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第二部
2人の生活③(静留side)
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久しぶりに東弥とこの家に帰ったとき、静留は幸せで泣いてしまいそうだった。
それからこの家で東弥と抱き合ってキスをして、この家のピアノを弾いて。
当たり前に感じていた幸せが当たり前ではなかったと気がつき、こうして2人でいられることに今日はもうずっと感謝している。
浴室に入って1人になったら、さっきまで我慢していた涙がどっと溢れ出した。
悲しい涙ではなく、幸せな涙が。
東弥から結んでもらった彼のものである証を本当はずっと身につけていたいのに、解かないと濡らしてしまうから外して、そのあと次に東弥に会うまでは付けずに過ごさなければならなかったから、昨日まではずっとお風呂に入るのが苦しかった。
__でも、きょうはお風呂からでたら東弥さんがりぼんをつけてくれる…。
幸せな気持ちで蛇口をひねり、涙を流してから東弥とお揃いのシャンプーを髪になじませる。
早く上がりたい気持ちを堪えて丁寧に身体を洗った。
東弥にたくさん抱きしめてほしくて。
浴室から出てタオルで粗方の水気を取ったあと、下着を身につけ東弥のシャツを羽織る。
__髪も乾かさなきゃ。
慣れない手つきでドライヤーのスイッチを入れ、髪に風を滑らせる。
幹斗の家では風邪をひいてしまうからと髪を乾かすように言われ、自分で髪を乾かすことを覚えた。
長い髪を全て乾かすのは気の遠くなる作業で、東弥がいつもなぜ楽しそうに静留の髪を乾かしていたのか今でも理解できない。
なんとか触っても手が濡れない程度まで乾かし、リボンを持って脱衣所のドアを開ける。
「東弥さっ…!?」
彼の名を呼びながら駆け出そうとして静留はすぐに躓き転んでしまった。
しかし全く痛みがない。
そればかりか腰のあたりを支えられているような…。
「そんなに急いでどうしたの?俺はここにいるよ。」
顔を上げた先に穏やかに微笑んだ東弥の顔があって、静留はびっくりするとともに慌てて体勢を立て直す。
東弥は怪我をしているのに、静留が転んだのを受け止めてくれたのだ。
「…ごめんなさい…。」
「どうして?急いで来ようとしてくれて嬉しいよ?」
「…けがしてるのに、めいわく、かけちゃった…。」
「このくらいならどうってことないよ。それよりリボンを貸してごらん。」
しゅんと俯く静留に、東弥は甘やかな声で囁きかける。
「うん…。」
大丈夫だというけれど、本当だろうか。
静留は疑問に思う。だって彼は刺された直後でさえ、静留に“泣かないで、大丈夫だから”、と言い聞かせていたから。
「ごめん、すこしだけ屈んでくれる?」
「うん…。」
東弥がリボンを結びやすいように屈むと、彼は静留の首に手を伸ばし、優しく撫でてからリボンをかけた。
静留の息で彼のブロンドの髪がさらりと揺れるほど顔が近い。
そのうえ彼があまりに愛おしげに静留の首元を見つめるから、静留は顔が真っ赤になる。
東弥が慣れた手つきでリボンを蝶に結んでいく。
首元に東弥の息がかかり、くすぐったいのと甘いのでどうにかなってしまいそうだ。
「できたよ。…そういえば髪、自分で乾かしたの?」
結び終えた後、静留の長い髪を片手で掬いながら東弥が言った。
「うん。幹斗さんが風邪ひいちゃうからって。」
「…そっか…。」
__あれ…?
“そっか”、と言った東弥の声が何故か寂しそうに聞こえて静留は首を傾げる。
「…東弥さん、さびしいの…?」
「えっ…。」
静留が尋ねると彼は驚いたように目を見開いた。
こんなにも彼が驚いているということは、静留の勘違いだったのだろうかとも思うけれど、やっぱり記憶の中の彼の声を辿るとあの言葉だけ声の色が違った気がする。
「静留にはわかっちゃうんだ。すごいね。
…少し言うのが恥ずかしいんだけど、怪我が治ったら静留の髪の毛、また俺が乾かしてもいい?静留の髪の毛を乾かすのが好きだったから、なんだか寂しくなって。」
今度は静留が驚く番だった。
やっぱり東弥は少し不思議だ。髪を乾かすのなんてただ面倒なだけなのに、それを進んでしたいと言う。
…でも、彼に髪を乾かしてもらうことは静留も大好きで、本当はそれがなくなるのは寂しい。
「…いいの…?」
じっと彼の目を覗いて問うと、切れ長の瞳が優しく細められ、そのまま静留は優しく彼の腕に抱きしめられた。
「いいも何も、俺がしたいんだよ。」
包み込むように柔らかな声が鼓膜をそっと撫でていく。
__あつい…。
静留はぎゅっと目を閉じて、怪我に負担がかからない程度に彼の温もりに身体を預けた。
心臓がドキドキして痛い。でも安心する。
相反する感覚の中で、静留はまた泣いてしまった。
「どうしたの?」
東弥が慌てたように言って、静留も慌てて涙を拭う。
「…しあわせ、だから…。」
途切れ途切れに紡げば、
「うん、俺もしあわせだよ。静留と二人きりでいられて。」
と返ってきて。
そのまましばらく抱き合った後、東弥がシャワーを浴びている間に、静留は幹斗と一緒に作った食事をお皿に乗せて準備した。
一緒に食事をして、ソファーでゆっくりして、夜は怪我のことが心配で静留は断ったけれど東弥がどうしてもというので一緒のベッドに入って。
ベッドの中、東弥の腕の中で静留はもう一度幸せを噛み締めて泣いた。
彼の心音がそばにあることが、どうしようもなく嬉しくて。
それからこの家で東弥と抱き合ってキスをして、この家のピアノを弾いて。
当たり前に感じていた幸せが当たり前ではなかったと気がつき、こうして2人でいられることに今日はもうずっと感謝している。
浴室に入って1人になったら、さっきまで我慢していた涙がどっと溢れ出した。
悲しい涙ではなく、幸せな涙が。
東弥から結んでもらった彼のものである証を本当はずっと身につけていたいのに、解かないと濡らしてしまうから外して、そのあと次に東弥に会うまでは付けずに過ごさなければならなかったから、昨日まではずっとお風呂に入るのが苦しかった。
__でも、きょうはお風呂からでたら東弥さんがりぼんをつけてくれる…。
幸せな気持ちで蛇口をひねり、涙を流してから東弥とお揃いのシャンプーを髪になじませる。
早く上がりたい気持ちを堪えて丁寧に身体を洗った。
東弥にたくさん抱きしめてほしくて。
浴室から出てタオルで粗方の水気を取ったあと、下着を身につけ東弥のシャツを羽織る。
__髪も乾かさなきゃ。
慣れない手つきでドライヤーのスイッチを入れ、髪に風を滑らせる。
幹斗の家では風邪をひいてしまうからと髪を乾かすように言われ、自分で髪を乾かすことを覚えた。
長い髪を全て乾かすのは気の遠くなる作業で、東弥がいつもなぜ楽しそうに静留の髪を乾かしていたのか今でも理解できない。
なんとか触っても手が濡れない程度まで乾かし、リボンを持って脱衣所のドアを開ける。
「東弥さっ…!?」
彼の名を呼びながら駆け出そうとして静留はすぐに躓き転んでしまった。
しかし全く痛みがない。
そればかりか腰のあたりを支えられているような…。
「そんなに急いでどうしたの?俺はここにいるよ。」
顔を上げた先に穏やかに微笑んだ東弥の顔があって、静留はびっくりするとともに慌てて体勢を立て直す。
東弥は怪我をしているのに、静留が転んだのを受け止めてくれたのだ。
「…ごめんなさい…。」
「どうして?急いで来ようとしてくれて嬉しいよ?」
「…けがしてるのに、めいわく、かけちゃった…。」
「このくらいならどうってことないよ。それよりリボンを貸してごらん。」
しゅんと俯く静留に、東弥は甘やかな声で囁きかける。
「うん…。」
大丈夫だというけれど、本当だろうか。
静留は疑問に思う。だって彼は刺された直後でさえ、静留に“泣かないで、大丈夫だから”、と言い聞かせていたから。
「ごめん、すこしだけ屈んでくれる?」
「うん…。」
東弥がリボンを結びやすいように屈むと、彼は静留の首に手を伸ばし、優しく撫でてからリボンをかけた。
静留の息で彼のブロンドの髪がさらりと揺れるほど顔が近い。
そのうえ彼があまりに愛おしげに静留の首元を見つめるから、静留は顔が真っ赤になる。
東弥が慣れた手つきでリボンを蝶に結んでいく。
首元に東弥の息がかかり、くすぐったいのと甘いのでどうにかなってしまいそうだ。
「できたよ。…そういえば髪、自分で乾かしたの?」
結び終えた後、静留の長い髪を片手で掬いながら東弥が言った。
「うん。幹斗さんが風邪ひいちゃうからって。」
「…そっか…。」
__あれ…?
“そっか”、と言った東弥の声が何故か寂しそうに聞こえて静留は首を傾げる。
「…東弥さん、さびしいの…?」
「えっ…。」
静留が尋ねると彼は驚いたように目を見開いた。
こんなにも彼が驚いているということは、静留の勘違いだったのだろうかとも思うけれど、やっぱり記憶の中の彼の声を辿るとあの言葉だけ声の色が違った気がする。
「静留にはわかっちゃうんだ。すごいね。
…少し言うのが恥ずかしいんだけど、怪我が治ったら静留の髪の毛、また俺が乾かしてもいい?静留の髪の毛を乾かすのが好きだったから、なんだか寂しくなって。」
今度は静留が驚く番だった。
やっぱり東弥は少し不思議だ。髪を乾かすのなんてただ面倒なだけなのに、それを進んでしたいと言う。
…でも、彼に髪を乾かしてもらうことは静留も大好きで、本当はそれがなくなるのは寂しい。
「…いいの…?」
じっと彼の目を覗いて問うと、切れ長の瞳が優しく細められ、そのまま静留は優しく彼の腕に抱きしめられた。
「いいも何も、俺がしたいんだよ。」
包み込むように柔らかな声が鼓膜をそっと撫でていく。
__あつい…。
静留はぎゅっと目を閉じて、怪我に負担がかからない程度に彼の温もりに身体を預けた。
心臓がドキドキして痛い。でも安心する。
相反する感覚の中で、静留はまた泣いてしまった。
「どうしたの?」
東弥が慌てたように言って、静留も慌てて涙を拭う。
「…しあわせ、だから…。」
途切れ途切れに紡げば、
「うん、俺もしあわせだよ。静留と二人きりでいられて。」
と返ってきて。
そのまましばらく抱き合った後、東弥がシャワーを浴びている間に、静留は幹斗と一緒に作った食事をお皿に乗せて準備した。
一緒に食事をして、ソファーでゆっくりして、夜は怪我のことが心配で静留は断ったけれど東弥がどうしてもというので一緒のベッドに入って。
ベッドの中、東弥の腕の中で静留はもう一度幸せを噛み締めて泣いた。
彼の心音がそばにあることが、どうしようもなく嬉しくて。
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