朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

文字の大きさ
58 / 92
第二部

2人の生活③(静留side)

しおりを挟む
久しぶりに東弥とこの家に帰ったとき、静留は幸せで泣いてしまいそうだった。

それからこの家で東弥と抱き合ってキスをして、この家のピアノを弾いて。

当たり前に感じていた幸せが当たり前ではなかったと気がつき、こうして2人でいられることに今日はもうずっと感謝している。

浴室に入って1人になったら、さっきまで我慢していた涙がどっと溢れ出した。

悲しい涙ではなく、幸せな涙が。

東弥から結んでもらった彼のものである証を本当はずっと身につけていたいのに、解かないと濡らしてしまうから外して、そのあと次に東弥に会うまでは付けずに過ごさなければならなかったから、昨日まではずっとお風呂に入るのが苦しかった。

__でも、きょうはお風呂からでたら東弥さんがりぼんをつけてくれる…。

幸せな気持ちで蛇口をひねり、涙を流してから東弥とお揃いのシャンプーを髪になじませる。

早く上がりたい気持ちを堪えて丁寧に身体を洗った。

東弥にたくさん抱きしめてほしくて。

浴室から出てタオルで粗方の水気を取ったあと、下着を身につけ東弥のシャツを羽織る。

__髪も乾かさなきゃ。

慣れない手つきでドライヤーのスイッチを入れ、髪に風を滑らせる。

幹斗の家では風邪をひいてしまうからと髪を乾かすように言われ、自分で髪を乾かすことを覚えた。

長い髪を全て乾かすのは気の遠くなる作業で、東弥がいつもなぜ楽しそうに静留の髪を乾かしていたのか今でも理解できない。

なんとか触っても手が濡れない程度まで乾かし、リボンを持って脱衣所のドアを開ける。

「東弥さっ…!?」

彼の名を呼びながら駆け出そうとして静留はすぐに躓き転んでしまった。

しかし全く痛みがない。

そればかりか腰のあたりを支えられているような…。

「そんなに急いでどうしたの?俺はここにいるよ。」

顔を上げた先に穏やかに微笑んだ東弥の顔があって、静留はびっくりするとともに慌てて体勢を立て直す。

東弥は怪我をしているのに、静留が転んだのを受け止めてくれたのだ。








「…ごめんなさい…。」

「どうして?急いで来ようとしてくれて嬉しいよ?」

「…けがしてるのに、めいわく、かけちゃった…。」

「このくらいならどうってことないよ。それよりリボンを貸してごらん。」

しゅんと俯く静留に、東弥は甘やかな声で囁きかける。

「うん…。」

大丈夫だというけれど、本当だろうか。

静留は疑問に思う。だって彼は刺された直後でさえ、静留に“泣かないで、大丈夫だから”、と言い聞かせていたから。

「ごめん、すこしだけ屈んでくれる?」

「うん…。」

東弥がリボンを結びやすいように屈むと、彼は静留の首に手を伸ばし、優しく撫でてからリボンをかけた。

静留の息で彼のブロンドの髪がさらりと揺れるほど顔が近い。

そのうえ彼があまりに愛おしげに静留の首元を見つめるから、静留は顔が真っ赤になる。

東弥が慣れた手つきでリボンを蝶に結んでいく。

首元に東弥の息がかかり、くすぐったいのと甘いのでどうにかなってしまいそうだ。

「できたよ。…そういえば髪、自分で乾かしたの?」

結び終えた後、静留の長い髪を片手で掬いながら東弥が言った。

「うん。幹斗さんが風邪ひいちゃうからって。」

「…そっか…。」

__あれ…?

“そっか”、と言った東弥の声が何故か寂しそうに聞こえて静留は首を傾げる。

「…東弥さん、さびしいの…?」

「えっ…。」

静留が尋ねると彼は驚いたように目を見開いた。

こんなにも彼が驚いているということは、静留の勘違いだったのだろうかとも思うけれど、やっぱり記憶の中の彼の声を辿るとあの言葉だけ声の色が違った気がする。

「静留にはわかっちゃうんだ。すごいね。

…少し言うのが恥ずかしいんだけど、怪我が治ったら静留の髪の毛、また俺が乾かしてもいい?静留の髪の毛を乾かすのが好きだったから、なんだか寂しくなって。」

今度は静留が驚く番だった。

やっぱり東弥は少し不思議だ。髪を乾かすのなんてただ面倒なだけなのに、それを進んでしたいと言う。

…でも、彼に髪を乾かしてもらうことは静留も大好きで、本当はそれがなくなるのは寂しい。

「…いいの…?」

じっと彼の目を覗いて問うと、切れ長の瞳が優しく細められ、そのまま静留は優しく彼の腕に抱きしめられた。

「いいも何も、俺がしたいんだよ。」

包み込むように柔らかな声が鼓膜をそっと撫でていく。

__あつい…。

静留はぎゅっと目を閉じて、怪我に負担がかからない程度に彼の温もりに身体を預けた。

心臓がドキドキして痛い。でも安心する。

相反する感覚の中で、静留はまた泣いてしまった。

「どうしたの?」

東弥が慌てたように言って、静留も慌てて涙を拭う。

「…しあわせ、だから…。」

途切れ途切れに紡げば、

「うん、俺もしあわせだよ。静留と二人きりでいられて。」

と返ってきて。

そのまましばらく抱き合った後、東弥がシャワーを浴びている間に、静留は幹斗と一緒に作った食事をお皿に乗せて準備した。

一緒に食事をして、ソファーでゆっくりして、夜は怪我のことが心配で静留は断ったけれど東弥がどうしてもというので一緒のベッドに入って。

ベッドの中、東弥の腕の中で静留はもう一度幸せを噛み締めて泣いた。

彼の心音がそばにあることが、どうしようもなく嬉しくて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

Dom/Subユニバース読み切り【嘉島天馬×雨ケ谷颯太】

朝比奈*文字書き
BL
🖤 Dom/Subユニバース 毎週日曜日21時更新! 嘉島天馬(クーデレ・執着Dom)× 雨ケ谷颯太(ワンコ系・甘えんぼSubよりSwitch) 読み切り単話シリーズ。命令に溺れ、甘やかされ、とろけてゆく。 支配と愛情が交錯する、ふたりだけの濃密な関係を描いています。 あらすじは各小説に記載してあります。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...