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第三章「誰心空蝉聲(たがこころうつせみのなきごえ)」
【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』27話「空蝉」
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「終わったんだね……」
「……あぁ、終わった」
一同から少し離れた場所で、燃え上がる不夜城を見つめてクミは呟いた。滄溟はその横で同じように火の海とかした脂屋を見て頷く。クミは滄溟の方を向き尋ねた。
「……滄溟、あの人……だれ」
「野分のこと? 彼女は僕の……」
滄溟の瞳をジッと見つめる幼馴染の視線。言葉が続かない滄溟。何だと言うのだろう。この質問はただの質問ではなく、それ以上の意味がある様に感じた。
答えを出せば全てが決まる。一度口から出た言葉は取り返しがつかない……そんな質問だった。
滄溟は言葉を濁し彼女をいたわる。
「さぁ……クミ疲れただろう。今日はゆっくり休んで……みんなと一緒に明日、鳩州に帰ろう」
「……」
「……」
「私……行けない」
「……え、どうして」
「汚れ……てるから……帰れない」
確かに彼女の衣服、特に下腹部から下は汚れていた。滄溟はうつむくクミを見て思った。
無理やりアヒンを打たれて彼女は普段とは違っていたが……彼女は被害者だ。滄溟は笑顔を作り、クミに優しく語りかけた。
「クミは汚れてないよ。クミのせいじゃない」
「……」
「クミ?」
「私ね……」
「……ん?」
「もう……いん……」
「……え」
「そうめ……にあげ……かったもの、もうな……んだ」
「ゴメン、聞き取れないよ」
「……ううん……何でもない」
「?」
クミは弱々しい笑顔で滄溟に微笑みかけた。彼女の笑顔の下にある深い悲しみに気が付かぬまま、作り笑顔に安堵した滄溟は一同と合流する。いつかは答えを出さなくてはならない。そう思う彼はクミの覚悟を知る由もなかった――。
――翌朝
大事件の知らせをいち早く聞きつけた朝廷が、都から調査人を数多く派遣してきた。瓦礫の中からは、男二人女一人の焼け焦げた死体が発見された。
狂輪から逃れた人々は口々に、男が人を切りながら逃げたと同時に脂屋が爆発したと言う。ある者は少年と言いある者は青年だったと言った。
そしてある者は権八を指さし「あの男を見た」と言った。
「やめて下さい! この人じゃないんですっ」
「小紫、大丈夫だ。貢が遠くに逃げるまでの心棒だ。それまで俺が身代わりになる」
「そんな……」
朝廷の調査人たちは権八を事件の首謀者として捕らえた。少年が十人もの人々を殺めるより、このお尋ね者の前科者が起こした事件であれば納得がいく。
事実、権八が脂屋によく出入りしていたのは周知の事実であった。
「私は権八を追います」
「詮議のために狂都に連れてかれるだろうね。私も付いてってやるよ」
権八の裁判を心配する小紫に婀國が付いて行くことになった。婀國は「狂都の四条河原で踊るのが夢だったから、ちょうどいい」と豪快に笑い、小紫の護衛を買って出た。貢が見つかるまで紺の面倒も見てくれるという。
「僕たちは境に行く」
滄溟、野分、ヨイチ、サロクはクミを探して境を目指す事にした――。
――そう
クミは昨夜、あの言葉を言い残して消えてしまった。宿屋の主人が言うには近場で目指す街は境しかない、海の玄関先である堺からは船が出ている。鳩州だけでなく死國や穢土にさえ行くことさえも可能だと。
そして、なによりも「海が見たい」と呟いた少女の言葉が印象的だったという。
「それじゃあ、お元気で」
「うん、アンタもね」
滄溟達は狂都に向かう婀國達と別れを告げた。
滄溟は消えた貢の行方も気になっていたがクミのことが心配だ。あの最後の言葉は何を意味していたのだろう。支えになれない自分が辛かった。
野分はそんな滄溟の俯く横から、笑顔を作り健気に声をかける。
「また一緒に旅ができるねっ」
「……うん」
一同が向かうのは境。東西の境とも言われ、航路の玄関口を持つ……鳩州に引けるとも劣らない商いの街である――。
「……あぁ、終わった」
一同から少し離れた場所で、燃え上がる不夜城を見つめてクミは呟いた。滄溟はその横で同じように火の海とかした脂屋を見て頷く。クミは滄溟の方を向き尋ねた。
「……滄溟、あの人……だれ」
「野分のこと? 彼女は僕の……」
滄溟の瞳をジッと見つめる幼馴染の視線。言葉が続かない滄溟。何だと言うのだろう。この質問はただの質問ではなく、それ以上の意味がある様に感じた。
答えを出せば全てが決まる。一度口から出た言葉は取り返しがつかない……そんな質問だった。
滄溟は言葉を濁し彼女をいたわる。
「さぁ……クミ疲れただろう。今日はゆっくり休んで……みんなと一緒に明日、鳩州に帰ろう」
「……」
「……」
「私……行けない」
「……え、どうして」
「汚れ……てるから……帰れない」
確かに彼女の衣服、特に下腹部から下は汚れていた。滄溟はうつむくクミを見て思った。
無理やりアヒンを打たれて彼女は普段とは違っていたが……彼女は被害者だ。滄溟は笑顔を作り、クミに優しく語りかけた。
「クミは汚れてないよ。クミのせいじゃない」
「……」
「クミ?」
「私ね……」
「……ん?」
「もう……いん……」
「……え」
「そうめ……にあげ……かったもの、もうな……んだ」
「ゴメン、聞き取れないよ」
「……ううん……何でもない」
「?」
クミは弱々しい笑顔で滄溟に微笑みかけた。彼女の笑顔の下にある深い悲しみに気が付かぬまま、作り笑顔に安堵した滄溟は一同と合流する。いつかは答えを出さなくてはならない。そう思う彼はクミの覚悟を知る由もなかった――。
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大事件の知らせをいち早く聞きつけた朝廷が、都から調査人を数多く派遣してきた。瓦礫の中からは、男二人女一人の焼け焦げた死体が発見された。
狂輪から逃れた人々は口々に、男が人を切りながら逃げたと同時に脂屋が爆発したと言う。ある者は少年と言いある者は青年だったと言った。
そしてある者は権八を指さし「あの男を見た」と言った。
「やめて下さい! この人じゃないんですっ」
「小紫、大丈夫だ。貢が遠くに逃げるまでの心棒だ。それまで俺が身代わりになる」
「そんな……」
朝廷の調査人たちは権八を事件の首謀者として捕らえた。少年が十人もの人々を殺めるより、このお尋ね者の前科者が起こした事件であれば納得がいく。
事実、権八が脂屋によく出入りしていたのは周知の事実であった。
「私は権八を追います」
「詮議のために狂都に連れてかれるだろうね。私も付いてってやるよ」
権八の裁判を心配する小紫に婀國が付いて行くことになった。婀國は「狂都の四条河原で踊るのが夢だったから、ちょうどいい」と豪快に笑い、小紫の護衛を買って出た。貢が見つかるまで紺の面倒も見てくれるという。
「僕たちは境に行く」
滄溟、野分、ヨイチ、サロクはクミを探して境を目指す事にした――。
――そう
クミは昨夜、あの言葉を言い残して消えてしまった。宿屋の主人が言うには近場で目指す街は境しかない、海の玄関先である堺からは船が出ている。鳩州だけでなく死國や穢土にさえ行くことさえも可能だと。
そして、なによりも「海が見たい」と呟いた少女の言葉が印象的だったという。
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滄溟達は狂都に向かう婀國達と別れを告げた。
滄溟は消えた貢の行方も気になっていたがクミのことが心配だ。あの最後の言葉は何を意味していたのだろう。支えになれない自分が辛かった。
野分はそんな滄溟の俯く横から、笑顔を作り健気に声をかける。
「また一緒に旅ができるねっ」
「……うん」
一同が向かうのは境。東西の境とも言われ、航路の玄関口を持つ……鳩州に引けるとも劣らない商いの街である――。
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