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【第九話】家久の初陣
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「一大事にございます!大隅の要衝廻城が肝付兼続によって攻略されました」
その一報が入ったのは、永禄4年の5月であった。
大隅の肝付家と島津家は、兼続の室御南は島津貴久の実姉であり、姻戚関係にあったが、兼続の嫡男良兼は、日向の伊東義祐の娘を迎え、島津家に従属していた、北郷家・島津豊州家連合と抗争を繰り広げていた。
貴久は、北郷・島津豊州家連合の支持を明確にしていたため、肝付氏との抗争は避けられない状況になってきていた。
「兼続め、ついに、我等に手を出してきおったか。しかも廻城とは……」
島津貴久は、扇子で膝をピシャリと叩いた。
廻城は、大隅国府から、都城盆地に向かう街道を抑える要衝であり、島津家と北郷家の連絡を断つ意味で絶大な効果のある攻撃であった。
「兄上、それがしが行って、直ちに城を奪還して参りましょう」
島津忠将が、兄をなだめるように言った。
「おお、忠将が行ってくれるか。これはありがたい。義久も一緒に行かせる故、よろしく頼むぞ」
貴久は妙な胸騒ぎがしたが、義久を付ければ安心であろうと思いそのように指示した。
「はっ、かしこまりました。吉報をお待ちくだされ」
忠将はすぐに立ち上がると、出陣の準備に向かった。
貴久・忠将と義久は6月に入ると、直ちに廻城の包囲にかかった。
廻城は、四方を山に囲まれた、完全な山城で、城主は肝付兼名が守将として入っていた。
島津貴久・義久は本陣を城の東側にある大塚に定め、島津忠将は南側の馬立の布陣。大塚と馬立の間に位置する竹原山にも諸将が陣取った。
そんな中、城には肝付兼続・禰寝重長・伊地知重興が援軍として参陣した。
「父上、やはり肝付とは全面的な戦になってしまうのでしょうか」
義久は心配そうに父に尋ねた。
「我が姉上が兼続に嫁いでいるとはいえ、事ここに至ってしまった以上やむをえまい」
貴久は、日ごろから鍛えている太い腕を組みながら話した。
「義弘は忠親どのの元でうまくやっているでしょうか」
実は、義弘は伊東氏からの攻撃への対応のため、飫肥の島津忠親のもとに養嗣子として送りこまれていた。島津豊州家との関係はこれにより盤石なものとなっていた。
義久は、少し粗暴な面もある義弘が他家でうまくやれているかどうか気になったのである。
「かっかっか、あやつは大丈夫であろう。ああ見えてなかなかきめの細かい配慮のできる男よ。問題なかろう」
貴久の義弘に対する評価はかなり高いようであった。
義久はそのことが少し悔しかった。
「左様ですな。先の蒲生攻略戦で、義弘の名はかなり上がりましたからな」
義久は、悔しく思ったことをおくびにも出さずに言った。
「義久よ、以前にも申したが、其方には、三州の太守たる人間性がすでに備わっておる。確かに義弘はできた弟であるが、其方はそれらを使いこなす能力が備わっておる。自信を持て。其方には其方にしかできぬことがある。それが、島津本宗家を継ぐものの宿命ぞ」
どうやら父には気持ちを見透かされていたようであった。
義久は一瞬でも義弘に対するやっかみを持った自分を恥じた。
「父上、恐れ入りましてございます。この義久、身命を賭して島津を次の時代に繋げて参ります」
義久は改めて父に誓った。
「うむ、其方の気持ちはわしもよくわかる。わしも弟たちには恵まれておるからな。はっはっは」
父の叔父たちに対する絶大な信頼は、日ごろのやり取りを見ていてもよくわかった。
義久は、自分も同じようにできればよいのだ、と心に深く父の姿を刻み込んだ。
今回の戦では、貴久の四男、又七郎が元服し、家久となって初陣を飾っていた。
家久は、本陣から毎日のように狩りに出かけていた。
どうやら、狩りで新しい戦法を試しているらしい。
「兄上、一緒に狩りに参りませんか。おもしろいものをお見せしましょう」
家久は悪戯好きの少年のようにニコニコしながら義久を狩りに誘ってきた。
義久は家久と共に狩りに向かった。
どうやらもう段取りは整っているようであった。
「兄上、見ていてくだされ」
どうやら、猪を狙っているようだ。
数人の小者が、猪を挑発してこちら側に突進してくるように仕向けている。
しびれを切らした猪が小者たちに向かって突進してきた。
慌てて小者たちはこちら側に向かって逃げてくる。
そしてそれは一瞬であった。
猪が義久と家久の目の前まで突進してきたかと思うと、左右に伏せていた伏兵が見事に猪を仕留めたのである。
「どうです?兄上。これが『釣り野伏』でございます」
「おぬし、これを自ら考案したのか?」
「考案といったような大それたものではありませんよ。ただ、狩りで遊んでいるうちに試してみただけです。実際の戦でも応用がきくと思いますよ」
家久は照れ笑いしながら答えた。
やはり、おじじさまの評価は適切であったか。
義久は、家久の底知れぬ戦術の才に驚きを隠せなかった。
7月に入ると、しびれを切らした肝付方が、竹原山を攻撃してきた。
「馬立にいる忠将に、竹原山の救援に向かうように伝えよ」
貴久は伝令に急ぎ伝えた。
忠将はただちに竹原山に向かった。
「伏兵にございます!」
どこからか味方の声が聞こえる。
忠将はそちらの方角に向かって、馬を進めようとしたが、味方の兵に止められた。
「忠将さま、危のうございます!」
どうやら完全に伏兵に囲まれてしまったようであった。
「くっ、最早これまでか!」
「忠将さま。お討死!」
忠将討死の報を受けた貴久は、急いで息子たちを救援に向かわせた。
「我等も救援に向かうぞ。義久・家久行ってまいれ」
「はっ、かしこまりました」
「兄上、それがしは敵兵と交戦するのは初めてでございます。今更手足が震えてきましたよ」
そんなことを言っている割には、家久は百戦錬磨の武将のように落ち着き払った態度に見えた。
「家久、とても震えておるようにはみえぬぞ」
義久は弟を見つめた。
竹原山に着くとすでに戦闘は混乱を極めていた。
家久は、先頭に立って敵方に突っ込んでいった
「おい、家久!気をつけろよ!」
義久は慌てて弟を止めようとしたが間に合わなかった。
家久は懸命に太刀を振った。
太刀を振う度に、4.5人の兵卒がなぎ倒されていくのが見えた。
これが戦か。
家久の体中の全細胞が戦に対して集中しているのが自分でもわかった。
もはや、敵の動きはスローモーションにしか見えなかった。
敵の槍をかわし、太刀で薙ぎ払い、兵卒を蹴り飛ばしている。
矢が飛んでくるが、目の前で飛んでくる矢をかわし、また周囲の兵卒を太刀でなぎたおす。
そんなことを繰り返していると、敵将らしきいでたちの騎馬武者を発見した。
家久は自分の馬を寄せ、騎馬武者に襲い掛かった。
敵将の顔は死を悟った顔をしていた。
次の瞬間には敵将の首は飛んでいた。
義久・家久の救援部隊の活躍もあり、なんとか肝付方を破ることができた。
城に入っていた、肝付兼続・禰寝重長・伊地知重興は恒吉に撤退していった。
しかし、廻城の奪還までには至らず、島津貴久は兵を引いた。
貴久は、弟を失った悲しみを背負ったまま退却せざるをえなかったことが悔しくてならなかった。
廻城での島津方の敗戦を知った島津豊州家の島津忠親は伊東義祐との和睦を模索し始める。
飫肥城の支城である宮ノ城を引き渡すことで、伊東方と停戦を図ろうとしたが、伊東義祐は飫肥本城の明け渡しも要求し、島津忠親はその要求をのんだ。
「義弘どの、島津本家の貴久どのから、其方を帰国させるよう要求がきておる。其方はいかがいたす? 」
島津忠親は伊東との和睦で立場が悪くなったであろう義弘を気遣いながら問うた。
「忠親さま、それがしは島津豊州家をお守りするため忠親さまの養嗣子としてこの地に参りました。一度お守りすると約束した以上ここに留まらせていただきとうございます」
義弘はまっすぐに忠親の目を見つめて自分の覚悟を話した。
「義弘どの、そのお言葉誠にありがたく、感謝のしようもありません。しかし、このままでは我らは伊東と和睦せぬとなると島津からの救援もなく滅びてしまいます。心ならずも伊東と和睦するのはそれがしも不本意ではございますが、この状況になってしまっては致し方ありません」
忠親の目からは涙がが溢れて止まらなくなっていた。
「義弘どの、どうかお聞き分けください。一旦は敵の軍門に下るも、必ず最後には島津が勝つとそれがしは信じております。ここは、お身を大切にし、一旦島津にお帰りください。それがそれがしの心からの願いにございます」
忠親は最後には涙でかすれた声で義弘に懇願するように話した。
「……忠親さま、お気持ち、よくわかりました。今回はそれがし、一旦引かせていただきますが、必ずやこの飫肥の地を取り返してご覧にいれまする」
忠親は涙を流しながら深々と頭を下げた。
義弘は永禄5年春に鹿児島へ戻った。
その一報が入ったのは、永禄4年の5月であった。
大隅の肝付家と島津家は、兼続の室御南は島津貴久の実姉であり、姻戚関係にあったが、兼続の嫡男良兼は、日向の伊東義祐の娘を迎え、島津家に従属していた、北郷家・島津豊州家連合と抗争を繰り広げていた。
貴久は、北郷・島津豊州家連合の支持を明確にしていたため、肝付氏との抗争は避けられない状況になってきていた。
「兼続め、ついに、我等に手を出してきおったか。しかも廻城とは……」
島津貴久は、扇子で膝をピシャリと叩いた。
廻城は、大隅国府から、都城盆地に向かう街道を抑える要衝であり、島津家と北郷家の連絡を断つ意味で絶大な効果のある攻撃であった。
「兄上、それがしが行って、直ちに城を奪還して参りましょう」
島津忠将が、兄をなだめるように言った。
「おお、忠将が行ってくれるか。これはありがたい。義久も一緒に行かせる故、よろしく頼むぞ」
貴久は妙な胸騒ぎがしたが、義久を付ければ安心であろうと思いそのように指示した。
「はっ、かしこまりました。吉報をお待ちくだされ」
忠将はすぐに立ち上がると、出陣の準備に向かった。
貴久・忠将と義久は6月に入ると、直ちに廻城の包囲にかかった。
廻城は、四方を山に囲まれた、完全な山城で、城主は肝付兼名が守将として入っていた。
島津貴久・義久は本陣を城の東側にある大塚に定め、島津忠将は南側の馬立の布陣。大塚と馬立の間に位置する竹原山にも諸将が陣取った。
そんな中、城には肝付兼続・禰寝重長・伊地知重興が援軍として参陣した。
「父上、やはり肝付とは全面的な戦になってしまうのでしょうか」
義久は心配そうに父に尋ねた。
「我が姉上が兼続に嫁いでいるとはいえ、事ここに至ってしまった以上やむをえまい」
貴久は、日ごろから鍛えている太い腕を組みながら話した。
「義弘は忠親どのの元でうまくやっているでしょうか」
実は、義弘は伊東氏からの攻撃への対応のため、飫肥の島津忠親のもとに養嗣子として送りこまれていた。島津豊州家との関係はこれにより盤石なものとなっていた。
義久は、少し粗暴な面もある義弘が他家でうまくやれているかどうか気になったのである。
「かっかっか、あやつは大丈夫であろう。ああ見えてなかなかきめの細かい配慮のできる男よ。問題なかろう」
貴久の義弘に対する評価はかなり高いようであった。
義久はそのことが少し悔しかった。
「左様ですな。先の蒲生攻略戦で、義弘の名はかなり上がりましたからな」
義久は、悔しく思ったことをおくびにも出さずに言った。
「義久よ、以前にも申したが、其方には、三州の太守たる人間性がすでに備わっておる。確かに義弘はできた弟であるが、其方はそれらを使いこなす能力が備わっておる。自信を持て。其方には其方にしかできぬことがある。それが、島津本宗家を継ぐものの宿命ぞ」
どうやら父には気持ちを見透かされていたようであった。
義久は一瞬でも義弘に対するやっかみを持った自分を恥じた。
「父上、恐れ入りましてございます。この義久、身命を賭して島津を次の時代に繋げて参ります」
義久は改めて父に誓った。
「うむ、其方の気持ちはわしもよくわかる。わしも弟たちには恵まれておるからな。はっはっは」
父の叔父たちに対する絶大な信頼は、日ごろのやり取りを見ていてもよくわかった。
義久は、自分も同じようにできればよいのだ、と心に深く父の姿を刻み込んだ。
今回の戦では、貴久の四男、又七郎が元服し、家久となって初陣を飾っていた。
家久は、本陣から毎日のように狩りに出かけていた。
どうやら、狩りで新しい戦法を試しているらしい。
「兄上、一緒に狩りに参りませんか。おもしろいものをお見せしましょう」
家久は悪戯好きの少年のようにニコニコしながら義久を狩りに誘ってきた。
義久は家久と共に狩りに向かった。
どうやらもう段取りは整っているようであった。
「兄上、見ていてくだされ」
どうやら、猪を狙っているようだ。
数人の小者が、猪を挑発してこちら側に突進してくるように仕向けている。
しびれを切らした猪が小者たちに向かって突進してきた。
慌てて小者たちはこちら側に向かって逃げてくる。
そしてそれは一瞬であった。
猪が義久と家久の目の前まで突進してきたかと思うと、左右に伏せていた伏兵が見事に猪を仕留めたのである。
「どうです?兄上。これが『釣り野伏』でございます」
「おぬし、これを自ら考案したのか?」
「考案といったような大それたものではありませんよ。ただ、狩りで遊んでいるうちに試してみただけです。実際の戦でも応用がきくと思いますよ」
家久は照れ笑いしながら答えた。
やはり、おじじさまの評価は適切であったか。
義久は、家久の底知れぬ戦術の才に驚きを隠せなかった。
7月に入ると、しびれを切らした肝付方が、竹原山を攻撃してきた。
「馬立にいる忠将に、竹原山の救援に向かうように伝えよ」
貴久は伝令に急ぎ伝えた。
忠将はただちに竹原山に向かった。
「伏兵にございます!」
どこからか味方の声が聞こえる。
忠将はそちらの方角に向かって、馬を進めようとしたが、味方の兵に止められた。
「忠将さま、危のうございます!」
どうやら完全に伏兵に囲まれてしまったようであった。
「くっ、最早これまでか!」
「忠将さま。お討死!」
忠将討死の報を受けた貴久は、急いで息子たちを救援に向かわせた。
「我等も救援に向かうぞ。義久・家久行ってまいれ」
「はっ、かしこまりました」
「兄上、それがしは敵兵と交戦するのは初めてでございます。今更手足が震えてきましたよ」
そんなことを言っている割には、家久は百戦錬磨の武将のように落ち着き払った態度に見えた。
「家久、とても震えておるようにはみえぬぞ」
義久は弟を見つめた。
竹原山に着くとすでに戦闘は混乱を極めていた。
家久は、先頭に立って敵方に突っ込んでいった
「おい、家久!気をつけろよ!」
義久は慌てて弟を止めようとしたが間に合わなかった。
家久は懸命に太刀を振った。
太刀を振う度に、4.5人の兵卒がなぎ倒されていくのが見えた。
これが戦か。
家久の体中の全細胞が戦に対して集中しているのが自分でもわかった。
もはや、敵の動きはスローモーションにしか見えなかった。
敵の槍をかわし、太刀で薙ぎ払い、兵卒を蹴り飛ばしている。
矢が飛んでくるが、目の前で飛んでくる矢をかわし、また周囲の兵卒を太刀でなぎたおす。
そんなことを繰り返していると、敵将らしきいでたちの騎馬武者を発見した。
家久は自分の馬を寄せ、騎馬武者に襲い掛かった。
敵将の顔は死を悟った顔をしていた。
次の瞬間には敵将の首は飛んでいた。
義久・家久の救援部隊の活躍もあり、なんとか肝付方を破ることができた。
城に入っていた、肝付兼続・禰寝重長・伊地知重興は恒吉に撤退していった。
しかし、廻城の奪還までには至らず、島津貴久は兵を引いた。
貴久は、弟を失った悲しみを背負ったまま退却せざるをえなかったことが悔しくてならなかった。
廻城での島津方の敗戦を知った島津豊州家の島津忠親は伊東義祐との和睦を模索し始める。
飫肥城の支城である宮ノ城を引き渡すことで、伊東方と停戦を図ろうとしたが、伊東義祐は飫肥本城の明け渡しも要求し、島津忠親はその要求をのんだ。
「義弘どの、島津本家の貴久どのから、其方を帰国させるよう要求がきておる。其方はいかがいたす? 」
島津忠親は伊東との和睦で立場が悪くなったであろう義弘を気遣いながら問うた。
「忠親さま、それがしは島津豊州家をお守りするため忠親さまの養嗣子としてこの地に参りました。一度お守りすると約束した以上ここに留まらせていただきとうございます」
義弘はまっすぐに忠親の目を見つめて自分の覚悟を話した。
「義弘どの、そのお言葉誠にありがたく、感謝のしようもありません。しかし、このままでは我らは伊東と和睦せぬとなると島津からの救援もなく滅びてしまいます。心ならずも伊東と和睦するのはそれがしも不本意ではございますが、この状況になってしまっては致し方ありません」
忠親の目からは涙がが溢れて止まらなくなっていた。
「義弘どの、どうかお聞き分けください。一旦は敵の軍門に下るも、必ず最後には島津が勝つとそれがしは信じております。ここは、お身を大切にし、一旦島津にお帰りください。それがそれがしの心からの願いにございます」
忠親は最後には涙でかすれた声で義弘に懇願するように話した。
「……忠親さま、お気持ち、よくわかりました。今回はそれがし、一旦引かせていただきますが、必ずやこの飫肥の地を取り返してご覧にいれまする」
忠親は涙を流しながら深々と頭を下げた。
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