1 / 37
1 オリビア、推しを見つける
しおりを挟む
私はベンジャミン男爵家のオリビアで、ほんの2年前までは平民だった。お父様はこのイングルス王国1番の大商人となり、一代で莫大な富を築き上げた。
そして、お父様は自身の富を使って地域の教育や文化の向上に寄与した。これによって、お父様は国王陛下から爵位をいただいた。
お父様は男爵となり、ここにベンジャミン男爵家が誕生したのだった。
雲の上の存在のハミルトン・パリノ公爵閣下とお会いしたのは、私が社交界デビューをした時のことだった。お父様にエスコートされて出席したのだけれど、国1番の大商人のお父様と交流をはかりたい貴族の方々が押し寄せて、お父様は少しだけ私の側を離れた。ベンジャミン家を歓迎する貴族たちの一方で、私たちに反感を抱く貴族の方々もいた。
「あら、やだ。なにか不浄な香りがしますわ。なんというか、場違いな方が紛れ込んだような違和感ですわねぇ」
どうやら、その言葉は私に向かって言い放ったようだ。抑制された声だったけれど、確実に私の耳に届くように計算された音量調整はさすがだと思う。
「貴族の爵位をお金で買ったようなものですわ。商人風情が大きな顔をして、王家主催の夜会に来るようになるなんて、この国の社交界も質が落ちましたわ」
初めての夜会でマダムたちの蔭口を装った攻撃は、あまり気持ちの良いものではなかった。そのようなマダムたちと言い争う気にもなれず、王宮の大広間から逃げるように庭園に向かう。等間隔に設置されたベンチにひとりぼんやりと座っていた。
そこへ、ちょうどハミルトン様が通りがかって声をかけてくださったのよ。
「美しいレディ。気分でも悪いのですか? よろしければ馬車まで送ってさしあげますよ」
「いいえ、よく存じ上げない男性にそのようなことをしていただくわけにはまいりません。ただでさえ、私のことを良く思っていらっしゃらない方たちがいますのに」
「だったら、自己紹介しましょう。私はハミルトン・パリノ公爵です。これで知らない男ではなくなりましたよね。心配なので馬車までお連れしますよ。途中で倒れたら大変だ」
その美しい顔を柔らかく微笑ませ、親切心からおっしゃってくださったのがわかる。一瞬で恋に落ちた。それは舞台俳優に恋するのと同じ感覚かもしれない。
(理想の男性像を見つけた喜び? 憧れ?)
私を気遣ってくださる紫水晶のような瞳に魅せられた。その類い希な美青年に私の頬は熱くなる。高い鼻梁と形の良い唇は彫刻のようだし、とても華やかで目立つ方だった。優しく私の手を取って、馬車までエスコートしてくださった。私は恋に恋するまだほんの子供だったのよ。ベンジャミン邸に戻る馬車のなか、何度もハミルトン卿の優しい声と艶やかな姿を思い出していた。
(マダムたちのことも気にならないわ。今日は私の初恋の日ね。お話をしただけで嬉しかった)
この気持ち、わかるでしょう? 手の届かない別の世界に住む男性だけど、姿を見て声を聞けて話をするだけでも嬉しくなるあの気持ちだわ。
「あら、オリビア。お父様はまだ王宮なの? 先に帰ってくるなんてなにか嫌なことでもあったのですか? 私も無理をしてでもついて行けば良かったわね。急に頭痛が起きるなんて、本当にタイミングが悪かったわ。ごめんなさいね」
屋敷で待っていたお母様が、私に声をかけてくださった。
「いいえ、大丈夫ですわ。それより、とても素敵な方にお会いしましたわ。ハミルトン・パリノ公爵閣下です。とても綺麗な紫水晶のような瞳で、それに髪も瞳と同じ色でした。お声も素敵で優しい方でした。初めての夜会で少し気分が悪くなった私を、馬車までエスコートしてくださったのよ」
「まぁ、それは良かったわね。オリビアはその方に一目惚れしたのかしら?」
「そうかもしれませんわ。でも、身分違いの恋ですから諦めております。これは憧れですわ。王子様を夢見る少女のような淡い恋心です。もちろん叶うはずもないので、私だけの胸に秘めておきます。でもね、とても楽しい気分になりました」
私は朗らかに笑った。もちろん、ハミルトン様ともう二度と話す機会はないと思った。だって、私は平民出身の男爵令嬢で、あちらは王家の血筋を引いた高貴な方だから。
「お父様には伝えておきます。オリビアの初恋が叶うといいわね」
お母様は私を優しく抱きしめてくださった。私はお母様の優しい嘘にくすりと笑った。
「叶うわけないわ。あちらは公爵ですよ? お母様、私は今日の思い出だけで十分ですわ」
ふわりと香る薔薇の香りを漂わせて、お母様も笑った。お母様はローズというお名前に相応しく、艶やかで美しい女性よ。私はお母様似と良く言われていたし、それはとても嬉しいことだった。お父様が戻っていらしたのは、それから2時間も後のことだ。
「オリビアや、ごめんよ。なかなか貴族の当主達がわたしを解放してくれなくてな。商談をあのようなところで持ちかけてくる者までいて困ってしまったよ。オリビアが先に帰ったのに気づかなくて本当にすまない」
「いいえ、少し気分が悪くなってしまって先に帰ってしまいました。お父様にお伝えしてから屋敷に戻るべきでしたわ。私のほうこそごめんなさい」
お父様は私の頭を大きな掌でポンポンする。これは幼い頃からしてくれたお父様の愛情表現よ。撫でると私の髪型が乱れてしまうし、髪飾りもずれてしまいかねないから、手を静かに頭に数回置くようにした愛情表現だった。大きくなった今でも、こうされると嬉しくて気持ちが本当に和むわ。
私はとても両親に愛されている。
そして、お父様は自身の富を使って地域の教育や文化の向上に寄与した。これによって、お父様は国王陛下から爵位をいただいた。
お父様は男爵となり、ここにベンジャミン男爵家が誕生したのだった。
雲の上の存在のハミルトン・パリノ公爵閣下とお会いしたのは、私が社交界デビューをした時のことだった。お父様にエスコートされて出席したのだけれど、国1番の大商人のお父様と交流をはかりたい貴族の方々が押し寄せて、お父様は少しだけ私の側を離れた。ベンジャミン家を歓迎する貴族たちの一方で、私たちに反感を抱く貴族の方々もいた。
「あら、やだ。なにか不浄な香りがしますわ。なんというか、場違いな方が紛れ込んだような違和感ですわねぇ」
どうやら、その言葉は私に向かって言い放ったようだ。抑制された声だったけれど、確実に私の耳に届くように計算された音量調整はさすがだと思う。
「貴族の爵位をお金で買ったようなものですわ。商人風情が大きな顔をして、王家主催の夜会に来るようになるなんて、この国の社交界も質が落ちましたわ」
初めての夜会でマダムたちの蔭口を装った攻撃は、あまり気持ちの良いものではなかった。そのようなマダムたちと言い争う気にもなれず、王宮の大広間から逃げるように庭園に向かう。等間隔に設置されたベンチにひとりぼんやりと座っていた。
そこへ、ちょうどハミルトン様が通りがかって声をかけてくださったのよ。
「美しいレディ。気分でも悪いのですか? よろしければ馬車まで送ってさしあげますよ」
「いいえ、よく存じ上げない男性にそのようなことをしていただくわけにはまいりません。ただでさえ、私のことを良く思っていらっしゃらない方たちがいますのに」
「だったら、自己紹介しましょう。私はハミルトン・パリノ公爵です。これで知らない男ではなくなりましたよね。心配なので馬車までお連れしますよ。途中で倒れたら大変だ」
その美しい顔を柔らかく微笑ませ、親切心からおっしゃってくださったのがわかる。一瞬で恋に落ちた。それは舞台俳優に恋するのと同じ感覚かもしれない。
(理想の男性像を見つけた喜び? 憧れ?)
私を気遣ってくださる紫水晶のような瞳に魅せられた。その類い希な美青年に私の頬は熱くなる。高い鼻梁と形の良い唇は彫刻のようだし、とても華やかで目立つ方だった。優しく私の手を取って、馬車までエスコートしてくださった。私は恋に恋するまだほんの子供だったのよ。ベンジャミン邸に戻る馬車のなか、何度もハミルトン卿の優しい声と艶やかな姿を思い出していた。
(マダムたちのことも気にならないわ。今日は私の初恋の日ね。お話をしただけで嬉しかった)
この気持ち、わかるでしょう? 手の届かない別の世界に住む男性だけど、姿を見て声を聞けて話をするだけでも嬉しくなるあの気持ちだわ。
「あら、オリビア。お父様はまだ王宮なの? 先に帰ってくるなんてなにか嫌なことでもあったのですか? 私も無理をしてでもついて行けば良かったわね。急に頭痛が起きるなんて、本当にタイミングが悪かったわ。ごめんなさいね」
屋敷で待っていたお母様が、私に声をかけてくださった。
「いいえ、大丈夫ですわ。それより、とても素敵な方にお会いしましたわ。ハミルトン・パリノ公爵閣下です。とても綺麗な紫水晶のような瞳で、それに髪も瞳と同じ色でした。お声も素敵で優しい方でした。初めての夜会で少し気分が悪くなった私を、馬車までエスコートしてくださったのよ」
「まぁ、それは良かったわね。オリビアはその方に一目惚れしたのかしら?」
「そうかもしれませんわ。でも、身分違いの恋ですから諦めております。これは憧れですわ。王子様を夢見る少女のような淡い恋心です。もちろん叶うはずもないので、私だけの胸に秘めておきます。でもね、とても楽しい気分になりました」
私は朗らかに笑った。もちろん、ハミルトン様ともう二度と話す機会はないと思った。だって、私は平民出身の男爵令嬢で、あちらは王家の血筋を引いた高貴な方だから。
「お父様には伝えておきます。オリビアの初恋が叶うといいわね」
お母様は私を優しく抱きしめてくださった。私はお母様の優しい嘘にくすりと笑った。
「叶うわけないわ。あちらは公爵ですよ? お母様、私は今日の思い出だけで十分ですわ」
ふわりと香る薔薇の香りを漂わせて、お母様も笑った。お母様はローズというお名前に相応しく、艶やかで美しい女性よ。私はお母様似と良く言われていたし、それはとても嬉しいことだった。お父様が戻っていらしたのは、それから2時間も後のことだ。
「オリビアや、ごめんよ。なかなか貴族の当主達がわたしを解放してくれなくてな。商談をあのようなところで持ちかけてくる者までいて困ってしまったよ。オリビアが先に帰ったのに気づかなくて本当にすまない」
「いいえ、少し気分が悪くなってしまって先に帰ってしまいました。お父様にお伝えしてから屋敷に戻るべきでしたわ。私のほうこそごめんなさい」
お父様は私の頭を大きな掌でポンポンする。これは幼い頃からしてくれたお父様の愛情表現よ。撫でると私の髪型が乱れてしまうし、髪飾りもずれてしまいかねないから、手を静かに頭に数回置くようにした愛情表現だった。大きくなった今でも、こうされると嬉しくて気持ちが本当に和むわ。
私はとても両親に愛されている。
231
あなたにおすすめの小説
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる