魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「神放縁稲光(かみがはなつえにしのいなびかり)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』10輪「ヨイチの銃」

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 ヨイチはそうつぶやくと扉のあいた部屋に入り、グルグルと布で巻かれた長細い物を手に取り中身を確認しようとする……が、サロクに「急いでっ」と言われたので確認せずに、そのまま担ぐと階段を駆け上がった。

 甲板にも人影はなかった。彼らは雨が降りしきる陸地を走り、海賊が行きそうな盛り場を探す。

 すると女の嬌声きょうせい下卑げびた男の笑い声がする、薄紅の明かりが灯った酒場を見つけたので、慎重に壁際まで行くと窓から様子を伺った。

 そこには海賊と宣教師が宴席を設けていて、扇を持った美しい女性が三味線の音に合わせて、ヒラヒラと薄衣をなびかせてあでやかに踊っているのが見えた。

「ワォ、アメイジングダンスッ」

「なんとまぁ、美しいねえちゃんだ。名はなんと言う?」

「アタシはは婀國あくにという巫女みこでございます。射頭茂いずも名物の傾姫かぶき踊りはいかがでしたか」

「まるで夢の中にいるようだ。しかし、姐ちゃん……巫女さんがこんな盛り場で踊っていいのかい?」

「はい。このような踊りは神を冒涜ぼうとくしていると、大社おおやしろの神主様から追い出されてしまいました。神主様だって般若湯はんにゃとうをよくお飲みになるのに……私だけ酷いですわ」

「般若湯っ!……酒か。とんだ神官だなぁ、アハハ」

「お兄さん方はどちらからいらしたんですか」

「俺たちぁ鳩州きゅうしゅうさ。長嵜ながさきの岩次一家と言ったら、ちったぁ名の知れてる商人だぜ」

「アラっ素敵ですわ。射頭茂にはお仕事で?」

「あぁ、でも大嵐で停泊中さ。明日には野暮用を済ませに美蝉びぜんに向かうが、こちらの旦那は狂都きょうとに向かうんだ」

「オホホ、ビジネスネ、ビッグマネーヨ」

「まぁ! 狂都っ……都に憧れていたんです。連れて行って欲しいですわ」

「ウェルカムウェルカム。オーケーヨ」

「嬉しいっ」

「それじゃあ、景気付けに酒だ。おっと般若湯だな、ガハハ」

「うふふ……さぁ、もう一杯どうぞ」

「おっと、ありがてぇ」

 婀國という巫女は岩次や異人に酒を注いで周る。

 ヨイチとサロクは壁にピタリと張り付き様子を伺いながらクミ達の姿を探した。すると、楽しそうに宴席をする岩次達の隣の真っ暗な部屋に、猿轡さるぐつわをして縄で自由を奪われたクミ達の姿を見つけた。

 二人は静かに忍び寄ると窓越しに声をかける。

「クミ……クミ……」

「ヨイチ……サロク……」

「奴らは隣で飲み明かしてる。逃げるんなら今だっ」

「ダメ……体に力が入らないの」

「アヒンって粉のせいだな、くそッ」

「私は無理……この子達を連れて……逃げて」

「なに言ってんだっ。置いてくワケないだろッ」

「でも……足手まといになる」

「くッ」

 感情的に壁を叩くヨイチをサロクが静止する。悔しいのはサロクも一緒だったが、たとえアヒンの効力で体の自由が効かないクミを助け出せたとしても、幼い貢や紺までを連れて逃げ切る自信はなかった。

「お兄さま方、その鉛の筒はなんですの」

「こいつぁ……拳銃ルドラって異国製の武器よ」

「ルドラ?」

「ああ、鉛の弾が弓矢よりも早く飛び出るんだ。見てみっかい」

「ええ……ぜひっ」

 岩次は酒に頬を赤らめて窓際に千鳥足ちどりあしで近付くと、ルドラを両手で握り標準を合わせた。するとバァンと爆発音と同時に、木に止まり雨を避けていた小鳥がボタッと地面に落ちた。岩次は下卑た様子で舌舐めずりをする。

「小鳥が……」

「へへッ……もっと離れた場所のモンも撃ち抜けるんだぜ」

「すごい……例えば、あの船までも届くのですか」

 婀國はそう言うと海賊船を指さした。

「ああん? ウチの船か、当たり前よ。ちょろいもんだぜ」

「船に付けた扇を射抜くことは可能ですか」

「扇だと……んん、どうかな」

「ワタシ出来マース。岩次サン下手ッピネ」

「なんだとぅ、旦那ァ、それは聞き捨てならねぇ」

「ウフフ、どちらがお上手なんですか?」

「俺だっ」

「ワタシヨッ」

「それでは、扇を打ち抜いた方と今宵は過ごしますわ……子分さん」

 そう言うと婀國は言い争う岩治と宣教師を尻目に、持っていた扇を子分に渡し、船の帆先に付けるように指示した。

「よし……じゃあ、俺っちが先に行かせてもらうぜ」

「ドーゾドーゾ」

 子分が帆先に扇をとめたのを確認して岩次はルドラを握り照準を合わせた。しかし、酒が回っているのかバァンという爆発音だけで扇を撃ちぬくことはなかい。

「チッ……さすがに遠すぎるぜ」

「オホホ、次ハワタシノ番ネ」

 宣教師もフラフラと窓際に近付きルドラを構える。結果は岩次と同様で扇はピクリとも動かなかった。

「ウムゥ……暗イカラ当タラナイヨ」

「お二人とも無理でしたか。なんだかきょうも覚めてしまいましたわ」

「ぐぐっ」

「ムムゥ」

 婀國は大げさに両手を上げるとヤレヤレと残念そうに首を振った。悔しさに震える岩次と宣教師。

 彼らは「もう一度っ」と口々に願ったが婀國は「男の勝負は一回きりですわ」と退屈そうに帰り支度を始めた。

 その時、バァンと勢いよく襖を開けたのは……ヨイチだった。

「ちょっと待ったぁッ」

「お前はっ」

「逃ゲ出シタノ、小猿ッ」

「その勝負にオレも混ぜてくれっ」

「アラ……坊やも私が欲しいの?」

「いいや、オレがあの扇を撃ち抜くことができたらクミ達を返してくれっ」

「このクソガキ、そんな事は許さねぇぞ」

「ワタシタチニ、何ノ得モナイネ」

「……じゃあ、この刀を賭けるって言ったら?」

 ヨイチはニヤリと不敵に微笑むと、布にくるまれた刀を岩次と宣教師の鼻先に突き出した。彼らは「それは俺の……」「ライジ……」と明らかに動揺して声を荒げたが、ニヤリと互いに視線を交わすとヨイチを意地悪そうに睨んで快諾した。

「よし、わかった。お前が撃ち抜いたら小娘達は返してやる……が条件付きだ。その『雷神らいじん』を使え」

「雷神?」

「ソレハ刀ジャナイ……雷神ハ、風神ルドラヲモトニ改良シタ日ノ本製ノ銃ヨ」

「えっ……」

 二人の声に驚いてヨイチが布をめくると、確かに中身は刀でなく、以前入鹿が紺を打ち抜こうとした突撃銃であった。しかし、それよりも見るからに重厚で明らかにルドラを上回る上質な材質、そして何より怪しい霊気を纏っていた。

「雷神……俺の先祖の名を冠した武器か……よしッ」

 ヨイチは力強く頷くと雷神を構えて船上の扇に照準を合わせた。弓矢なら得意であるが銃を構えるのは初めてだ。けれど、ヨイチには根拠こそないが確かな自信があった。
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