魂魄シリーズ

常葉寿

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第二章「天河聖星屑(あまのがわひじりほしくず)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』14話「脱出」

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「三……輪……」

「皆神さん、起きて……なにか様子がおかしいんだ」

「滄……溟か」

 頭を揺さぶると次第に視界が鮮明になり、心配そうに見つめる滄溟と野分が目の前にいるのがわかった。

「ここは……牢屋、いやおりか」

 皆神が周囲を見回すと三人は柵のようなものに取り囲まれていた。少し動いただけでキイキイと頭上が軋むので、どうやら真っ暗な空間に浮かんでいるようだった。

「周りは暗くてよくわからないけど動いてる」

「形状からして大きな鳥籠とりかごのようね」

 三人は自分達が囚われた檻を調べ始めた。手枷てかせ足枷あしかせで自由を奪われていないのは救いだ。

 次第に暗がりに慣れた彼らが周囲を調べると、おりはたしかに大きな鳥籠のようで、鉄の柵は随所ずいしょで錆びついていた。籠は宙にぶら下げられており、彼らが動くたびに反動で大きく揺れる。

 下の様子が分からない以上、この揺れは三人の恐怖をあおるには充分だった。

「大人しくしていた方がいいかもね」

「そうは言ってらんねぇ……んッ」

「橘姫っ」

 三人が目を凝らすと暗闇の向こうに橘が立っている姿がボンヤリと浮かんだ。彼女がいる場所は鳥籠でなく地面で、その背後には地上に繋がるであろう階段が伸びている。

「橘姫、助けてっ」

「さっき助けてやっただろうッ」

「申し訳ありません。兄の言い付けなのです」

 橘姫は申し訳なさそうに鳥籠にいる三人を見つめた。入鹿は野分と皆神を処刑するつもりだが、橘と婚約すれば二人の命は助ける意思があると涙ながらに説明する。

「滄溟様に死んで欲しくないのです」

「恩を仇で返しやがってッッ」

 皆神の剣幕に恐怖した橘姫は持っていた人形を床に落としまい「明朝、刀砥かたなとぎの儀が不死川で執り行われます。それまでにお返事をお聞かせ下さい……」と悲しそうに呟き階段を上って行った。

「今のは……入鹿の妹か」

「だっ、誰だッ」

 橘が居なくなると暗闇の中から得体の知れない声が響いた。その声は自分達の斜め横から聞こえてくる。どうやら鳥籠の閉じ込められた誰かが話しかけてきたようだ。

 滄溟は不信感を覚えたが何者かと話し始めた。

「あなたは……」

「私は光阿弥こうあみ。勲火陛下の怒りを食らい長い間ここに居る」

「光阿弥……聞いたことあるぞ。刀砥ぎの名人じゃないか」

「皆神、知ってるの?」

「彼の砥いだ刀は名刀と言われ高値で取引されている。死んだという噂だったが生きてたのか」

「お若いの、先ほどの娘は白鹿しろじかの血で育った入鹿、あやつの妹ではないか」

「そうだよ……え、白鹿?」

「うむ。国家転覆のため、呪いと同時に生を受けた悪の化身、神の使いである白鹿を生きたままほふり、その血で産湯うぶゆかり育った赤子が……入鹿じゃ」

「そんな……入鹿が悪の化身だなんて」

「彼は死國の出身だったのね」

「お主は滄溟……第五皇子か。入鹿の妹などめとったら、朝廷……いや日ノ本の終わりじゃぞ」

「そんなことぁ分かってるぜ。ここを出たら入鹿の首を頂く」

「それは不可能じゃ。白鹿の血を浴びた入鹿に並みの攻撃は効かぬ」

「じゃあ、どうしたら……」

「黒……に生娘きむすめの……いや、考えがある。先ずはこの鳥籠から逃げるのが先じゃ」

「こんなところから一刻も早く逃げなきゃ」

「でも……青龍刀も奪われたし、どうしようもねぇ」

「フフン、頭は柔軟に使わないとね」

 そう言うと野分は自分の衣服を破き、紐状に結んでから気を集中させて、斜め上にいる光阿弥の鳥籠に向かって投げた。

「それをどこかに結んで」と言うと、様子を見ていた皆神も合点が行ったのか、紐状に破いた衣服を橘の消えた階段に向かって投げる。

「チッ……向こうに誰かいないと引っ掛けられねぇぜ」

「あそこに橘姫が落とした傀儡くぐつ人形があるわ。あれに結びつければ……」

「全員一緒に動いて鳥籠を揺らそう。せぇの……」

 三人が鳥籠の中で同時に動くと、彼らの体重が左右にかたより振り子のように大きく揺れ、人形の落ちた階段に徐々に近付いていく。

「滄溟、俺達で同時に気操術を使うんだ。俺がこの紐を投げたらお前は紐と人形を繋いでくれ」

「そんなの無理だよッ、やったことないし……」

「滄溟ならきっとできるわ。教えたことの応用よ、意識を集中させて研ぎ澄ませるの」

「わかった……やってみるッ」

 滄溟が頷くと、三人は同時に「せぇのっ」と端に動いて鳥籠を大きく揺らした。

 その揺れが最高潮に達し、最も人形に接近したのを見計らい、皆神の「今だっ」という合図に合わせて、気を一点に集中させる。

 滄溟の魂魄こんぱくを繋ぐ気の流れは、蜜柑を動かした時のように具現化して人形に向かって伸びる。

 しかし、その気はあと少しで人形に触れるという直前に、緊張の糸がプツリと切れたように消滅した。

「くッ……ダメだ」

「諦めないでっ、あと少しだったじゃない」

「うん……もう一度」

 滄溟は再び鳥籠が人形のところに近付くのを見計らって気を放つ。

 先ほどの気よりも長く持続したが、皆神の放った紐と空中でぶつかると消滅してしまった。

「やっぱり僕には無理だ……」

「滄溟……」

「馬鹿野郎ッ、すぐ諦めんじゃねぇ。その女と結婚するんだろう。そんなんでソイツを守りきれんのかよっ」

「で、でも……」

「誰でも出来ないところがスタートなんだっ、いちいち諦めてたら一生何も手に入らねぇぞ」

「……」

 滄溟は茫然ぼうぜんとした。

 考えてみれば誰かに怒鳴られることなんて今まで一度もなかった。

 鳩州の屋敷では何をしても怒られず……相手にさえされていなかった。

 最初から諦めた人生。自ら希望の光を消していた。そうする方が楽だし正しいと思っていた。

 ――連れ子だから? 病弱だから? 親が決めた人生だから?

 いつでも理由を探しては希望を捨てることがくせになっていた。心配そうに自分を見つめる野分を見返す。

 彼女は「自ら道を拓き、荒れ野を分けて進め」と名前に刻まれた思いを胸に、いつも真っすぐに前を見つめている。

 その彼女が不安そうな表情をしている。それは……。

 ――僕の……せい?

 彼女は言っていた。愛する鳩州を軟弱な考えの滄溟には任せられないと。その根性は自分が叩き直すと。

 滄溟は変わりたいと思う。変わらなくてはならないと思う。

 こんな自分という「船」に人生を預けてくれた野分を裏切ることは出来ない……だから。

 ――どんな、嵐にも立ち向かってやる

 滄溟はキッと皆神を見ると「頼む、もう一度だ」と叫んだ。皆神はニヤリと不敵に微笑み「鳥籠はかなり老朽化してる……これが最後だと思えっ」と叫んだ。

 三人は体重を一方向に重ねて鳥籠を振り子のように天井まで持ち上げると、逆方向に勢いよく移動し体重をかけ加速をつける。

「行けぇぇぇッッ」

 三人は声を合わせて人形めがけて振り子を揺らす。鳥籠が最も近くに揺れた瞬間、皆神が気を集中させた紐を飛ばした。

 滄溟は目を閉じて意識を研ぎ澄まし、全身の力を抜いて魂魄に張り巡らされた気を一点に集中させる。

「僕のは人生ふねは僕が進めるんだァァッッ」
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