落第騎士の拾い物

深山恐竜

文字の大きさ
1 / 7

1話

しおりを挟む
*(セレガ視点)

 セレガ・ガラケレムを乗せた馬車は、牧歌的な田園を抜け、山を登っていく。
 山の上には危険なドラゴンが棲みついており、立ち入る者はいない。でこぼこした道を車輪が音を立てて通過すると、やがて立ち枯れた木があるだけの殺風景な場所に出た。
「坊ちゃん、本当に行くんですか?」
 ここまで黙っていた御者が眉をひそめる。その目線の先、山頂からはもくもくと黒煙が上がっている。
 セレガはそんな御者の怯えた言葉には応えず、窓の外を睨みつけていた。




「オメガでございます」
 ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。
 17歳のセレガは士官学校に通っていて、将来は騎士になることを夢見ていた。近頃、彼は学内でアルファたちからよからぬ目線を送られていることに気が付き、性別検査を受けた。その結果はセレガを絶望させた。

 アルファやオメガというのは第三の性別と言われ、生まれた時の男女とは別に思春期以降に発現する。優れた能力を持つアルファと、アルファを産むことができるオメガ。17歳まで、セレガはアルファでもオメガでもなくただのベータ——つまり生まれたままの性別である男——だと思っていた。自分が産む側であることに衝撃を受けた。
「そのうちに発情が始まります。そうなると体もつらいでしょうから、早めにお相手を探されるといいでしょうね」
 セレガは医者の言葉を理解できなかった。
 ——発情? 自分が?
 オメガは数か月に一度の頻度で発情するものだ、と説明されて、セレガは首を振った。

 セレガのガラケレム家にオメガはいない。いるのは曾祖父に始まる、屈強な戦士たちばかりだ。
 セレガは7人兄弟の末子として生まれ、勇猛果敢な兄たちの陰に隠れたような存在だった。
 暇さえあれば剣を振り回して魔物を討伐する兄たちと、ひ弱で士官学校の落ちこぼれであるセレガはよく比較されては嘲笑されてきた。それでもセレガは兄や父の背中に憧れて剣を握り続けていた。
 そんな中で、この検査結果は死刑宣告に等しい。 オメガは男の体を持って生まれても、その体は細くなっていくというのだ。

 報せを聞いたセレガの父はこう言った。
「オメガなら、士官学校はすぐに辞めて、嫁ぎ先を探さねばならぬな」
「そんな、父上、俺、騎士になるのが夢で、ここまで……」 
 父の言葉に珍しくセレガは反発したが、父は聞き入れなかった。
「いままで我が血筋にはオメガはいなかった。いいきっかけだ。我が家もそろそろ有力貴族と縁続きになる時が来たのだ」
 父はオメガの誕生を喜んだ。

 ガラケレム家は曾祖父が戦で手柄を立て、男爵に叙されたことに始まる。当初、爵位は曾祖父一代限りのものとされていたが、曾祖父が爵位を持つ貴族の娘と結婚したことでその息子である祖父が生まれながらの貴族となった。
 しかし五等爵の中で最も下位の男爵であることに変わりはなく、貴族と言えどそれは名ばかりのものである。生まれた男児を次々と有力諸侯に騎士として差し出し、なんとかそれらしい体面を保っているが、生活は苦しかった。
 そのため、父はずっと有力貴族と婚姻を結ぶ道をずっと模索していた。
 貴族にはオメガが少ない。それに対して、アルファを産めるオメガを欲するアルファの貴族は多い。父はこの機を逃すまいと、高名な画家を呼び、セレガの肖像画を描かせて配り歩くようになった。

 父の後押しもあり、セレガは今日、社交パーティーに参加する予定だった。着飾り、顔に笑みを貼り付けて、互いに値踏みして、結婚相手に相応しいか腹を探り合う予定だったのだ。
 

 着飾って鏡を覗き込んだとき、セレガはぞっとした。その姿はセレガが憧れた”騎士”ではない。
 セレガは平凡な茶色い髪と目をしていて、肌は日に焼け、士官学校で鍛えた体にはそれなりに筋肉があって、繊細なレースのついたオメガ用の衣装が似合わなかった。まるで案山子が盛装しているようだとセレガは思った。この鏡に映った姿を見て、セレガは決意した。

 セレガは父に見送られて屋敷を出て、いくつかの角を曲がったところで気心知れた御者にこう命じた。
「”ドラゴンの巣”に行け。俺は今日、ドラゴンを倒して竜騎士になる」
「ええ!?」
「いいから、行かないと、お前が屋敷の金をネコババしてることを父上に言いつけるぞ!」
「は、はひぃ……!」
 ドラゴンを討伐すれば、階級に関わらず国から竜騎士の称号が与えられる。竜騎士は国から年金が出る。それは落ちぶれたガラケレム家には十分な金だ。金さえあれば、父はセレガの結婚を強行しないはずだ。
 しかし、セレガに勝算などあるはずもない。セレガは死んでもいいと思っていた。騎士見習いのまま、名誉ある死がほしかった。



 馬の歩幅の速さで窓の外の景色が流れていく。山の中腹に来ると、傾斜が急になり、馬たちが歩くのを嫌がり始める。
 腕の悪い御者が馬を操り損ね、馬車はついに立ち往生した。
 山頂までまだ距離があるが、上から吹き下ろしてくる生暖かい風が、火を操るドラゴンの気配を伝えている。
「お前はここで待ってろ」
 セレガは縮こまっている御者にそう言い捨てると、剣を握って足を踏み出した。





 セレガは護符を丸めて飲み込んだ。それは火耐性を付与する護符である。この効果が切れるまでの時間が、セレガがドラゴンに相対することができる時間ともいえる。
 ドラゴンは侵入者に気が付いたらしく、巨大な頭をもたげてこちらに目を向けている。セレガはその巨体に切っ先を向けて、一呼吸のあとに突撃した。

 勝負は一瞬であった。
 セレガの見習い騎士用のちゃちな剣はドラゴンの鱗に傷一つつけることはできなかった。剣は乾いた音を立てて折れ、しばし宙を舞ったあと焼け焦げた大地に刺さった。

 セレガは膝をついた。
 ドラゴンはただじっとセレガを見下ろしている。ドラゴンの鼻息を受けて、セレガの体はじりじりと熱を持った。
 セレガは目を閉じた。

「だれ?」
 唐突に人の声がして、セレガは目を開けた。目線を走らせると、ドラゴンの尾の陰に立つ人がいた。
「……人間?」
 セレガは己の目を疑った。その人物は灼熱のドラゴンの巣の中で平然と立っている。装備らしいものは何もつけていない。その人物は、身長から推察するに、男だ。それ以外はなにもわからない。腰に布らしいものを巻いただけで、素肌は汚れている。髪はぼさぼさで泥と垢で固まり、このような場所でさえなければ浮浪者だと思っただろう。

「人間……久しぶりに見た」
 男はこう言った。セレガは男が人間の言葉を発したことが信じられなかった。
「お前、人間か?」
 セレガの絞りだした言葉に、男は首を傾げて応えた。
「……うん」
「なぜここに?」
「ここに住んでる」
 男の返答に、セレガは目を見開いた。
——住んでいるだと? ドラゴンの巣に?
 セレガの困惑をよそに、男はさらに続けた。
「見つけてくれてありがとう」
「……」
 男がこちらに近づいてくる。男は裸足だが、高温に熱せられた岩の上を軽々と歩く。
 そして、セレガの肩に手を置いて、こう頼んだ。
「私を連れてって」

 2人の人間を、ドラゴンはただじっと見つめていた。
 
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】偽装結婚の代償〜リュシアン視点〜

伽羅
BL
リュシアンは従姉妹であるヴァネッサにプロポーズをした。 だが、それはお互いに恋愛感情からくるものではなく、利害が一致しただけの関係だった。 リュシアンの真の狙いとは…。 「偽装結婚の代償〜他に好きな人がいるのに結婚した私達〜」のリュシアン視点です。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

野獣オメガが番うまで

猫宮乾
BL
 第一王子に婚約破棄された俺(ジャック)は、あるい日湖にいたところ、エドワードと出会う。エドワードは、『野獣オメガを見にきた』と話していて――?※異世界婚約破棄×オメガバースアンソロジーからの再録です。

オメガに説く幸福論

葉咲透織
BL
長寿ゆえに子孫問題を後回しにしていたエルフの国へ、オメガの国の第二王子・リッカは弟王子他数名を連れて行く。褐色のエルフである王弟・エドアールに惹かれつつも、彼との結婚を訳あってリッカは望めず……。 ダークエルフの王族×訳アリ平凡オメガ王子の嫁入りBL。 ※ブログにもアップしています

使用人の俺を坊ちゃんが構う理由

真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】  かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。  こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~

大波小波
BL
 神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。   富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。  遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。  ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。  玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。  だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。  描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。  そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。  しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。  この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。  玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

すべてはてのひらで踊る、きみと

おしゃべりマドレーヌ
BL
この国一番の美人の母のもとに産まれたリネーは、父親に言われた通り、婚約者アルベルトを誘惑して自分の思い通りに動かそうと画策する。すべては父の命令で、従わなければ生きていけないと思っていたのに、アルベルトと過ごすうちにリネーは自分の本当に望むことに気が付いてしまう。 「……実は、恥ずかしながら、一目惚れで。リネー……は覚えてないと思いますが、一度俺に声を掛けてくれたことがあるんです」 「え」 「随分と昔の事なので……王家の主催ダンスパーティーで一緒に踊らないかと声を掛けてくれて、それですっかり」 純朴で気高く、清々しい青年を前にして、リネーは自身の策略にアルベルトを巻き込んでしまうことに日に日に罪悪感を覚えるようになる。 けれど実はアルベルトにはある思惑がありーーーーー。

処理中です...