恋色模様

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恋色模様

前編

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 そうだよな、うん、わかってたし。改めて本人の口から聞くと、わかっていたことだとしても胸にザックリ刺さるんだな、と俺は妙に納得した。

 立ち聞きするつもりはなかったのに、たまたま、そうたまたま聞こえてしまった。
 呼び出されたのは知っていたが、どこに行ったのかは知る由もない。それは本人とその相手のことなのだから、知らなくて当たり前だ。
 だからいつも通り休憩時間にコーヒーを買うため、二階の自販機へ向かっていた。少しくぼんだその場所が、二人の向かった先だなんて思いもしていなかった。

「好きな奴がいるから、ごめんね」

 告白の返事はいつも同じらしい。低くて静かな声が、申し訳なさそうに響いた。
 どこどこ部の誰それちゃんでも断られたとか、決まり文句のように返ってくるのは『好きな奴がいる』なのだそうだ。だったらそれは誰だとか、よほどの美女は社外なんじゃないかとか、そんな話は何度も耳にしていた。

 何にしたって俺の失恋は決定事項に変わりない。向かい合って断りの言葉を言われていなくても、俺の胸には何かが刺さって重く痛んだ。

(わかってる、けど…さ)

 俺は音をたてないよう気を付けて、その場を後にした。嗚呼、俺のコーヒーと恋心、さようなら。


 同期の青山宗士あおやまそうしの声を初めて聞いたときだ。たぶんそのときに俺、赤堀夏月あかぼりなつきは惚れたんだと思う。声に恋するかって?それはあるだろう。だってその人の一部なんだから、当たり前だと思う。
 一目惚れというものも外見だけで本人の何も知りはしないのだから、その人に興味を持つきっかけに過ぎない。だから声に惚れたというのも同じようなものだと思う。

 それで青山のことを遠くから見て密かに思っていたわけでもなく、同期の一人として会話をするし休日に出掛けることもあった。
 話してみれば面白くて、会えば優しくて、こんなの本気で好きにならないわけがない。入社から同期の親友になって早二年。そうだ、もう片思いは二年になっていた。
 諦めるなり当たって砕けるなりすればいいものを、そこは居心地の良い親友ポジを自分から手放す気にはなれなかった。いや本当に、楽しくて嬉しくて無理だった。
 けれど何故かモテることは知っていたのに、告白現場を目にしたことがなかった。手紙をもらったらしいとか、告白されていたらしい、という誰かの話を聞くばかりだ。それが余計に俺を諦めさせなかったのかもしれない。
 ニ年が過ぎてとうとう、俺が直接自分の目で噂が噂じゃなく本当だということを確認してしまったのだ。

(はぁー……、とうとう失恋が決定してしまった)

 どこかで淡い期待を持っていたのかもしれない。実は青山に好きな人なんていなくて、俺が親友の立場だとしても隣にいていいという勝手な願望。それがさきほど音をたてて崩れたのだ。

(とりあえず、……そうだ、とりあえずヤケ酒しないと!!)

 何でそう思ったのかわからないが、おれば失恋=ヤケ酒、そして飲酒の場には同期友達という式図が浮かんでいた。
 あいつだあいつ、あいつと飲まなくては。思いついた友達は俺たちの同期で、更には唯一何でも話せる人物だった。
 何故か青山とその親友から厳命を受けている。お前は一人で飲むな。誰かと飲むときは青山か俺を連れて行け。決して一人で参加しようと思うな。これを何度も煩く言われていた。

 スマホを取り出して『今夜飲もう。18:30にいつもの飲み屋な!』と予定も聞かず一方的に約束を押し付けスマホをしまった。




「人のこと何だと思ってんだよ。便利屋か?残業とか用事とか、あるかもしれないだろー」

「えー、そんなのあった?」

「……ここにいるんだから、わかるだろが」

「ほらっ!残業も用事もないじゃん。だったらいいでしょー」

 先に着いて一人で飲み始め少しいい気分になっていたところに、俺が一方的に約束をこじつけた友達はやって来た。
 野白侑麻のじろゆうまは俺が青山に好意を寄せていることを知っている。あえて俺から言ったわけではなく、自分ではそんなことないと思っていたのに、『お前、青山のこと好きだろ』と言われるくらいにわかりやすかったらしい。いやそれじゃあ本人にも知られているのかと焦る俺に、たぶん大丈夫、たぶん。二回たぶんと言ってあまりあてにならない大丈夫を伝えてきた。それからはあまり青山のことを見ないように意識しながら、それでもやっぱり見てしまって、どうしようと相談したり飲んだり食べたり、いわゆる青山とは別の親友兼恋の相談相手になってもらっていた。

『すいませーん。ビールと焼鳥盛り合わせと、モツ煮ください』って追加注文して、俺の前にドカリと座った。そういえば野白もさわやかスポーツマン系でいい男だった。何で俺の周りにイケメンが揃っているんだろう。不思議だ。

「それでぇー、失恋しちゃって。今日はヤケ酒なの」

「は?」

「だーかーらぁ、ヤケ酒」

「違う、失恋?」

 ぐびっと俺はサワーが入ったジョッキを傾けた。うん、うまいなこのオレンジサワー。あれ?レモンサワーだっけ?まあいいや柑橘だったら何でも。これうまいな。

「そぅそぅ、やっぱりぃ青山には、好きな人、…いるって、聞いちゃったし」

 ああ、情緒が。俺の情緒がちょっとダメかもしれない。二年という長いんだか短いんだかわからない年数は、それなりに気持ちを温めてたんだなあ。目の前が滲んでくる。

「あー、お前その一杯だけだからな。何か食ったの?食べながら飲めよ、酔いが酷くなるだろ」

 ほら、焼鳥食っていいから。って今来たばかりの焼鳥を持たされた。もう焼けたの?焼いてあったの?すぐできちゃうのすごいね。くださいって言ったらすぐもらえるのいいな。俺も青山の心が欲しかったな。
 ああ、お疲れ様かんぱーい。カチンと鳴ったジョッキをまた口につける。これオレンジサワー?うまいなあ。

「失恋するわけないんだけどな。青山何やってんの?」

「んぁ?」

「いやこっちのこと。それで?ヤケ酒してどうすんの?諦めるわけか」

「うーん、よくさぁ。失恋には新しい恋を、って、言うじゃん。だーかーらー、新しい恋を。しようかなぁ」

 だってさ。別の何かで埋めないと、とてもじゃないが空いた穴はでかくて一人じゃ乗り越えられそうにない。誰かを利用するつもりはないけど、少しずつ少しずつ、別の想いで埋めていくしか方法がないんじゃないかと思うんだよ。わかる?空いた穴はさ、勝手に埋まらないの!別の何かで、段ボールとか砂とか例え話だから何でもいいんだけど、同じものは戻ってこないんだからさ。

「それで、さー」

 もだもだ文句をたくさん言って、青山のいいところとか、したかったこととか、あれもこれも聞いてもらった。どうせ本人には言えないから、誰かに聞いてほしかった。

「野白ぉ、おいもとおいもみたいなオレンジのやつのサラダが食べたい」

「はいはい。けっこう酔ってんな。それ一杯目だろ?」

「うん?うーん、…わかんない、」

 ダメだこりゃ飲むときは一杯だけって約束したじゃん。って言いながら『すいませーん、さつまいもとかぼちゃのサラダとビビンパと唐揚げ追加で。あとビールも』俺の食べたい物はそういう名前だったのか。すごい、野白!よくわかったなあ。

「それでぇ、野白ぉの方が知り合い、いっぱいじゃん?誰か紹介してー」

「本気で言ってんの?」

 ちょっと声のトーンが落ちて、茶化してはいない心配と確認の聞かれ方をされた。

「だって、だってさ……ぅい、っう」

「あーあー、泣くなって。俺が怒られるじゃんか」

「うー、…っ」

 そこから糸が切れたみたいに泣いて、その顔晒すなっておしぼり渡されて、お店のなのに涙とかでぐちゃぐちゃにしていいのかなと思いつつ使わせてもらった。
 泣くのって体力をすごい使う。失恋だ。失ったんだよ、恋を。そりゃ泣くさ。思い切り泣いたらなんていうか、色々溜めていたものが出て行った気がする。
 好きな人には好きな人がいる。何て残酷なんだ。その好きな人の好きな人が俺だったらよかったのに。そうじゃなかったら、好きにならなかったらよかったのかな。
 いや違う。好きになってよかった。だって楽しくて嬉しくて、色々考えた時間は虹色みたいだったんだ。それがなかったとしたら、俺はどうやって過ごしていたんだろう。つまらない鈍色だったとしたら、何てつまらない日々だったことだろう。

「ぅいっ、うー、……喉、乾いた」

「はいよ」

『すいませーん、烏龍茶とビールくださいっ』って、俺烏龍茶よりジンジャーエールの方が好きなんだけど。でももうお腹いっぱいで炭酸飲めないや。すごいな、野白って俺のお腹具合までわかるわけ?さすが、よっ、イケメン!

「暑い……」

 涙が止まると、次は何だか顔も体も熱くて、俺はシャツのボタンを外した。締まっていた首が緩むと楽になる。寄り掛かっている壁の冷たさが気持ちいい。あー、壁。この壁をください。

「お前っ…こらっ!無防備にするんじゃない、ボタン留めろ」

「えー、いや」

「いやじゃねえの」

 やだよ。暑いもん。ぼやぼやしてよくわかんないし、もう瞬きすると瞼が持ち上がらない。あー、眠いなあ。
 自分でやらない俺に業を煮やした野白が、しょうがねえなって嫌がる俺に構わずボタンを留めてしまった。むむむ。野白めぇ。この世話焼きでマメな友人が大好きだ。もちろん友情ではあるが。

『あー、青山?うん、そう。失恋したって潰れてんぞ。迎えに来いよ―――』
「野白、すきー」

 半分寝かけていた俺は、野白がかけていた電話のことなんて気付くこともなかった。



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