳴ってしまう。
だが、子どもたちはそうでもないらしい。若いからか、はたまた自分とは価値観が違うのか、ディスプレイ上に映し出される観光本を片手に衛星タイタンの魅力を語っていた。
「なぁ、シーレ。このレストランよさそうだぜ。一緒に行ってみないか?」
「いいわね! 特にタイタン鹿のローストが食べたいなぁ」
シーレは落ちそうになった両頬を擦りながら悠介に向かって微笑む。
「ねぇ、レマ。私たちはこっちに行ってみない? タイタン特製のフルーツを使ったミックスジュースとか飲んでみない? ネットに上げたらきっとみんな喜んでくれると思うんだよね」
「いいねぇ~!! 麗俐、連れてって!」
デ・レマは小動物を思わせるような可愛らしい声で麗俐に懇願していた。
修也はその光景を前に苦笑するより他になかった。
しかし何より驚きであったのは自分の子どもが二人の王女と意外なほど馴染んでいたということである。
悠介とシーレは惑星カメーネに居た頃から親密な仲になっていたことはいうまでもない。
だが、麗俐とデ・レマの両名も姉妹のように仲良くなっていたことは予定外であった。
話を聞くと、地球にいた頃、一緒にショッピングモールを巡ったということもあってか、修也が思っていた以上に距離を縮めていったらしい。
誇らしいやら仮にも他星の王女に対して親密とまでいえるような関係まで踏み込んで良いのかと躊躇する思いやらで複雑な心境を抱えながら四人の様子を見守っていた時のこと。
ジョウジが四人に対して深く頭を下げながら言った。
「皆様、まもなくこの宇宙船は惑星タイタンに到着致します。是非とも命綱を着用の上、お席の上でお待ちください」
と、ジョウジはアンドロイドらしい淡々とした口調で言い放つ。
全員がそのまま席の上に駆け寄り、命綱を装着していく。シーレとデ・レマの両名はまだ付け方に悩んでいるらしい。
「うーん」とうなり声を上げながら悩んでいる前にカエデが丁寧に教えていく。その姿は出来の悪い生徒に対して、熱心な態度で個別指導に励む教師のようであった。
修也が苦笑していると、宇宙船全体がタイタンの重力に引っ張られた。椅子にその身を縛り付けていた修也は急降下していく際の妙な感覚を味わうことになった。ジェットコースターに乗っている時の胸が一瞬空っぽになる感覚といえば分かりやすいだろうか。
修也たちを乗せた宇宙船はそのまま急降下し、惑星タイタンの宇宙空港へと到着を果たした。
タイタンに到着するのと同時に各社の浮遊車が到着して修也たちを出迎えに現れた。最も彼らが求めているのは修也たちではなく、彼が持ってきた交易の品である果物なのだろうが……。
宇宙船のタラップが降りてくるのと同時にグレーのスーツを着た中年の男性が慌てて握手を求めて現れた。
「株式会社グレートの者です。今回の買い付けに関しては我が社の独占購入をお許し願いたく馳せ参じました」
英語は理解できなかったが、『グレート』という名前や果物を売り付けに訪れたという会社の目的から察するに男が発した『グレート』という言葉は株式会社グレートを指し示す言葉であるに違いない。それであれば修也には聞き覚えのある言葉であった。
修也の情報が正しければ、それはアメリカでも有名な果物の会社の名前だったのではないかと思った。
修也も地球に居た頃はスーパーでグレートフルーツから輸入したバナナやらパイナップルをよく見かけたものだ。
感心しながら役員らしき男とジョウジの会話を見つめていく。
「これはこれはメトロポリス社の交易用アンドロイドのジョウジです。本日はご足労いただき誠にありがとうございます」
ジョウジはにこやかな笑みを浮かべながら差し出された手を握り返す。普通のアンドロイドであればまず見せない反応ではないかと思った。
修也は思わず笑みを漏らしてしまいそうになる。それを必死で口元を押さえて堪えたのはやはり彼が「大人」であるからだった。
「株式会社イースターの者です。メトロポリス社が持参したという果物の買い付けに対するお話で参りました」
白い髪をした壮年の男性がにこやかな笑みを浮かべながら握手を差し出す。
彼はシャンパンゴールドの絹で出来た締め心地のよさそうなネクタイを締め、糊の付いたパリッとした緑色のスーツを着ていた。後ろで様子をうかがっていた修也は人の良さそうな顔を前に好感を持った。
「これはこれはご丁寧に……社長の方から皆様方の連絡先は既に預かってきておりますので、後ほど、私と同じアンドロイドのカエデが交渉に伺いますので、何卒よろしくお願い致します」
ジョウジは日本で製造されたアンドロイドらしく、丁寧に頭を下げて出迎えに現れた会社役員たちの挨拶に答えていた。
タラップの前で長時間、話を交わすのは流石に憚られるものがあったのか、役員たちを連れて会社のロビーへと移動していく。ジョウジに引き連れられてゾロゾロと後を付けていく役員たちの後ろ姿は引率の先生に連れられて公園へ向かう園児たちの姿を彷彿させた。
修也たちは役員たちの気持ちが分かると言わんばかりに苦笑した様子で見守っていたが、肝心の内容に関しては一切理解できていなかった。
この場には独断で翻訳できる機械など存在していなかった上に修也は英語が理解できない。
ましてやいくら植民惑星における果物の会社といっても役員になるともなれば難易度は地球のものと変わらないだろう。
下手をすれば採用や面接は地球にある本社で行われた可能性すらある。
修也がうなり声を上げていた時のこと。
「大津さん、我々も移動しますよ」
突然声を掛けられたこともあってか、とっさに言葉が返せずにあたふたしてしまう。アドリブを返せない役者のように。
代わりに答えたのは長男の悠介であった。それまで目を落としていた携帯ゲーム機から顔を上げながら問い掛けた。
「どこに?」
「ジョウジさんはロビーでお話をされていますから、護衛官であるあなた方は近くの部屋に居ていただきます」
とっさのこともあってか、修也はあたふたとしか応えることができなかった。
カエデからしても変に疑問を持たれるよりは流されるまま任務を遂行してもらう方が都合がよかったに違いない。
強引にロビーの隣にある部屋へと連れ込まれる形になってしまった。
この措置が行われたのは修也だけではない。未成年でありながらも父親と共に護衛官としての仕事を与えられている悠介と麗俐も対象となった。
父親と同様に有無を言わさずに連れて行かれることになったのは当然であったといえるだろう。
カエデはこのまま二人の王女を先に連れ出し、宿泊先となるホテルへと向かう予定であった。
しかし納得がいかないのは二人の王女たち。
デ・レマにとって修也は敬愛する人物であるし、その娘の麗俐は今では姉のように親しい存在。シーレにとって悠介は大事な恋人。
それを理不尽に取り上げられて怒らないはずがない。
アンドロイドらしく予定を狂わされたことに対して頭を抱えることにはなったものの、人間の感情が芽生えているという自らの複雑な状況を整理し、彼女たちをなんとかして納得させることにした。
まさか、王女たちを護衛官の仕事に就けるわけにもいくまい。
『モーリアン』のパワードースーツを自由自在に操ることができるシーレはともかく、デ・レマは知恵が回るとはいえ他の能力は地球上における同世代と同程度。
万が一にでも商談を狙うテロなどが起きれば守り切れる自信はない。
カエデの中に内蔵されたコンピューターは既に火星で起きた頭のおかしな男がもたらした事件のことが浮かんでいた。
タイタンでも同じようなことが起きない保証などない。むしろ地球から遠く離れている分、ストレスも溜まり、地球よりもそういった類の男が産まれやすい環境にある、とカエデの中に内蔵されたコンピュータは分析していた。
デ・レマがもし恐ろしい目に遭うようなことがあれば非難されるのは会社だ。不用意なことを許可して責任を負うことはできない。
合理的な判断を下すのであればここは断固として「ノー」を突きつけるべきだろう。たとえ、彼女たちが何を言おうとも鋼のような確固たる意志で跳ね返して仕舞えばいい。
だが、彼女の人間としての部分がアンドロイドとしての部分と拮抗していたのだ。感情など芽生えるようなことがなければアンドロイドらしく強引に押し除けられたというのに……。
カエデは苦笑しながらコンピュータらしく第三の提案を口に出した。
「……畏まりました。では、警備室へと移りましょう。警備室であれば飛状の警備員が待機しておりますので、殿下をお守りすることができますよ」
その提案に二人は顔を見合わせて喜ぶ。カエデはその様子を前に大袈裟な様子で両肩をすくめることしかできなかった。「やれやれ」とでも言わんばかりに。
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スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。
夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。
しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた!
ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。
噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。
一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。
これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
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勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
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