死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

生と死の狭間で

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 何の前触れもなく、突然地面の下へと転落し、混乱していたジェイクだったが、真上からコクランたちが顔を覗かせていた。
 この時ジェイクは初めて自分が図られたことを悟ったのである。

「お、おのれッ! 謀られたかッ! 」

 ジェイクは部隊にいる仲間たちとは異なり、自慢の巨大な耳で空を飛ぶことができた。
 怒りに満ち溢れた顔で穴の上から飛び上がった時のことだ。コクランがさっとホルスターから拳銃を抜いた。

「ま、不味いッ! 」

 ジェイクは慌てて水魔法を用いて拳銃を防ごうとしたが、引き金を引く方が早かった。
 ジェイクは額に弾丸を喰らって再び深い穴の下へと舞い戻ってしまうことになった。

 その後に掃討戦を行うだけだ。穴の下に落ちた兵士たちに矢を射って仕留めていくだけの簡単なものだった。

 穴の下に矢を射るだけのことだが、実際に戦場で対峙するのとは異なり、落とし穴に向かって矢を放つだけなので心理面での負担は少なくて済んだ。それ故に容赦がなかったと言ってもいいだろう。

 兵士たちは落とし穴に落ち、抵抗できない魔族たちを射殺せるという快感に酔っていた。

 コクランはいうのならば勝ち戦を目の当たりにしたわけであるが、どうも胸が悪かった。無抵抗の敵を射殺していく兵士たちの姿は悪魔そのもののように見えた。

 しかしこれが戦争である。戦争というものは人々から正気というものを失わせる。ましてや相手は同じ人間ではなく、平時より蔑ろにしている魔族たち。遠慮など芽生えるはずもなかった。

 一方的な虐殺を楽しんだ後は梯子を下ろし、略奪を始めていく。すでに死亡した兵士たちから金品を徴収し、鎧や剣を剥ぎ取っていく。

「……やってることはまるで強盗じゃあないか」

 ルイスが拳を震わせながら穴の下で追い剥ぎに励む兵士たちを見下ろしながら吐き捨てた。

「……人間というのは本当に悍ましい種族だなぁ」

 リザードマン竜人族のジオは口に出し、改めてそう認識させられた。ルイスやレイチェルといった例外はいるが、それでも大抵の人間は正気を失い、野獣のように振る舞っている。

 ジオの中に芽生えた人間に対する嫌悪感がまた増していた。
 この時レイチェルが無言であったのは自身が死者への追い剥ぎを行う兵士たちと同じ人間であり、この作戦を考案した張本人だったからだろう。

 コクランはそんなレイチェルの気持ちが分かるとばかりに無言で彼女の肩を掴み、近くにあった適当なテントの中へと移動させた。
 別室でコクランはレイチェルに水を渡し、彼女を落ち着かせていた。

「大丈夫か?」

 沈んだ表情を浮かべるレイチェルに向かって問い掛けると、レイチェルは弱々しく首を縦に動かした。

「また、何かあったら言ってくれ、なんでも用意してやるからな」

 コクランは安心させるようにそう言うと、そのまま近くにあった椅子の上に腰を掛けた。テントの天井を見上げていく。テントの中は喧騒に包まれた外とは対照的に静かだった。
 外からの声が多少聞こえてくるくらいで、テントの中は静寂に包まれていた。

「コクラン様、もしかして私酷いことをしてしまいましたか?もし、そうならば私は大変な罪を犯してしまったことになるのでしょうか?」

 弱々しい声でコクランに向かって問い掛けた。その声からは哀願の意思が感じ取られた。
 だが、それを聞いたコクランは黙って首を横に振った。

「いいや、これは戦争なんだ。戦争というのは手を抜いた方が死ぬ運命にある」

 百年の間に多くの地獄を見てきたコクランの言葉からは重みが感じられた。コクランはその例を出すためレイチェルの横に座り、そのまま覚えている範囲の中での『三国志』の話を語っていく。

 そして、『三国志』における前半の取りである赤壁の戦いまでのことを語り終え、コクランは話を聞いていたレイチェルへと問い掛けた。

「なぁ、話に出てきた劉備と孫権は酷い奴か?帰りを待つ百万の兵隊を赤壁で焼き殺した極悪人か?」

「……いいえ、もしそのお二方が百万の兵隊を焼き殺さなければお二方の土地は侵略者に蹂躙され、無辜の命が大勢散らされることになっていたでしょう」

「だろ?今回の場合も同じだ。もし、あの作戦を取らなければオレたちはジェイクの野郎に首を斬られてたさ」

 コクランがそう言って、レイチェルの頭を優しい手で撫でてやった時のことだ。
 不意に魔法による効果が発動した。コクランの中にジェイクのエネルギーが跳ね返ってきたのだ。

 コクランは地面の上に倒れ、のたうち回って苦しんでいた。どうやらジェイクを討ち取る際に『吸収』の魔法を用いたらしく、その反動が今になって襲ってきたようだった。

「コクラン様!?コクラン様!?」

 今度はレイチェルがコクランを介抱する番だった。レイチェルはコクランの体を優しく摩り、名前を呼び、必死になって励ましていた。
 そして、しばらくの後にテントの中から悲鳴が聞こえるということで覗きに現れた兵士が異変に気が付き、コクランは医療従事者が待機しているテントの中へと運ばれていった。

 ジェイクは凄まじい力を持った勇将である。その力を吸収したのだからコクランにも突然凄まじいパワーが宿ることになった。
 しかし体は元のままである。身体的な負担に例えれば小学生に強めの酒を一気飲みさせるようなものだった。
 エネルギーを取り込んでいく過程でコクランは苦しみに耐えなければならなかった。

 強力なエネルギーを取り入れ、それを体の中に順応させるまでの間に三日の期間を要することになった。その間コクランの悲鳴は城の中にいる魔族たちにまで聞こえるほどだったという。
 こうして三日の後にコクランは新しいエネルギーを宿した体に生まれ変わり、ベッドの上から降りていった。

「もういいのかね?」

 と、老眼鏡をかけ、白衣を纏った老人がベッドから降りたコクランへと問い掛けた。

「えぇ、なんとか」

 コクランの言葉を聞いた老人は安堵の表情を見せた。現在は一刻の猶予もない戦争状態であることを加味し、コクランは翌日から軍務に復帰することになった。
 三日の間常に耐えることなく襲ってきた苦しみを勝ち抜いたコクランの顔は実に爽やかなものであった。

 彼は明るい顔を浮かべながら仲間たちが食事を行なっているというテントの中へと足を踏み入れた。そして提供された食事を沈んだ表情で黙々と食べている仲間たちに向かって声を掛けていった。

 仲間たちは当初信じられないと言わんばかりに目を丸くして顔を見合わせていたが、コクランの顔を確認して幻聴ではないことを確認すると、後は喜びでいっぱいとなっていた。

「コクランさん! 治ったんですね!! 」

 ルイスは顔に輝きを浮かべながら言った。その表情は喜びに満ち溢れていた。

「あぁ、すまなかったな、坊主。これからは大丈夫だ。また一緒に戦おうじゃあねぇか」

 コクランは自身を気に掛けてくれるルイスの心境が分かっていたからか、優しい笑顔を浮かべて言った。

「よかった!コクランさんに何かあったら、オレ……」

 ジオの両目は涙で潤んでいた。しかしコクランの姿を見ると耐え切れなくなったのか、両目から涙を零していく。

「まぁ、そう悲しい顔をするなよ。あと少しだろ?あいつらをようやく壊滅させられるんだ」

 コクランは嬉しい反面少し複雑な心境になっていた。こうまでワンワンと泣かれてしまってはこちらの方まで申し訳なくなってくる。

「コクラン様、よくご無事で……」

 レイチェルが口に出したのは純粋な一言だった。ただ、その後を言葉で補うことはせずにそのまま抱き付いたことは数百の言葉にも勝る親愛表現であったに違いない。

「すまなかったな、レイチェル。お前を心配させたみたいだ」

 自分の胸に飛び込んできたレイチェルの頭をコクランは優しく撫でていた。
 しばらくの間抱擁を行い、コクランは空いている椅子の上に腰を掛けた。

「さて、オレが寝ている間に何が起こったのかを聞きたいんだが、誰か教えてくれんか?」

「はい、実はですね」とルイスが話を切り出し、コクランに向かってこの三日間の間に起きたことを語っていく。

 不思議なことにコクランが悪夢に魘され、耐え難い苦痛を味わっている間の三日間は敵が攻めて来なかったということだ。

 これに関して諸侯たちはジェイクや前線に出る部隊が全員討ち取られてしまい、出ようにも出られなかったのだと推論を立てている。

 それに加え、諸侯たちは指導者たるマイケルが負傷して表舞台に出て来れなくなったことも要因だと考えたそうだ。
 今では勝利は確定だと言わんばかりに本陣にあるテントの中で美酒を飲んで酔っていた。

「なるほど、マイケルがいなければあんな烏合の衆だと指揮を取るのも難しそうだからな」

「そうでしょ?だから今は向こうの指揮系統が混乱しているのではないかと思われます」

 マイケルが負傷で倒れ、それを補うはずだったジェイクも死んだとなれば指揮系統が混乱するのは火山の噴火が起きれば溶岩が流れていくのと同じくらい自然なことだった。

 そのため戦いを仕掛ける余裕が向こうになかったのだろう。仮に新しい指揮官が決まったり、マイケルが立ち直るようなことがあれば籠城を行うのは得策ではないため攻撃を仕掛けてくるはずだ。
 そうしないのはどちらの状態にもなっていないからだろう。

「なればこそ正気はある。もしこのまま後継者が決まらなければマイケルを討ち取るだけでいいんだ」

「しかし、マイケルはまた姿を見せますかね?」

「見せるさ、あいつは大人しく眠っているタマじゃあない。もうそろそろ復讐の炎に突き動かされている頃合いさ」

 ルイスの問い掛けに対してコクランはニヤリと笑いながら答えた。
 その目からは確かな自信が伝わってきた。
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