メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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第四章『王女2人』

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「用心しろ……」

 悠介が隣にいた麗俐ヘと声を掛ける。いつもの悠介とは異なるような冷ややかな声を受けたことで少し不安に思ってしまったのだろう。思わず自分の握っている拳銃に力を込めていた。

 拳銃に力を込めると今度は様々な恐怖が麗俐の頭の中を渦巻いていく。悠介の口から普段は聞こえないような声を聴いたのももちろんのことだが、敵がどのような手段で襲い掛かってくるのかも予想だにできない。

 麗俐が自身の心臓を不安という名の鎖で締め上げていると、

「来るぞ!」

 と、悠介が警告の声を上げる。同時に目の前の男たちが眩いばかりの光に包み込まれていく。先ほど襲撃をかけてきた男と同様に。

 やがて光が消えていくのと同時に異様なパワードスーツが2人の視界に飛び込む。

 片方の男は巨大なサイを模した頑強なパワードスーツ。鉄の鎧をそのまま着込んだような味気のないものだ。フェイスヘルメットも白い目をしたサイということもあってか、色はない。ただサイと鉄の色を連想させる無機質な銀色の光に覆われているだけ。

 もう片方の男とはいえば側に立っている男とは対照的に中世の道化師たちが身に纏うような服を着込み、その下に頑強な鎧を着ている。ゴブリンを模したフェイスヘルメットに帽子を被った三角帽子である。先端にはポンポンと呼ばれる丸いものが付いていることに気がつく。

 その様子を見て麗俐は、

(漫画に出てくるゴブリンみたい)

 と、呑気なことを考えていた。実際に色を深い濃緑の絵の具で服の下から見える装甲を塗り尽くせば神話のゴブリンそのものといえたかもしれない。

 そして動きも漫画やアニメに登場するゴブリン同様にすばしっこい。電光石火と言わんばかりに麗俐の元へと近寄り、最初の一撃を喰らわせた。

 幸いなことに両腕を盾の代わりにして防いだことで難を逃れたが、麗俐の方から先制攻撃の機会を失ってしまったことは大きい。

 そのまま第二撃が繰り出されそうになっていくのに対して反撃の一手を喰らわせられたのは彼女の戦闘センスが大きく影響したからだろう。

 続く第二撃を受け流した後にそのまま流すような形で己の拳を男の腹の中へと叩き込む。

 正面から拳を受けてもなお呻めき声を上げなかったのは彼が曲がりなりにもプロの戦闘員としての矜持を持っているからだろう。

 が、それでも苦しかったようでこのまま格闘戦を続けることは不利だと判断したらしい。脚の下に付けていたと思われるビームソードを取り出す。

 そのまま流れるような形で互いに斬り合いを行う。刀と刀との戦いではないので鍔迫り合いというものは発生しない。

 それでも激闘が繰り広げられているのも事実。隙が見えないということから悠介も手出しができない。

 両者は邪魔が入ることがないのをいいことに壮絶に斬り合いを行う。どちらかが気を抜けば確実にビームソードの先端が相手の胸元を貫いていくような一瞬の油断も許さないものだといえばいいだろうか。

 その姿を隣で見ていた悠介は不甲斐なさからか、思わず苦虫を噛み潰す。フェイスヘルメットの下で歯を軋ませ、苛立ち紛れに数千匹の苦虫を殺していると、唐突に自分の体が宙の上へと浮かんでいくことに気がつく。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、視線を下へと向けることで事態を把握する。視線の下に映るのは例のサイの姿。フェイスヘルメットに付着している巨大な角を振り上げている様子から察するに自身の体を持ち上げたに違いない。

 ラグビーの選手のように肩を大きく突き出し、その場に留まっている様子から察するに突進して自分を突き飛ばしたに違いない。地面から一瞬のうちに引き離されたことから浮遊感を感じたに違いない。

 慌てて体制を立て直しながら、男を睨み付けると男の目線が自分ではなく別の方向を向いていたことに気が付く。
 男の目線の先に映るのは悠介が背後で守っていたシーレの姿。どうやらシーレの身を預かるつもりでいるらしい。

「ちくしょう! テメェ、シーレには指一本触れさせねぇぞ!!」

 悠介は地面の上に叩き付けれてもなお、気丈な姿で叫ぶ。その様はさながら英雄ヘラクレスといったところだろうか。

 だが、いくら口だけで叫んでもその場に留まっていては意味がない。

 口だけではなく自らの身を呈して挑むべきだと判断したのだろう。悠介はその場から勢いよく立ち上がり、ビームソードを握り締めながらサイのようなパワードスーツを纏った男の元へと突進していく。

 両手でビームソードを握り締めながら立ち向かっていく様子から見て悠介が男を仕留める気であったのは間違いない。

 だが、蝶のように身を翻して交わしていったこともあり、空振りしてしまった。

 悠介は尚も勇猛果敢にビームソードを振り回しながらサイの鎧を身に纏った男を斬り伏せようとしたが、愚鈍な見た目に反してその体は蜥蜴のように素早い。

 一度思い込んでしまうと、頭の方がなかなか情報を更新してくれないのか、指令が追い付かない。ビームソードの刃が相手の体ではなく空気ばかりを切っているのがその最たる例であるといえるだろう。

 上手くいかないことに苛立ちを募らせる悠介。しかしいくら腹を立てたとしても結果が変わるわけではない。それどころか、焦りこそが絶望的な危機を生み出すのだ。

 そのことも忘れ、途方もない焦燥感へと駆られた時のこと。またしても浮遊感を感じる羽目になった。浮かび上がった際に視界へ飛び込んでくるのは反転した景色だった。先ほどまでの光景が全て逆転して見えている。逆さになった地面と天井。気が付かないうちに宙の上へと伸びている自分の両足。

 脳の信号が目の前で起きた異常現象を認識したのも束の間。一気に地面の上へと叩き付けられてしまう。

 凄まじい衝撃が襲ってきた。同時に背中や肩といった地面に一番接触を受けた箇所が酷く痛む。後から襲ってきたというべきだろうか。打ち寄せられた波が沖に向かって引いていくかのように。

 我ながら上手い比喩表現であるが、今は自分の比喩に感心している暇はない。

 一刻も早くシーレを守らなくては。悠介が決意を示していると、悠介が動くよりも前にサイのパワードスーツを纏った男が悠介の元へと迫ってきた。暴走してブレーキが壊れてしまった蒸気機関車のように。

 その際に全ての動きが止まって見えた。

 世間一般で言われる一瞬が何時間ものように感じられてしまう現象は本当に起こりうるものであるらしい。硬直しているのがその証明であるといえた。

 どうすれば目の前に迫る脅威を取り除くことができるだろうか。

 敵が迫ってきた場合、矛を使って相手を排除するか、もしくは盾を使って防ぐかの2択を迫られる。そこに降伏という選択肢はない。そのことを示すのに矛と盾とは我ながら随分と上手い比喩だ。

 悠介は心のうちで自らを褒め称えていた。復学先の現代文の授業で使えば新しい教師や学友たちから褒めてもらえるかもしれない。

 だが、ここで心配事が思い浮かぶ。矛を使って排除しようと思っても目の前の相手には効果をなさないだろう。相手の鎧はあまりにも頑強。

 いくら矛を突き立てたところで弾き返されてしまうのがオチというものだ。

 であれば方法は一つ。盾を用いて防ぐより他にない。悠介は覚悟を決めた。

 とはいえ悠介は普通の少年。漫画の主人公のような咄嗟に機転を効かせることは難しい。悩み抜いた末に彼が思い付いたのはその場から飛び上がるというものだった。赤いマントを持った闘牛士が闘牛の突進を交わすかのように。

 ヒラリと身を翻し、攻撃を交わしたこともあってか、今度はサイのパワードスーツを纏った男がもう一度突進を行う。

 だが、結果は同じ。先ほどと同様に身を翻して交わされるだけ。

 その後も何度か同じように単調な攻撃を繰り返すものの、結果は変わらない。

 飽きもせずに打てない変化球を試す野球下手な小学生のように同じことを繰り返している男の姿が敵とはいえ哀れに見えて仕方がない。

 と、悠介は気が付けば相手の攻撃を交わしているうちに自分の頭が上手く冷えてきていることに気がつく。

 頭が冷えて冷静な判断を取れるようになったことで彼は戦局を俯瞰できるまでに精神が回復していた。

 焦れば焦るほど追い詰められるのは戦闘もバスケットボールの試合も同じ。

 例え追い詰められていても冷静な判断を保ち続けていれば起死回生の一手は見えてくるというものではないだろうか。

 悠介はもう一度、男の突進を交わした後に今度はそのまま避けるのではなく、その背中へと回り込む。回り込むのと同時に躊躇うことなくビームソードを突き出す。

 結果としてはギリギリのところで交わされる羽目になったが、ビームソードの先端はほんの僅かの隙間さえなければ男のパワードスーツの装甲を掠めていたに違いない。

 だが、結果として悠介の攻撃は空回りしてしまう。大きくビームソードを振ったことによって生じたことで隙が生まれてしまう。

 ほんの一瞬の隙。試合であれば体制を立て直し、まだ上手く立ち回ることができたに違いない。

 だが、これは現実。試合ではなく本当の命の取り合いである。戦場における戦いは一瞬の隙や油断が命取りとなるものだ。

 そこを逃がさんとばかりに男が強い装甲を纏ったまま悠介の元へと突っ込む。慌ててその場から逃れようとしたものの、間に合わなかったのか、大きく体が宙へと投げ出されてしまう。

 一瞬、浮遊感を感じたかと思ったが、そのまま地面の上へと衝突する。

 これだけならばまだ良かった。パワードスーツが悠介の身の安全を守っているのならば影響はない。すぐに立ち上がればいいだけの話。

 だが、男はもうそれを許さなかった。倒れている悠介に対して飛び上がるのと同時に真上から腹部に向かって勢いを付けて肘打ちを行ったのである。

 いわゆるエルボーショットを喰らったことで悠介は耐え切れなくなり、空気を吐き出す。吐瀉物を吐き出さなかったのは腹筋が強かったからだろう。

 男は弱っている悠介の胸ぐらを掴み上げると、得意げな声で言い放つ。

「小僧。どうやらこの戦いはオレの勝ちのようだな」
「あ、あんた日本人だったのか?」

 流暢な日本語が口から出てきたのが予想以上に衝撃であったらしい。すっかりと驚き入った声で問い掛けていた。

「正確にはハーフだがな。オレの本名はフランク=すめらぎだ。フランクと呼んでくれ」

 随分と流暢に日本語を語るばかりではなく、ジョークにも富んでいるという点には着目するべきだろう。いや、この場合は皮肉というべきだろうか。

 サイの姿を模したパワードスーツを着用した男もといフランクは悠介を生かすつもりなどないだろう。

 そうなれば悠介が「フランク」などと親しげにファーストネームで呼べる機会など今からなら数えるほどしかあるまい。
 もしかすれば慈悲の心とやらで話す機会を与えてくれるのかもしれないが、そこで話すつもりはない。

 アメリカの刑務所で死刑囚が最後に慈悲として刑務所から与えられるラストミールを完食することがほとんど見受けられないのと同じように。

「何か言い残すことはないか?」

 フランクが親しげに問い掛ける。英語の教師が生徒に向かって質問を促すかのような軽い口調で。

 悠介としては皮肉めいた回答を返してやりたかったが、そんなことをすれば自身の寿命を縮めることになりかねないというのは火を見るよりも明らかなこと。

 むざむざ危険を犯すつもりはない。悩み抜いた末に悠介は時間を稼ぐことも目的に少し負け惜しみを言い放つことに決めた。

「そうだな。なぁ、フランク……せめてもの慈悲だ。王女様は諦めてくれよ。オレの命はやるからさ」
「悪いが、そいつはできないな。彼女たちを人質にして身代金を請求しなくてはならんからな」

 フランクが脚の下に付けていたであろうレーザーガンを突き付けながら言う。自信のあるエルボータックルではなく、確実に人間を殺傷できるであろう殺人光線を選んでいるのはプロだからだろうか。

 悠介は苦笑した。それは確実に最期が迫ってきているからか、はたまた自分の勝利を思い描くことができないかのどちらかであることは間違いない。

 俗に言うお手上げという状態にあるのだろう。

 悠介が苦笑していると、それまで背後に隠れていたはずのシーレがその場から飛び出す。拳銃から打ち出された弾丸ののような速さで。

 その姿を見た悠介は思わず大きな声で叫ぶ。

「シーレ! 逃げろ! 逃げてくれ!!」

 見捨てられたとは思っていない。シーレは自分にとって最適の選択を選んだに過ぎない。恋人として彼女の無事を祈ろう。

 そう考えていた矢先のこと、シーレが向かっていったのは出口ではなく、別の敵と戦う修也の元であった。

「お願い! シューヤ!! 悠介を助けて!!」

 涙目で父親に懇願するシーレを見て悠介は言葉を失った。まさか、シーレがここまで自分を想ってくれているとは思いもしなかったのだ。

 麗俐に助けを求めなかったのは彼女が今も懸命にもう片方の男と斬り合いを行なっているからだろう。

 修也の元に駆け寄ったのは修也であればもう敵を片付けているからだと踏んだに違いない。

 だが、修也は麗俐と同様に激しい戦闘の最中。悠介を救援する余裕などない。

 対峙している敵に大きく吹っ飛ばされることになったのがその最たる例であるといえるだろう。

 強い。あまりにも強い。今回の敵はいつも以上の強さを誇っている。馴れ合いや腕試しをするつもりは更々なく、本気でシーレやデ・レマを奪い取ろうとしていることが窺えた。

 敵対している相手に吹き飛ばされ、観客席の一つへと背中を突っ込んだ修也のポケットから物が落ちるほどなので余程のことだろう。

 シーレが青ざめた顔でその場を見つめていた時のこと。ふと修也のポケットから目に落ちたものを確認する。小さな金属の円形型の密閉容器。

 思えば悠介を始めとした大津家の面々はこれで己の身に強力な鎧を纏わせていった記憶がある。使い方は覚えている。

 円形型の先端を押せばいい。そうすればどういう原理であるのかは知らないが、一瞬のうちに強力な鎧を身に付けることができるだろう。

 自身も戦士として戦いに加われば、窮地に陥っている悠介やその家族、そして友だちとなったデ・レマを救うことができる。

 そう考えると、居ても立っても居られないとばかりにシーレは手を伸ばす。

 シーレの手は確実にそれを拾い上げた。

 同時に拾い上げたカプセルの先端を押し込む。シーレの体はたちまちのうちに眩い光に包み込まれていった。他の装着者たちと同様に。
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