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第四章『王女2人』
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悠介からすればそれまで敵対していたはずの両者が手を結んで戦うことほど、理不尽なことはないと言えたが、この場に居合わせた両者からすれば今の状況は和解のための絶好の機会であったはずだ。
思えば日本史の授業で習った薩長同盟も元は仲の悪かった薩摩と長州が幕府を倒すために組んだという話ではないか。
更に歴史を遡れば仲の悪かったアテネとスパルタが手を結んで戦っていたという事例もあるではないか。その理由はなんたことはないペルシャという共通の敵の存在。
もし、スパルタのレオニダス王がペルシャではなくアテネやテーベ、コリントといった他のポリスとの戦闘であれ程の壮絶な死を遂げていたとすればここまで歴史に名を残すことにはならなかったに違いない。
レオニダス王が今世までその名が伝えられるのはペルシャという明確な外敵を前にして祖国防衛のため命を落としたことでギリシャ中の人々によってその武勇を讃えられたからであるに違いない。
少なくとも世界史の教科書にはそう書かれていたし、悠介自身もそのように解釈していた。
しかしここまでくると次に不安が頭をよぎる。歴史上の事例を探っていけば、それまで仲の悪かった両者と対峙した共通の敵というのは大抵が敗北の運命を辿っていったような気がしてならない。
薩摩と長州が手を結んだ後に徳川幕府はその政権を朝廷に返さなくてはならなくなった上に完膚なきまでに叩きのめされてしまったことが良い例ではないか。薩長同盟のみならず、ギリシャに侵攻してきたペルシャもまた、強大なボリスの連合を前に手痛い敗北を喰らう羽目になった。
何も歴史のみならず、フィクションの世界でもこうした事例は多く見られている。しかも大抵の場合、それまで仲の悪かった敵と手を結んで共通の敵に勝利を収めるのが主人公で、その逆は殆ど聞かない。即ち悠介は前例をほとんど知らないことになる。
どうすればいいのかと頭を悩ませていた時のこと。
不意に自分の真横を風が切る音が聞こえた。恐る恐る首を小さく小刻みに動かしていくと、首元に突き付けられていたのは日本刀の刃。
すぐに引っ込めたという事実を垣間見るにどうやら威嚇のつもりで刃を突いたつもりらしい。実際にあと少し刃の位置がズレていれば悠介のヘルメットに直撃していただろう。
並の人間であればここで腰を抜かしていたはずだ。猫に襲われた鼠のように。
だが、悠介には他の同世代にはないものがあった。それは即ち多くの惑星においての戦闘経験が彼の戦意というもの。悠介は心の奥底で戦意を湧き上がらせて高揚させていく。
今の彼の目はギラギラと光っていた。ギラギラと研いだばかりの刃のように。
ヘルメットの下で黒い瞳に炎をたぎらせながらレーザーガンを抜く。
レーザーガンが狙っているのはロバート。だが、悠介が引き金を引くよりも先に早く動いてしまえば悠介の負けは確定となる。将棋でいうところの「王手」の状況に入ったというところだろうか。
そして、それに加えてソード&サンダル社の小柳という男。今はロバートの背後でこちらを静観しているが、いつ彼が動き始めるかなど想像もできない。
先ほどまでの三つ巴の状態を維持できていたのであればまだ逆転の機会もできたのかもしれない。
だが、生憎と今は悠介が2人の共通の敵と化しているため難しいだろう。
悠介は迷った末にある作戦を思い描く。それは人間の心理を突いた作戦であり、人間である小柳はともかくアンドロイドであるロバートは騙せるのだろうかと疑念を抱いてしまうような代物。ハッキリといえば無謀な作戦だ。カンネの会戦でハンニバルに立ち向かったパウルスのような心境といえば分かりやすいかもしれない。
だが、何もせずにこのまま立ち尽くして死を待つよりは遥かに良いだろう。
悠介は躊躇うことなく右手に握っていたレーザーガンの銃口を小柳へと構えていく。躊躇いもなく瞬時に向けたことから小柳は僅かではあるが動揺する素振りを見せた。
それは彼が握っていたビームソードを放り投げる姿勢を見せたことにあらわれているのではないだろうか。
だが、本来の目的は彼ではない。本来の目的はロバート。アンドロイドの恐ろしい刀使いだけでも先に始末しておかねばならぬ。
自らにとって少しでも有利な状況を作り出すため悠介はレーザーガンを一瞬のうちに銃の先端をロバートへと向けたのだが、ロバートにとって悠介の考えなどはとっくの昔にお見通しであったらしい。
小柳とは対照的に走ってこちらに駆け寄ってきた。首元に日本刀の刃を突き付けられては悠介としてはたまったものではあるまい。
シーレを助ける時にビームソードを投げ放ったことは過ちであったと痛覚させられた。深い後悔に襲われた。蛸が腹を減って足を食うように。
だが、そのことを後悔するつもりはない。あの場面でビームソードを投げていなければシーレは間違いなく2人のうちのどちらかに捉えられていたことは明白であろうから。
バスケットボールの試合に例えれば最後に相手からダンクを決められたものの、微かな点数の差で優勝したような試合というべきだろう。
「勝負に負けて試合に勝つ」という昔ながらの慣用句があるが、今以上に使うべき機会はそうそう訪れないような気がする。
いずれにしろ、最悪と呼ぶほど悪いものではない。悠介は口元にフッと勝ち誇ったような笑みを浮かべながら刀を突き付けるアンドロイドに向かって言い放つ。
「さっさと殺せよ」
「不可解。なぜ、自分が殺されそうになっているのに笑ってる?」
「そんなこと、わざわざ今から死ぬおれが言うとでも思うのか?」
意地悪だと自分でも思う。しかし自分の命を狙っているような相手に対しどうして正直に話してやらなければならないのだろうか。今の悠介の心はひどく歪んでいた。悪戯が暴かれた後の小学生男児のように。
もちろんそういった幼稚な気持ちだけで動いたわけではない。悠介の悔し紛れの一言を聞いてどちらかが駆け出していく可能性が頭をよぎったのだ。
もし、その一言を聞いてシーレの元へと走っていけば悠介の努力は無に返す。避けなくてはならない。
『口は災いの元』とはよくいったものだろう。悠介が苦笑していると、ロバートが急に刀を引っ込めた。
不可解な態度に今度は悠介の方が首を傾げていると、急に彼の体がロバートの腕によって引き上げられていった。
それから力いっぱいに放ったと思われる彼の拳が悠介の頭を打つ。
ヘルメットを通して殴られた際に生じた振動が悠介の頭に響いていく。堪らなくなったのか、呻めき声を漏らす悠介。
だが、ロバートは構うことなく今度は悠介を地面の上へと思いっきり押し倒す。
それからその上に覆い被さっていく。殴打を重ねていくつもりであるらしい。
恐らくロバートが今後行うのは拷問。とことんまで悠介を殴って笑った理由を聞き出そうとしているのかもしれない。
そんなことまでして聞き出したいのかと苦笑してしまうが、感情の分からないアンドロイドからすればどうしても聞き出したいことであるに違いない。感情がないくせに知識欲だけは盛んなのだろうか。
悠介がヘルメットの下で苦笑いをこぼしていた時のこと。
「お待ちなさい」
と、それまで沈黙を貫いていた小柳がようやく口を開く。この時にヘルメット越しに小柳は悠介へと視線を向けていた。
「その方を捕虜にするのはいかがでしょうか? メトロポリス社から多額の身代金を搾り取れるでしょう」
ロバートは小柳の呼び掛けに対して何も言わなかったが、拳をヘルメットの上で待機させていたのが確認できた。小柳の言葉を聞いて判断に迷っていたに違いない。
悠介からすればどちらでもいいのだから早く決めてほしいものだ。いくら殴られても先ほど笑っていた理由を語り出すことは絶対にしないし、たとえ殺されても最愛の恋人を逃がせるのであれば本望というものだろう。
誘拐されるのであればその前にヘルメットを取ってビームライフルで自らの頭を撃ち抜いてしまうのも悪くはないかもしれない。我ながらそんな考えが浮かんだことに驚いてしまったが、これも全ては愛の力故に出たものだろう。
悠介は戦争で愛するべき人を守るため軍人になった兵士の心境を理解したつもりでいた。
恐らく今の彼らも悠介と同じようなことを考えたに違いない。悠介が両目を閉じて己の運命を聞こうとしていた。
だが、声は聞こえなかった。しばらく迷った末にロバートは拳を悠介の鳩尾へと落としてきたのだ。
突如強力な強い力が悠介の腹部を襲ったということもあってか、悠介は衝撃に耐え切れずに気絶してしまった。同時に『ゼノン』の装甲も限界を迎えたのか、悠介の体から強制的に離脱してカプセルに戻ってしまった。
意識を失い糸の切れた操り人形のように両手を伸ばして倒れ込む無防備な悠介をロバートは優しく抱き起こしてやる。
それから『ゼノン』のカプセルを自身の服のポケットの中へと仕舞い込む。これで全ての武器を奪ったことになる。
肩を貸して引き摺るように歩くその様は傍目から見れば倒れている若い主人を介抱している忠実なアンドロイドのようにしか見えない。
「フフッ、どうかお気を付けて」
と、小柳が意味深な笑みを浮かべながらロバートを見送る。彼はそのまま公園から姿を消した。内蔵されているサーモグラフィーや心拍数を測る装置から推定するに彼がこの場から消えたことは明白であった。
目的は果たせなくても相手の戦力を削るだけで十分だと判断したのだろう。その場から立ち去る間際の小柳は実に満足そうな笑みを浮かべていた。
ロバートは小柳が視界から消えたのを確認してから悠介を引き摺って公園を後にした。公園を出て彼が向こうのは会社が用意した神奈川県の川崎にある倉庫。日本での市場開拓を目的に会社が購入したということもあってか、滅多に外部の人間は入ってこない。
人を監禁するのであれば最高の場所であるといえるだろう。
ロバートは合理的な判断を下した会社に賞賛の言葉を送りながらその辺りを走っている適当なタクシーの中へと乗り込む。
タクシーに揺られながらロバートは冷静に次の判断を考えていた。
彼は完璧無存在だった。オーストラリアが誇る大会社、エインガナが開発した男性型アンドロイド『ワンジナ』は『ビラ』と同様、地球上に存在しない物質を混ぜ込んだ高性能のアンドロイドであり、その名はアボリジニの神話に由来する。
そうした偉そうな名前から察するに演算能力は他のアンドロイドより高い。即座に悠介の鳩尾の場所を割り出し、拳を使って気絶に追い込んだことは賞賛に値するだろう。
ただ、その拳がパワードスーツの装甲によって微かに衝撃を和らげられたことで悠介が昏睡から目覚めるのが予想よりも早かったのだ。こうした微かなズレをコンピュータは予想から外してしまっていたらしい。
悪夢から目を覚ますのと同時に悠介は唸り声を上げながら起き上がろうとしていた。
マズイ。確実に彼を止めなくてはならない。幸いなことに運転手はまだ気付いていない。ロバートは後部座席に立て掛けていた日本刀へと視線を向ける。
だが、それよりも先に悠介は例の日本刀へと手を伸ばす。
ロバートが止めるよりも先に彼は日本刀を両手を使って大事そうに抱え込む。まるで、宝物でも握るかのように。
その後は取っ組み合いだった。日本刀をめぐって両者の間で凄まじいまでの殴り合いが展開されていた。
バタバタと騒いだこともあってか、運転手も異変に気が付いたのだろう。慌てて急ブレーキへと足を伸ばす。
だが、状態の変化に気が付いたロバートが叫ぶ。
「馬鹿者が! ブレーキをかけるんじゃあない!! そのまま走り続けろ!!」
「助けてくれ!! この男に殺されかけたんだ!!!」
「馬鹿を言うな! 殺され掛けそうになったのは私の方だッ!」
「嘘だッ! こいつはおれの命だけじゃあない! おれの恋人まで殺そうとしたんだ!」
運転手は2人の声のうちのどちらの意見を聞こうか判断に苦しんだらしい。ノロノロとタクシーを徐行運転させているのがその証拠であるといえただろう。
だが、悩んでばかりもいられない。目的地の川崎までに信号というものが存在しないはずがないのだから。
殆ど車もないような交差点の前であったが、否が応でも彼は停止せざるを得なくなる。悠介は信号のところでタクシーが停止したのを機に刀を鞘から取り出す。
そしてそのまま刀をロバートへと向けて突き出すものの、残念なことに彼が突いたのはタクシーの窓ガラスのみ。
ガラガラと無惨な音を立てていくのが聞こえた。運転席から聞こえてくるのは運転手の悲鳴。自分のタクシーのガラスが割れたことで混乱に襲われたのだろう。
心の中で申し訳ないと思いつつも悠介はそのまま刀でロバートを斬り倒そうと目論む。
本来であれば絶好の機会であったに違いない。しかしその姿を見た運転手がパニックに駆られてタクシーのアクセルを踏んだこともあってか、悠介はバランスを崩してしまった。
その甲斐もあってか、刀を取り落としそうになってしまう。
寸前のところで刀を握り締めたが、あと少し刀を握る手を強めるのが遅ければロバートに刀を渡す羽目となってしまったいただろう。
ロバートはシートの下に倒れていたが、その状態を利用して悠介の無防備な腹部に向かって拳を突き出す。
寸前のところで身を交わしたこともあってか、拳は空振りしてしまったこともあってか、今度こそ完全に刀は悠介の手へと落ちてしまった。
それを見た瞬間にロバートは笑みを浮かべた。確信めいた不気味な笑みを。
それを見た瞬間に台所で油虫を発見した時のような恐怖で肩を強張らせてしまった。途方もない嫌悪感と絶望感はひたむきな若者にここまで恐怖を植え付けるものであるらしい。
思えば日本史の授業で習った薩長同盟も元は仲の悪かった薩摩と長州が幕府を倒すために組んだという話ではないか。
更に歴史を遡れば仲の悪かったアテネとスパルタが手を結んで戦っていたという事例もあるではないか。その理由はなんたことはないペルシャという共通の敵の存在。
もし、スパルタのレオニダス王がペルシャではなくアテネやテーベ、コリントといった他のポリスとの戦闘であれ程の壮絶な死を遂げていたとすればここまで歴史に名を残すことにはならなかったに違いない。
レオニダス王が今世までその名が伝えられるのはペルシャという明確な外敵を前にして祖国防衛のため命を落としたことでギリシャ中の人々によってその武勇を讃えられたからであるに違いない。
少なくとも世界史の教科書にはそう書かれていたし、悠介自身もそのように解釈していた。
しかしここまでくると次に不安が頭をよぎる。歴史上の事例を探っていけば、それまで仲の悪かった両者と対峙した共通の敵というのは大抵が敗北の運命を辿っていったような気がしてならない。
薩摩と長州が手を結んだ後に徳川幕府はその政権を朝廷に返さなくてはならなくなった上に完膚なきまでに叩きのめされてしまったことが良い例ではないか。薩長同盟のみならず、ギリシャに侵攻してきたペルシャもまた、強大なボリスの連合を前に手痛い敗北を喰らう羽目になった。
何も歴史のみならず、フィクションの世界でもこうした事例は多く見られている。しかも大抵の場合、それまで仲の悪かった敵と手を結んで共通の敵に勝利を収めるのが主人公で、その逆は殆ど聞かない。即ち悠介は前例をほとんど知らないことになる。
どうすればいいのかと頭を悩ませていた時のこと。
不意に自分の真横を風が切る音が聞こえた。恐る恐る首を小さく小刻みに動かしていくと、首元に突き付けられていたのは日本刀の刃。
すぐに引っ込めたという事実を垣間見るにどうやら威嚇のつもりで刃を突いたつもりらしい。実際にあと少し刃の位置がズレていれば悠介のヘルメットに直撃していただろう。
並の人間であればここで腰を抜かしていたはずだ。猫に襲われた鼠のように。
だが、悠介には他の同世代にはないものがあった。それは即ち多くの惑星においての戦闘経験が彼の戦意というもの。悠介は心の奥底で戦意を湧き上がらせて高揚させていく。
今の彼の目はギラギラと光っていた。ギラギラと研いだばかりの刃のように。
ヘルメットの下で黒い瞳に炎をたぎらせながらレーザーガンを抜く。
レーザーガンが狙っているのはロバート。だが、悠介が引き金を引くよりも先に早く動いてしまえば悠介の負けは確定となる。将棋でいうところの「王手」の状況に入ったというところだろうか。
そして、それに加えてソード&サンダル社の小柳という男。今はロバートの背後でこちらを静観しているが、いつ彼が動き始めるかなど想像もできない。
先ほどまでの三つ巴の状態を維持できていたのであればまだ逆転の機会もできたのかもしれない。
だが、生憎と今は悠介が2人の共通の敵と化しているため難しいだろう。
悠介は迷った末にある作戦を思い描く。それは人間の心理を突いた作戦であり、人間である小柳はともかくアンドロイドであるロバートは騙せるのだろうかと疑念を抱いてしまうような代物。ハッキリといえば無謀な作戦だ。カンネの会戦でハンニバルに立ち向かったパウルスのような心境といえば分かりやすいかもしれない。
だが、何もせずにこのまま立ち尽くして死を待つよりは遥かに良いだろう。
悠介は躊躇うことなく右手に握っていたレーザーガンの銃口を小柳へと構えていく。躊躇いもなく瞬時に向けたことから小柳は僅かではあるが動揺する素振りを見せた。
それは彼が握っていたビームソードを放り投げる姿勢を見せたことにあらわれているのではないだろうか。
だが、本来の目的は彼ではない。本来の目的はロバート。アンドロイドの恐ろしい刀使いだけでも先に始末しておかねばならぬ。
自らにとって少しでも有利な状況を作り出すため悠介はレーザーガンを一瞬のうちに銃の先端をロバートへと向けたのだが、ロバートにとって悠介の考えなどはとっくの昔にお見通しであったらしい。
小柳とは対照的に走ってこちらに駆け寄ってきた。首元に日本刀の刃を突き付けられては悠介としてはたまったものではあるまい。
シーレを助ける時にビームソードを投げ放ったことは過ちであったと痛覚させられた。深い後悔に襲われた。蛸が腹を減って足を食うように。
だが、そのことを後悔するつもりはない。あの場面でビームソードを投げていなければシーレは間違いなく2人のうちのどちらかに捉えられていたことは明白であろうから。
バスケットボールの試合に例えれば最後に相手からダンクを決められたものの、微かな点数の差で優勝したような試合というべきだろう。
「勝負に負けて試合に勝つ」という昔ながらの慣用句があるが、今以上に使うべき機会はそうそう訪れないような気がする。
いずれにしろ、最悪と呼ぶほど悪いものではない。悠介は口元にフッと勝ち誇ったような笑みを浮かべながら刀を突き付けるアンドロイドに向かって言い放つ。
「さっさと殺せよ」
「不可解。なぜ、自分が殺されそうになっているのに笑ってる?」
「そんなこと、わざわざ今から死ぬおれが言うとでも思うのか?」
意地悪だと自分でも思う。しかし自分の命を狙っているような相手に対しどうして正直に話してやらなければならないのだろうか。今の悠介の心はひどく歪んでいた。悪戯が暴かれた後の小学生男児のように。
もちろんそういった幼稚な気持ちだけで動いたわけではない。悠介の悔し紛れの一言を聞いてどちらかが駆け出していく可能性が頭をよぎったのだ。
もし、その一言を聞いてシーレの元へと走っていけば悠介の努力は無に返す。避けなくてはならない。
『口は災いの元』とはよくいったものだろう。悠介が苦笑していると、ロバートが急に刀を引っ込めた。
不可解な態度に今度は悠介の方が首を傾げていると、急に彼の体がロバートの腕によって引き上げられていった。
それから力いっぱいに放ったと思われる彼の拳が悠介の頭を打つ。
ヘルメットを通して殴られた際に生じた振動が悠介の頭に響いていく。堪らなくなったのか、呻めき声を漏らす悠介。
だが、ロバートは構うことなく今度は悠介を地面の上へと思いっきり押し倒す。
それからその上に覆い被さっていく。殴打を重ねていくつもりであるらしい。
恐らくロバートが今後行うのは拷問。とことんまで悠介を殴って笑った理由を聞き出そうとしているのかもしれない。
そんなことまでして聞き出したいのかと苦笑してしまうが、感情の分からないアンドロイドからすればどうしても聞き出したいことであるに違いない。感情がないくせに知識欲だけは盛んなのだろうか。
悠介がヘルメットの下で苦笑いをこぼしていた時のこと。
「お待ちなさい」
と、それまで沈黙を貫いていた小柳がようやく口を開く。この時にヘルメット越しに小柳は悠介へと視線を向けていた。
「その方を捕虜にするのはいかがでしょうか? メトロポリス社から多額の身代金を搾り取れるでしょう」
ロバートは小柳の呼び掛けに対して何も言わなかったが、拳をヘルメットの上で待機させていたのが確認できた。小柳の言葉を聞いて判断に迷っていたに違いない。
悠介からすればどちらでもいいのだから早く決めてほしいものだ。いくら殴られても先ほど笑っていた理由を語り出すことは絶対にしないし、たとえ殺されても最愛の恋人を逃がせるのであれば本望というものだろう。
誘拐されるのであればその前にヘルメットを取ってビームライフルで自らの頭を撃ち抜いてしまうのも悪くはないかもしれない。我ながらそんな考えが浮かんだことに驚いてしまったが、これも全ては愛の力故に出たものだろう。
悠介は戦争で愛するべき人を守るため軍人になった兵士の心境を理解したつもりでいた。
恐らく今の彼らも悠介と同じようなことを考えたに違いない。悠介が両目を閉じて己の運命を聞こうとしていた。
だが、声は聞こえなかった。しばらく迷った末にロバートは拳を悠介の鳩尾へと落としてきたのだ。
突如強力な強い力が悠介の腹部を襲ったということもあってか、悠介は衝撃に耐え切れずに気絶してしまった。同時に『ゼノン』の装甲も限界を迎えたのか、悠介の体から強制的に離脱してカプセルに戻ってしまった。
意識を失い糸の切れた操り人形のように両手を伸ばして倒れ込む無防備な悠介をロバートは優しく抱き起こしてやる。
それから『ゼノン』のカプセルを自身の服のポケットの中へと仕舞い込む。これで全ての武器を奪ったことになる。
肩を貸して引き摺るように歩くその様は傍目から見れば倒れている若い主人を介抱している忠実なアンドロイドのようにしか見えない。
「フフッ、どうかお気を付けて」
と、小柳が意味深な笑みを浮かべながらロバートを見送る。彼はそのまま公園から姿を消した。内蔵されているサーモグラフィーや心拍数を測る装置から推定するに彼がこの場から消えたことは明白であった。
目的は果たせなくても相手の戦力を削るだけで十分だと判断したのだろう。その場から立ち去る間際の小柳は実に満足そうな笑みを浮かべていた。
ロバートは小柳が視界から消えたのを確認してから悠介を引き摺って公園を後にした。公園を出て彼が向こうのは会社が用意した神奈川県の川崎にある倉庫。日本での市場開拓を目的に会社が購入したということもあってか、滅多に外部の人間は入ってこない。
人を監禁するのであれば最高の場所であるといえるだろう。
ロバートは合理的な判断を下した会社に賞賛の言葉を送りながらその辺りを走っている適当なタクシーの中へと乗り込む。
タクシーに揺られながらロバートは冷静に次の判断を考えていた。
彼は完璧無存在だった。オーストラリアが誇る大会社、エインガナが開発した男性型アンドロイド『ワンジナ』は『ビラ』と同様、地球上に存在しない物質を混ぜ込んだ高性能のアンドロイドであり、その名はアボリジニの神話に由来する。
そうした偉そうな名前から察するに演算能力は他のアンドロイドより高い。即座に悠介の鳩尾の場所を割り出し、拳を使って気絶に追い込んだことは賞賛に値するだろう。
ただ、その拳がパワードスーツの装甲によって微かに衝撃を和らげられたことで悠介が昏睡から目覚めるのが予想よりも早かったのだ。こうした微かなズレをコンピュータは予想から外してしまっていたらしい。
悪夢から目を覚ますのと同時に悠介は唸り声を上げながら起き上がろうとしていた。
マズイ。確実に彼を止めなくてはならない。幸いなことに運転手はまだ気付いていない。ロバートは後部座席に立て掛けていた日本刀へと視線を向ける。
だが、それよりも先に悠介は例の日本刀へと手を伸ばす。
ロバートが止めるよりも先に彼は日本刀を両手を使って大事そうに抱え込む。まるで、宝物でも握るかのように。
その後は取っ組み合いだった。日本刀をめぐって両者の間で凄まじいまでの殴り合いが展開されていた。
バタバタと騒いだこともあってか、運転手も異変に気が付いたのだろう。慌てて急ブレーキへと足を伸ばす。
だが、状態の変化に気が付いたロバートが叫ぶ。
「馬鹿者が! ブレーキをかけるんじゃあない!! そのまま走り続けろ!!」
「助けてくれ!! この男に殺されかけたんだ!!!」
「馬鹿を言うな! 殺され掛けそうになったのは私の方だッ!」
「嘘だッ! こいつはおれの命だけじゃあない! おれの恋人まで殺そうとしたんだ!」
運転手は2人の声のうちのどちらの意見を聞こうか判断に苦しんだらしい。ノロノロとタクシーを徐行運転させているのがその証拠であるといえただろう。
だが、悩んでばかりもいられない。目的地の川崎までに信号というものが存在しないはずがないのだから。
殆ど車もないような交差点の前であったが、否が応でも彼は停止せざるを得なくなる。悠介は信号のところでタクシーが停止したのを機に刀を鞘から取り出す。
そしてそのまま刀をロバートへと向けて突き出すものの、残念なことに彼が突いたのはタクシーの窓ガラスのみ。
ガラガラと無惨な音を立てていくのが聞こえた。運転席から聞こえてくるのは運転手の悲鳴。自分のタクシーのガラスが割れたことで混乱に襲われたのだろう。
心の中で申し訳ないと思いつつも悠介はそのまま刀でロバートを斬り倒そうと目論む。
本来であれば絶好の機会であったに違いない。しかしその姿を見た運転手がパニックに駆られてタクシーのアクセルを踏んだこともあってか、悠介はバランスを崩してしまった。
その甲斐もあってか、刀を取り落としそうになってしまう。
寸前のところで刀を握り締めたが、あと少し刀を握る手を強めるのが遅ければロバートに刀を渡す羽目となってしまったいただろう。
ロバートはシートの下に倒れていたが、その状態を利用して悠介の無防備な腹部に向かって拳を突き出す。
寸前のところで身を交わしたこともあってか、拳は空振りしてしまったこともあってか、今度こそ完全に刀は悠介の手へと落ちてしまった。
それを見た瞬間にロバートは笑みを浮かべた。確信めいた不気味な笑みを。
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。
そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。
しかしあらゆるものを【ためる】でパワフルにできるこのスキルは、最高ランクの冒険者すらかすんでしまうほどのぶっ壊れ能力だった!
命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。
そして命の危機に瀕していた少女リンカニアと出会い、絆を深めていくうちに自分のスキルを共有できる事に気が付いた。
――これは、世界で類を見ない最強に成り上がっていく主人公と、彼の元へ集まってくる仲間達との物語である。
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鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
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「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。
しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた!
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《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
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勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
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やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
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