【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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 休日の朝。王都の空は澄み渡り、いつもより少し早起きした私は、胸の奥がふわりと軽く感じていた。

「今日は、絶対に楽しい一日にしましょうね」
 そう言ってくれたのはナナさん。リゼさんが静かに頷き、私たちは街の中心にある演劇塔へ向かった。

 演じられていたのは、庶民の結婚騒動を描いた喜劇。靴屋の娘と貴族のフットマンが恋に落ち、身分を偽ったことで起こる大騒動――どたばたの中にも、ちょっぴり泣ける場面があって、観客席は終始にぎやかだった。

「わたし、あの場面が一番好きだった! 新婦の母親が“わたしが男だったらぶん殴ってたわよ!”って叫ぶとこ!」
「ふふ、あの女優さん、名演技だったわね」
「最後のキスシーンで拍手が巻き起って……あれ、ちょっと泣きそうになったのに、オチが秀逸……爆笑しちゃった」

 笑いながら劇場を出ると、通りのカフェはどこも混み合っていた。でも、リゼさんが前から目をつけていたという「サロン・ド・アミエル」というカフェに案内してくれた。

 店内は季節の果実を模したガラス細工と、色とりどりの乾燥花のリースで飾られていた。香りは控えめで、むしろ心が落ち着くような優しい空気に包まれている。客席は淡い色のカーテンで仕切られ、まるでおとぎ話の中にいるような空間だった。

 注文したのは、王都で流行中の“花蜜のしずくタルト”。薄く焼かれたサクサクのタルト生地の上に、果実を模した透明なゼリーが並び、その中に花弁のようなクリームが添えられていた。

「これ、ゼリーが光ってる……きれい」
「見てるだけで幸せになるわ……魔写機があれば一枚収めておきたいくらいだわね」
「甘さ控えめで香りも上品……いくらでも食べられそうよ」

 スイーツを堪能したあとは、町並みを楽しみながら服飾街へ。この世界では基本的に衣服は仕立てが基本だけれど、最近では流行りの「見本服(フリーサイズ寄りの既製品)」を置く店が出てきていて、私たちが訪れた店もそのひとつだった。

 「見て見て、リゼ! これ、三人で色違いにしたら絶対かわいいと思わない?」

 視線の先に並んでいたのは、繊細なレースがあしらわれた、陽ざしに映える上品なワンピースと、つばの広い軽やかな帽子。ブルー、ピンク、クリームイエロー――どれも柔らかな色合いで、街角の景色にふんわりと溶け込むようだった。

「ほんと。可愛いわね、これ」
 リゼさんがふわりと笑う。
 そばには繊細な刺繍入りの日傘も並んでいて、どれもこれも揃えたくなる。

「私はブルーかな。淡い色だし、どこにでも着ていけそうよ」
 ナナさんが一番に選んで、手に取った。

「じゃあ、私はピンクにするわ。気持ちが明るくなる色よね。派手じゃない上品な色合いだし」
 リゼさんが迷いなく選ぶ。

 ふたりのやりとりを聞いて、私はそっとクリームイエローのワンピースに手を伸ばす。

「これ上品な色だわ……私、これにしようかな」
「うん、それ絶対似合う!」
 ナナさんが即答して、私の肩を軽く叩いた。

「リーナって、こういう色ほんと映えるのよね。髪色と瞳がとっても綺麗だから、ワンピースの色は主張しすぎない色のほうが似合うのよ。綺麗な子の特権!」
 リゼさんも隣で頷く。

 嬉しくなって、しぜんと笑みがこぼれた。この二人はいつも私を褒めてくれる。

「日傘も、お揃いで持とうよ」
「この花の刺繍、すっごく可愛いし!」

 もう、選んでいるというよりは、楽しんでいる――そんな時間だった。
 皆で服を見て、笑い合って、似合うねって言い合うだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。

「今度は、郊外の花祭りに行ってみたいね。これを着てさ」
「うわぁ、楽しみです!」
「……なんだか、姉妹みたいね、私たち」

 リゼさんの何気ないその一言が、不意に胸にしみた。

 ――姉妹。そうか、これがそうなのかもしれない。

 私には、ずっといなかった存在。
 でも今は、そばにいてくれる――同じ目線で笑ってくれて、手を差し伸べてくれる人たちがいる。

 ギルベルトの家族とは、どこか違っていた。
 あの頃の私は、何かをして“もらう”より、“してあげる”ばかりだった。

 でもナナさんとリゼさんは違う。誰かのために何かをすれば、それが自然と、優しさや言葉や行動で返ってくる。
 一方通行じゃない、人と人との、ちゃんとした繋がり――今、私はそれをもらっている。

  ふと、あることに気づいた。三人でわいわい通りを歩いていたときのことよ。

(……あれ? 私、ギルのこと、ここ数日、一度も思い出さなかったかも)

 その気づきが、心の奥で小さく響いた。


•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•

※次回、リーナが仕事で頑張っていく姿と、スフレドリたちとのほのぼのポーション作りです。
※本作の世界をより楽しんでいただくための一助として、クリームイエローのワンピース姿のリーナのAIによるイメージイラストを掲載しております。必要に応じてご覧いただければ幸いです。
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