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6 魔法の言葉?
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※sideマデリーン
――時間は少し前に巻き戻り、王家からオルグレーン公爵家に書簡が来た翌日に遡る。
私は両親とともに王宮へ向かい、王太子殿下への謁見を願い出た。彼は多忙の身とはいえ、筆頭公爵家を無下にはできない。私の望みも、きっとすんなり通るはず――そう信じていた。
王太子専用の応接室で、殿下の前に進み出る。わざとらしく目元を潤ませ、声を震わせた。
「王太子殿下……どうか、私を再び婚約者としてお傍に置いてくださいませ。ようやく気づいたのです。これこそ真実の愛だと」
「……は?」
殿下のありふれた茶色の瞳が怪訝に細められた。
「君は王太子妃教育がつらいと自ら辞退し、姉に押しつけたはずだろう? 今さら何を言っている? それに……オルグレーン公爵までが君にこんな真似をさせるとは。正気なのか? 私は認めない。アンジェリーナ嬢の方がはるかに優秀で、王太子妃としてふさわしい。怠惰で愚かな妃など必要ない」
胸の奥が冷え、唇が震えた。どれほど涙を浮かべても、殿下は頑として首を縦には振らない。
このままでは――本当に、私があの恐ろしい帝国へ嫁がされてしまう。
(ふん、わからず屋め! たいして格好よくもないくせに、私を怠惰で愚かだと言い放つなんて! 笑わせないでほしいわ。私だって本気を出せば、王太子妃教育くらい耐えられたのよ。ただ――あんたみたいな平凡な男のために、努力する価値を見いだせなかっただけだわ。だって、あの退屈で膨大な課題を毎日こなすなんて馬鹿げてるもの。王太子でなかったら、街を歩いていても誰も振り返らないレベルの容姿のくせに! むしろ、私ほどの女を妻にできるだけでも感謝してほしいくらいよ。ああ、思い出すだけでむかつく!)
そのとき、ひとつの考えが閃いた。殿下の側近、マット・カミンスキーのことだ。カミンスキー侯爵家の次男で、私に心を奪われているのは明らかだった。舞踏会で何度か共に踊ったときも、彼の目はいつだって私に釘付け。眩しそうに見つめてくるその視線から、好意を抱かれているのは疑いようもない。
私はそういう男性の気持ちを察するのが得意だし、自信もある。むしろ、私に惚れ込まない男のほうが珍しいくらいなのよ。
私は宮殿を歩き回り、彼を見つけ出すと、甘い声でささやいた。
「ねえ、マット卿……お願い、王太子殿下の秘密を教えてちょうだい。私、帝国なんかに行きたくないの。だって、本当はあなたが好きなのよ。だから、この国に残りたいの。私が王太子妃になれば、あなたともずっと一緒にいられるわ。きっとみんな幸せになれるでしょう?」
マット卿は逡巡していたが、私がそっとその手を握り微笑むと、頬を赤らめて口を開いた。
「……『キングスリー教会』と『ハリスン』という言葉を口にしてみてください。それだけで、殿下はあなたを拒めないでしょう」
「それはどういう意味なの? なぜ、そんな場所と名前にそんな力があるの?」
「……これ以上は申し上げられません。ただ、それを言えば、殿下はマデリーン嬢を無視できないはずです」
理由は教えてくれなかった。でも、かまうものですか。必要なのは結果よ。
私は再び殿下に謁見を求め、教えられた言葉を口にした。両親はとっくに屋敷に戻っていたので、このことは知らない。
途端に、殿下の顔色が変わる。凍りついたように私を見つめ、とても低く密やかな声で問いかけた。
「……君は私にいったい何をさせたいんだ?」
一瞬、背筋を冷たいものが走った。けれど、私は怯まずに笑みを浮かべた。
「もうすぐオルグレーン公爵家で夜会がありますわ。その際、公衆の面前でお姉様に婚約破棄を突きつけてくださいませ。そして、私を選んでください」
「婚約破棄だと? なんの落ち度もないアンジェリーナ嬢にか? 正当な理由もなくそんなことができるはずがないだろう!」
「お姉様は私をいつも虐げていました。だから、それを理由にすればいいのですわ」
「……わかった。君の言うとおりにしよう」
(やった! よくわからないけど、これってまるで魔法の言葉ね! 威張っていた殿下は私の言いなり、逆らうこともできない。私、やっぱり特別なんだわ。これで帝国になんか行かなくて済んだ。ほんと、私の人生ってイージーモードだわ)
そして、オルグレーン公爵家の夜会当日。いつも冷静ぶって気取っているお姉様が、殿下から断罪され、婚約破棄を言い渡された。さらには、バントック帝国へ嫁ぐのはお姉様だと名指しされて――。あんなに取り繕うのが上手いお姉様が、あそこまで驚きと絶望をにじませるなんて思わなかった。
(お姉様ったら、可哀想を通り越して滑稽ね。王太子妃になれると思って必死に勉強してきたのに、結局は私の代わりに敵国に押しつけられる。あぁ、最高!)
「マデリーン。そんな嘘ばかり言い続けていたら、きっとあなた自身が幸せにはなれないわ」
こんな状況でもお姉様は私にお説教めいたことを言ってきた。ばかみたいよ。少なくともバントック帝国に嫁入りするお姉様なんかより、何百倍も幸せになってやるわよ。私はそう思いながら、最高にこの状況を楽しんでいたのだった。
お姉様が帝国に旅立つ日、私はお姉様へ最後のお別れの言葉を告げた。
「うふふ。もう二度と会えないでしょうけれど……どうか敵国で殺されないようにしてくださいね? 皇太子は人を殺めるのが趣味だとか。戦好きで、これまでどれほど多くの騎士を殺したことか……」
(ふん! お姉様なんて残忍な性格の皇太子に散々虐げられて、みじめな結婚生活を送ればいいのよ)
❀┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❀
※次話はいよいよ――自業自得の妹マデリーンの末路です。キングスリー教会とハリスンの意味もわかりますよ。
「ほんとコイツ性格悪っ!」「早くざまぁを見たい!」と思った方は、ぜひここでも、ハートをポチッとお願いします🥺💖
――時間は少し前に巻き戻り、王家からオルグレーン公爵家に書簡が来た翌日に遡る。
私は両親とともに王宮へ向かい、王太子殿下への謁見を願い出た。彼は多忙の身とはいえ、筆頭公爵家を無下にはできない。私の望みも、きっとすんなり通るはず――そう信じていた。
王太子専用の応接室で、殿下の前に進み出る。わざとらしく目元を潤ませ、声を震わせた。
「王太子殿下……どうか、私を再び婚約者としてお傍に置いてくださいませ。ようやく気づいたのです。これこそ真実の愛だと」
「……は?」
殿下のありふれた茶色の瞳が怪訝に細められた。
「君は王太子妃教育がつらいと自ら辞退し、姉に押しつけたはずだろう? 今さら何を言っている? それに……オルグレーン公爵までが君にこんな真似をさせるとは。正気なのか? 私は認めない。アンジェリーナ嬢の方がはるかに優秀で、王太子妃としてふさわしい。怠惰で愚かな妃など必要ない」
胸の奥が冷え、唇が震えた。どれほど涙を浮かべても、殿下は頑として首を縦には振らない。
このままでは――本当に、私があの恐ろしい帝国へ嫁がされてしまう。
(ふん、わからず屋め! たいして格好よくもないくせに、私を怠惰で愚かだと言い放つなんて! 笑わせないでほしいわ。私だって本気を出せば、王太子妃教育くらい耐えられたのよ。ただ――あんたみたいな平凡な男のために、努力する価値を見いだせなかっただけだわ。だって、あの退屈で膨大な課題を毎日こなすなんて馬鹿げてるもの。王太子でなかったら、街を歩いていても誰も振り返らないレベルの容姿のくせに! むしろ、私ほどの女を妻にできるだけでも感謝してほしいくらいよ。ああ、思い出すだけでむかつく!)
そのとき、ひとつの考えが閃いた。殿下の側近、マット・カミンスキーのことだ。カミンスキー侯爵家の次男で、私に心を奪われているのは明らかだった。舞踏会で何度か共に踊ったときも、彼の目はいつだって私に釘付け。眩しそうに見つめてくるその視線から、好意を抱かれているのは疑いようもない。
私はそういう男性の気持ちを察するのが得意だし、自信もある。むしろ、私に惚れ込まない男のほうが珍しいくらいなのよ。
私は宮殿を歩き回り、彼を見つけ出すと、甘い声でささやいた。
「ねえ、マット卿……お願い、王太子殿下の秘密を教えてちょうだい。私、帝国なんかに行きたくないの。だって、本当はあなたが好きなのよ。だから、この国に残りたいの。私が王太子妃になれば、あなたともずっと一緒にいられるわ。きっとみんな幸せになれるでしょう?」
マット卿は逡巡していたが、私がそっとその手を握り微笑むと、頬を赤らめて口を開いた。
「……『キングスリー教会』と『ハリスン』という言葉を口にしてみてください。それだけで、殿下はあなたを拒めないでしょう」
「それはどういう意味なの? なぜ、そんな場所と名前にそんな力があるの?」
「……これ以上は申し上げられません。ただ、それを言えば、殿下はマデリーン嬢を無視できないはずです」
理由は教えてくれなかった。でも、かまうものですか。必要なのは結果よ。
私は再び殿下に謁見を求め、教えられた言葉を口にした。両親はとっくに屋敷に戻っていたので、このことは知らない。
途端に、殿下の顔色が変わる。凍りついたように私を見つめ、とても低く密やかな声で問いかけた。
「……君は私にいったい何をさせたいんだ?」
一瞬、背筋を冷たいものが走った。けれど、私は怯まずに笑みを浮かべた。
「もうすぐオルグレーン公爵家で夜会がありますわ。その際、公衆の面前でお姉様に婚約破棄を突きつけてくださいませ。そして、私を選んでください」
「婚約破棄だと? なんの落ち度もないアンジェリーナ嬢にか? 正当な理由もなくそんなことができるはずがないだろう!」
「お姉様は私をいつも虐げていました。だから、それを理由にすればいいのですわ」
「……わかった。君の言うとおりにしよう」
(やった! よくわからないけど、これってまるで魔法の言葉ね! 威張っていた殿下は私の言いなり、逆らうこともできない。私、やっぱり特別なんだわ。これで帝国になんか行かなくて済んだ。ほんと、私の人生ってイージーモードだわ)
そして、オルグレーン公爵家の夜会当日。いつも冷静ぶって気取っているお姉様が、殿下から断罪され、婚約破棄を言い渡された。さらには、バントック帝国へ嫁ぐのはお姉様だと名指しされて――。あんなに取り繕うのが上手いお姉様が、あそこまで驚きと絶望をにじませるなんて思わなかった。
(お姉様ったら、可哀想を通り越して滑稽ね。王太子妃になれると思って必死に勉強してきたのに、結局は私の代わりに敵国に押しつけられる。あぁ、最高!)
「マデリーン。そんな嘘ばかり言い続けていたら、きっとあなた自身が幸せにはなれないわ」
こんな状況でもお姉様は私にお説教めいたことを言ってきた。ばかみたいよ。少なくともバントック帝国に嫁入りするお姉様なんかより、何百倍も幸せになってやるわよ。私はそう思いながら、最高にこの状況を楽しんでいたのだった。
お姉様が帝国に旅立つ日、私はお姉様へ最後のお別れの言葉を告げた。
「うふふ。もう二度と会えないでしょうけれど……どうか敵国で殺されないようにしてくださいね? 皇太子は人を殺めるのが趣味だとか。戦好きで、これまでどれほど多くの騎士を殺したことか……」
(ふん! お姉様なんて残忍な性格の皇太子に散々虐げられて、みじめな結婚生活を送ればいいのよ)
❀┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❀
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