朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

2人の生活②(東弥side)

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「じゃあ俺はここでー!」

「谷津、本当にありがとう。今度お礼しに行くから。」

「じゃあ落ち着いたらマキちゃんと静留君会わせたげてー!めっちゃ癒されるらしいから!またね!」

「うん、またね。」

谷津が行ってしまうと急に家の中が静かになる。

谷津は車を荷台から下ろすだけでなく車椅子の足を拭いて家の中に入れるところまで世話を焼いてくれ、とても頼もしかった。

「冷蔵庫、入れてくる。」

「えっ…?」

谷津を見送った後静留がそう言って幹斗の差し入れが入った保冷バッグを持ち上げたので、東弥はとても驚いた。

「おうちに帰ったらいれてねって幹斗さんがおしえてくれたから。えっと、これはここで…。」

静留が冷蔵庫の整理だなんて…、と不安になり、慣れない車椅子を押して冷蔵庫の近くまでついて行ったが、心配する必要はなかったようで、静留はきれいに整頓しながら冷蔵庫にタッパーを入れていった。

東弥が普段何気なく使っている最上段は静留には少し高いらしく、背伸びをして一生懸命入れる姿が愛らしい。

「すごい。幹斗に教えてもらったの?」

「うん!」

東弥が褒めると静留は嬉しそうに頬を綻ばせる。

そのほかにも彼はモップをかけたり洗濯を畳んだりができるようになったと得意げに話していて、それを聞いて少し寂しさを覚えた。

もちろんこのような状況なので静留に家事の一部を代わってもらうのはとても助かるけれど、静留に全てを依存されたいと願う東弥は、どうしても複雑な気持ちを覚えてしまう。

「東弥さん…?」

心の狭い自分に呆れて俯いている東弥を見て、静留は首を傾げた。

「…ああごめん、なんでもないよ。それよりピアノ弾かなくていいの?」

彼に自分の本心を知られたくなくて慌てて誤魔化す。

「弾く。…けど、そのまえに少しだけ…。」

「どうしたの?言ってごらん。」

すると今度は静留が顔を真っ赤にして潤んだ目でこちらを見つめてきたので、東弥は甘いglareを放ちながら静留に言葉を促した。

「…あの、ね、びょういんではあんまりできなかったから、…おくち、してほしいの…。」

震える声で紡ぐものだから、そのあまりのいじらしさに抱きしめたい衝動に駆られる。

今すぐ立ち上がって抱きしめその唇を奪うことができないのが、ひどくもどかしい。

「静留、少しかがんでくれる?」

彼の手を引いて、じっと目を見て言い聞かせる。

静留は依然として顔を真っ赤にしたまま屈んで東弥と目線を合わせた。

濡羽色の潤んだ瞳が照明を乱反射して美しい。

東弥が動かなくていいようにと気を使ってくれたのだろう。彼は震える片手で髪をかきあげて、躊躇いがちに東弥に唇を重ねた。

色っぽい仕草にどきりとする。別々に生活する間にさらに綺麗になったのではないだろうか。

しばらく唇を重ねていると、開かれたままだった大きな瞳が目の前でゆっくりと閉じられて。

__心臓、うるさい…。

東弥は自分の鼓動が加速するのを感じながら、まるで吸い込まれるように、長い睫毛のヴェールが降りるその様子から目を逸らすことができなかった。







唇が離れたあと、静留はたたっとピアノの方へ行ってしまった。

彼が鍵盤に手を置き息を吸い込めば、まるで魔法のようにその纏う空気が変化する。

風に溶けるような自然さでリビングに響き始めた音色はまるで子守唄のようにあたたかく優しい。

それを奏でる彼の、伏し目がちに柔らかく微笑む表情や白く長い指が鍵盤を素早く滑らかに撫でる様子にどうしようもなく惹きつけられ、東弥はつい見入ってしまう。

ピアノを弾く彼を久しぶりに見た。

普段の彼からは考えられないほどに大人びた横顔は凛として美しく、しかしどこか現世離れしているように思えて、つい本当に存在するのかどうか不安になる。

存在を確かめるために近寄り弱い力で彼の背に触れても、彼がそれに気づくことはない。

しかし触れたことでたしかにその存在を感じ、東弥は安心してパソコンの前に向かった。

休んでいた間に出された課題をこなさなくてはならない。

病院ではそもそもまだ本調子ではなく疲れて眠ってしまうことが多かったし、警察が事情聴取をしに来たりしてあまり捗らなかったから、思いの外溜まっているのだ。

パソコンのある位置からでも静留の奏でる音はよく聞こえる。

コーヒーを淹れ、贅沢な音楽をbgmにレポートや家でできる範囲のデータ整理などを進めていると、いつのまにか時計が6時の時報を告げた。


「静留。お風呂の時間。」

彼が今演奏している曲を弾き終えるのを待ってから、今度は気付いてもらえるように腕を掴み声をかける。

静留は次の曲を弾こうと再び息を整えていたが、その動きを止め、こちらをゆっくり振り返った。

「東弥さん。」

あどけない満面の笑みが浮かべられた口元から、黄色い声が紡がれる。

彼はいつものように東弥に手を伸ばそうとして、東弥が彼を抱き上げられる状態じゃないことに気がつきしゅんとした様子でその手を泳がせた。

いつもなら脱衣所まで東弥がお姫様抱っこで連れて行くからだろう。

__可愛い。

胸の奥が痛くなるほどに愛おしく思う。

東弥のことを見た途端に浮かべられる無邪気な笑顔を、躊躇いなくこちらに手を伸ばすその行動を、そして未だにシャワーや食事すら指示されないとすることができない危うさを。







「お風呂のとこまで一緒に行こうか。」

「ほんとう?」

寂しそうに俯く静留にそう言ってやると、彼は嬉しそうに足をパタパタとさせた。

「うん、本当。」

答えれば静留は幸せそうに笑う。

「…東弥さん。」

脱衣所まで着いてドアを閉める前、ふと静留が遠慮がちに呟いた。

「ん?どうしたの?」

その頭を撫でることができないのをもどかしく思いながら、彼を見上げ尋ねる。

何か問題でもあるのだろうか。

いいと言ったのに梨花が清掃をしてくれていたようで、着替えやタオルなどの不足はないはずだ。

「あの、ね…。おわったらこれ、もういっかい、つけてくれる…?」

言いながら静留が指さしたのは、今朝東弥が首元に結んだcollarの代わりのリボンだ。

実はとあるファッションブランドの社長をしている東弥の母が二時間であつらえろという無茶ぶりに本気で答えてくれた世界に一つしかない品物である…というのは内緒だ。

それを解くのが悲しいのだろうか。

涙目ですがるように東弥を見つめている。

今日までずっとシャワーを浴びる前にこんな風に憂いを帯びた表情を浮かべながらこのリボンを外していたのかと思うと、その健気な様子に愛しさがこみ上げてきた。

「もちろん、何度でも結ぶよ。お風呂に入った後に結んで、寝る前に外しても明日も朝起きたら結ぶ。解けるたびに結ぶから、大丈夫。」

「ほんとう!?」

大きな瞳が驚いたようにぱちぱちと瞬く。

そして彼はふわりと笑んで。

「静留、キスしたい。」

つい彼の腕をこちらに引いた。

こんなに可愛らしいのがいけない。

「!?」

顔を真っ赤にする静留の下唇を噛み付くように奪う。

「うぅっ…東弥さん、かっこうよすぎて、ずるいよ…。」

__どっちが。

口元を両手で押さえて瞳を潤ませてそう言う静留に対して、ずるいのは彼の方だと思った。

彼の行動の一つ一つが東弥をまるで麻薬のように虜にする。

そして一度捕まってしまったから、もう彼から離れることはできないのだ。
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