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第二章「天河聖星屑(あまのがわひじりほしくず)」
【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』13話「死國城」
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「話してる余裕はないみたいだぜ……なんだ、あの兵士どもは」
緊迫した表情を浮かべた皆神が見遣った先には、対岸で兵士たちが弓を向ける姿があった。
「姫さまから離れろッ……ん、その姿は滄溟さま?」
「お前たちはっ」
それは入鹿の家臣だった。彼らは橘姫と主君の無事を確認すると筏を運んで迎えに来た。対岸に辿り着いた四人は馬車に乗り込むと勲火の住む死國城へと向かう。
「伝説の刀匠を探しに?」
「はい、研ぎ直して欲しい刀があるとか。今は勲火陛下のお城でお世話になっております」
橘は言葉を選びながら話した。これ以上兄を失望させたくなかったのだ。
「それにしても小心者の勲火らしい城の作りだぜ……」
しばらくして死國城の外壁が見えてくる。獄のように高い城壁は堅牢で馬車が中に入ると、不気味な音を立てて重たい扉が閉まった。
彼らは迷路のような城内を歩き回ったあとに迎賓の間に通され、着替えのために退室した橘を見送り上質な椅子に腰かけた。
「皆神、その赤い糸は?」
「橘姫の衣服の綻びだ。これを追って不気味な城の中を探ろうと思ってな」
皆神は赤い糸を持って不敵に微笑んだ。
「やめた方がいいわ」
「皆神の言う通りだ。調べてみよう」
「滄溟のお兄さんでしょ。信じなさいよ」
「血が繋がってる訳じゃない……調べてみても良いと思う」
「危険よっ」
「野分はここで待ってて。誰かが来たら用を足しに行ったとでも言っておいてよ」
「もう……バカっ」
頬を膨らませた野分を部屋において滄溟は皆神の持つ赤い糸を手繰っていった。
「この糸、途中で切れないかな」
「オレの気操術を何重にも巻いてある。そんな簡単に切れねぇさ」
「皆神も気操術使えるんだね。僕も勉強中なんだ」
「あん?勉強中だ?……アイツと結婚するんだろ。気操術くらい会得しねぇと女一人守れねぇぞ」
「うん……そうだね。ん」
「どうした」
滄溟は皆神の衣服からも白い糸が綻んでいるのを見つけた。彼と同様に誰かが白い糸を目印に彼を追っているのか。
そう思ったが突然、立ち止まった彼の背中に勢いよく鼻をぶつけてしまう。
「途中で止まらないでよぉ」
「こ、こいつぁ……何なんだ」
一つの暗い部屋があった。その部屋にはひときわ淀んだ空気が漂っていて、ただならぬ冷気が二人を包んだ。
あまりの心地悪さに全身に鳥肌が立ち、思考より先に体中が拒絶を示す。
「い、行ってみる?」
「あぁ……」
――ギィィ
錆びた音がし鋼鉄製の扉が開く。なかは暗いが目を凝らすと階段が地下へ降りていくのが見えた。二人は顔を見合わせて一歩ずつ下へと降りて行く。
「こ、これは……」
二人が見た先には異国製のものだろうか、言葉に形容することも憚れるような、残忍なつくりの拷問器具が、小さな部屋に所狭しと並んでいた。
多くの刃物や鉄製の道具が壁に掛けられており、異国製の斬首台すらあった。
「なんだ……この部屋」
「この赤い染みは……血?」
部屋中の器具には至るところに赤い染みが付いており、思わず背筋が冷たくなる。
滄溟の触れた鉄製の容器は大人一人が収納でき、中には鉄の刃が無数に刺さっていた。
「お前の兄さん、いい趣味してるぜ」
「……シッ、誰か来る」
二人は物音を聞くと身を隠せるような場所を探した。この醜悪な部屋には幸か不幸か、そのような場所が多くあり、皆神の大きな体でさえ隠せる物影が無数に存在した。
「……入鹿よ、それは本当か」
「はい。第四皇子である勲火様を、滄溟様は予てより邪魔にお思いです。お気をつけ下さいませ」
「ムゥ……血が繋がらぬにもかかわらず、弟だから助けてやろうしたものをッ」
「一刻も早く手を打たれた方が宜しいかと」
「そうだな。私は別件があるから後はお前に任せる。ここにある器具は鴎州の宣教師が手土産にと置いていった物だ。自由に使ってよいぞ」
「感謝致します」
しばらく入鹿は恭しく傅いていたが、勲火の姿が見えなくなると床に唾を吐き、意地悪そうな表情でニタリと微笑んだ。
「滄溟といい勲火といい、この国の皇子達は扱いやすい……」
「入鹿ッ、話を聞いたぞ! 何を企んでいる」
「そ、滄溟ッ……さま」
「おっと宰相の旦那、逃げ場はないぜ」
「入れ墨の鹿半獣……ま、まさかお前は、皆神かッ」
「あん? 知っていたのか。光栄だぜ」
「入鹿……お前は私が母上と共に鳩州に来た頃から政を手伝ってくれたのに、どうして……」
「滄溟様、誤解ですッ。私は……」
「うる……さい」
「騙されちゃダメだ。さっきコイツが勲火に言ったことを忘れたのか」
「……」
「おい、滄溟?」
皆神が返事のない滄溟を見ると彼は床に突っ伏して倒れた。
周囲を見回すと入鹿の兵士達に取り囲まれている。焦った皆神は瞬時に青龍刀を構えたが時すでに遅く、首筋にプスッと嫌な感触を覚えて手で押さえた。
それは滄溟が受けた物と同様に、眠り薬の仕込まれた吹き矢だった。
「君主様は海賊にそそのかされて御乱心だ。その娘と一緒に牢にぶち込んで置け」
「ハッ」
「入……鹿ッ」
不敵な笑みを浮かべた入鹿の足元で皆神が最後に見たのは、兵士に担がれた野分の姿だった――。
○
――みなかみ……みなかみ
――俺の名を呼ぶのは誰だ……
皆神は白い靄の中にいた。
首に手をやると吹き矢の針はなく、鍛え抜かれた自分の首でもない、何とも頼りない華奢な首があった。顔に手をやり四肢を見ると同じように線が細い。これではまるで少年だ。
皆神は少年に戻っている自分に気が付く。ふと前方を見ると見知った顔がそこにあった。彼女もまた懐かしい少女の姿だった。
「三輪……」
あどけない表情をした幼い幼馴染。これは夢か、それとも過去にでも戻ったのか。
――覚えてる?
幼い三輪が天空を指さした。そこには満天の星屑が大きな河の流れのように瞬いていて、その餘の美しさに思わず声を詰まらせる。そうだ、この河は……。
――皆神ならどうする?
三輪が尋ねる。
皆神は「絶対に三輪を取り返す。どんな事になったって惚れた女を追い求めてやる」と力強い眼差しで彼女の瞳を見つめる。一緒に生きて死ぬ時も一緒。それが幼馴染であった二人が幼い頃から決めていた合言葉だった――。
――私には天衣はないけれど苧環がある
――離ればなれになった時は手繰り寄せて
最後にそう言い残して三輪の姿が離れていく。皆神は駆け出して彼女を追うが、その姿は小さくなり遂には見えなくなってしまった。
緊迫した表情を浮かべた皆神が見遣った先には、対岸で兵士たちが弓を向ける姿があった。
「姫さまから離れろッ……ん、その姿は滄溟さま?」
「お前たちはっ」
それは入鹿の家臣だった。彼らは橘姫と主君の無事を確認すると筏を運んで迎えに来た。対岸に辿り着いた四人は馬車に乗り込むと勲火の住む死國城へと向かう。
「伝説の刀匠を探しに?」
「はい、研ぎ直して欲しい刀があるとか。今は勲火陛下のお城でお世話になっております」
橘は言葉を選びながら話した。これ以上兄を失望させたくなかったのだ。
「それにしても小心者の勲火らしい城の作りだぜ……」
しばらくして死國城の外壁が見えてくる。獄のように高い城壁は堅牢で馬車が中に入ると、不気味な音を立てて重たい扉が閉まった。
彼らは迷路のような城内を歩き回ったあとに迎賓の間に通され、着替えのために退室した橘を見送り上質な椅子に腰かけた。
「皆神、その赤い糸は?」
「橘姫の衣服の綻びだ。これを追って不気味な城の中を探ろうと思ってな」
皆神は赤い糸を持って不敵に微笑んだ。
「やめた方がいいわ」
「皆神の言う通りだ。調べてみよう」
「滄溟のお兄さんでしょ。信じなさいよ」
「血が繋がってる訳じゃない……調べてみても良いと思う」
「危険よっ」
「野分はここで待ってて。誰かが来たら用を足しに行ったとでも言っておいてよ」
「もう……バカっ」
頬を膨らませた野分を部屋において滄溟は皆神の持つ赤い糸を手繰っていった。
「この糸、途中で切れないかな」
「オレの気操術を何重にも巻いてある。そんな簡単に切れねぇさ」
「皆神も気操術使えるんだね。僕も勉強中なんだ」
「あん?勉強中だ?……アイツと結婚するんだろ。気操術くらい会得しねぇと女一人守れねぇぞ」
「うん……そうだね。ん」
「どうした」
滄溟は皆神の衣服からも白い糸が綻んでいるのを見つけた。彼と同様に誰かが白い糸を目印に彼を追っているのか。
そう思ったが突然、立ち止まった彼の背中に勢いよく鼻をぶつけてしまう。
「途中で止まらないでよぉ」
「こ、こいつぁ……何なんだ」
一つの暗い部屋があった。その部屋にはひときわ淀んだ空気が漂っていて、ただならぬ冷気が二人を包んだ。
あまりの心地悪さに全身に鳥肌が立ち、思考より先に体中が拒絶を示す。
「い、行ってみる?」
「あぁ……」
――ギィィ
錆びた音がし鋼鉄製の扉が開く。なかは暗いが目を凝らすと階段が地下へ降りていくのが見えた。二人は顔を見合わせて一歩ずつ下へと降りて行く。
「こ、これは……」
二人が見た先には異国製のものだろうか、言葉に形容することも憚れるような、残忍なつくりの拷問器具が、小さな部屋に所狭しと並んでいた。
多くの刃物や鉄製の道具が壁に掛けられており、異国製の斬首台すらあった。
「なんだ……この部屋」
「この赤い染みは……血?」
部屋中の器具には至るところに赤い染みが付いており、思わず背筋が冷たくなる。
滄溟の触れた鉄製の容器は大人一人が収納でき、中には鉄の刃が無数に刺さっていた。
「お前の兄さん、いい趣味してるぜ」
「……シッ、誰か来る」
二人は物音を聞くと身を隠せるような場所を探した。この醜悪な部屋には幸か不幸か、そのような場所が多くあり、皆神の大きな体でさえ隠せる物影が無数に存在した。
「……入鹿よ、それは本当か」
「はい。第四皇子である勲火様を、滄溟様は予てより邪魔にお思いです。お気をつけ下さいませ」
「ムゥ……血が繋がらぬにもかかわらず、弟だから助けてやろうしたものをッ」
「一刻も早く手を打たれた方が宜しいかと」
「そうだな。私は別件があるから後はお前に任せる。ここにある器具は鴎州の宣教師が手土産にと置いていった物だ。自由に使ってよいぞ」
「感謝致します」
しばらく入鹿は恭しく傅いていたが、勲火の姿が見えなくなると床に唾を吐き、意地悪そうな表情でニタリと微笑んだ。
「滄溟といい勲火といい、この国の皇子達は扱いやすい……」
「入鹿ッ、話を聞いたぞ! 何を企んでいる」
「そ、滄溟ッ……さま」
「おっと宰相の旦那、逃げ場はないぜ」
「入れ墨の鹿半獣……ま、まさかお前は、皆神かッ」
「あん? 知っていたのか。光栄だぜ」
「入鹿……お前は私が母上と共に鳩州に来た頃から政を手伝ってくれたのに、どうして……」
「滄溟様、誤解ですッ。私は……」
「うる……さい」
「騙されちゃダメだ。さっきコイツが勲火に言ったことを忘れたのか」
「……」
「おい、滄溟?」
皆神が返事のない滄溟を見ると彼は床に突っ伏して倒れた。
周囲を見回すと入鹿の兵士達に取り囲まれている。焦った皆神は瞬時に青龍刀を構えたが時すでに遅く、首筋にプスッと嫌な感触を覚えて手で押さえた。
それは滄溟が受けた物と同様に、眠り薬の仕込まれた吹き矢だった。
「君主様は海賊にそそのかされて御乱心だ。その娘と一緒に牢にぶち込んで置け」
「ハッ」
「入……鹿ッ」
不敵な笑みを浮かべた入鹿の足元で皆神が最後に見たのは、兵士に担がれた野分の姿だった――。
○
――みなかみ……みなかみ
――俺の名を呼ぶのは誰だ……
皆神は白い靄の中にいた。
首に手をやると吹き矢の針はなく、鍛え抜かれた自分の首でもない、何とも頼りない華奢な首があった。顔に手をやり四肢を見ると同じように線が細い。これではまるで少年だ。
皆神は少年に戻っている自分に気が付く。ふと前方を見ると見知った顔がそこにあった。彼女もまた懐かしい少女の姿だった。
「三輪……」
あどけない表情をした幼い幼馴染。これは夢か、それとも過去にでも戻ったのか。
――覚えてる?
幼い三輪が天空を指さした。そこには満天の星屑が大きな河の流れのように瞬いていて、その餘の美しさに思わず声を詰まらせる。そうだ、この河は……。
――皆神ならどうする?
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