【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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8 リーナの成長とスフレドリ

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 朝の光が差し込む薬草棟の調合室。私は棚に並ぶ薬草の瓶を確認しながら、今日の調合の準備を進めていた。

 ギルベルトとの別れ以来、私は変わらず職場に通い続けている。ただし、心の中で何かが変わっていた。仕事に打ち込むのは、悲しみを振り切るためでも、誇りを取り戻すためでもなく、純粋に薬草を研究することを楽しむ気持ちが芽生えたからだった。

 勤務の合間には、王宮内に併設された薬草文献室に足を運び、古い薬草辞典や調合記録を片っ端から読み漁った。過去の文献に記された薬効や使用例をひとつずつ書き写し、時には調合室の片隅で実験を行いながら、ひとつでも多くの知識を自分のものにした。気づけば、薬草の香りに癒されている自分がいた。そんな自分を、どこか愛おしいと思えるようになっていた。

 休みの日には、ナナさんやリゼさんと過ごす時間も大切にしつつ、森へ足を運ぶことも多かった。季節ごとに変わる薬草の香りや色、湿り気を帯びた地面に顔を出す小さな芽。それらを見て触れて採集し、効果や保存方法について自分なりに記録を残す。

 薬草棟の一角で、王宮に出入りする旅商人と偶然言葉を交わす機会もあった。
「南の高地でしか採れない珍しい薬草があってな。乾かすと香りが強くなって、熱を下げるって言われてるよ。抜群の効き目らしいぞ」
 私はすかさずその薬草について聞き取り、後で調べるために細かくメモを取った。そんな出会いひとつひとつも、私の研究には欠かせない糧になった。

 そうした努力の積み重ねが、ようやく形になり始めたのは、ある鎮痛薬の調合を任されたときのことだった。
「リーナ、先日の薬を使った患者さんが『痛みがすぐにやわらいだ』って言ってたわ。すごいわね」
 ナナさんの言葉に、私は小さく頷いた。
「ちょっとだけ、組み合わせを変えてみたんです。文献で見かけたやり方を、応用してみたくて」

 その日の午後、上級薬師のアデルさんからも声をかけられた。
「あなたが調合した薬、いくつか王族の侍医の目に留まったらしいわ。それで、意見をきかせてほしいんですって」
 思わず、「私が……?」と聞き返しそうになった。驚きとともに嬉しさがこみ上げた。
 私は、ちゃんと前に進めているみたい……


 ◆◇◆


 ナナさんたちの家の裏に広がる、静かな森の一角。澄んだ空気の中に、薬草を刻む音がぽつぽつと響く。ここにはサリエルリーフという、ありふれているけれど重要な薬草が群生している。これを基材として使うのは、薬師にとっては基本中の基本。どんな組み合わせの薬草でもその効果を円くまとめてくれるサリエルリーフは、まるで調合の“潤滑油”のような存在だった。そんな理由もあって、私はよく森で調合作業をしている。

 今日は休日。どこにも出かけず、新しいポーションの配合に挑戦しようとしていた。疲労回復に加えて集中力を高める効果、できれば美容効果に快眠効果にも作用するような――そんな欲張りなポーションを目指している。

 このポーションは、ナナさんとリゼさんに贈るつもりだった。いつも本当にお世話になっているし、今は家にも住まわせてもらっている。
 食費こそ渡してはいるけれど、家賃はどうしても受け取ってくれなくて――せめてものお礼になればと思ったのだ。

 だって、ナナさんが最近こんなことを言っていたのを思い出したから。
「髪の艶も肌の透明感も、前よりなくなってきた気がするんだよ……。この目尻の浅いシワも、年々少しずつ深くなってる気がして、なんだか気分が落ち込むわ」
 ――まだそんな年齢でもないのに、と寂しそうに笑っていた。

 それから、リゼさんもときどきこう呟いていた。
「眠りが浅くてね、朝起きても身体が重いときがあるのよ。ちゃんと寝たはずなのに、疲れが取れてない感じっていうか……」

 だからこそ、二人の役に立てるようなポーションを作りたいと思ったのだ。リラックスできて、美容にも良くて、ぐっすり眠れて、朝はすっきり目覚められる――
 そんな万能なポーション、絶対に完成させてみせる。

 
 私はランタンをそっと灯し、小鍋に少しずつ薬草を入れていく。火加減や混ぜる順番が何よりも大切――。
「……よし。今日の出来は悪くないわ。これで、ナナさんとリゼさんが少しでも楽になってくれたらいいな」
 そんなふうに呟きながら、私は慎重に薬草を混ぜ合わせていった。

 と、その時だった。ふわり、と肩に飛び乗ってきた一羽のスフレドリ。
「……あら、ふふっ。ポーション作りに興味があるの?」
 視線を向けると、ふわふわの小鳥が私の肩の上で首をかしげ、キスをするように頬を軽く小さなくちばしで撫でた。それから、丸い瞳が覗きこむように、調合中の小鍋をじっと見つめる。

「気になるの? でも火があるから、あまり近づいたら危ないわよ」
 スフレドリが、ふいに羽ばたいて私の肩から離れた。くるくると弧を描くように空を舞い、森の茂みへと消えていく。

「……どうしたのかしら?」
 小さく首をかしげたその瞬間、ふたたびその小鳥が舞い戻ってきた。くちばしに、見覚えのない葉を咥えて――淡いブルーの葉で、ふちがわずかに波打ち、かすかに光沢を帯びている。

 ぽとん。

 それはまるで、これを“足しなさい”とでも言うように、調合中の小鍋の中に落とされた。
「えっ、ダメよ、それは……どこで摘んできたの?」

 慌てて鍋を覗き込むと、液体がだんだんと透き通るような淡いブルーに変化していた。静かに立ち上る蒸気は、ほのかに甘い香りを帯びていて――不思議と心が落ち着く。

「……なにこれ、すごく綺麗……でも、成分がわからないと、ナナさんたちには贈れないわ」

 調合器具のすぐそばでぴょこぴょこと跳ねながら、何かを伝えたそうにしているスフレドリ。そして、小さな爪でポーションの空き瓶をトントンと叩いてくる子もいて――。

「これが完成品ってこと? この瓶につめろ、って意味に見えるけど……可愛いのに、ほんとに悪戯っ子ね」
 私はそう呟いて、再び肩に乗ってきたスフレドリの背を、指でそっと撫でた。ふわりと羽が震えて、ぴぃっと小さな鳴き声が返ってくる。

 そのときだった。風が静かに枝を揺らし、澄んだ空の上から、どこか気高くも柔らかな声が響いた。
「森の風が運んできた香りに誘われてみれば――まさか、これほど心満たす香気とはな」

 見上げると、空から舞い降りてきたのは――                         
                               
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