魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「外套男郷愁(だんだらおとこのたそがれ)」

【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』1話「羽衣伝説」

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 キザシは自分の寝所で目を覚ました。先ほどまで見ていた夢を思い出して余韻よいんに浸る。

 それは美しい夢。色鮮やかなクラゲたちに囲まれてカグヤと手を繋ぎながら月面を駆け巡る。今にもよだれが垂れるほど甘美な夢だった。

「か……若……」

「う、うおぅッ……キジっ、どうしたの」

 瞳を開けると目の前に馴染んだキジの顔があった。白い鳥の翼を持つ知的で美しい半獣、小さな頃から一緒に冒険をしてきたが、寝起きに現れると誰だって驚くのも当然だ。

「どうしたのじゃありません、日課の寝坊助ねぼすけさん起こしですっ」

 キジは額に青筋を立てて怒ったが、その様子も彼女ほどの美女であればサマになる。寝起きが悪いキザシは、どこか彼女に起こされるのを楽しみにしていた。

「涎まで垂らして……何の夢を見ていたのですか」

「え、あぁ……月でカグヤと」

「……」

 訪れる沈黙――。

 キザシはしまったと思いうつむくキジを見た。カグヤと別れたあの日から、二人は再会するために月に行く方法ばかりを探していた。

 キザシとキジは不思議なことに同じ夢を見る。同じ宙船そらふねに乗り地球を目指すというものだ。二人が月の民――蓬莱ほうらい族と鳳凰ほうおう族だという確証はなかったが、共通の夢には宙船らしきものがあった。

 自分たちの宙船を探すとすぐに見つかった……が、不時着した際に故障したのか何をしても反応がない。

「そうですか……陛下がお呼びです。式楽しきがくの間にいらっしゃいます」

「ああ、わかった」

 いくら修復しても直せないと発覚してから、月の話題を出さないのが、二人の暗黙の了解ルールとなった。空腹時に食事の話をするのと同様に、不可能なことを期待しても疲れるだけだ。諦めた方が遙かに気持ちが楽になるのを知る。

「陛下、お呼びですか」

「シッ……今、いいところなんだ」

 式楽の間に入ると、彼らの住む狂都きょうとを治める邪馬徒やまと朝廷の第一皇子貴武きぶが、舞台でおごそかに舞う演者を見つめていた。
 
 治めるとはいえ、かつて彼が行った悪政ではない。九尾狐に憑かれた彼をキザシたちが救ってから、皇子はヒトも半獣も平等に暮らすことができる平和な都を目指していた。

「この演目はね、ただの娯楽じゃないんだ。中央で舞う役者をごらん、彼には神が降りている」

「中央で老人のお面を付けた人ですか」

 呼ばれたキザシが貴武の横に座り前方を見るとヒノキの屋根付き舞台の中央で、黄金の装束を着た演者がゆっくりと優雅に動き、同じく黄金色をした大ぶりの扇子を持ち舞っていた。

「そう。白色尉はくしきじょうというおもてだよ。彼は神を演じ五穀豊穣ごこくほうじょう無病息災むびょうそくさいを願う。これは都の繁栄や栄華を寿ことおぐ儀式なんだ」

「そうですか……」

 その金色の衣装に身を包んだ演者は、たしかに老翁の面をつけ舞っていた。その背後では大きな松が描かれた羽目板はめいたの前で、つづみや太鼓、それに笛を吹く囃子はやし方が舞いを彩っている。

 とうとうたらり たらりら ちりやあがり

 たらりあがり ららりとう

 神々の詩だろうか。キザシはこういった儀式に興味はなかったが、どこか胸に響く幻想的な音を懐かしく感じた。ふり返るとキジも凛とした表情でその光景をジッと見つめている。演者を揺らす焚き火の灯りが、彼女の整った横顔を柔らかく照らした。

おきな千歳せんざい三番叟さんばそう……三名の演者がなにを表しているのか、それは長い歴史の間に埋もれてしまったけれど……どうだい、美しいだろう」

「……はい」

 言われてみてみると千歳であろうか、白鬚しらひげの演者は神酒みきひたしたさかきで露払いし、黒い面をつけた演者は鈴のようなものをもって鳴らしている。

「さぁ、儀式は終わった。今日は二人に素敵な知らせがあるんだ」

「知らせ……ですか」

 キザシはキジと顔を見合わせる。貴武は明るく笑った。

「キミたちが行きたがっている……月への移動手段だ」

「えっ」

 二人は思わず声をあげて貴武を見る。

 どんなに探しても見つからなかった方法を発見したとはにわかに信じ難いが、貴武は二人が想像通りの反応をしたので満足気に頷くと続けた。

「天女の伝説を知っているかい。ある天女がみおの松原でみそぎのために衣服を脱ぎ近くの松にかけた。それをある男が盗んでしまった。天女は衣服がないと天に戻ることは出来ない、それを知った男は天女を強引に嫁にしてしまったと言う。そして……その衣服は『羽衣はごろも』と呼ばれている」

「え、それってもしかして」

「そう。羽衣はだよ」

 貴武は驚く二人の反応をさらに見ようと勿体ぶって先を続ける。

 彼が言うには松は常緑樹と呼ばれ一年中枯れず同じ姿のままだと言う。人々はこの樹木に永遠を感じ、古来より縁起のいいものとして寿いだ。

「天女は不滅なはずの天から、限りあるこの地に降りた際に、同じ永遠を意味する松に羽衣をかけ盗まれて、天に戻ることはできなくなる。何か感じない?」

「そうか……この伝説で言う天とは神々の住む天上界ではなく……」

「上空にある世界、つまり月を表わしているのですね」

 貴武は満足そうに大きく頷いた。一般的に伝説は実際にあったことを戒めの意味を込め、脚色して伝えられることが多い。

 ここでの天女は月の民のことで、地球に舞い降りた際に、永遠の命を求めたヒトに移動装置を奪われ、月へ戻れなくなった――というのが彼の持論だ。

「伝説では、天女はずっと地球で暮らすのですか」

「いや、最後は男に羽衣を返してもらい天へと帰る」

「それじゃあ、羽衣はもう……」

 キジは美しい白い翼をしな垂れてうつむく。そんな落胆した様子を見た貴武はたしなめた。

「諦めるのはまだ早いよ。もう一つ伝説があってね。その昔、ある天女が地上の青年と恋に落ち天神の怒りを買った。天神から隠れて地上で織女おりめをして暮らすが、遂には見つかってしまう。天神は許されない恋をした天女を天の獄へと閉じ込めて、年に一度だけ星屑の河を隔てて会う事を許した」

「それって……」

「そう。天河あまのがわ伝説だよ。青年は七福神の一人弁財天の協力を得て、天女を追って天に向かったと言う」
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