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第一章「外套男郷愁(だんだらおとこのたそがれ)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』2話「干将莫耶」
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「若、この二つの話……どこか似通っています」
「両方とも天女が地球に舞い降りている。あとは捉え方の違い、ハッ……もしかして」
「あぁ、二つの伝説は同じものかもしれない」
「ええっ」
「でも……同じものなら、やはり羽衣はもう……」
「いや、二つ目の伝説では天神が天女を天の獄に閉じ込めた。羽衣を使っていない」
「じゃあ!」
一旦は美しい翼をしなだれたキジが再び笑顔を取り戻す。それを見た貴武は喜々として話を続けた。
「そればかりか天女は織女をしている。羽衣を織っていた可能性もるっ」
「それにっ、弁財天の手助けで青年は天……月へと向かっているっ」
貴武に続いてキザシも顔を明るくして声を上げた。
「月の民の存在を知らない昔の人々は彼らを神聖視して、天から使わされしもの……天女と捉えたのかも知れない。確かめる方法は一つしかない」
「弁財天に会いにいけば良いのですね」
「水神である弁財天は須羽湖に居を構えています……ここから歩いて三日ほどです」
キジは凛とした表情で言う。二人を満足そうに見た貴武は声を張って新たな指令を出した。
「それでは使役所総長および副長に指令を与える。須羽湖に向かい羽衣の真偽を確認すること。期間は特に定めない」
「陛下……」
「ありがとうございます」
「九尾狐の件で世話になった。たまには都の仕事を忘れて羽を伸ばすのも良いだろう」
「はいっ」
「武者所のトキと、召喚所のハルも連れて行くといいよ」
「我らがいなくては、都の守りが……」
「万民平等政策にしてから、民に自衛力が付いて逞しくなった。心配しなくてもいいだろう」
「そうですか」
「逆にキミたちは気を付けるといい。政策変更で職を失った『鬼殲組』が都を追われ、流浪の身でいる。都の重役に付くキミたちは彼らから目の敵にされる可能性がある」
「気を付けます」
貴武に深々と頭を下げ、式楽の間を後にしてからキジは訝しんだ。
「鬼殲組とは……面倒ですね」
「ああ、彼らは以前から我々と馬が合わない」
狂都守護職鬼殲組――。
それは朝廷に設置された三つの軍部である、使役所、武者所、召喚所とは異なる非正規の警備集団で、正規の軍部が手に負えない汚れ仕事をするために公募された機関だ。
以前から軍部と犬猿の仲だが、政策変更してから民を虐げてきた彼らは居場所を失い、都を追い出された。
○
「貴武狼め……あの書を盗むとは」
貴武は立ち去るキザシたちの背中を見つめ唇を噛んだ。あの書は代々皇家に伝わるものだ。盗まれては沽券に関わる。
「まぁ良い、彼らが都に戻るための材料だろう。焦らずとも待っていれば向こうから持ってくる」
貴武は振り返り焚き火で照らされた儀式の舞台を見つめる。そこには老松が悠々とした姿で描かれていた――。
○
まずキザシとキジは武者所にいるトキを訪ねた。四天王を束ねていた猛将頼光は事件以降は引退して武術学校の総師範となっていた。
今では四天王の一人だったトキが武者所総長を継いでいる。宿舎の門を叩くと、両手に大きな傷跡のある男が扉を開けた。
「キザシ、久しぶりだな」
「頼光さん……」
彼は二人を中に招き入れると応接の間に通し茶を入れて着座した。
以前のように触れるものを全て斬りつけるような鋭さはないが、今でも鍛え抜かれた体は衰える事なく研ぎ澄まされている。
「トキに用があるのだろう。アイツが来る前に話しておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「君に干将莫邪を譲ろうと思う」
「頼光さんの愛刀を……どうして」
「光圀がトキに四君子を託してな。穢土右近の彼が世代交代を考えているなら、私もいつまでも過去に縋るわけにゆくまい。この腕ではもう夫婦刀は持てぬしな」
「頼光さん……」
キザシは彼から夫婦刀を受け取る。それは九尾狐退治の際に頼光が用た名刀だ。
光圀は貴武の弟、紗君の片腕である。穢土の要職にいる彼が大技をトキに伝えたのであれば、四天王を統率する頼光もまた、若者に信念を託すのは必然なのかも知れない。
「肩の荷が下りたよ。これからは君たちの時代だ」
「ありがとう……ございます」
頼光は微笑むと武術学校の稽古に向かった。
程なく豪華な衣服に身を包んだトキが嬉しそうに走って来る。キザシのものと同じ白い総長軍服だ。キザシは同じ衣服に身を包む戦友と強く抱き合い、背中を叩いて懐かしんだ。
「トキ、元気だった?」
「両方とも天女が地球に舞い降りている。あとは捉え方の違い、ハッ……もしかして」
「あぁ、二つの伝説は同じものかもしれない」
「ええっ」
「でも……同じものなら、やはり羽衣はもう……」
「いや、二つ目の伝説では天神が天女を天の獄に閉じ込めた。羽衣を使っていない」
「じゃあ!」
一旦は美しい翼をしなだれたキジが再び笑顔を取り戻す。それを見た貴武は喜々として話を続けた。
「そればかりか天女は織女をしている。羽衣を織っていた可能性もるっ」
「それにっ、弁財天の手助けで青年は天……月へと向かっているっ」
貴武に続いてキザシも顔を明るくして声を上げた。
「月の民の存在を知らない昔の人々は彼らを神聖視して、天から使わされしもの……天女と捉えたのかも知れない。確かめる方法は一つしかない」
「弁財天に会いにいけば良いのですね」
「水神である弁財天は須羽湖に居を構えています……ここから歩いて三日ほどです」
キジは凛とした表情で言う。二人を満足そうに見た貴武は声を張って新たな指令を出した。
「それでは使役所総長および副長に指令を与える。須羽湖に向かい羽衣の真偽を確認すること。期間は特に定めない」
「陛下……」
「ありがとうございます」
「九尾狐の件で世話になった。たまには都の仕事を忘れて羽を伸ばすのも良いだろう」
「はいっ」
「武者所のトキと、召喚所のハルも連れて行くといいよ」
「我らがいなくては、都の守りが……」
「万民平等政策にしてから、民に自衛力が付いて逞しくなった。心配しなくてもいいだろう」
「そうですか」
「逆にキミたちは気を付けるといい。政策変更で職を失った『鬼殲組』が都を追われ、流浪の身でいる。都の重役に付くキミたちは彼らから目の敵にされる可能性がある」
「気を付けます」
貴武に深々と頭を下げ、式楽の間を後にしてからキジは訝しんだ。
「鬼殲組とは……面倒ですね」
「ああ、彼らは以前から我々と馬が合わない」
狂都守護職鬼殲組――。
それは朝廷に設置された三つの軍部である、使役所、武者所、召喚所とは異なる非正規の警備集団で、正規の軍部が手に負えない汚れ仕事をするために公募された機関だ。
以前から軍部と犬猿の仲だが、政策変更してから民を虐げてきた彼らは居場所を失い、都を追い出された。
○
「貴武狼め……あの書を盗むとは」
貴武は立ち去るキザシたちの背中を見つめ唇を噛んだ。あの書は代々皇家に伝わるものだ。盗まれては沽券に関わる。
「まぁ良い、彼らが都に戻るための材料だろう。焦らずとも待っていれば向こうから持ってくる」
貴武は振り返り焚き火で照らされた儀式の舞台を見つめる。そこには老松が悠々とした姿で描かれていた――。
○
まずキザシとキジは武者所にいるトキを訪ねた。四天王を束ねていた猛将頼光は事件以降は引退して武術学校の総師範となっていた。
今では四天王の一人だったトキが武者所総長を継いでいる。宿舎の門を叩くと、両手に大きな傷跡のある男が扉を開けた。
「キザシ、久しぶりだな」
「頼光さん……」
彼は二人を中に招き入れると応接の間に通し茶を入れて着座した。
以前のように触れるものを全て斬りつけるような鋭さはないが、今でも鍛え抜かれた体は衰える事なく研ぎ澄まされている。
「トキに用があるのだろう。アイツが来る前に話しておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「君に干将莫邪を譲ろうと思う」
「頼光さんの愛刀を……どうして」
「光圀がトキに四君子を託してな。穢土右近の彼が世代交代を考えているなら、私もいつまでも過去に縋るわけにゆくまい。この腕ではもう夫婦刀は持てぬしな」
「頼光さん……」
キザシは彼から夫婦刀を受け取る。それは九尾狐退治の際に頼光が用た名刀だ。
光圀は貴武の弟、紗君の片腕である。穢土の要職にいる彼が大技をトキに伝えたのであれば、四天王を統率する頼光もまた、若者に信念を託すのは必然なのかも知れない。
「肩の荷が下りたよ。これからは君たちの時代だ」
「ありがとう……ございます」
頼光は微笑むと武術学校の稽古に向かった。
程なく豪華な衣服に身を包んだトキが嬉しそうに走って来る。キザシのものと同じ白い総長軍服だ。キザシは同じ衣服に身を包む戦友と強く抱き合い、背中を叩いて懐かしんだ。
「トキ、元気だった?」
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