魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「神放縁稲光(かみがはなつえにしのいなびかり)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』2話「許嫁」

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「こいつ浄瑠璃じょうるり姫の連れ子じゃないか」

「国皇に見放されたダメ息子か……金品おいて屋敷へ戻りな」

「なっ、滄溟そうめい様になんて口の利き方をするッ、この地の支配者じゃぞ」

「衛士もいない屋敷で過ごすただの飾りだろう。支配者だ? 笑わせるな」

「こいつの服、高そうだぜ。いただいちまおう」

「なにをッ……これは元服の儀の大切な装束、お前らごときが触れてよいものではないッ」

「爺……よそう。多勢に無勢だ」

「しかしッ」

「おやおや、君主様は誇りまで失っておいでだ。野郎ども、このガキに元服は生意気だ。身ぐるみ剥いじまえッ」

「くッ」

 ――あなた達、そんな大勢で恥ずかしくないのっ

 一同が振り向くと、高価そうな純白の装束に身を包んだ少女が仁王立ちで立っていた。

 彼女は片手を腰に置き、もう片方の腕を悪漢達に向けて伸ばし、ビシィッと指さして声高に叫んだ。その拍子に青い宝玉の耳飾りがチリリと揺れる。

「そんなひ弱な子を大勢でイジめるなんて恥を知りなさいッ」

「ひ、ひ弱……」

「なんだとッ。姉ちゃん、アンタが相手してくれるのかい」

「フンッ、よくってよ。かかってきなさい」

「やっちまえっ」

 滄溟と爺は目を丸くして一部始終をただ呆然と見ていた。なんと少女は数人の悪漢をたった一人で成敗してしまったのだ。それも数秒の出来事。

 彼女はその華奢きゃしゃな身体から想像もつかないほど、軽々と男達を吹き飛ばしていった。

 いや、悪漢あっかんが彼女に飛びかかり触れようとした瞬間に、のだ。

 口をあんぐり開けている滄溟と爺に少女は話しかけた。

「キミ、平気?」

「うん……君こそ」

「私は大丈夫。あんなザコ共に負けるわけないわ」

「助けて頂いてありがとうございますじゃ……それにしてもあの光は」

「えっ、あぁ……気操術のこと?」

「きそーじゅつ?」

「生きとし生けるもののこんはくという器に入っているの。その魂は全部で四つあってそれぞれが機能して一つの霊を構成しているわ。つまり霊魂ね。これは一霊四魂いちれいしこんとも呼ばれているわ」

「一霊四魂……」

「この四魂を繋いでいるのが気の力。この気を自在に操って動かすのよ。さっきは全身に気を巡らせて防御壁としたわ。私は修行しているから、四魂の均衡きんこうを崩さずに気を操れたってわけ」

「修行……君は一体?」

「ただの花嫁修業よ……健全な魂は健全な魄に宿る。男女の別なくただ精進しょうじんするのみ。青江あおえ家は代々この家訓を胸に生きているわ。男子も女子も結婚するまで修行するの。相手に相応ふさわしくなれるようにね」

「青江ってまさか……キミが野分のわけ?」

「なんで私の名前を……えっ……キミ、もしかして」

「コホン。何を隠そう、こちらは日ノ本を治める邪馬徒やまと朝廷国皇が第五皇子、鳩州きゅうしゅうを治めるそ……」

「……滄溟なのッ?」

 滄溟と爺が最後に見たのはワナワナと震える野分姫の姿だった――。 

 ○

「市中見物?」

 再び屋敷に戻った滄溟と爺は納得いかない様子の姫とお付きの者とともに宴席を囲んでいた。

 元服の儀もとどこおりなく取り結び、晴れて一人前の成人になった訳だが、続く婚姻こんいんの儀に移る際に、野分姫が駄々をこねて儀式を中断したのだ。

 彼女は丸に青の字の耳飾りを揺らしてツーンと横を向いた。

「冗談じゃないわ。どんな素敵な殿方と結ばれるのかしら……と、大宰府だざいふの街を見て回っていたら、あろうことか助け出したひ弱な子が許嫁いいなずけだったなんて……」

「……」

「姫さまっ、お口を慎んでください。目の前に滄溟様がおられるのですよ」

「冗談じゃないわよ。あんなザコ共に尻尾巻いて逃げようとする弱虫が許嫁だなんて……青江の家名も地の果てまで落ちたわね」

「コホン……野分殿……滄溟様はこの鳩州の主、そのような物言いは……」

「爺、いいよ。戦えなかったのは事実だし……」

「それよっ! オドオドとした態度、男らしくないわっ」

「……ごめん」

「謝らないでっ……なによッ、希望を胸にここまで来た私がバカみたいじゃない。今までの修行は何だったの……」

「姫さま……」

「……」

「……」

「結婚はなしっ、お父様には私の方から言っておくわ」

「なんですとッ」

「姫さまっ、ワガママはおやめ下さい。ご結婚はご当人だけのものではなく家名に関わります。青江の未来は姫様に懸っているのですよ」

「誰が何と言おうとイヤ。自分の未来は自分で決めるわ。それで家が断絶するのなら、その程度の家だって話よ」

「姫さまッ」

 ――パシィン

 乾いた音が室内に響く。それはお付きの者が野分姫の頬を強く打った音だった。沈黙に包まれしばらくしてから野分姫が驚いた表情で彼女を見た。

「あ、あなた……私に向かって何を……」

「私の首などいくらでもさしあげます。後生ですから冷静になってください。これは姫さまだけの問題でも青江家の問題だけでもありません。お相手は邪馬徒朝廷の国皇様のご子息。破談になれば青江家のみならず関連する家々、取引のある店、各々に関わる多くの人々、姫様の判断で一体何千何万の人生が左右されるとお思いですかっ」

「……」

「多くの人々の命が双肩そうけんにかかる……それは私のような下々の者には想像もできないほど重責じゅうせきであることは百も承知です。しかし、姫様は全て納得の上お話を受け入れ、大宰府に来たのではありませんか」

「……」

「……私から申し上げたいことは以上です。姫様に対する無礼、この首を切ってお詫び致します」

「やめてっ」

 今にも首を切ろうとした彼女の腕を握り制止したのは……滄溟だった。右手で掴んだ刃に力を込めて短刀を奪う。

「あなたが責任を取る必要はないよ。僕から父上に話す」

「若さまっ」

「……いいんだ爺。息子の初めての反抗だ。血が繋がらないとはいえ……父上もきっと最初で最後のワガママを聞いてくれるはずだよ」

「滄溟……」

「だから野分姫、君は帰って大丈夫……破談は僕の責任にしてくれて……いい」

「むっ、若様……お薬は飲まれましたか」

「ハァ……ハァ……そういえば……彼女を探していて飲み損ねた……」

「いかんっ、誰か滄溟様の薬をっ、長庵ちょうあんはどこじゃ、長庵を呼べっ」

「うっくぅぅ……胸が……苦しい……」

「滄溟、あなた病気なの……?」

「はぁはぁ……」

「長庵、長庵ッッ」

 ――コトン

 滄溟がうっすらとまぶたを開くと自分の寝室だった。心配そうに彼を見下ろす爺。そして細身で長身の医師――鳩州一の名医である長庵が、調合した薬を飲ませ彼の寝るかたわらに白湯さゆの入った急須きゅうすを置いた。

「若様、薬は忘れずに毎日飲んで下さいと言っておいたでしょう」

「……長庵。来てくれたのか」
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